佐野ペースに流されないで!頑張れ小桜くん!

猫乃毛温

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隣に居させて、

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僕の家に向かう道は、廃れた公園から続く暗闇の中にあった。


すぐ隣を歩く佐野くんの横顔を盗み見る。いつもの強引な雰囲気はどこへやら、その足取りはまるでスキップでもしだしそうなほど軽い。

少し前まで見せていた不自然な笑顔の緊張は霧散し、その顔には年相応どころか僕よりも幼くみえる無防備な安堵が滲んでいた。


(佐野くんは本当に帰るのが嫌だったんだな…。)


僕の家が佐野くんにとって落ち着ける場所であるといいと、そう強く感じた。



******

小桜家と書かれた真新しい表札が、夜の闇に白く浮かび上がっていた。まだ引っ越してきて二ヶ月ほどしか経っていない新築の家は、街灯の光を受けて控えめに佇んでいる。


「ここが小桜くんの家…?なんかいいね、小桜くんっぽい」


佐野くんが、玄関ポーチで立ち止まって、ぼそりと呟いた。その声には、普段の彼からは想像できない、どこか柔らかい響きがあった。


「ふふっなにそれ」


僕は思わず笑ってしまったけれど、佐野くんは僕の冗談に付き合う余裕もないようだった。彼はまるで宝物をみるような目で、新品同様の玄関ドアをじっと見つめていた。そのドアは真新しく、生活の痕跡もほとんど刻まれていない。

いつもの強気な態度や人をからかう余裕は、彼の態度からはすっかり消え失せていた。

そこには言いようのない緊張と、そして僅かな戸惑い。だけど、それ以上に隠しきれない期待が浮かんでいるように見えた。


(何をそんなに緊張しているのだろうか…?)


僕はそう思い、首を傾げた。

「佐野くん、家入りなよ?」


声を掛けると、佐野くんはハッと我に返ったかのように僕を見た。すこし俯いてから、はにかむように口角を上げ、ごく小さい声で「…お邪魔します」と呟いた。


「どうぞ~ゆっくりしていって~」


僕は上機嫌で返事をした。今日だけで僕の知らない佐野くんの面がいっぱい見れたな、なんて浮かれていたのだ。


新しい木の香りが微かに漂い、まだ家族の匂いが混ざり合う前の透明な玄関の空気。佐野くんはゆっくりと、深く息を吸いこんだ。その表情には少しだけ、本当に少しだけ『本当の佐野くん』が垣間見えたような気がした。まるで張り詰めていた何かが、彼の体から緩んでいくように…。


リビングへと足を踏み入れた佐野くんの目は、まず壁に飾られた写真立てへと引き寄せられた。

引っ越し前から大切にしていた、僕たちの家族の歴史が詰まった写真の数々。義弟と僕の幼い頃、母さんと父さんの結婚式の晴れやかな笑顔、家族旅行での屈託のない瞬間。どれもが幸せを形にしたようで、見ているだけで温かい気持ちになる。


佐野くんは、その写真立ての一つ一つを、食い入るように見つめていた。僕と律が幼い頃、へんてこな顔をして写っている写真の前で、彼の足が止まる。彼の薄茶の瞳は僕と律の無邪気な笑顔を捉えて離さない。


「これは小さい時の小桜くん?隣のは弟…なの?」


佐野くんの声は、いつもよりずっと柔らかく、少しだけ嬉しそうに聞こえた。


「そうだよ、弟と変な顔して遊んでたんだ」

僕は笑いながら答える。


「へ~あんまり似てないね」


「律って言うんだけど、義理の兄弟なんだ。だから顔は似てないよ」


「え、なんかごめん…でもめっちゃ仲良さそうだね」

佐野くんは少し気まずそうに僕から視線を外してから、そっと写真立てに触れた。その指先は、まるで壊れ物にでも触れるかのように優しかった。


写真立てを見つめる佐野の瞳に寂しさの色が混じる。佐野の家は殺風景で家族写真なんて一つもないのだ。


そんなことを小桜が感じ取る間もなく、佐野くんはすぐに表情を引き締め、何事もなかったかのように小桜を見た。


「佐野くん、晩ご飯何がいい?何か食べたいものある?


僕がそう尋ねると、佐野くんは一瞬、言葉に詰まったように見えた。彼の目は宙をさまよい、何かを深く考えているようだった。やがて、彼は決意したように僕の目を見ると、少しだけ困ったように眉を下げて、言った。


「…オムライス」


彼の口から出たその言葉に、僕は少し驚いた。佐野くんがそんな可愛らしいものが好きなんだな、と。

でも、それだけじゃない気がした。佐野くんの表情から「何か」があるような気がした。けれど佐野くんが隠そうとしているから、僕は無理に聞かない。佐野くんが話したくなるまで待つことにする。


「オムライスか!いいね!じゃあ、一緒に作ろっか!」


僕がそう言うと、佐野くんは目を丸くして、それから一気に顔を綻ばせた。その笑顔は、これまでの佐野くんが一度も見せたことのないような、純粋で、無防備なものだった。


*****



キッチンに立つと、僕たちは早速オムライス作りに取り掛かった。僕は手際よく、作業を進める。側では、佐野くんが興味津々といった様子で、僕の動きを食い入るように見つめていた。 


「佐野くんもやってみる?」


僕がそう言って、菜箸を渡すと、佐野くんは少し戸惑ったようにそれを受け取った。


「…男が台所に立つなんて、父さんに知られたらぶん殴られるかも」


彼の口からポロッと出た言葉に、僕は一瞬、動きを止めた。

だけど、佐野くんはすぐに――「冗談だよ」と笑って誤魔化した。


佐野くんは、ぎこちない手つきで卵を混ぜ始めた。普段は器用なはずなのに、菜箸の使い方はまるで素人だ。卵は泡立ち、白身と黄身がなかなか混ざり合わない。


「あー!佐野くん、そうじゃない!!卵こぼれちゃうって!!」


僕が笑いながら教えると、佐野くんは「うるさいな~!」と怒りながらも、僕の真似る。

だけど、結果は惨敗。佐野くんが焼いた卵は、形が崩れてしまい、所々焦げたり、半熟だったりした。佐野くんは僕が作ったオムライスと見比べてから困惑した顔をする。


「なにこれ…?」


佐野くんのきょとんとした表情と素直な感想に僕は笑いを堪えて、ぷるぷると震える。とうとう堪えきれなくなくなり、吹き出す。


「ふっあははは!なにこれって、」


「うるさいな~もう!」


「だっておかしいんだもん」


「ははっ」


佐野も釣られて笑い出す。キッチンに笑い声がこだまする。

「僕、佐野くんのやつ食べたい!いい?」


僕がそう言うと、佐野くんは目を丸くして、戸惑った様子で言う。


「え、なんで?ぐちゃぐちゃしてるし、おいしくなさそうだよ?」


「なんとなく!佐野くんが作ったやつが食べたいの!佐野くんには僕の食べてほしいな」


佐野くんは眉をひそめて笑った。



僕たちは、リビングにあるテーブルに座ったら手を合わせていただきますをする。

佐野くんはキラキラとした目でオムライスを見る。そして一口、口に運ぶと…。

「おいしい!すっごいおいしい!」


今日の佐野くんは本当に子供みたいだ。

無邪気で素直で可愛らしい。そんな佐野くんを見て、微笑みながら佐野くん作のオムライスを食べる。と言ってもチキンライスは僕が作ったものだし、見栄えは悪くとも、味はさして変わらない。けども今日の晩御飯はとても美味しく感じた。 


ご飯を食べながら他愛もない話をする。

今日の佐野くんはやけに上機嫌で、饒舌だったが、自分の家庭のことについては一切触れようとしなかった。

もしも、佐野くんが家で苦しい思いをしているのなら、僕は佐野くんの拠り所になりたい。話してくれなくてもせめて隣に居させてほしい。僕の独りよがりになったとしても、佐野くんが安心して過ごせる時間を、佐野くんが笑っていられる時間を少しでも長くと願わずには居られなかった。


僕が佐野くんの隣にいることで、彼の心が少しでも軽くなるなら、それでいい。彼が無理に笑顔を作る必要のない場所を、僕は作ってあげたい。この温かな空間が、彼の心の傷を少しでも癒せるのなら、僕は――


「やばいっ!もう八時だ!」

佐野くんの大きな声で思考が遮断される。


僕がほおけていると、佐野くんは名残惜しそうに、だけど無理に笑顔を作って言った。


「そろそろ、帰るわ」


彼のその言葉に、僕の胸も、少しだけ締め付けられた。それを隠すように明るい声で僕は言う。

「また、いつでもおいで!気を付けて帰ってね!」


僕の言葉に、佐野くんは少しだけ驚いたように僕を見た。そして、ゆっくり頷くと、困ったような笑顔を見せた
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