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番外編

需要と供給

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「あのさ……」
「ん? 何? 言いづらいこと??」
「最近、陽葵さんと上手くいってる……?」
「へ??」

 MV撮影のために楽屋で待機していたら柚が隣に座ってきて、遠慮がちに聞いてくる。陽葵ちゃんと?? 特に何も変わりないけどな……

「美月が陽葵さんのこと話さないのはいつもと変わらないけど、SNSとかでも投稿がないし……」
「陽葵ちゃんツアー始まったし忙しいからねぇ」
「特に変わりないってことでいいんだよね?」
「うん」
「あー、良かったぁ……!!」

 何? どういうこと??

「朗報!! 陽葵さんと美月、喧嘩してないってー!!」
「……はい??」

 柚の言葉にわっと盛り上がるメンバー。何事?

「最近供給がないし、陽葵さん作詞の新曲は切なすぎるし、ツアーで歌った時に泣きそうだったとかでファンがざわついてる」
「私の所に、2人って最近どうしてますか? ってコメントが来るくらいですからね。需要に対して供給が全く足りていません!! あ、私に対しては多めに供給お願いします!!」
「あ、はい……ごめんなさい?」

 近くに来た美南ちゃんが興奮気味に教えてくれたけれど、ご迷惑をおかけしたようで……

「陽葵さんの新曲、胸がギュッとなるというか、幸せになって……!! って思います」
「分かる!!」

 話題になっている陽葵ちゃんの新曲というのは夢を見た後に書いていたやつで、今回のツアーで初披露されてこの前配信も始まったみたい。というか、新曲の歌詞、私の事って認識されてるってこと……?

 配信リリースがされて最初に聴いた時は、すぐにでも陽葵ちゃんを抱きしめたくて仕方なかった。仕事の休憩中になんて聴くんじゃなかった、って後悔したもん。

 ツアーで新曲を歌った時に泣きそうだった、と言うのも本人から聞いていて、遠距離なのがもどかしかった。顔が見たい、って言われたからビデオ通話をしたけど、やっぱり直接会いたいな。

 ツアー中は地方のホテルに泊まっていたりして会えない日も多いけれど、一緒に住んでいるから何週間も会えない、なんてことは無い。もし別々に住んでたら連絡を取る頻度が減って自然消滅、なんてことになったのかな、と考えると恐ろしい。どんどん先に進んでいく陽葵ちゃんに焦りを感じて空回りするのは絶対私の方だろうし。


 夜中にふと目を覚ますと、私の腕の中で眠る陽葵ちゃんの姿。陽葵ちゃんは今日ホテルに泊まる日じゃなかったっけ……?

 そしてなんでこの体勢?? どう考えても私がギュッてしてるし、無意識でも陽葵ちゃんを求めてたってことかなってなんだか照れる……

 朝起きたらいないかもしれないし、安心したように眠る陽葵ちゃんが愛しくて、眠るのがもったいない。
 明日は午後からの仕事でゆっくり寝てられるから、陽葵ちゃんを眺めていようかな。その前に水飲んでこよ。

「んぅ……みつき……?」
「あ、ごめん起こしちゃったね。すぐ戻るから、寝ててね」

 そっと腕を離そうとしたら起きちゃったみたいで、トロンとした目で見上げてくる。

「いっちゃやだ……」

 えぇ、可愛いんですけど……

「行かないから安心して寝て? 陽葵ちゃん、おやすみ。……え??」

 とても離れるなんて出来なくて、陽葵ちゃんを再び抱き寄せて、おでこにそっと口付けをしたのだけれど、なぜ私は天井を見上げているんでしょう??

「美月、明日午後からだったよね?」
「うん、そうだけ……ど??」

 あの、その手は一体……??

「私も明日の午前中空いたんだ。本当は朝起きてから、って思ってたんだけど」
「疲れてるでしょ? 寝ようよ……」
「それよりも、美月が足りない。いいよね?」
「んっ……ふぁ……ぁ……」

 答える間もなく唇を塞がれて、陽葵ちゃんのキスにうっとりしていたらあっという間に素肌に触れられている。
 あんなにぼんやりしていたのに、寝起き良すぎでしょ……何時に寝れるかな……


「ねぇ、陽葵ちゃんいつ帰ってきたの……?」

 私が寝たのは23時前だったと思うけど。

「23時半くらいかな。シャワー浴びてベッドに入ったら抱き寄せてくれたから起きてるのかと思った」
「うわ、照れる……」

 私が寝てすぐ帰ってきてたってことか……もう少し起きてたら良かったな。

「連絡くれたら良かったのに」
「寝てたら悪いなぁって」
「起きてたかった」
「え、かわい……デレるじゃん。寂しかった?」
「うん」
「うわ、やば……」

 ニヤニヤしながら見てくる陽葵ちゃんに、普段ならそんなことないし、って言っちゃうところだけど素直に頷いてみれば口に手を当てて、陽葵ちゃんが照れてる。たまにはね、素直になってもいいかなって。

「もっと早い時間だったらもう1回襲うのになぁ……」
「いやいや、さすがに寝ようよ……」

 どれだけ体力あるの? 

「みつきたんが可愛いこと言うから寝れそうにない」
「そんなこと言って、絶対すぐ寝るでしょ」

 ほんの数秒で、あれ、寝た?? って時もあるよ??

「むぅ……ぎゅーは?」
「その前に服着させて?」
「だめ」
「え、このまま……?」

 抱き潰されてそのまま寝ちゃった時とかはもう仕方ないけど、意識がはっきりしてるのに裸は照れるよね……

「おいで?」
「いや、えーっと……」

 裸のまま陽葵ちゃんの胸に顔を埋めて寝た時もあるけど、起きた時に猛烈に後悔したというか恥ずかしすぎたというか……もちろん最高だったけど。

「ほら、寝るんでしょ」
「うん……」

 恐る恐る陽葵ちゃんに近づけば、ぐいっと抱き寄せられた。相変わらずやわらか……吸い寄せられるように唇を寄せた。

「……っんぁ……ついた?」
「うん。綺麗についた」

 陽葵ちゃんのファンには申し訳ないけれど私のなので。


「昨日さ、柚に上手くいってるのかって心配された」
「え、なんで?」

 朝起きて、遅めの朝ごはんを食べながら言えば、不思議そうな陽葵ちゃん。そういう反応になるよね。

「SNSに投稿がないのと、新曲の歌詞でざわついてるらしい」
「あー、そういう事ね」

 なにか思いついたのか、陽葵ちゃんがニヤリと笑った。

「これでも載せておく?」
「なに……ゲホッ!? はぁ!? ダメに決まってるでしょ!!」

 スマホに写し出されているのは私の寝顔。うつ伏せだから胸は隠れているけれど背中がガッツリ写っていて、明らかに服を着ていない。いつの間に撮ったんだか……身に覚えのないキスマークも付いてるし……

「ふふ、載せるわけないでしょ。慌てちゃって可愛いんだから」
「……誰にも見せないでよね」
「もちろん。消せって言わないんだ?」
「まぁ、背中だし」

 恥ずかしいけど、陽葵ちゃんならいいかなって。今度私もこっそり撮ろうかな。

「そうだなぁ……お揃いの服着て写真撮ろうか。問題はどこで撮るかだなぁ……」

 この時間だとね……家だと泊まり? ってなること間違いないし。
 事務所が無難かな……

「美月は今日事務所集合だっけ?」
「うん」
「迎えに来てくれるって言ってたけど、一緒に事務所行っちゃおうかな」

 マネージャーさんに事務所まで行くって連絡を入れたみたいで一緒に事務所に行くことになった。
 一緒に家を出て仕事に行くなんて同じグループにいた時みたいで嬉しい。


「この時間だと空いてるねー」
「うん。そうだね。陽葵ちゃん、ちょっと落ち着いて?」

 帽子をかぶってマスクをしているけれど、至る所から視線を感じる。陽葵ちゃんはそんな周囲は気にせずリラックスしてるけど……

「ふぁぁ~」
「眠いよねぇ……」
「みつきたん、肩貸して」
「ん? どうした……ぅわっ!?」

 こてん、と肩に頭が乗せられて、腕も組まれて寝る体勢になった陽葵ちゃん。可愛いし嬉しいけど、ここ電車……

 今のところ黙って写真を撮られたりとかはないけれど、起こすべきか悩む。陽葵ちゃんが大丈夫、って判断したなら気にする事でもないんだけど恥ずかしいよね……
 私がバスで寝ちゃった時の写真はメンバーに投稿されてるけど、逆は今まであったかな……楽屋とかでは甘えたな陽葵ちゃんだし、同じグループの時は普通にあったと思うけど……あ、ドッキリの時に膝枕で寝てたか。

 何駅か過ぎて、見覚えのある2人組が乗り込んできた。

「凜花さんおはようございます。柚、おはよ」
「おお、本当に寝てる」
「載せていいかは陽葵さんが起きたら聞くとして、撮ってもいい?」
「あー、まぁ、いいけど……」

 柚が撮った写真を見せてもらえば、帽子で顔はほとんど見えなくて安心。可愛い寝顔を見られちゃうのはちょっとね……

「陽葵、ずっと寝てるの?」
「少なくとも凜花さんから連絡もらった時は寝てましたよ」
「へぇー」

 今日の仕事内容の事で話したい、と言われて向かっていると伝えれば、ちょうど電車を待っていたところで1本見送ったらしい。

「これでみんな安心すること間違いなしだね」
「ん?」
「昨日の話」
「あぁ」

 私たちに何かあったんじゃ、って思われてたんだっけ。普通に仲良しですよ。


 起きた陽葵ちゃんは2人がいることに驚いた様子だったけど、柚が撮った写真を見て即掲載許可を出していた。


 井上 柚葉
 だーれだ?

 #電車内 #合流した時には既にこう #ひまみつ
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