「婚約破棄してくれてありがとう」って言ったら、元婚約者が泣きながら復縁を迫ってきました

ほーみ

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 王宮の舞踏会から一夜が明けた。

 レティシアの宣言により、場は騒然となり、アランの計画はその場で頓挫した。
 だが当然、王太子である彼がそれで黙っているはずもない。

「……私の命令に背き、王族の機密を暴露した罪。覚悟はできているのだろうな」

 謁見の間で、アランは低く告げた。
 彼の目には、あの冷たい威圧の光が戻っていた。

「イザーク。お前は、もはや王族としての資格を完全に失った。
 レティシア。お前には、“反逆の罪”が適用されるだろう」

「反逆? 誰に対してよ?」

 レティシアは、動じなかった。

「わたしは“真実”を語っただけ。民の前で、正直に。
 ……それを罰するというなら、王家の方こそ、民を敵に回すことになるわ」

「黙れ。……お前は、俺を裏切った」

 アランの声に、憎しみがにじんだ。

「そうね。……でも、最初に裏切ったのは“あなた”よ。
 わたしの誇りも、愛も、何もかもを奪って、捨てた。
 その結果が、いまここにある。それだけの話よ」

「……っ!」

 アランの拳が震える。

「お前さえいなければ、すべて上手くいっていた。
 “妹”を王妃に迎えれば、血統的にも文句はない。
 だが、なぜだ。なぜお前は、そうまでして――」

 そのときだった。

「いい加減にしろ、アラン」

 イザークの低い声が割って入った。

「自分の都合で人を傷つけることを“正義”と呼ぶなら、お前は王になる資格などない。
 俺が王位を捨てた理由を、今こそ知らしめてやる」

 イザークが懐から取り出したのは、王家の印章だった。
 本来、処分したはずのそれは、ひそかに保管されていたのだ。

「その印章……!」

「これは、王が“自らの後継者”にのみ渡す最後の証。
 父は、俺に言った。『王にはなれなくとも、お前にしか守れぬものがある』と」

 アランが青ざめる。

「……つまり、“現王”の意思は、俺にあったということだ。
 お前は、その意志をねじ曲げて王位に就こうとしているにすぎない」

「証拠が……!」

「あるとも。すでに各地の領主へ、王の手紙が配布されている。
 俺がそれを公にすれば、お前の地位は――」

「黙れえええええええっ!!」

 アランが叫び、衛兵たちに命じようとした――そのとき。

「止まれ!」

 重厚な声が響いた。

 その声に、全員が動きを止める。

「……父上……!」

 現国王――レグナード王が、玉座の奥から現れた。

「アラン。お前のすべては見ていた。愚かな嫉妬と支配欲にまみれた振る舞いは、王の器ではない。
 ……即刻、王太子の座を剥奪する。イザークこそ、真の後継者だ」

「そ、そんな……!」

 アランは崩れ落ちた。

「そしてレティシア・グランメル。
 お前は、わが王国においてもっとも賢く、強き娘だ。
 その意思を讃えよう。これよりお前は、“正妃候補”として再び王宮に迎えられる」

「……申し訳ありません、陛下」

 レティシアは、深く頭を下げた。

「わたしは、もう“誰かに選ばれる”人生を生きたくはありません。
 わたしは、わたしの手で“未来”を選びたいのです」

 国王の目が、優しく細められる。

「ならば、イザークよ」

「はい」

「お前はどうだ? この娘を、妻に迎える気はあるか?」

「――当然です。
 俺の人生において、唯一無二の存在ですから」

 イザークの言葉に、レティシアは静かに微笑んだ。

 



 

 数か月後――

 私は、王都の中心から少し離れた、緑に囲まれた屋敷で暮らしている。
 イザークとふたり、肩を並べて歩む日々だ。

「おい、レティ。朝の散歩だ。花が咲いてる」

「うん。……今日の紅茶、あなたの淹れ方が上手だったから、特別に付き合ってあげるわ」

「ずいぶん偉そうになったな。元婚約破棄された令嬢が」

「ざまぁの女王と呼びなさい。イザーク様」

「はいはい、女王様」

 ふたりで笑い合う。

 あの日、私はすべてを失った。
 けれど、そこからすべてを得た。

 この手で未来を選んだ。愛を選び、誇りを取り戻した。

 そして今、となりにいるこの人が――私の人生そのものだ。

 
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