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王都ベルセリオ、冬の終わり。
辺境領主の娘であるリリアーナ・クロフォードは、煌びやかな社交界の片隅で、ひとり静かにグラスを傾けていた。
この社交界に参加するのは久しぶり。3年前に婚約破棄された時、彼女は王都から姿を消したのだ。今日こうして戻ってきたのは、王女の誕生祝賀パーティに招かれたからに過ぎない。
「リリアーナ……本当に、君なのか」
――来た。
その声を聞いた瞬間、胸の奥が冷たく凍るようだった。
振り向けば、金髪碧眼の男――エリオット・レインハルト。かつての婚約者であり、王家の血を引く名家レインハルト公爵家の嫡男。
「……お久しぶりですね、エリオット様」
にこりと微笑むリリアーナ。だがその笑顔には、かつてのような優しさも、熱もなかった。
「君が、こんなところにいるなんて……僕はずっと、君のことを――」
「探していた? それとも、忘れようとしてたのかしら?」
エリオットが息を飲む。そう、彼はかつてリリアーナにこう言い放ったのだ。
『君とは結婚できない。愛しているのは他の女性だ』
あの時、王都中に広まった破談の噂。婚約破棄の理由は「リリアーナが公爵家にふさわしくないから」だと、彼は堂々と語った。
だが――
今、彼の瞳には焦りが滲んでいる。そう、リリアーナが“変わった”ことに気づいたのだ。
王都を去ってからの3年、彼女は商業都市エルナに拠点を移し、驚異的な手腕で貿易会社を立ち上げた。いまや王都でもその名を知らぬ者はいない。
「……君がここまでになるなんて、思ってもみなかった。あの時は、若かったんだ。感情的になって……本当に、すまなかった」
「謝罪を聞きに来たわけじゃありません。今さら、あなたの言葉には意味がないわ」
ぴしゃりと斬り捨てる。リリアーナは静かにグラスを置いた。
エリオットの顔が歪む。
「君は、まだ僕に怒っているのか? それとも……まだ僕を――」
「勘違いしないで」
声が冷たく落ちる。
「あなたが他の女を選び、私を捨てた日から、私の中であなたは“終わった”の」
その瞬間、背後から低く落ち着いた声が響く。
「リリアーナ、そろそろ行こうか」
振り返ると、漆黒の髪に鋭い銀の瞳を持つ男――ジーク・バルトネスが立っていた。
彼はリリアーナの現在のビジネスパートナーであり、噂では婚約者とも囁かれている男だ。
「……その男は誰だ」
エリオットが苛立ちを隠せずに言う。
「紹介するわ。ジーク・バルトネス様。私の……“現在の相手”よ」
わざと含みを持たせた言い方に、エリオットの眉がぴくりと動く。
ジークはエリオットを一瞥し、薄く笑った。
「彼女を手放したのは君か? 良い選択だった。おかげで、こんなに素晴らしい女性に出会えた」
その言葉に、エリオットの拳が震える。
リリアーナはそんな様子をちらりと見て、冷ややかに微笑んだ。
――今さら、嫉妬しないで。
かつて私を蔑んだあなたに、もう感情を向ける価値などない。
社交界のざわめきが遠ざかる。リリアーナはジークの腕に自然と絡ませ、静かにその場を後にした。
その背後で、エリオットは動けずに立ち尽くしていた。
「ふふっ、ちょっと意地悪だったかしら?」
馬車の中、リリアーナはジークの隣で小さく笑った。
「それくらい、して当然だ。あんな男のために、泣いた日々が報われるならな」
「……泣いてたなんて言ってないわ」
「言わなくてもわかる」
ジークの声は優しく、しかし真っ直ぐだった。
リリアーナの視線がふと窓の外に向く。
3年前は、確かにエリオットを愛していた。
でも今――
彼女の胸を占めるのは、別の感情だった。
辺境領主の娘であるリリアーナ・クロフォードは、煌びやかな社交界の片隅で、ひとり静かにグラスを傾けていた。
この社交界に参加するのは久しぶり。3年前に婚約破棄された時、彼女は王都から姿を消したのだ。今日こうして戻ってきたのは、王女の誕生祝賀パーティに招かれたからに過ぎない。
「リリアーナ……本当に、君なのか」
――来た。
その声を聞いた瞬間、胸の奥が冷たく凍るようだった。
振り向けば、金髪碧眼の男――エリオット・レインハルト。かつての婚約者であり、王家の血を引く名家レインハルト公爵家の嫡男。
「……お久しぶりですね、エリオット様」
にこりと微笑むリリアーナ。だがその笑顔には、かつてのような優しさも、熱もなかった。
「君が、こんなところにいるなんて……僕はずっと、君のことを――」
「探していた? それとも、忘れようとしてたのかしら?」
エリオットが息を飲む。そう、彼はかつてリリアーナにこう言い放ったのだ。
『君とは結婚できない。愛しているのは他の女性だ』
あの時、王都中に広まった破談の噂。婚約破棄の理由は「リリアーナが公爵家にふさわしくないから」だと、彼は堂々と語った。
だが――
今、彼の瞳には焦りが滲んでいる。そう、リリアーナが“変わった”ことに気づいたのだ。
王都を去ってからの3年、彼女は商業都市エルナに拠点を移し、驚異的な手腕で貿易会社を立ち上げた。いまや王都でもその名を知らぬ者はいない。
「……君がここまでになるなんて、思ってもみなかった。あの時は、若かったんだ。感情的になって……本当に、すまなかった」
「謝罪を聞きに来たわけじゃありません。今さら、あなたの言葉には意味がないわ」
ぴしゃりと斬り捨てる。リリアーナは静かにグラスを置いた。
エリオットの顔が歪む。
「君は、まだ僕に怒っているのか? それとも……まだ僕を――」
「勘違いしないで」
声が冷たく落ちる。
「あなたが他の女を選び、私を捨てた日から、私の中であなたは“終わった”の」
その瞬間、背後から低く落ち着いた声が響く。
「リリアーナ、そろそろ行こうか」
振り返ると、漆黒の髪に鋭い銀の瞳を持つ男――ジーク・バルトネスが立っていた。
彼はリリアーナの現在のビジネスパートナーであり、噂では婚約者とも囁かれている男だ。
「……その男は誰だ」
エリオットが苛立ちを隠せずに言う。
「紹介するわ。ジーク・バルトネス様。私の……“現在の相手”よ」
わざと含みを持たせた言い方に、エリオットの眉がぴくりと動く。
ジークはエリオットを一瞥し、薄く笑った。
「彼女を手放したのは君か? 良い選択だった。おかげで、こんなに素晴らしい女性に出会えた」
その言葉に、エリオットの拳が震える。
リリアーナはそんな様子をちらりと見て、冷ややかに微笑んだ。
――今さら、嫉妬しないで。
かつて私を蔑んだあなたに、もう感情を向ける価値などない。
社交界のざわめきが遠ざかる。リリアーナはジークの腕に自然と絡ませ、静かにその場を後にした。
その背後で、エリオットは動けずに立ち尽くしていた。
「ふふっ、ちょっと意地悪だったかしら?」
馬車の中、リリアーナはジークの隣で小さく笑った。
「それくらい、して当然だ。あんな男のために、泣いた日々が報われるならな」
「……泣いてたなんて言ってないわ」
「言わなくてもわかる」
ジークの声は優しく、しかし真っ直ぐだった。
リリアーナの視線がふと窓の外に向く。
3年前は、確かにエリオットを愛していた。
でも今――
彼女の胸を占めるのは、別の感情だった。
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