「無能」と婚約破棄されたら、冷酷公爵様に見初められました

ほーみ

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 「――よって、この婚約は破棄とする!」
 広間に響き渡った王太子アルベルト殿下の宣告に、会場はどよめいた。

 舞踏会の最中に、衆目の前での断罪劇。まるで物語に出てくる悪役令嬢さながらに、わたくしは晒し者にされていた。

 「エレナ・グランチェスター。お前は魔力を持たぬ無能。王妃教育を施しても無駄だった。王太子妃の座は相応しい者に譲るべきだ!」
 殿下の傍らには、媚びるように腕を絡ませる侯爵令嬢ミレーユの姿。彼女は柔らかに微笑みながら、勝ち誇ったように私を見下ろしていた。

 ――無能。

 何度も何度も浴びせられてきた言葉。確かにわたしには、王国に生まれた貴族令嬢として珍しく、魔力がなかった。魔法を操れない令嬢など役立たず、と蔑まれても仕方がないのかもしれない。

 だが。

 「……承知いたしました、殿下」
 私は静かに頭を下げた。

 泣き叫ぶ? 縋りつく? ――馬鹿げている。わたしはグランチェスター公爵家の娘。誇りだけは捨ててはならない。

 「ちょ、ちょっと待ってくださいませ! エレナ様、何か言い返さないのですか!?」
 周囲の令嬢たちがざわめき、視線を集める。けれど、私は微笑んだ。

 「殿下がお望みならば、従うまでです。――ただし」
 一瞬、空気が張り詰める。
 わたしはドレスの裾を優雅に翻し、王太子とその愛妾を見据えた。

 「どうか、わたくしを手放したことを後悔なさいませ」

 その場にいた者たちが息を呑んだのが分かった。わたしは退場を告げられる前に、颯爽と広間を後にする。

 

 その夜。
 父からも家からも、王家との関係を考えて「しばらく領地に引っ込んでいろ」と命じられた。

 ――けれど、領地へ帰る馬車を待つはずだった駅前で。

 「……おや」
 低く冷たい声がした。

 振り返った瞬間、全身が凍りついた。

 長身に漆黒のマント。鋭い氷色の瞳。
 王国最強と恐れられる、ラグナード公爵。通称“冷酷公爵”。

 「グランチェスター令嬢ではないか」
 「……ラグナード公爵様」

 なぜ、こんなところに? と困惑する間もなく、公爵は無遠慮に近づき、私を見下ろす。

 「噂は聞いた。王太子に『無能』と婚約破棄されたそうだな」
 「……ええ」

 口に出されれば、胸に刺さる。だが涙は見せない。私が顔を上げたその時、公爵の唇がふと愉快そうに歪んだ。

 「無能、か。――それは王太子が無能という証だ」
 「……え?」

 信じられない言葉に、思わず間抜けな声を漏らしてしまう。

 公爵はゆっくりと私の手を取った。氷のように冷たいはずの手は、なぜか熱を帯びて感じられる。

 「魔力などなくとも、貴族の娘としての教養と気品は充分に備わっている。……愚かな男に価値を見抜けぬなら、私が見抜こう」

 耳を疑った。
 冷酷無比と呼ばれるこの人が、なぜわたしにそんなことを?

 「――エレナ・グランチェスター。私の妻になれ」

 広場の人々が一斉に息を呑む。信じられない光景。

 「なっ……!」
 「ラ、ラグナード公爵が……!」

 ざわめきが広がる中、私は呆然と公爵を見上げていた。

 



 その後。
 半ば強引に公爵邸へ連れて行かれたわたしは、彼から真意を告げられる。

 「王家に媚びるつもりはない。むしろ、王太子の愚かさを世に知らしめる絶好の機会だ」
 「……わたしを利用するおつもりですか?」
 「利用、だと?」

 氷色の瞳が細められ、次の瞬間、彼はぐっと顔を近づけた。

 「違うな。……私はお前を欲しいと思った。それだけだ」

 吐息が触れるほどの距離。心臓が跳ね上がる。

 冷酷と噂されたこの人の真意は、誰も知らない。
 けれど、確かにその瞳には、嘲笑でも打算でもない何かが宿っていた。

 「……わたしは、殿下に捨てられた女です」
 「捨てられた? 違うな」

 公爵は低く囁く。

 「“宝”を見抜けない愚か者に、勝手に手放された――それだけだ」

 その言葉に、胸の奥で何かが溶けていくのを感じた。

 



 その夜。
 王都では既に噂が駆け巡っていた。

 ――「王太子に捨てられた無能令嬢が、冷酷公爵に求婚された」と。

 王太子と新しい婚約者は激昂しているに違いない。
 そしてその報いは、これから少しずつ形になっていくのだろう。

 (……ざまぁ、ですわね)

 静かに微笑んだ私の耳元に、公爵の囁きが落ちる。

 「覚悟しておけよ、エレナ。私はお前を絶対に手放さない」

 胸を締めつける熱に、思わず頬が赤く染まった。
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