婚約破棄された途端、隣国の冷酷王子に溺愛されました

ほーみ

文字の大きさ
5 / 5

5

しおりを挟む
 レオンハルト殿下が部屋を出ていったあと、私はしばらく窓辺に立ち尽くしていた。胸の鼓動は落ち着かず、頭のなかはさっきの殿下の言葉でいっぱいだった。

(……『君を渡すつもりなどない』)

 あの強い声音。
 抱きしめられた温もり。
 わずかな距離で感じた息遣い。

 あれがもし、私の勘違いではなかったとしたら――。

 胸が熱くなり、同時に苦しくなった。

(もう、過去のことで泣いている場合じゃない……)

 そう思った瞬間、ドアが再びノックされ、侍女のマリアが顔を出した。

「アメリア様……お急ぎください。殿下が大広間でお待ちです!」

「大広間?」

「はい、ルカ殿下の使者が、殿下との会談を拒否し、『アメリア様本人に会わせろ』と言っているようで……!」

「……!」

 全身がこわばった。

「だ、大丈夫です。殿下がついておりますから。アメリア様のお言葉をもって、王太子側を退けるおつもりでしょう」

 私は迷った。
 けれど――逃げたくなかった。

「行きます」

 マリアに導かれ、石造りの長い廊下を抜ける。
 息が白くなるほど冷たい空気のなか、大広間の扉がゆっくりと開いた。

 中には、レオンハルト殿下と数名の騎士。そしてその向かいに、見知らぬ男――ルカ王太子の使者が立っていた。

 男は私を見るなり、眉をひそめる。

「アメリア様。ようやくお出ましですか。王太子殿下は深く心を痛めておられます。あなたが突然姿を消されたせいで」

(……姿を消した? 私が?)

 思わず口を開いた。

「わ、私……追放されただけで……」

「いいえ。あなたが勝手に国を出たのです。王宮ではそう伝えられていますよ。王太子殿下は全てあなたのために――」

「くだらん」

 殿下の冷たい声が、使者の言葉を切り裂いた。

「アメリアは“追放”された。事実は曲げられん。君たちがどんな言い訳を作ろうが、ここで通用すると思うな」

 殿下が一歩前へ出る。
 その瞬間、空気が張りつめた。

 使者は顔をひきつらせながら、凄むように言った。

「……あなたに拒否権はない! 我が国はアメリア様の“罪”を糾弾するつもりです!」

「罪……?」

 私の身体が震えた。
 すると殿下が振り返り、優しく声を落とす。

「大丈夫だ。言いたければ言わせておけ。全て私が覆す」

 その言葉だけで涙がこみ上げそうになった。

「罪状は――王太子殿下を誘惑し、判断を誤らせた嫌疑。国を混乱させたとして……」

 使者の声は広間に響き、殿下は深くため息をつく。

「そこまで愚かしい言葉を並べるとはな。……呆れて物も言えん」

「なんだと!」

「お前たちがどれほど取り繕おうと、アメリアを傷つけることは許さない。彼女は何の罪もない」

 殿下はそのまま私の手を取り、堂々と前に引き寄せた。

「アメリアは――私の妃になる人だ」

「――!!?」

 広間の空気が一瞬止まった。

 私自身、その言葉を信じられずに殿下を見上げた。
 殿下の瞳は、まっすぐに私だけを見ている。

「レ、レオンハルト殿下……?」

 思わず震える声で問い返すと、殿下ははっきりと頷いた。

「最初から、そのつもりだった。……君が望むなら、今日からこの国の王妃として迎える」

「お、望むならって……そんな大事な……」

「私は君がいい。君以外は考えられない」

 胸が、破裂しそうに熱くなる。

(どうしよう……こんなに強く言われて……)

 使者は顔色を変え、怒りに震えていた。

「勝手なことを……アメリア様は我が国の者だ! 勝手に婚約など――」

「もう私の国の者ではありません」

 私は自然と口を開いていた。

 使者が驚いたように私を振り向く。

「私は……婚約破棄されました。国を捨てたのは向こうです。だから――もう縛られる理由はありません」

「な……」

「それに……」

 私は殿下の手の温かさを確かめるように握り返した。

「私を助けてくれたのは、ここにいる殿下だけでした。泣いていた私を“守る”と言ってくれた。……私のことを、一度も疑わなかった」

 ルカがくれなかったもの。
 私がずっと欲しかったもの。

 それをくれたのは、この冷酷と呼ばれる王子だった。

「だから、私は――殿下のそばにいたい」

 使者は歯ぎしりをし、殿下を睨みつけた。

「……王国に盾突くつもりか。本気で戦争を望むのか!」

「望むわけがない。だが――」

 殿下は私の肩を抱いたまま、冷たく微笑んだ。

「アメリアを傷つける国など、こちらから願い下げだ」

「き、貴様……!」

「帰って王太子に伝えろ。“アメリアはもう私の婚約者だ”とな。……少なくとも、私の国はそうする」

 その強い宣言に、使者は反論できず後退した。

「……大変な決定だ。後悔するなよ……!」

 捨て台詞とともに、使者は大広間を出ていった。

 扉が閉まると同時に、私はその場に力が抜けそうになる。

「アメリア、大丈夫か?」

「は、はい……でも、殿下……今のは……」

「嘘ではない。君を手放すつもりはない」

 殿下は優しく私を抱き寄せた。

「君の手を取った瞬間、決めていたんだ。……もう二度と、誰にも渡さないと」

「そ、そんな……私なんて……」

「またそれか」

 殿下は少し笑い、私の髪に触れる。

「君は気づいていない。私は君が欲しい。君の強さも、弱さも、全部だ」

 心臓が跳ねて、身体が熱を帯びる。

「アメリア。私の隣に来てくれるか?」

 瞳が、本気だった。

(あぁ、もう……)

 どれだけ自分に嘘をつこうとしても、もう無理だった。

「……はい。殿下のそばにいたいです」

 その瞬間、殿下は私を強く抱きしめた。

「ありがとう。君の言葉が、私を救った」

 静かに頭を胸に押し付けられ、私は殿下の心音を感じる。

 温かくて、安心して、泣きそうだった。

「アメリア、私は冷酷と呼ばれてきた。けれど……君の前では弱くなる」

「弱く……?」

「君を失うのが怖い。……誰よりも」

 その言葉を聞いたとたん、胸がぎゅっと熱く締まって、涙が零れた。

「ずるいです……そんなこと言われたら……好きになるに決まって……」

 しまった、と思ったが遅かった。

 殿下は一瞬止まり、それからゆっくり私を離し、顔を近づけた。

「……今、なんと言った?」

「あ……その……」

「もう一度言ってくれ」

 逃げられない。
 でも、逃げなくてもいいと思った。

「殿下が……好きです」

 その瞬間、殿下の表情がほどけるように優しくなり、次の瞬間――

 そっと唇が重なった。

 優しく、深く、確かめるようなキス。
 思考が全部溶けていく。

 殿下は私の背を抱き寄せ、ゆっくり離れたあと小さく囁いた。

「愛している、アメリア。これから先の未来、全てを君に誓う」

「……はい」

 涙がこぼれ、でも不思議と悲しさは一つもなかった。

(ここが……私の居場所なんだ)

 そのとき、遠くの塔から鐘の音が響き、夜の空気に溶けた。

 私は殿下の腕の中で、静かに目を閉じた。

 そして――
 冷酷な王子と捨てられた令嬢の物語は、ここで新しく始まった。
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…

ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。 一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。 そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。 読んでいただけると嬉しいです。

婚約破棄された堅物令嬢ですが、鬼の騎士団長の娘として宮廷の陰謀を暴くのに忙しいので、美貌のカストラート(実は王子)に溺愛される暇はありません

綾森れん
恋愛
「お前のような真面目くさった女はいらない。婚約は破棄させてもらう!」 婚約者だった公爵令息に冷酷に言い放たれたリラ・プリマヴェーラ。 だが、彼女の心にあったのは悲しみではなく―― 十年前の王族暗殺事件を調査したいという情熱だった。 伯爵令嬢であるリラは、鉄の掟を守る『鬼の騎士団長』の娘。 彼女には恋よりも何よりも優先すべき使命があった。それは、十年前に幼い王子が暗殺された事件の真相を暴き、父を、そして王国を陰謀から救うこと。 婚約破棄直後、彼女の前に現れたのは、天使の歌声を持つ美貌のカストラート(去勢歌手)、アルカンジェロだった。 彼が十年前の事件について密かに調べていることを、リラは知ってしまう。 真相を探るため、リラは彼を自分の音楽教師として迎え入れ、距離を縮めていく。 事件解決の協力者として彼と接するうち、リラは謎めいたアルカンジェロに危機を救われることになる。 しかし、リラは知らない。 アルカンジェロの正体が、十年前に暗殺されたはずの第三王子であることを。 そして彼にとってリラこそが、初恋の女性であることを。 彼は十年間、密かにリラを想い続けていたのだ。 王位を狙う者たちから身を隠すため、声楽の技術を駆使して、教会歌手として大聖堂で生き延びてきたアルカンジェロだったが、王家を巡る不穏な陰謀が静かに動き始めていた。 捜査に猪突猛進な堅物令嬢と、彼女を影から支え執着を見せる、カストラート歌手のふりをした王子。 宮廷の闇を切り裂く二人の恋と事件の行方は――? ※本作は、過去に投稿していた『真面目くさった女はいらないと婚約破棄された伯爵令嬢ですが、王太子様に求婚されました。実はかわいい彼の溺愛っぷりに困っています』の設定・キャラクター・構成を大幅に改稿し、新作として再構成したものです。 物語の結末やキャラクターの掘り下げを強化しておりますので、初めての方も、以前お読みいただいた方もお楽しみいただけます。

まったく心当たりのない理由で婚約破棄されるのはいいのですが、私は『精霊のいとし子』ですよ……?

空月
恋愛
精霊信仰の盛んなクレセント王国。 その王立学園の一大イベント・舞踏会の場で、アリシアは突然婚約破棄を言い渡された。 まったく心当たりのない理由をつらつらと言い連ねられる中、アリシアはとある理由で激しく動揺するが、そこに現れたのは──。

「醜い」と婚約破棄された令嬢、実は変身の魔法で美貌を隠していただけでした。今さら後悔しても遅いですわ!

ゆっこ
恋愛
王都の大広間には、華やかな音楽と人々のざわめきが溢れていた。 社交界の中心ともいえる舞踏会。煌びやかなシャンデリアの下、若き令息や令嬢たちが談笑し、舞い踊り、誰もが夢のようなひとときを楽しんでいる。 けれど――その場の視線は、一人の令嬢へと集まっていた。 「リリアーナ・フォン・エルバート。お前との婚約を破棄する!」 鋭く響いたのは、婚約者である第一王子アルベルト殿下の声だった。 人々はざわめき、音楽が止まる。 「え……」

たいした苦悩じゃないのよね?

ぽんぽこ狸
恋愛
 シェリルは、朝の日課である魔力の奉納をおこなった。    潤沢に満ちていた魔力はあっという間に吸い出され、すっからかんになって体が酷く重たくなり、足元はふらつき気分も悪い。  それでもこれはとても重要な役目であり、体にどれだけ負担がかかろうとも唯一無二の人々を守ることができる仕事だった。  けれども婚約者であるアルバートは、体が自由に動かない苦痛もシェリルの気持ちも理解せずに、幼いころからやっているという事実を盾にして「たいしたことない癖に、大袈裟だ」と罵る。  彼の友人は、シェリルの仕事に理解を示してアルバートを窘めようとするが怒鳴り散らして聞く耳を持たない。その様子を見てやっとシェリルは彼の真意に気がついたのだった。

「誰もお前なんか愛さない」と笑われたけど、隣国の王が即プロポーズしてきました

ゆっこ
恋愛
「アンナ・リヴィエール、貴様との婚約は、今日をもって破棄する!」  王城の大広間に響いた声を、私は冷静に見つめていた。  誰よりも愛していた婚約者、レオンハルト王太子が、冷たい笑みを浮かべて私を断罪する。 「お前は地味で、つまらなくて、礼儀ばかりの女だ。華もない。……誰もお前なんか愛さないさ」  笑い声が響く。  取り巻きの令嬢たちが、まるで待っていたかのように口元を隠して嘲笑した。  胸が痛んだ。  けれど涙は出なかった。もう、心が乾いていたからだ。

冷徹王子に捨てられた令嬢、今ではその兄王に溺愛されています

ゆっこ
恋愛
 ――「お前のような女に、俺の隣は似合わない」  その言葉を最後に、婚約者であった第二王子レオンハルト殿下は私を冷たく突き放した。  私、クラリス・エルデンは侯爵家の令嬢として、幼い頃から王子の婚約者として育てられた。  しかし、ある日突然彼は平民出の侍女に恋をしたと言い出し、私を「冷酷で打算的な女」だと罵ったのだ。  涙も出なかった。  あまりに理不尽で、あまりに一方的で、怒りも悲しみも通り越して、ただ虚しさだけが残った。

婚約破棄されて追放された私、今は隣国で充実な生活送っていますわよ? それがなにか?

鶯埜 餡
恋愛
 バドス王国の侯爵令嬢アメリアは無実の罪で王太子との婚約破棄、そして国外追放された。  今ですか?  めちゃくちゃ充実してますけど、なにか?

処理中です...