婚約破棄?はい、どうぞお好きに!悪役令嬢は忙しいんです

ほーみ

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 金色の光が弾け、馬車の周囲に張られた結界が強烈な衝撃を吸収した。
 闇色の魔力が触れるたび、結界が波紋のように震える。

 ──黒衣の魔道士たち。
 アレクシス派の残党か、それとも別の勢力か。
 いずれにせよ、わたくしを奪い返すなどという発想じたい、笑えるほど無謀な話だ。

「リリアーナ、しっかり掴まって」

 セドリックがわたくしの肩を抱く。
 細身の身体からは想像できないほど強い、揺るぎない力。

 その胸元に額が触れ、鼓動が伝わる。
 わたくしの心臓もまた、彼に釣られたように早鐘を打つ。

「……セドリック、少し近すぎでは?」
「これくらいでなければ守れないでしょう。危険です」

 淡々と言うその声が、なぜか妙に甘く耳に響く。

 結界が再び軋んだ。
 セドリックが手をかざし、魔力をそそぐ。金色の光が強く輝き──黒衣の魔術師たちが一斉に後退した。

「さすが、魔導研究院主任……」

「彼らの魔力では、私の結界には届きません」
 セドリックは静かに言った。

 ……頼もしさが桁違いだ。

 しかし。

「敵の手際が良すぎますわね。殿下の差し金にしては……」
「えぇ。アレクシス殿下はここまでの動員をかけられるほど権勢を残していません。おそらく──」

 セドリックの瞳が細くなる。

「“第三勢力”の者たちでしょう」

「第三……? どこが?」
「確証はありませんが……あなたの魔力を狙う者」

 わたくしは息を呑む。

「わたくしの魔力……?」

「あなたが生まれつき持つ“王族級の魔力”。それは、王家の直系に匹敵するほど強い。国内外の多くが狙っても不思議ではありません」

 セドリックはわたくしの手を包み込み、低く囁いた。

「あなたを守れるのは、私だけです」

 指先が熱くなる。
 けれど──

「わたくしだって、自分の身くらい守れますわよ」

 わたくしは彼の胸元を軽く押し、距離を取ろうとした。

 だが──彼の指は、離れなかった。

「……リリアーナ。いまは駄目です」

 その声音はいつもの冷静さではなく、どこか焦りを含んでいるようだった。

「あなたの魔力は、少し不安定です。暴走しかけている」

「──え?」

「結界に触れた敵の魔力が、あなたの魔力核を刺激した。放っておけば、魔力が溢れて──」

 セドリックの視線が、わたくしの胸元へ移る。

 そこに、うっすらと金色の光が脈打っていた。

「な……これは……」

「だから言ったでしょう。私から離れないで、と」

 そう言うと彼は、ためらいもなくわたくしの手を包み込む。
 次の瞬間──

 金色の魔力が彼の手を通じて流れ込み、わたくしの魔力核へと届く。
 ひどく熱い。けれど、どこか心地よい。

「セ、セドリック……これ、何を……っ」

「あなたの魔力を安定させているんです。私の魔力で、あなたの魔力核を包むように」

 説明しながらも、彼の表情は真剣そのもの。
 いつもの無表情に見えるが、その眉間はわずかに寄り──まるで、わたくしの痛みを自分のことのように気にしているかのようだった。

「ずいぶん……親密な方法ですのね……」

「あなたを助けるためなら、何でもする」

 言い切り、指に力を込める。

 それだけで胸の奥が跳ねるなんて──
 本当に、どうかしている。



 黒衣の魔術師たちはじりじりと距離を詰めてくる。
 しかし、セドリックはそれを横目で見ながら、わずかに微笑んだ。

「……彼らは、もう倒れますよ」

「倒れる……?」

 そう問い返した瞬間だった。

 黒衣の魔術師たちが、一斉に崩れ落ちた。
 全員、気絶している。

「な、何を……?」

「この結界は二重構造です。一つ目は防御、二つ目は精神撹乱。
 彼らが魔力をぶつければぶつけるほど、自分たちの精神を削る仕組みです」

「それ……もはや戦争兵器では?」

「研究成果を活かしただけですよ」

 本当にこの人は……底が知れない。

「では、戻りましょう。あなたの魔力を安定させなければ」

 セドリックが手を差し伸べる。

 わたくしは、その手を……
 わずかにためらったあと、取った。



 研究院へ戻ると、セドリックは迷いなくわたくしを奥の部屋へ連れていった。

「ここは……?」

「あなた専用の魔力調整室です。以前から準備していました」

「以前から……?」

「あなたの魔力が暴走する可能性はずっと考えていましたから」

 どこまでも先回りするのね、この人は。

 部屋の中央には透明な魔力結晶の台座が置かれ、その周囲を魔法陣が囲む。
 セドリックはわたくしをそっと台座に座らせると、膝をつき、手を握った。

「これから行うのは“魔力深層同期”。
 あなたの魔力を安定させ、暴走を防ぐ高度な術です」

「……少し、怖いわ」

「大丈夫。私はあなたを傷つけたりしません」

 その声が、ひどく優しかった。

 ほどなく、彼の魔力が流れ込む。

 金色の光がわたくしたちを包み込み──
 視界が揺らぐ。

「セドリック……?」

「安心して……リリアーナ。私は、ここにいる」

 その声は安心を運ぶと同時に、わたくしの胸を苦しくさせた。

 ──彼は、どうしてそこまでわたくしに執着するの?

 そう問いかけたいのに、声が出ない。
 ただ、彼の魔力に包まれ、意識が深く沈んでいく。



 どれほど時間が経ったのか。
 目を覚ますと、セドリックがわたくしの手を握ったまま座っていた。

 その顔が、いつもより幼く見える。

「……寝ていましたわね?」
「えぇ。魔力消耗が激しかったので」

 セドリックはわたくしの頬に触れ──すぐに手を引っ込めた。

「ごめんなさい。つい……」

「つい?」

 わたくしが問い返すと、彼は視線を逸らした。

「……あなたが、あまりにも綺麗だったので」

 ほんの少しの沈黙。
 わたくしの鼓動が跳ねる。

「セ、セドリック。あなた、今日は随分と……」

「本音が漏れやすいだけです。魔力同期をした副作用でしょう」

「本音……?」

「えぇ。つまり──あなたを抱き寄せたいと思っていることも、本音ですね」

「っ……!?」

 心臓が爆発しそうになる。

 そのとき、研究院の扉が激しく叩かれた。

「リリアーナ様! 緊急事態です!」

 駆け込んできた研究員が叫ぶ。

「アレクシス殿下とエリーナ様が……行方不明に!」

「……は?」

「その上、殿下が最後に呟いていたと……
 “リリアーナを取り返す”と……!」

 部屋が静まり返る。

 セドリックはゆっくりと立ち上がり、金色の瞳を細めた。

「……また厄介事が増えましたね」

 その声音は冷たく、しかしどこか愉しげですらあった。

 彼はわたくしの手を取り──強く、離さないように握る。

「リリアーナ。どちらにせよ、あなたは私のそばから離れられませんよ。
 ……危険という意味でも、
 ──私が離したくないという意味でも」

 その言葉が、深く胸に刺さる。

 そして物語は、さらに厄介で、甘く、危険な方向へと転がり始めるのだった。
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