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渡瀬 湊がマンションの前に立っていた。
変わらぬ整った顔立ちに、今はもう学生じゃない成熟した鋭さが加わっている。
だけど、私が知ってる“湊くん”は、もっと柔らかくて、気取らなくて、笑うと目尻に小さなシワが寄るような――そんな人だった。
「……茉莉。話があるんだ。少し、時間をもらえるか?」
その声は低く、でもどこか懇願めいていた。
だけど。
「断る」
その声より先に、御堂蓮が冷たく切り込んだ。
「ここは俺の所有地だ。勝手に女を呼び出すな」
「……あんたに関係ない」
「ある。“婚約者”だ」
その一言で、場の空気が一瞬にして張り詰めた。
湊の目が細くなった。
「その“婚約”は、彼女が望んだことじゃないだろう」
「それを決めるのはお前じゃない。茉莉自身だ」
ふたりの間に、剣呑な空気が流れる。
私の名前を、まるで“所有権”みたいに並べないで。
「……私は、自分の意思でここにいる。御堂さんの傍にいるのも、私が決めたこと」
そう言うと、湊の顔がかすかに歪んだ。
「……本当に、それでいいのか? 茉莉」
「……」
湊の目は、10年前と同じ色をしていた。
あの頃の私を知らないくせに――優しくて、ずるくて、いつも“友達”のままの距離で私を安心させていた。
「……何の用事ですか」
私は声を絞り出す。
「今さら、私に何の用があるんですか」
湊はしばらく黙っていた。だけど、その沈黙のあと――言った。
「……お前の気持ち、気づいてたよ」
頭が真っ白になった。
「……な、に?」
「ずっと、俺に片想いしてたんだろ。……高校の頃から、ずっと」
言葉が出ない。
声も、感情も、何もかもが止まった。
「知ってた。でも、気づかないフリをした。お前が俺を好きでい続けてくれるのが、居心地がよかったから……友達でいてくれるのが、ありがたかったから。最低だよな、俺」
彼の声は、確かに後悔の色を帯びていた。
でも、それを今言われたって――何も変わらない。
「……もう遅いです」
そう言った私の声は、自分でも驚くほど冷たかった。
「私は今、御堂さんと一緒にいます。だから、もう……過去の話はやめましょう」
湊の目が、苦しそうに細められる。
「……本当に、あいつを選ぶんだな」
「はい」
少しの迷いも見せてはいけない。たとえ心の中に、傷が残っていたとしても。
湊は一歩だけ私に近づき――小さく息をついた。
「じゃあ、俺も“本気”になる。――あいつから、お前を取り戻す」
その言葉が、私の胸に深く突き刺さった。
(なに、言ってるの……)
それならもっと早く、言ってほしかった。
湊が去ったあと、御堂蓮は何も言わず私を部屋へと連れて戻った。
ドアが閉まる音が、やけに響いた。
「……ずいぶん、情熱的な“再会”だったな」
御堂の声は淡々としている。でも、どこか刺があった。
「……ごめんなさい。驚いたと思います」
「いや、想定内だ。あの男が、お前に無関心なはずがない」
「……どうして、そう思うんですか?」
「男の目は、嘘をつけない。あれは……所有を失った獣の目だ」
御堂はゆっくりとソファに腰を下ろした。
「渡瀬が“取り戻す”と言ったのなら、実行してくるだろう。やつはそういう男だ」
「……だったら、私は?」
言葉が漏れた。
「私の気持ちはどうでもいいんですか。私は……道具じゃない」
御堂の目が少しだけ細くなる。
「勘違いするな。俺は、お前を“守っている”つもりだ」
「それ、本気で言ってます?」
「……お前が思っているより、俺はお前に興味がある」
御堂は、静かに私を見た。
その視線が、なぜか苦しかった。
翌日、私は珍しく一人で外に出る許可をもらった。
“冷却期間”という名目だったけれど、御堂の表情には微かな不安がにじんでいた。
(湊くんは、もう諦めたかな……)
そんなことを考えながら歩いていると、路地の先に彼の姿が見えた。
「……来るって、信じてた」
「……ここで待ってたの?」
「うん。今日ぐらい、一人で動くかなって。茉莉の性格、だいたい覚えてる」
「……」
彼は、ベンチを指さして私を座らせた。
静かな公園。小鳥の声と、風の音だけが聞こえる。
「……俺、あの頃のままでいたくなかったんだ」
湊がぽつりと言った。
「お前の想いに気づいてたくせに、応えなかったあの頃の自分が、ずっと引っかかってた。だから、御堂といるお前を見たとき……どうしようもなく後悔したんだ」
「今さら、何言ってるの……」
私は声を押し殺した。
「私は、ずっと湊くんが好きだったよ。でも、あなたは何も言ってくれなかった。期待させるようなことばっかりして、何も……!」
「そうだな。俺は、臆病だった」
彼の手が、そっと私の手に重なる。
「でも、今は違う。ちゃんと気づいた。お前の存在が、どれだけ大きかったか……ようやく気づけたんだ」
「そんなの……」
そのときだった。
私のスマホが震えた。御堂からの着信だった。
“どこにいる”
短い文字が、画面に表示されている。
私はそれを見て、湊に小さく言った。
「帰らなきゃ……」
「……茉莉」
彼が手を握る力を少し強める。
「本当に、あいつのところに帰るのか?」
「……はい」
震える声で答えた。
本心かどうか、もう自分でもわからない。でも、今はそれしか言えなかった。
マンションに戻ると、御堂は窓際に立っていた。
「……渡瀬と会っていたな」
「……はい」
「何を言われた」
「“取り戻す”って。まだ、本気みたいです」
「それで、お前はどうする」
彼は振り返って、私の目をまっすぐに見た。
その目が、冷たくなくて、少しだけ寂しそうで――
「俺はお前に期待している。“利用する”なんて、もう言わない。お前に、俺を“選んで”ほしい」
選ぶ――?
私は御堂蓮を、選べるの?
それは、過去の気持ちを超えるってこと?
変わらぬ整った顔立ちに、今はもう学生じゃない成熟した鋭さが加わっている。
だけど、私が知ってる“湊くん”は、もっと柔らかくて、気取らなくて、笑うと目尻に小さなシワが寄るような――そんな人だった。
「……茉莉。話があるんだ。少し、時間をもらえるか?」
その声は低く、でもどこか懇願めいていた。
だけど。
「断る」
その声より先に、御堂蓮が冷たく切り込んだ。
「ここは俺の所有地だ。勝手に女を呼び出すな」
「……あんたに関係ない」
「ある。“婚約者”だ」
その一言で、場の空気が一瞬にして張り詰めた。
湊の目が細くなった。
「その“婚約”は、彼女が望んだことじゃないだろう」
「それを決めるのはお前じゃない。茉莉自身だ」
ふたりの間に、剣呑な空気が流れる。
私の名前を、まるで“所有権”みたいに並べないで。
「……私は、自分の意思でここにいる。御堂さんの傍にいるのも、私が決めたこと」
そう言うと、湊の顔がかすかに歪んだ。
「……本当に、それでいいのか? 茉莉」
「……」
湊の目は、10年前と同じ色をしていた。
あの頃の私を知らないくせに――優しくて、ずるくて、いつも“友達”のままの距離で私を安心させていた。
「……何の用事ですか」
私は声を絞り出す。
「今さら、私に何の用があるんですか」
湊はしばらく黙っていた。だけど、その沈黙のあと――言った。
「……お前の気持ち、気づいてたよ」
頭が真っ白になった。
「……な、に?」
「ずっと、俺に片想いしてたんだろ。……高校の頃から、ずっと」
言葉が出ない。
声も、感情も、何もかもが止まった。
「知ってた。でも、気づかないフリをした。お前が俺を好きでい続けてくれるのが、居心地がよかったから……友達でいてくれるのが、ありがたかったから。最低だよな、俺」
彼の声は、確かに後悔の色を帯びていた。
でも、それを今言われたって――何も変わらない。
「……もう遅いです」
そう言った私の声は、自分でも驚くほど冷たかった。
「私は今、御堂さんと一緒にいます。だから、もう……過去の話はやめましょう」
湊の目が、苦しそうに細められる。
「……本当に、あいつを選ぶんだな」
「はい」
少しの迷いも見せてはいけない。たとえ心の中に、傷が残っていたとしても。
湊は一歩だけ私に近づき――小さく息をついた。
「じゃあ、俺も“本気”になる。――あいつから、お前を取り戻す」
その言葉が、私の胸に深く突き刺さった。
(なに、言ってるの……)
それならもっと早く、言ってほしかった。
湊が去ったあと、御堂蓮は何も言わず私を部屋へと連れて戻った。
ドアが閉まる音が、やけに響いた。
「……ずいぶん、情熱的な“再会”だったな」
御堂の声は淡々としている。でも、どこか刺があった。
「……ごめんなさい。驚いたと思います」
「いや、想定内だ。あの男が、お前に無関心なはずがない」
「……どうして、そう思うんですか?」
「男の目は、嘘をつけない。あれは……所有を失った獣の目だ」
御堂はゆっくりとソファに腰を下ろした。
「渡瀬が“取り戻す”と言ったのなら、実行してくるだろう。やつはそういう男だ」
「……だったら、私は?」
言葉が漏れた。
「私の気持ちはどうでもいいんですか。私は……道具じゃない」
御堂の目が少しだけ細くなる。
「勘違いするな。俺は、お前を“守っている”つもりだ」
「それ、本気で言ってます?」
「……お前が思っているより、俺はお前に興味がある」
御堂は、静かに私を見た。
その視線が、なぜか苦しかった。
翌日、私は珍しく一人で外に出る許可をもらった。
“冷却期間”という名目だったけれど、御堂の表情には微かな不安がにじんでいた。
(湊くんは、もう諦めたかな……)
そんなことを考えながら歩いていると、路地の先に彼の姿が見えた。
「……来るって、信じてた」
「……ここで待ってたの?」
「うん。今日ぐらい、一人で動くかなって。茉莉の性格、だいたい覚えてる」
「……」
彼は、ベンチを指さして私を座らせた。
静かな公園。小鳥の声と、風の音だけが聞こえる。
「……俺、あの頃のままでいたくなかったんだ」
湊がぽつりと言った。
「お前の想いに気づいてたくせに、応えなかったあの頃の自分が、ずっと引っかかってた。だから、御堂といるお前を見たとき……どうしようもなく後悔したんだ」
「今さら、何言ってるの……」
私は声を押し殺した。
「私は、ずっと湊くんが好きだったよ。でも、あなたは何も言ってくれなかった。期待させるようなことばっかりして、何も……!」
「そうだな。俺は、臆病だった」
彼の手が、そっと私の手に重なる。
「でも、今は違う。ちゃんと気づいた。お前の存在が、どれだけ大きかったか……ようやく気づけたんだ」
「そんなの……」
そのときだった。
私のスマホが震えた。御堂からの着信だった。
“どこにいる”
短い文字が、画面に表示されている。
私はそれを見て、湊に小さく言った。
「帰らなきゃ……」
「……茉莉」
彼が手を握る力を少し強める。
「本当に、あいつのところに帰るのか?」
「……はい」
震える声で答えた。
本心かどうか、もう自分でもわからない。でも、今はそれしか言えなかった。
マンションに戻ると、御堂は窓際に立っていた。
「……渡瀬と会っていたな」
「……はい」
「何を言われた」
「“取り戻す”って。まだ、本気みたいです」
「それで、お前はどうする」
彼は振り返って、私の目をまっすぐに見た。
その目が、冷たくなくて、少しだけ寂しそうで――
「俺はお前に期待している。“利用する”なんて、もう言わない。お前に、俺を“選んで”ほしい」
選ぶ――?
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