“地味”と見下された私が人気者になった途端、態度変わりすぎじゃない?

ほーみ

文字の大きさ
2 / 6

2

 美術室に入ると、篝先輩は私を気遣うように椅子へ座らせた。

「桜、今日は無理しなくていいよ。ちょっと休んだら?」

「えっ、でも……作業、まだ残ってますし」

「いいの。腕、まだ赤いから」

 優しく触れられた指先に、また心臓が跳ねた。
 湊に掴まれたところ……そんなに気にしなくてもいいのに。

「……本当に大丈夫です。気にしないでください」

「桜が嫌な思いしたのに、気にしないなんて言えないよ」

 篝先輩の声は柔らかいけれど、目だけが鋭い。
 さっき湊を睨んだときと、同じ目。

(……こんな顔、するんだ)

 私がじっと見つめていると、先輩はハッとしたように眉を緩めた。

「あ、ごめん。怖がらせちゃった?」

「いえ! ぜんぜん……そんな、むしろ、嬉しかったです」

「……そっか。よかった」

 その瞬間、ふっと優しい笑みに戻る。

(このギャップ、ずるい……)

 それから少しの間、二人で静かに作業をした。
 筆が紙の上を滑る音だけが美術室に響く。

 でも、しばらくすると――。

「桜」

「はい?」

「……さっきの湊くん、あれで終わりにする気、なさそうだよね」

「え?」

「桜のこと、まだ“自分の身近に置ける存在”だって思ってるみたいだった」

 図星すぎて返事に詰まる。

 幼馴染として、湊はずっと私を“空気扱い”してきた。
 だからこそ、私が少し注目されただけで態度を変えてきたのも、妙に納得がいく。

「……湊は、変わったんですよ。私じゃなくて、周りが持ち上げてくれる子の方ばっかり見て」

「で、桜を軽く扱った?」

「はい」

 篝先輩はゆっくりと目を細めた。

「……俺、そういうの、ほんと嫌い」

 穏やかだけど、氷のように冷たい言い方だった。
 普段の笑顔からは想像できないほどの感情が隠れていた。

「桜が嫌がることは全部、俺が排除するから」

「……え?」

「“守る”って決めたからね」

 さらっと言われたその言葉が、胸に深く刺さる。
 優しさだけじゃない。
 想像以上の独占欲みたいなものがにじむ声音。

(……篝先輩の“もっと知りたい”って、どういう意味だったんだろう)

 そう考えているうちに、先輩は片付けを始めた。

「そろそろ帰ろっか。一緒に駅まで行っていい?」

「え、い、いいんですか?」

「むしろ行かせて? 心配だから」

 こんなふうに言われて断れる人間がいるだろうか。
 私は頷くしかなかった。



 放課後の校門。
 篝先輩と一緒に歩くだけで、周りの視線が突き刺さる。

「あれ桜じゃない?」「篝先輩と一緒に!?」「あの子、最近ほんとすごいね……」

 ひそひそ声が聞こえてきて、思わず俯くと――。

「桜は気にしなくていいよ。俺の隣、似合ってるから」

 囁くような声に、また心臓が暴れる。

「そ、そんな……」

「本当だよ」

 そのときだった。

「……桜」

 背後から聞き慣れた声がして、振り返る。
 湊が立っていた。眉間に皺を寄せて、明らかに不機嫌そうに。

「ちょっと話あるんだけど」

「えっと、今は――」

「少しだけでいいから」

 無理やり私の手首を掴もうとした瞬間。

 パシッ。

 篝先輩の手が湊の手首を掴み返していた。

「……何してるの?」

「っ……篝先輩には関係ないだろ」

「あるよ。桜、嫌がってる」

「別に嫌がってないよな? 昔から俺ら、こういう感じ――」

「湊」

 名前を呼んだだけなのに、湊は言葉を飲み込んだ。
 篝先輩の声は低くて冷たい。

「“昔の桜”のままだと思って接するのは、やめた方がいい」

「……!」

「今の桜は、お前が勝手に決めつけていい存在じゃないから」

 湊は悔しそうに拳を震わせている。
 でも、篝先輩の鋭い視線を受けて何も言い返せなかった。

「桜、帰ろ?」

「あ……うん」

 私は篝先輩の後ろを歩く。
 一歩進むごとに、湊の視線が背中に刺さるのを感じた。

 罪悪感?
 違う。
 これは――少しだけ、気持ちよかった。



 駅まで向かう途中。

「桜は優しいよね」

「え?」

「湊くんの顔、見てたでしょ。罪悪感、感じてた」

「……だって、幼馴染ですし、ずっと一緒で……」

「だからって、雑に扱われていい理由にはならないよ」

「……」

「桜は、桜自身をもっと大事にしていい」

 優しい声。
 でもどこか、私への想いを押し込めているようにも見えた。

「篝先輩って、私のこと……どう思ってるんですか?」

 気付いたら、聞いていた。

 聞くつもりなんてなかったのに。
 胸の奥がざわついて、勝手に口が動いた。

 篝先輩は足を止め、私の方へ体を向けた。

 そして――。

「好きだよ」

「っ……!」

 あまりに真っ直ぐに言われて、固まる。
 冗談でも、からかいでもない。

「桜は気付いてなかったかもしれないけど……最初に絵を見たときから、ずっと気になってた」

「そ、そんな……」

「桜自身のことをもっと知りたいって言ったのも、本心だよ」

 声が震える。
 どう返せばいいのかわからない。

 そんな私の手をそっと取って、篝先輩は微笑んだ。

「急がなくていい。返事はいつでもいいから」

「……はい」

 そう言いながら、心臓はずっと痛いくらいに鳴っていた。



 家に帰ってからも、胸の鼓動は治まらなかった。

(篝先輩が……私を……?)

 夢みたいな言葉。
 でも、頭から離れない。

 同時に、湊の顔が浮かぶ。

(湊は……どうして急に態度を変えてきたんだろう)

 昔は優しくて、何でも一緒にして。
 でも高校に入ってから、どんどん遠くなって。
 それでも最近のあの目は、知らない感情に満ちていて。

 胸の奥がざわざわする。

(もう、昔みたいに戻ることは……ないよね)

 自分に言い聞かせるように呟いた。

 そのとき、スマホが震えた。

 画面には―― 湊 の名前。

 嫌な予感がして開くと、

『明日の放課後、話したい。時間作れよ』

 一方的なメッセージ。

 胸が重くなる。
 だけど、無視することもできなかった。

 そして翌日――。



「桜」

 呼び出されたのは、中庭の奥のほう。
 ほとんど人通りがない場所。

 湊はどこか落ち着きなく立っていた。

「来たんだな」

「……話ってなに?」

「……お前、変わったよな」

 最初に出たのは、そんな言葉だった。

「変わったっていうか……周りの見る目が変わっただけだよ」

「違う。おまえ自体が……なんか、綺麗になった」

 俯く湊。
 こんなに弱い顔をしているのを見るのは、初めてかもしれない。

「桜が誰と話すかで、なんかモヤモヤして……イライラして……」

「……湊?」

「篝先輩と一緒にいるの、見た。正直、むっちゃ腹立った」

 率直すぎる嫉妬。

(なんで今さら……)

 胸がざわつく。

 湊は深く息を吸い、絞り出すように言った。

「桜……俺、たぶん……」

 そこで、ふっと気配がした。

 中庭の入口――篝先輩が立っていた。

 表情は穏やかなのに、目だけがまっすぐに私と湊を射抜いている。

「桜。探したよ」

 その瞬間、空気が張りつめた。

 湊は先輩を睨む。
 篝先輩は一歩だけこちらへ歩く。

 そして――。

「その話、桜が聞きたいと思ってるって……本気で思ってるの?」

「っ……!」

 湊が過去一番、悔しそうに顔をゆがめた。

 風が吹く。
 桜の花びらが、ひらひらと舞い落ちる。

 その中で、私は二人の視線に挟まれて立ち尽くしていた。

 胸が苦しい。
 でも、その苦しさの意味は――まだわからなかった。

 ただひとつだけ確かなのは。

 この先、私の周りで何かが大きく変わっていくということ。

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

ちゃんと忠告をしましたよ?

柚木ゆず
ファンタジー
 ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。 「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」  アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。  アゼット様。まだ間に合います。  今なら、引き返せますよ? ※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。

わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。

織り子
ファンタジー
王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。 父であるアーヴェント大公に疎まれている―― 噂を知った王太子は、彼女を公衆の面前で侮辱する。

【短編】花婿殿に姻族でサプライズしようと隠れていたら「愛することはない」って聞いたんだが。可愛い妹はあげません!

月野槐樹
ファンタジー
妹の結婚式前にサプライズをしようと姻族みんなで隠れていたら、 花婿殿が、「君を愛することはない!」と宣言してしまった。 姻族全員大騒ぎとなった

夫から『お前を愛することはない』と言われたので、お返しついでに彼のお友達をお招きした結果。

古森真朝
ファンタジー
 「クラリッサ・ベル・グレイヴィア伯爵令嬢、あらかじめ言っておく。  俺がお前を愛することは、この先決してない。期待など一切するな!」  新婚初日、花嫁に真っ向から言い放った新郎アドルフ。それに対して、クラリッサが返したのは―― ※ぬるいですがホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。

病弱を演じていた性悪な姉は、仮病が原因で大変なことになってしまうようです

柚木ゆず
ファンタジー
 優秀で性格の良い妹と比較されるのが嫌で、比較をされなくなる上に心配をしてもらえるようになるから。大嫌いな妹を、召し使いのように扱き使えるから。一日中ゴロゴロできて、なんでも好きな物を買ってもらえるから。  ファデアリア男爵家の長女ジュリアはそんな理由で仮病を使い、可哀想な令嬢を演じて理想的な毎日を過ごしていました。  ですが、そんな幸せな日常は――。これまで彼女が吐いてきた嘘によって、一変してしまうことになるのでした。

地味で結婚できないと言われた私が、婚約破棄の席で全員に勝った話

といとい
ファンタジー
「地味で結婚できない」と蔑まれてきた伯爵令嬢クラリス・アーデン。公の場で婚約者から一方的に婚約破棄を言い渡され、妹との比較で笑い者にされるが、クラリスは静かに反撃を始める――。周到に集めた証拠と知略を武器に、貴族社会の表と裏を暴き、見下してきた者たちを鮮やかに逆転。冷静さと気品で場を支配する姿に、やがて誰もが喝采を送る。痛快“ざまぁ”逆転劇!

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。