婚約破棄された悪役令嬢、異国で無双する

ほーみ

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アグナス王国の街に、突然の嵐が訪れたのは、その日の夕暮れだった。

「殿下の一行が、王都に到着されたそうです」

学院の事務官から、無機質に告げられた報せ。
“殿下”――その言葉に心臓がひとつ跳ねる。

(来たのね、アルベルト……)

あの婚約破棄から、まだ一年も経っていない。
王国を追われるようにして出た私の前に、彼がどんな顔をして現れるのか。
あるいは、私がどんな顔をして向き合えるのか――。

「……行くべきね」

避けてはならない、そう思った。
私は王立魔導学舎の正門を抜け、使者の指示に従って王城内の迎賓館へ向かった。

途中、誰かに呼び止められた。

「レティ」

振り向くと、カイがいた。
彼は眉を寄せて、私をまっすぐに見ていた。

「今からアイツに会いに行くのか?」

「……ええ」

「やめとけ。今さら会って、何が変わる?」

「変わらないかもしれない。でも、私の中で“終わってない”の」

彼はしばらく黙って、それから私の手首をそっとつかんだ。

「なら、約束しろ。戻ってきたら――俺に会いに来い」

「……え?」

「俺はお前の過去じゃない。今、ちゃんと見てるから」

その言葉に、胸の奥がわずかに震えた。

「……うん。分かった」

私は手を振りほどくことなく、そのまま頷いて彼に背を向けた。

迎賓館の一室。
重たい扉をノックすると、中からすぐに「入れ」と声がした。

そこにいたのは、かつての婚約者――アルベルト・フォン・グラウエンハイト王太子。

黄金の髪に碧眼。相変わらず整った顔立ちに、気品と傲慢さがにじんでいる。
だが、私を見た彼の目が、ほんの一瞬だけ揺れた。

「……久しいな、レティシア」

「ええ、殿下」

「“殿下”? 随分とよそよそしい呼び方だな。以前のように『アルベルト様』と呼べばいい」

「私はもう、あなたの婚約者ではありませんから」

私は涼しく言った。
アルベルトは口元を歪めるように笑いながら近づいてきた。

「だが、君はまだ美しい。異国であっても、その姿は誰よりも際立っている」

「褒め言葉として受け取っておきます」

「……この国で何をしている? 王立学舎に身を置いていると聞いたが」

「はい。実力で推薦を受けて、魔導騎士団の研修課程に入る予定です」

「君が……魔導騎士団に?」

あからさまに驚いた顔。
そしてその瞳に、かすかな苛立ちが宿ったのを私は見逃さなかった。

「……そんなことをして、何になる? 君のような貴族令嬢が戦場に出れば傷つくだけだ」

「そう思うのは、私を“飾り物”としてしか見ていなかったあなたの勝手な価値観です」

「……っ」

その瞬間、彼の表情から余裕が消えた。

「私はもう、あなたの影では生きません。私の人生は、私が選びます」

背筋を伸ばして告げると、アルベルトはしばらく黙って私を見ていた。

そして、意外にも静かに――だが確実な想いを込めて言った。

「……まだ、遅くはない」

「……?」

「戻ってこい。王国に。俺のもとに」

心臓が、痛むように跳ねた。

「――ふざけないで」

「ふざけてなどいない。……俺は、失って初めて気づいた。君がどれだけ俺を支えていたか」

「それを私がどれだけ望んでいたか、知っていて裏切ったのは誰?」

思い出す。
華やかな舞踏会の夜。
あの公爵令嬢と手を取り合っていたアルベルトの姿を。

「あなたは私を“悪役令嬢”にしたのよ」

「違う! 俺は……!」

「――もう、いいです。これ以上あなたの顔を見ていると、時間が惜しくなります」

私は背を向けた。
すると、後ろから手が伸びて、私の手首をつかまれた。

「待て、レティ――」

「触らないで」

氷の魔力が瞬間的に走り、彼の手から冷気が走った。

その冷たさに驚いて、アルベルトは手を離す。

「……君は、変わったな」

「そうよ。私を“変えた”のは、あなたの裏切り」

それだけを告げて、私は部屋を出た。

廊下の先に立っていたのは、鋭い視線を向けていた男――セイランだった。

「……いつからそこに?」

「最初から、とは言わないが。だが、その男が“未練”を持っているのはよく分かった」

「……セイラン」

彼は静かに私を見つめて、そしてふいに尋ねた。

「君は、それでも彼を――憎んではいないのか?」

「……正直に言うなら、まだ分かりません。許してはいない。でも、憎しみだけでは前に進めないとも思ってる」

「そうか」

セイランは目を伏せ、それから一歩近づいた。

「君は、強い。けれど、そうやって自分の“弱さ”を否定してはいけない」

「私は……弱くないわ」

そう言ったつもりだったのに――

「――そう言う君が、一番、泣きたそうに見える」

その言葉と共に、セイランはそっと私の肩に触れた。

「……っ」

「泣きたいなら、泣いてもいい。誰かに支えてもらっても、誰も君を責めない」

彼の手の温かさが、心の中の冷たい氷をゆっくりと溶かしていく。

「セイラン……」

「俺は、君が誰かの“飾り”で終わるような女だとは思っていない。君の選んだ道を、俺は見届けたい」

彼の瞳はまっすぐで、そこには打算も、義務もない。
ただ私の“今”だけを見てくれている、そんな確かさがあった。

(……こんな人に出会ってしまったら、もう、あの頃には戻れない)

胸の奥がきゅうっと締めつけられる。

でも、嫌じゃない。
この痛みすら、甘く思えるほどに――彼の手は優しかった。

「……ありがとう、セイラン。今は……もう少しだけ、傍にいてくれる?」

「もちろんだ」

月明かりの差し込む廊下で、私は静かに目を閉じた。




その夜、私は黒猫亭に戻らなかった。
ただ静かに、自分の中に生まれた“変化”と向き合っていた。

自分の選んだ道。
失ったもの。
そして――これから掴む未来。

けれど、それはまだ静かに始まったばかり。

次の日、王立学舎に衝撃の知らせが走る。

「魔導騎士団・アグナス第七部隊が壊滅……!? 犯人は“仮面の魔導師”ヴァルだと――!」

物語は、再び大きく動き出す。

(つづく)

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