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「セレナ=ミルフォード。お前との婚約は、今日限りで白紙にする!」
豪奢な晩餐の場。王城の舞踏会場の中心で、王太子アルヴィンの声が響き渡った。
金色の髪を撫でつけた王太子は、青い礼服を着こなしていた。隣には、艶やかなドレスをまとった少女が寄り添っている。彼女は、平民上がりの自称“聖女”、マリア=ブランシェ。
「あら……そうですか」
私はただ、微笑んだ。
ざわつく場内。まさか、王太子が公衆の面前で婚約破棄を告げるとは思っていなかったのだろう。
けれど、私は――知っていた。この愚かな王太子が、どんな手順で私を貶めようとしているか。
「セレナ、お前のような冷たい女と結婚するよりも、聖女マリアの方がずっとふさわしいと気づいた。彼女は国を救う力を持っているんだ!」
「そう、ですか。お幸せに」
私は、静かに一礼をしてから舞踏会場を後にした。
背後からはマリアの鼻で笑う声が聞こえる。
「やっぱり高慢な令嬢って、こういうときに泣き喚くのかと思ったけど、拍子抜けね」
……本当に愚かだわ。
泣く理由なんて、一つもない。むしろ、清々しいくらいよ。
これでようやく――私は“本物の相手”と歩めるのだから。
数日後、ミルフォード公爵家は貴族社会から笑い者にされていた。
“王太子に婚約破棄された令嬢”――ただの敗北者。
でもそれでいい。
なぜなら、私は今、隣国ユルフェリアの第三王子、ノア=アーデルハイト殿下から、正式な求婚を受けているのだから。
「セレナ、君が僕の隣に立ってくれるなら、王位なんてくれてやっても構わない」
「ノア殿下、また大げさなことを……」
「本気さ」
ノアは長身で、黒髪に銀の瞳を持つ知性派の王子。隣国の中でも特に有能で、軍事・経済・外交に秀でた存在だ。次代の国王候補と囁かれる逸材。
そんな彼が、私に跪いて愛を語ってくれる。
アルヴィンのように、中身のないお飾り王子とは違う。
彼は、本物の“王”になる器を持っている。
「セレナ、君はあの男に利用されていたとしか思えない。こんな素晴らしい女性を手放すなんて、信じられないね」
「……私も、彼に愛されていたとは思っていません。家柄と血筋を利用されただけです」
「なら、今度は僕が、君自身を愛するよ。君の才能も、誇りも、すべてを包み込むように」
ノアの手が、私の頬にそっと触れる。
その温もりに、心が揺れた。
私は――もう誰かの道具じゃない。
誰かの愛玩物でも、権力の道具でもない。
一人の女性として、大切にされる。それだけで、胸が熱くなる。
「……ありがとう、ノア殿下」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! セレナ、本当に他国の王子と結婚するつもりなのか!?」
それは、数日後のこと。
私がユルフェリアへの正式な婚約発表をしたその夜、
アルヴィンが城の裏庭に押しかけてきた。
まるで、焦りを隠せない顔だった。
「君にはまだ、王国の未来に貢献してもらう責任があるだろう!? 勝手に他国に嫁ぐなど――!」
「……王太子殿下、あれはあなたが言ったことですよ。『婚約は白紙にする』と」
「そ、それは……」
「私はもう、“ミルフォード公爵令嬢”ではありません。“ユルフェリア王太子妃”です」
言葉を返せないアルヴィン。
ふふ、ようやく気づいた?
自分が何を失ったのかを。
「後悔しているのか?」
背後から、ノアの静かな声が聞こえた。
アルヴィンが振り向くと、そこには彼よりも堂々と立つノアがいた。
「彼女の価値がわからなかったのは君の愚かさだ。そして――その愚かさは、国の未来すら危うくするかもしれないな」
「くっ……っ、外の王子が何を……っ!」
「外の王子? 違うな。セレナを手にしたことで、僕はすでにこの王国の一部だ」
そう言って、ノアは私の手を取った。
熱くて、確かな手。
そして、私の瞳を見つめる。
「行こう、セレナ。君には、もっと明るく美しい未来が似合う」
私は黙ってうなずいた。
ざまあみなさい――王太子。
これは、あなたが選んだ結末なのよ。
夜空に月が輝く。
馬車に乗り込んだ私たちを、王城の明かりが遠ざかっていく。
「……ノア様、少しだけ怖いです。ここまで急に変わってしまって」
「怖がる必要はない。僕が、君を必ず幸せにする。約束するよ」
ノアは私の手を引き寄せて、静かに唇を落とした。
甘くて、確かな、愛の証。
胸が高鳴る。こんなにも心から愛される感覚を、私は初めて知った。
「セレナ。君が望むなら――王妃の冠でも、世界でも、なんでも与えてみせる」
私は、その言葉にそっと頷いた。
まだ何も知らない、恋の始まり。
そして、ざまぁの幕は――これからが本番だった。
豪奢な晩餐の場。王城の舞踏会場の中心で、王太子アルヴィンの声が響き渡った。
金色の髪を撫でつけた王太子は、青い礼服を着こなしていた。隣には、艶やかなドレスをまとった少女が寄り添っている。彼女は、平民上がりの自称“聖女”、マリア=ブランシェ。
「あら……そうですか」
私はただ、微笑んだ。
ざわつく場内。まさか、王太子が公衆の面前で婚約破棄を告げるとは思っていなかったのだろう。
けれど、私は――知っていた。この愚かな王太子が、どんな手順で私を貶めようとしているか。
「セレナ、お前のような冷たい女と結婚するよりも、聖女マリアの方がずっとふさわしいと気づいた。彼女は国を救う力を持っているんだ!」
「そう、ですか。お幸せに」
私は、静かに一礼をしてから舞踏会場を後にした。
背後からはマリアの鼻で笑う声が聞こえる。
「やっぱり高慢な令嬢って、こういうときに泣き喚くのかと思ったけど、拍子抜けね」
……本当に愚かだわ。
泣く理由なんて、一つもない。むしろ、清々しいくらいよ。
これでようやく――私は“本物の相手”と歩めるのだから。
数日後、ミルフォード公爵家は貴族社会から笑い者にされていた。
“王太子に婚約破棄された令嬢”――ただの敗北者。
でもそれでいい。
なぜなら、私は今、隣国ユルフェリアの第三王子、ノア=アーデルハイト殿下から、正式な求婚を受けているのだから。
「セレナ、君が僕の隣に立ってくれるなら、王位なんてくれてやっても構わない」
「ノア殿下、また大げさなことを……」
「本気さ」
ノアは長身で、黒髪に銀の瞳を持つ知性派の王子。隣国の中でも特に有能で、軍事・経済・外交に秀でた存在だ。次代の国王候補と囁かれる逸材。
そんな彼が、私に跪いて愛を語ってくれる。
アルヴィンのように、中身のないお飾り王子とは違う。
彼は、本物の“王”になる器を持っている。
「セレナ、君はあの男に利用されていたとしか思えない。こんな素晴らしい女性を手放すなんて、信じられないね」
「……私も、彼に愛されていたとは思っていません。家柄と血筋を利用されただけです」
「なら、今度は僕が、君自身を愛するよ。君の才能も、誇りも、すべてを包み込むように」
ノアの手が、私の頬にそっと触れる。
その温もりに、心が揺れた。
私は――もう誰かの道具じゃない。
誰かの愛玩物でも、権力の道具でもない。
一人の女性として、大切にされる。それだけで、胸が熱くなる。
「……ありがとう、ノア殿下」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! セレナ、本当に他国の王子と結婚するつもりなのか!?」
それは、数日後のこと。
私がユルフェリアへの正式な婚約発表をしたその夜、
アルヴィンが城の裏庭に押しかけてきた。
まるで、焦りを隠せない顔だった。
「君にはまだ、王国の未来に貢献してもらう責任があるだろう!? 勝手に他国に嫁ぐなど――!」
「……王太子殿下、あれはあなたが言ったことですよ。『婚約は白紙にする』と」
「そ、それは……」
「私はもう、“ミルフォード公爵令嬢”ではありません。“ユルフェリア王太子妃”です」
言葉を返せないアルヴィン。
ふふ、ようやく気づいた?
自分が何を失ったのかを。
「後悔しているのか?」
背後から、ノアの静かな声が聞こえた。
アルヴィンが振り向くと、そこには彼よりも堂々と立つノアがいた。
「彼女の価値がわからなかったのは君の愚かさだ。そして――その愚かさは、国の未来すら危うくするかもしれないな」
「くっ……っ、外の王子が何を……っ!」
「外の王子? 違うな。セレナを手にしたことで、僕はすでにこの王国の一部だ」
そう言って、ノアは私の手を取った。
熱くて、確かな手。
そして、私の瞳を見つめる。
「行こう、セレナ。君には、もっと明るく美しい未来が似合う」
私は黙ってうなずいた。
ざまあみなさい――王太子。
これは、あなたが選んだ結末なのよ。
夜空に月が輝く。
馬車に乗り込んだ私たちを、王城の明かりが遠ざかっていく。
「……ノア様、少しだけ怖いです。ここまで急に変わってしまって」
「怖がる必要はない。僕が、君を必ず幸せにする。約束するよ」
ノアは私の手を引き寄せて、静かに唇を落とした。
甘くて、確かな、愛の証。
胸が高鳴る。こんなにも心から愛される感覚を、私は初めて知った。
「セレナ。君が望むなら――王妃の冠でも、世界でも、なんでも与えてみせる」
私は、その言葉にそっと頷いた。
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