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その日、私は生まれて初めて「人間ってここまで自己中心的になれるんだ」と知った。
「レイナ・エルンスト。お前との婚約は、なかったことにしたい」
そう言ったのは、私の婚約者であり王太子であるエドワルド殿下だった。
「……は?」
まぬけな声が出た。無理もない。私は何の前触れもなく、突然、婚約を破棄されたのだから。
エドワルド殿下は相変わらず完璧に整った顔で、優雅にティーカップを傾けている。まるで、天気の話でもしているかのように、さらりと言ってのけた。
「いや、その……私、何かいたしましたか?」
「そういうことではない。君は立派な令嬢だ。だが、やはり僕には相応しくない」
口調は優しい。だが、その内容は私を断罪するに等しい。
「相応しくないとは、どういう意味でしょうか?」
「……君より、もっとふさわしい女性が現れた。彼女は僕に勇気をくれる。君には申し訳ないが、僕は彼女と共に未来を歩みたいのだ」
——ああ、やっぱり。よくあるやつね。
私は心の中でため息をついた。
前々から薄々気づいていた。殿下が最近、やたらと「第三騎士団団長の娘」と接触していたこと。舞踏会でも彼女をエスコートしていたこと。噂はあっという間に城中に広まっていた。
でもまさか、私との婚約を破棄するとは。しかも、「なかったことにしたい」って、そんな言い方あります?
「……承知いたしました」
「レイナ?」
私は立ち上がった。スカートを整えて、深く一礼する。
「これまでのご縁に感謝いたします、殿下。婚約を破棄される理由は理解しました。今後は他人として、幸せをお祈りいたしますわ」
殿下は少し驚いた顔をした。きっと私が泣き喚いてすがると思っていたのだろう。残念ながら、私はそんな暇人ではない。
「それでは、失礼いたします」
私はそのまま宮廷を出た。背筋を伸ばし、涙一滴も流さずに。
——さて。
私は馬車に乗り込みながら、心の中でにやりと笑った。
婚約破棄、上等。全部、予定通り。
殿下との婚約が決まった時点で、私はこの未来を予測していた。傲慢で女癖の悪い男が、自分より目立ちたがりの女に惹かれたら、必ず私を捨てると思っていたから。
そして、私は備えていた。
——殿下の資産管理を任された立場を利用して、合法的に“私名義”の資産を確保していたのだ。
贈与品、土地の名義、共同投資……すべて法的に問題なし。婚約者として当然の権利を、最大限に使っただけ。
「では、さようなら殿下。私は全財産持って、逃げさせていただきます」
翌朝、王都の大通りに衝撃が走った。
『王太子妃候補の令嬢、夜逃げ!?』
『元婚約者の財産、根こそぎ持ち去り!?』
『令嬢の正体は、天才投資家!?』
見出しが踊る。報道は面白おかしく、私の逃亡劇を取り上げた。だが、私はすでに別の国境を越え、隣国リューデン王国の港町・ベリスにいた。
ここは自由都市。誰も私を令嬢とは見なさないし、私の“正体”にも興味はない。
「いらっしゃいませ、ミス・リナ。今日もお変わりありませんか?」
「ええ、ありがとう。ロア」
私は今、「リナ・エル」と名乗っている。エルンスト家の令嬢ではなく、ただの自由商人として。
隠れ家兼仕事場として借りた小さなアパートの一室には、王都で蓄えた資産がぎっしり詰まっていた。金貨、宝石、契約書類……その一つひとつが、私の自由の証だ。
「さて……この資産、どう使おうかしら」
私は机に地図を広げ、考えを巡らせる。港町の貿易拠点、不動産投資、交易品の独占ルート……選択肢は無限にある。
ただ逃げて終わるつもりなんて、さらさらなかった。私は、この自由都市で商会を作り、富を築くつもりなのだ。
そして——
いつか、王都の誰もが私の名前をもう一度口にする日を迎えさせてやる。
令嬢レイナ・エルンストとしてではなく。
商人リナ・エルとして、私はこの世界で成り上がっていく。
その時、泣くのは——あの王子の方。
一方その頃、王都では王太子エドワルドが、失われた莫大な財産と評判に顔を青ざめさせていた。
「まさか、あれほどの額が彼女の名義だったとは……っ!」
「殿下、第一銀行からの融資がすべて打ち切られました! さらに、王国投資機構からも……!」
「な、なにぃ……!?」
彼はまだ知らない。
レイナが、いや、“リナ・エル”が、既に次の手を打ち始めていることを——。
「レイナ・エルンスト。お前との婚約は、なかったことにしたい」
そう言ったのは、私の婚約者であり王太子であるエドワルド殿下だった。
「……は?」
まぬけな声が出た。無理もない。私は何の前触れもなく、突然、婚約を破棄されたのだから。
エドワルド殿下は相変わらず完璧に整った顔で、優雅にティーカップを傾けている。まるで、天気の話でもしているかのように、さらりと言ってのけた。
「いや、その……私、何かいたしましたか?」
「そういうことではない。君は立派な令嬢だ。だが、やはり僕には相応しくない」
口調は優しい。だが、その内容は私を断罪するに等しい。
「相応しくないとは、どういう意味でしょうか?」
「……君より、もっとふさわしい女性が現れた。彼女は僕に勇気をくれる。君には申し訳ないが、僕は彼女と共に未来を歩みたいのだ」
——ああ、やっぱり。よくあるやつね。
私は心の中でため息をついた。
前々から薄々気づいていた。殿下が最近、やたらと「第三騎士団団長の娘」と接触していたこと。舞踏会でも彼女をエスコートしていたこと。噂はあっという間に城中に広まっていた。
でもまさか、私との婚約を破棄するとは。しかも、「なかったことにしたい」って、そんな言い方あります?
「……承知いたしました」
「レイナ?」
私は立ち上がった。スカートを整えて、深く一礼する。
「これまでのご縁に感謝いたします、殿下。婚約を破棄される理由は理解しました。今後は他人として、幸せをお祈りいたしますわ」
殿下は少し驚いた顔をした。きっと私が泣き喚いてすがると思っていたのだろう。残念ながら、私はそんな暇人ではない。
「それでは、失礼いたします」
私はそのまま宮廷を出た。背筋を伸ばし、涙一滴も流さずに。
——さて。
私は馬車に乗り込みながら、心の中でにやりと笑った。
婚約破棄、上等。全部、予定通り。
殿下との婚約が決まった時点で、私はこの未来を予測していた。傲慢で女癖の悪い男が、自分より目立ちたがりの女に惹かれたら、必ず私を捨てると思っていたから。
そして、私は備えていた。
——殿下の資産管理を任された立場を利用して、合法的に“私名義”の資産を確保していたのだ。
贈与品、土地の名義、共同投資……すべて法的に問題なし。婚約者として当然の権利を、最大限に使っただけ。
「では、さようなら殿下。私は全財産持って、逃げさせていただきます」
翌朝、王都の大通りに衝撃が走った。
『王太子妃候補の令嬢、夜逃げ!?』
『元婚約者の財産、根こそぎ持ち去り!?』
『令嬢の正体は、天才投資家!?』
見出しが踊る。報道は面白おかしく、私の逃亡劇を取り上げた。だが、私はすでに別の国境を越え、隣国リューデン王国の港町・ベリスにいた。
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「いらっしゃいませ、ミス・リナ。今日もお変わりありませんか?」
「ええ、ありがとう。ロア」
私は今、「リナ・エル」と名乗っている。エルンスト家の令嬢ではなく、ただの自由商人として。
隠れ家兼仕事場として借りた小さなアパートの一室には、王都で蓄えた資産がぎっしり詰まっていた。金貨、宝石、契約書類……その一つひとつが、私の自由の証だ。
「さて……この資産、どう使おうかしら」
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ただ逃げて終わるつもりなんて、さらさらなかった。私は、この自由都市で商会を作り、富を築くつもりなのだ。
そして——
いつか、王都の誰もが私の名前をもう一度口にする日を迎えさせてやる。
令嬢レイナ・エルンストとしてではなく。
商人リナ・エルとして、私はこの世界で成り上がっていく。
その時、泣くのは——あの王子の方。
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