1 / 6
1
その日、私は生まれて初めて「人間ってここまで自己中心的になれるんだ」と知った。
「レイナ・エルンスト。お前との婚約は、なかったことにしたい」
そう言ったのは、私の婚約者であり王太子であるエドワルド殿下だった。
「……は?」
まぬけな声が出た。無理もない。私は何の前触れもなく、突然、婚約を破棄されたのだから。
エドワルド殿下は相変わらず完璧に整った顔で、優雅にティーカップを傾けている。まるで、天気の話でもしているかのように、さらりと言ってのけた。
「いや、その……私、何かいたしましたか?」
「そういうことではない。君は立派な令嬢だ。だが、やはり僕には相応しくない」
口調は優しい。だが、その内容は私を断罪するに等しい。
「相応しくないとは、どういう意味でしょうか?」
「……君より、もっとふさわしい女性が現れた。彼女は僕に勇気をくれる。君には申し訳ないが、僕は彼女と共に未来を歩みたいのだ」
——ああ、やっぱり。よくあるやつね。
私は心の中でため息をついた。
前々から薄々気づいていた。殿下が最近、やたらと「第三騎士団団長の娘」と接触していたこと。舞踏会でも彼女をエスコートしていたこと。噂はあっという間に城中に広まっていた。
でもまさか、私との婚約を破棄するとは。しかも、「なかったことにしたい」って、そんな言い方あります?
「……承知いたしました」
「レイナ?」
私は立ち上がった。スカートを整えて、深く一礼する。
「これまでのご縁に感謝いたします、殿下。婚約を破棄される理由は理解しました。今後は他人として、幸せをお祈りいたしますわ」
殿下は少し驚いた顔をした。きっと私が泣き喚いてすがると思っていたのだろう。残念ながら、私はそんな暇人ではない。
「それでは、失礼いたします」
私はそのまま宮廷を出た。背筋を伸ばし、涙一滴も流さずに。
——さて。
私は馬車に乗り込みながら、心の中でにやりと笑った。
婚約破棄、上等。全部、予定通り。
殿下との婚約が決まった時点で、私はこの未来を予測していた。傲慢で女癖の悪い男が、自分より目立ちたがりの女に惹かれたら、必ず私を捨てると思っていたから。
そして、私は備えていた。
——殿下の資産管理を任された立場を利用して、合法的に“私名義”の資産を確保していたのだ。
贈与品、土地の名義、共同投資……すべて法的に問題なし。婚約者として当然の権利を、最大限に使っただけ。
「では、さようなら殿下。私は全財産持って、逃げさせていただきます」
翌朝、王都の大通りに衝撃が走った。
『王太子妃候補の令嬢、夜逃げ!?』
『元婚約者の財産、根こそぎ持ち去り!?』
『令嬢の正体は、天才投資家!?』
見出しが踊る。報道は面白おかしく、私の逃亡劇を取り上げた。だが、私はすでに別の国境を越え、隣国リューデン王国の港町・ベリスにいた。
ここは自由都市。誰も私を令嬢とは見なさないし、私の“正体”にも興味はない。
「いらっしゃいませ、ミス・リナ。今日もお変わりありませんか?」
「ええ、ありがとう。ロア」
私は今、「リナ・エル」と名乗っている。エルンスト家の令嬢ではなく、ただの自由商人として。
隠れ家兼仕事場として借りた小さなアパートの一室には、王都で蓄えた資産がぎっしり詰まっていた。金貨、宝石、契約書類……その一つひとつが、私の自由の証だ。
「さて……この資産、どう使おうかしら」
私は机に地図を広げ、考えを巡らせる。港町の貿易拠点、不動産投資、交易品の独占ルート……選択肢は無限にある。
ただ逃げて終わるつもりなんて、さらさらなかった。私は、この自由都市で商会を作り、富を築くつもりなのだ。
そして——
いつか、王都の誰もが私の名前をもう一度口にする日を迎えさせてやる。
令嬢レイナ・エルンストとしてではなく。
商人リナ・エルとして、私はこの世界で成り上がっていく。
その時、泣くのは——あの王子の方。
一方その頃、王都では王太子エドワルドが、失われた莫大な財産と評判に顔を青ざめさせていた。
「まさか、あれほどの額が彼女の名義だったとは……っ!」
「殿下、第一銀行からの融資がすべて打ち切られました! さらに、王国投資機構からも……!」
「な、なにぃ……!?」
彼はまだ知らない。
レイナが、いや、“リナ・エル”が、既に次の手を打ち始めていることを——。
「レイナ・エルンスト。お前との婚約は、なかったことにしたい」
そう言ったのは、私の婚約者であり王太子であるエドワルド殿下だった。
「……は?」
まぬけな声が出た。無理もない。私は何の前触れもなく、突然、婚約を破棄されたのだから。
エドワルド殿下は相変わらず完璧に整った顔で、優雅にティーカップを傾けている。まるで、天気の話でもしているかのように、さらりと言ってのけた。
「いや、その……私、何かいたしましたか?」
「そういうことではない。君は立派な令嬢だ。だが、やはり僕には相応しくない」
口調は優しい。だが、その内容は私を断罪するに等しい。
「相応しくないとは、どういう意味でしょうか?」
「……君より、もっとふさわしい女性が現れた。彼女は僕に勇気をくれる。君には申し訳ないが、僕は彼女と共に未来を歩みたいのだ」
——ああ、やっぱり。よくあるやつね。
私は心の中でため息をついた。
前々から薄々気づいていた。殿下が最近、やたらと「第三騎士団団長の娘」と接触していたこと。舞踏会でも彼女をエスコートしていたこと。噂はあっという間に城中に広まっていた。
でもまさか、私との婚約を破棄するとは。しかも、「なかったことにしたい」って、そんな言い方あります?
「……承知いたしました」
「レイナ?」
私は立ち上がった。スカートを整えて、深く一礼する。
「これまでのご縁に感謝いたします、殿下。婚約を破棄される理由は理解しました。今後は他人として、幸せをお祈りいたしますわ」
殿下は少し驚いた顔をした。きっと私が泣き喚いてすがると思っていたのだろう。残念ながら、私はそんな暇人ではない。
「それでは、失礼いたします」
私はそのまま宮廷を出た。背筋を伸ばし、涙一滴も流さずに。
——さて。
私は馬車に乗り込みながら、心の中でにやりと笑った。
婚約破棄、上等。全部、予定通り。
殿下との婚約が決まった時点で、私はこの未来を予測していた。傲慢で女癖の悪い男が、自分より目立ちたがりの女に惹かれたら、必ず私を捨てると思っていたから。
そして、私は備えていた。
——殿下の資産管理を任された立場を利用して、合法的に“私名義”の資産を確保していたのだ。
贈与品、土地の名義、共同投資……すべて法的に問題なし。婚約者として当然の権利を、最大限に使っただけ。
「では、さようなら殿下。私は全財産持って、逃げさせていただきます」
翌朝、王都の大通りに衝撃が走った。
『王太子妃候補の令嬢、夜逃げ!?』
『元婚約者の財産、根こそぎ持ち去り!?』
『令嬢の正体は、天才投資家!?』
見出しが踊る。報道は面白おかしく、私の逃亡劇を取り上げた。だが、私はすでに別の国境を越え、隣国リューデン王国の港町・ベリスにいた。
ここは自由都市。誰も私を令嬢とは見なさないし、私の“正体”にも興味はない。
「いらっしゃいませ、ミス・リナ。今日もお変わりありませんか?」
「ええ、ありがとう。ロア」
私は今、「リナ・エル」と名乗っている。エルンスト家の令嬢ではなく、ただの自由商人として。
隠れ家兼仕事場として借りた小さなアパートの一室には、王都で蓄えた資産がぎっしり詰まっていた。金貨、宝石、契約書類……その一つひとつが、私の自由の証だ。
「さて……この資産、どう使おうかしら」
私は机に地図を広げ、考えを巡らせる。港町の貿易拠点、不動産投資、交易品の独占ルート……選択肢は無限にある。
ただ逃げて終わるつもりなんて、さらさらなかった。私は、この自由都市で商会を作り、富を築くつもりなのだ。
そして——
いつか、王都の誰もが私の名前をもう一度口にする日を迎えさせてやる。
令嬢レイナ・エルンストとしてではなく。
商人リナ・エルとして、私はこの世界で成り上がっていく。
その時、泣くのは——あの王子の方。
一方その頃、王都では王太子エドワルドが、失われた莫大な財産と評判に顔を青ざめさせていた。
「まさか、あれほどの額が彼女の名義だったとは……っ!」
「殿下、第一銀行からの融資がすべて打ち切られました! さらに、王国投資機構からも……!」
「な、なにぃ……!?」
彼はまだ知らない。
レイナが、いや、“リナ・エル”が、既に次の手を打ち始めていることを——。
あなたにおすすめの小説
私を欠陥品と呼ぶ執事長が鬱陶しいので、侯爵夫人として排除することにしました
菖蒲月(あやめづき)
ファンタジー
「欠陥品に払う敬意など無い」
結婚後もそう言って嫌がらせを続けるのは、侯爵家の執事長。
どうやら私は、幼少期の病が原因で、未だに“子を産めない欠陥品”扱いされているらしい。
……でも。
正式に侯爵夫人となった今、その態度は見過ごせませんわね。
証拠も揃ったことですし、そろそろ排除を始めましょうか。
静かに怒る有能侯爵夫人による、理性的ざまぁ短編。
________________________________
こちらの作品は「小説家になろう」にも投稿しています。
【完結】恋人との子を我が家の跡取りにする? 冗談も大概にして下さいませ
水月 潮
恋愛
侯爵家令嬢アイリーン・エヴァンスは遠縁の伯爵家令息のシリル・マイソンと婚約している。
ある日、シリルの恋人と名乗る女性・エイダ・バーク男爵家令嬢がエヴァンス侯爵邸を訪れた。
なんでも彼の子供が出来たから、シリルと別れてくれとのこと。
アイリーンはそれを承諾し、二人を追い返そうとするが、シリルとエイダはこの子を侯爵家の跡取りにして、アイリーンは侯爵家から出て行けというとんでもないことを主張する。
※設定は緩いので物語としてお楽しみ頂けたらと思います
☆HOTランキング20位(2021.6.21)
感謝です*.*
HOTランキング5位(2021.6.22)
「可愛げがない」と婚約破棄された公爵令嬢ですが、領地経営をしていたのは私です
希羽
恋愛
「お前のような可愛げのない女との婚約は破棄する!」
卒業パーティの会場で、婚約者である第二王子デリックはそう宣言し、私の義妹ミナを抱き寄せました。 誰もが私が泣き崩れると思いましたが――正直、せいせいしました。 だって、王子の領地経営、借金返済、結界維持、それら全ての激務を一人でこなしていたのは「可愛げのない」私だったのですから。
「承知しました。では、あとはミナと二人で頑張ってください」
私は手切れ金代わりに面倒な仕事を全て置いて国を出ました。 すると、国境で待っていたのは、隣国ガルガディア帝国の冷徹皇太子ことクライド様。なぜか彼は私を溺愛し、帝国で最高の地位と環境を与えてくれて……。
「代わりはいくらでもいる」とクビにされた事務官令嬢ですが、全書類に私の「指紋認証魔術」をかけていたのを忘れましたか?
クラム
恋愛
「君の代わりなど、掃いて捨てるほどいる」――。婚約者である第二王子にそう告げられ、事務官シルフィアは王宮を追放された。だが、傲慢な王子は知らなかった。王宮の全文書、宝物庫、果ては防衛結界に至るまで、彼女の「魔紋認証」で封印されていることを。彼女が隣国の冷徹な大公に熱烈に溺愛される中、王宮は物理的に「開かない」絶望の牢獄と化していく。
石女を理由に離縁されましたが、実家に出戻って幸せになりました
お好み焼き
恋愛
ゼネラル侯爵家に嫁いで三年、私は子が出来ないことを理由に冷遇されていて、とうとう離縁されてしまいました。なのにその後、ゼネラル家に嫁として戻って来いと手紙と書類が届きました。息子は種無しだったと、だから石女として私に叩き付けた離縁状は無効だと。
その他にも色々ありましたが、今となっては心は落ち着いています。私には優しい弟がいて、頼れるお祖父様がいて、可愛い妹もいるのですから。
完)嫁いだつもりでしたがメイドに間違われています
オリハルコン陸
恋愛
嫁いだはずなのに、格好のせいか本気でメイドと勘違いされた貧乏令嬢。そのままうっかりメイドとして馴染んで、その生活を楽しみ始めてしまいます。
◇◇◇◇◇◇◇
「オマケのようでオマケじゃない〜」では、本編の小話や後日談というかたちでまだ語られてない部分を補完しています。
14回恋愛大賞奨励賞受賞しました!
これも読んでくださったり投票してくださった皆様のおかげです。
ありがとうございました!
ざっくりと見直し終わりました。完璧じゃないけど、とりあえずこれで。
この後本格的に手直し予定。(多分時間がかかります)
婚約破棄ありがとう!と笑ったら、元婚約者が泣きながら復縁を迫ってきました
ほーみ
恋愛
「――婚約を破棄する!」
大広間に響いたその宣告は、きっと誰もが予想していたことだったのだろう。
けれど、当事者である私――エリス・ローレンツの胸の内には、不思議なほどの安堵しかなかった。
王太子殿下であるレオンハルト様に、婚約を破棄される。
婚約者として彼に尽くした八年間の努力は、彼のたった一言で終わった。
だが、私の唇からこぼれたのは悲鳴でも涙でもなく――。
「君の回復魔法は痛い」と追放されたので、国を浄化するのをやめました
希羽
恋愛
「君の回復魔法は痛いから」と婚約破棄され、国外追放された聖女エレナ。しかし彼女の魔法は、呪いを根こそぎ消滅させる最強の聖なる焼却だった。国を見限って辺境で薬草カフェを開くと、その技術に惚れ込んだ伝説の竜王やフェンリルが常連になり、悠々自適なスローライフが始まる。
一方、エレナを追放した王国はパニックに陥っていた。新しく迎えた聖女の魔法は、ただ痛みを麻痺させるだけの「痛み止め」に過ぎず、国中に蔓延する呪いを防ぐことができなかったのだ。
原因不明の奇病、腐り落ちる騎士の腕、そして復活する魔王の封印。
「頼む、戻ってきてくれ!」と泣きつかれても、もう遅い。
私の店は世界最強の竜王様が警備しているので、王家の使いだろうと門前払いです。
※本作は「小説家になろう」でも投稿しています。