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プロローグ いろは、不思議な人と出会う
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伽藍堂の町に、夏の暖かな風が吹く。私は、リサイクルショップ「エスカリオ」の店先に座って、ぼんやりと風景を眺めていた。
人、人、人。行き交う人並みはみな忙しない。目で誰かを追っても、スグに見失ってしまう。
なんか、楽しいこと起きないかな。
友達と遊ぶ予定があっても、店番がある日は断らなくてはならない。おばあちゃんが柴坂医院から帰ってくるまで、私がエスカリオの店長だ。
「にゃおん」
隣から、家猫のアルスの鳴き声がする。触るとふわふわしていて、鼻を近づけたら、お日様の匂いがした。
「お前も退屈だよね」
もちろん返事などあるはずがない。いつも読んでる「あやかし物語」なら、相棒の猫が話し出す所なのにな。
「あーん、もう、退屈すぎてやってられないわぁ」
私が大きく伸びをした、その時だった。
「ごめんください」
ふいに声がして、私は驚いて飛び上がる。本当に、3センチくらい浮いていたと思う。
私のすぐ目の前に、1人の着物姿の青年が立っていたのだ。
声をかけられるまで、なんの気配もしなかった。
(もしかして、幽霊か何かなんじゃ)
怖々と顔を伺うと、青年は少し困惑したように、こちらを見ていた。
「『エスカリオ』はここですよね?」
「はい、そうです」
「良かった~。『帰り道』が分からなくて、困ってたんですよ」
そう言うと、青年は微笑みながらこちらに手を出した。
「僕、方向音痴なんです。良かったら、『鍵』を開けてもらえませんか?」
「はあ」
鍵って、何の鍵?
色々訳がわからない。青年の方を見ていると、どうやら困惑が伝わってしまったようだ。
「もしかして、貴方は店長のハルエさんではない?」
「ハルエは私のおばあちゃんですけど」
「ああ、そういう事か!」
青年は合点がいったという風に、手のひらを叩いて言った。
「『案内人』はハルエさんだけなんですね。ハルエさんはいつ戻られます?」
「おばあちゃんは、しばらく戻りませんよ、たぶん」
おばあちゃんの事だ。気のいい柴坂先生を相手に、2時間は長話してくる事だろう。
「困ったなぁ。日没までには帰りたかったのに」
「あの~」
私は、気になっていた事を尋ねる事にした。
「お兄さん、どこに帰るんですか?」
「えっ」
青年は、酷く驚いたように答えた。
「そりゃ、当然『あやかし横丁』ですよ?」
あやかし横丁。
なんだろう?聞いたことも無い。
どうやらその気持ちは、まるっきり表情にでていたらしい。
「お嬢さん、もしかして、あやかし横丁をご存知ない?」
「お嬢さんじゃなくて、月見里彩葉です。後、あやかし横丁なんて聞いた事もないです」
「むむむ」
青年は、しばらく考えこむように押し黙ってしまった。
「ハルエさんは、彩葉さんに『案内人』の仕事を継がせるつもりがない……?」
「???」
「でも、それって凄く危険なのでは?『妖魔』が襲ってきた時、覚醒していない案内人だと太刀打ちできない」
「あの~」
「修行ならハルエさんに教えたときみたいに、僕ができるのに。どうして言ってくれなかったんだろ」
「あのッ」
少し大きな声を出し、青年の思案に割って入る。
「さっきからなんなんですか貴方。名乗りもせずに、訳分からない事ばかり言って。警察を呼びますよ!」
「ええッ。そんなぁ」
青年は悲しげな声をだす。
「僕の名前は葵っていいます。名字はなくて、タダの葵です。人間とあやかしのハーフで、探偵をしてるんです」
「探偵?」
「はい。一応あやかし横丁に事務所もあるんですよ」
なんだそれ。
凄く、すっごく怪しいぞ!
「あ、怪しんでますね。顔に書いてあります」
「だって、妖と人間のハーフって言われても、葵さん普通の人間にしか見えないんだもん」
「何かあやかしっぽい事をしてみたら良いですか?」
そう言うと、葵は着物の袂に手を突っ込む。
「ほら」
彼は私の目の前にぐーの手を持ってくると、そっと開いた。
手のひらには紙が置いてあり、「蝶」と墨で書かれている。
「いきますよ~」
掛け声と共に、ポンッという音がして、紙から煙が上がる。
煙が風に払われた時、葵の手のひらには、小さな蝶が1匹、現れた。
「わあ」
私は思わず歓声を上げた。
「葵さん凄い!」
「えへへ」
照れたように笑う葵。
「どうやってやるの、そのマジック」
「え」
「マジックだよね?似てるやつテレビで見たことあるもん」
「ち、違いますよう。これは、妖力を使ったんですよ」
「よーりょく?」
葵は頷いて答えた。
「あやかしの力と書いて、妖力です。あやかしは皆、この力を持っているんですよ」
「他にはどんな事ができるの?」
葵は頭に手をやり、うーんと考え込む。
「えっと、色んなものに変身したり、姿を消したり。僕は色々できますよ」
「へえ~」
「あ、興味なさそう」
「そんな事ないけど」
私は座っていた店先の板の間からひょいっと飛び降りると、リンを抱いて言う。
「とりあえず、不審者じゃないっていうのは信じてあげる。上がって、お茶でも飲んで行きなよ」
「なんか、おばあちゃんみたいな言い方ですね」
「おばあちゃんっ子なんだもん」
そう言うと、私は「エスカリオ」のドアをガラガラッと開ける。
店の中は、独特の、湿った木の匂いがした。
よく分からないお人形さん。木彫りのペナント。木箱型のオルゴール。
それらを筆頭に、玩具から日用品まで、ありとあらゆる物が、棚の上に陳列されている。
だが、棚が足りなかったのか、途中からは売り物のテーブルや、和風のタンスの上に小物類が置いてある有様だ。
壁からかかった鳩時計は、ずっと前から動いていない。(売っていいのか?)
そんな和洋折衷、ごちゃまぜな色々が、店内には山と置かれている。
「なんかにぶつからないようにね」
電気をつけていなかったので、店の中は仄暗い。
「夜目が効くんで、大丈夫ですよ」
言ったそばから。
「おっとっと」
あっさりよろける、自称あやかしと人間のハーフ。
ガチャンという嫌な音がして、何かが地面に落ちる。
「危ない!」
葵のスライディングキャッチは、当然のように失敗した。
「すみません……」
慌てて、地面に落ちた何かを広いあげる葵。
「別にいいよ。てか、何それ」
彼が拾い上げたのは、私には見覚えのない、筒状のなにかだった。
「何かが入ってるみたいですね」
「開けてみてよ」
「ゑッ」
「私、そんな変な物触りたくないもん」
「ええ……」
しぶしぶ、と言った感じで、開けてくれる葵。筒の中に入っていたのは、わら半紙に包まれた何かの塊だった。
「何それ」
「紙も外してみましょう」
ペリペリ、とお菓子の紙を剥がすように、わら半紙を剥がしていく葵。
現れたのは……。
「鉄だ」
「鉄というより、剣の刃ですねこれは」
紙に包まれていたのは、鞘も柄もない、剣の刃先だった。
「ふうん」
興味本位で、刃に触れてみる。
途端。
「えっ」
触れた部分が熱を発し、金色に光輝いていく。その光はやがて刃全体を縁どり、柄の部分に達すると、金色の柄となった。
そして、それはフワリと浮き上がり、私の手の中にスッポリと収まる。
まるで、剣が命を持っているかのように。
「えっと……」
私は戸惑いながらも、試しに剣を振ってみる。
「えいっ」
「わ、危ない!」
慌てて横に飛び退く葵。ごめんね。
剣の先から出たのは、柄の金色と対になるような、銀色の光だった。
光は弧を描き、壁にぶつかって、吸い込まれるように消える。
「……」
その様を、私はあっけにとられて眺めていた。
「彩葉さん、凄い」
飛び退いて、地面に転がったまま、葵が感嘆する。
「彩葉さんは、その剣に選ばれたんですよ」
私は困惑しながら首を横に振る
「選ばれたなんて嘘よ。そんな事急に、言われても」
「嘘なんかじゃないですよ。その剣、もしかして、『退魔の剣』のうちの1つじゃないですかね?」
「退魔の剣?」
「あ、退魔の剣についても、ご存知ないか」
葵は立ち上がると、私に向き直って言った。
「この世には、人間の世界とあやかしの世界。2つの世界があるんです。そのうち、あやかしの世界には、悪さをするあやかしもいる。そいつらの事をら特に『妖魔』と言うんですが、その剣は妖魔退治の剣ですね」
「妖魔って、例えばどんな事をするの?」
「うーん、そうですね」
葵は考え込みながら言う。
「人の心に取り付いて、その人が悪いことをするように仕向けたりします。『魔が差す』って言葉があるでしょ」
「ふうん」
じゃあ、もしかして、夜の中で起こっている事件のいくらかは、妖魔のしわざだったりするのだろうか。
「でも、なんで大事な退魔の剣が、ここにあるの?」
「それはですね」
葵は得意げな顔をした。
「彩葉さんを、剣が選んだからです!」
まるで、当選おめでとうございます、みたいなテンションで言う葵。
「いや~。今日僕と彩葉さんが出会ったのも全て運命だったんですね。僕、退魔の剣使いの指導人をしてた事があって、退魔の剣には詳しいんです」
「へえ」
「彩葉さんが新しい剣の覚醒者だなんて、嬉しいですよ。ハルエさんの立派な後継者ですね!」
「……ん?」
「どうしました?」
「私、おばあちゃんの後継者にも、覚醒者にもなるつもり、無いんだけど……」
「ええッ」
驚いた声を出し、頭を抱える葵。
「でも、彩葉さん、世界を救わないといけないんですよ?」
「え?」
ちょっと待ってよ。剣に選ばれて、世界を救う?どう考えても、話が飛躍しすぎている。
「なんで、そんな話になるのよ」
私は腰に手を当てて、抗議する。葵は頭をかきながら答えた。
「だって、退魔の剣はこの世に五つしかないんですよ。てことは、剣に選ばれる人も、当然五人しかいない訳で……。だから、妖魔退治できる人が、それだけしかいないって事なんですよ?!」
「でも、私妖魔と戦ったりできない。体育の成績、二だし」
「それは僕に任せてください。しっかり教えますから。って、二かぁ」
そんなくだらない話をしていた時だった。
突然、握っていた剣が、振動する。
「……?」
気のせいかと思い、もう一度握りしめてみるが、振動は収まらない。
「ねえ葵さん。剣がなんか言ってる」
「えッ」
「だって揺れてるんだもんんんん」
振動は、どんどん激しくなっていく。抑えているのがやっとだ。
剣を離そうとしたが、手にスッポリと収まってしまって、ビクともしない。
「どうなってんのよ」
そう言った時だった。
「ごめんください」
「エスカリオ」の店先に、一人の人影が現れる。
人影は、おさげの髪を左右に垂らし、赤いチェックのスカートが印象的な、なんだか昭和風な女の子だった。
女の子はつかつかとやって来ると、剣と格闘している私を呆れたように眺めて言う。
「新しい覚醒者の匂いがしたから来てみたら、こんなちんちくりんなガキだなんて、がっかりよ」
少女は腰に手を当て、フンと鼻を鳴らした。なんだこのとんでもなく失礼なガキンチョは?!
「ああああんたこそななな何者なのよおおおお」
剣の振動のせいで上手く話せない。少女がバカにしたように言った。
「それ、妖魔を探知する機能があるのよ。私、妖魔の血を引いてるから、危険じゃないのに誤作動おこしちゃうのよね。あんた、私は危険じゃないから。剣に、『猫又のルナは危険じゃない』って言ってみなさい」
妖魔を探知する機能って、カーナビかなんかかな。まあ、振動はうっとおしいので、ここは素直に従ってやる事にする。
「猫又のののルナははは危険じゃないああああ」
唱えた、次の瞬間。
剣は、再びパァっと金色に輝いたかと思うと、その振動を止めた。
「あっ、止まった」
私が言うと、猫又のルナはフンと鼻を鳴らす。
「止まるって言ったじゃない。ほんと、とろっちいガキね」
「なんですってえ」
振動が止まればこっちのもんだ。戦闘態勢に入った私とルナに対し、葵が慌てて止めに入る。
「彩葉さん、落ち着いてください。ルナも煽らないで。同じ覚醒者同士仲良くしましょうよ」
「えっ。こいつも覚醒者なの?」
私はとんでもなく嫌な予感がして、聞いてみる。ルナは腰に手を当てて、勝ち誇ったように答えた。
「そうよ。後私はこいつじゃないわ。猫又のルナって言う、ちゃんとした名前があるんだから」
「猫又ねえ。普通の人間にしか見えないけど」
ルナはバカにしたように肩を竦める。
「あのね。あやかしが、人間の世界であやかしらしい格好をしているわけがないでしょ。あやかしはね、人間界では人間の姿をとるものなのよ。貴方案内人の孫なのに、そんな事も知らないの?」
相変わらず上から目線のルナ。私はカチンと来て、言ってやる事にする。
「あんたね、さっきからワケわかんない事ばっかり言うんじゃないわよ。なーにが猫又よ。みんなして騙そうったって、そうはいかないんですからね」
「だったら、来てみれば?」
「は?」
「あやかし横丁に来てみればいいじゃない。猫又どころか、色んなあやかしに会えるわよ、勇敢な覚醒者さん」
「……」
「あら、怖気付いちゃった?」
「……」
「無理もないわね、タダの人間みたいだし」
「……いいわよ」
「行ってやろうじゃないッ!」
人、人、人。行き交う人並みはみな忙しない。目で誰かを追っても、スグに見失ってしまう。
なんか、楽しいこと起きないかな。
友達と遊ぶ予定があっても、店番がある日は断らなくてはならない。おばあちゃんが柴坂医院から帰ってくるまで、私がエスカリオの店長だ。
「にゃおん」
隣から、家猫のアルスの鳴き声がする。触るとふわふわしていて、鼻を近づけたら、お日様の匂いがした。
「お前も退屈だよね」
もちろん返事などあるはずがない。いつも読んでる「あやかし物語」なら、相棒の猫が話し出す所なのにな。
「あーん、もう、退屈すぎてやってられないわぁ」
私が大きく伸びをした、その時だった。
「ごめんください」
ふいに声がして、私は驚いて飛び上がる。本当に、3センチくらい浮いていたと思う。
私のすぐ目の前に、1人の着物姿の青年が立っていたのだ。
声をかけられるまで、なんの気配もしなかった。
(もしかして、幽霊か何かなんじゃ)
怖々と顔を伺うと、青年は少し困惑したように、こちらを見ていた。
「『エスカリオ』はここですよね?」
「はい、そうです」
「良かった~。『帰り道』が分からなくて、困ってたんですよ」
そう言うと、青年は微笑みながらこちらに手を出した。
「僕、方向音痴なんです。良かったら、『鍵』を開けてもらえませんか?」
「はあ」
鍵って、何の鍵?
色々訳がわからない。青年の方を見ていると、どうやら困惑が伝わってしまったようだ。
「もしかして、貴方は店長のハルエさんではない?」
「ハルエは私のおばあちゃんですけど」
「ああ、そういう事か!」
青年は合点がいったという風に、手のひらを叩いて言った。
「『案内人』はハルエさんだけなんですね。ハルエさんはいつ戻られます?」
「おばあちゃんは、しばらく戻りませんよ、たぶん」
おばあちゃんの事だ。気のいい柴坂先生を相手に、2時間は長話してくる事だろう。
「困ったなぁ。日没までには帰りたかったのに」
「あの~」
私は、気になっていた事を尋ねる事にした。
「お兄さん、どこに帰るんですか?」
「えっ」
青年は、酷く驚いたように答えた。
「そりゃ、当然『あやかし横丁』ですよ?」
あやかし横丁。
なんだろう?聞いたことも無い。
どうやらその気持ちは、まるっきり表情にでていたらしい。
「お嬢さん、もしかして、あやかし横丁をご存知ない?」
「お嬢さんじゃなくて、月見里彩葉です。後、あやかし横丁なんて聞いた事もないです」
「むむむ」
青年は、しばらく考えこむように押し黙ってしまった。
「ハルエさんは、彩葉さんに『案内人』の仕事を継がせるつもりがない……?」
「???」
「でも、それって凄く危険なのでは?『妖魔』が襲ってきた時、覚醒していない案内人だと太刀打ちできない」
「あの~」
「修行ならハルエさんに教えたときみたいに、僕ができるのに。どうして言ってくれなかったんだろ」
「あのッ」
少し大きな声を出し、青年の思案に割って入る。
「さっきからなんなんですか貴方。名乗りもせずに、訳分からない事ばかり言って。警察を呼びますよ!」
「ええッ。そんなぁ」
青年は悲しげな声をだす。
「僕の名前は葵っていいます。名字はなくて、タダの葵です。人間とあやかしのハーフで、探偵をしてるんです」
「探偵?」
「はい。一応あやかし横丁に事務所もあるんですよ」
なんだそれ。
凄く、すっごく怪しいぞ!
「あ、怪しんでますね。顔に書いてあります」
「だって、妖と人間のハーフって言われても、葵さん普通の人間にしか見えないんだもん」
「何かあやかしっぽい事をしてみたら良いですか?」
そう言うと、葵は着物の袂に手を突っ込む。
「ほら」
彼は私の目の前にぐーの手を持ってくると、そっと開いた。
手のひらには紙が置いてあり、「蝶」と墨で書かれている。
「いきますよ~」
掛け声と共に、ポンッという音がして、紙から煙が上がる。
煙が風に払われた時、葵の手のひらには、小さな蝶が1匹、現れた。
「わあ」
私は思わず歓声を上げた。
「葵さん凄い!」
「えへへ」
照れたように笑う葵。
「どうやってやるの、そのマジック」
「え」
「マジックだよね?似てるやつテレビで見たことあるもん」
「ち、違いますよう。これは、妖力を使ったんですよ」
「よーりょく?」
葵は頷いて答えた。
「あやかしの力と書いて、妖力です。あやかしは皆、この力を持っているんですよ」
「他にはどんな事ができるの?」
葵は頭に手をやり、うーんと考え込む。
「えっと、色んなものに変身したり、姿を消したり。僕は色々できますよ」
「へえ~」
「あ、興味なさそう」
「そんな事ないけど」
私は座っていた店先の板の間からひょいっと飛び降りると、リンを抱いて言う。
「とりあえず、不審者じゃないっていうのは信じてあげる。上がって、お茶でも飲んで行きなよ」
「なんか、おばあちゃんみたいな言い方ですね」
「おばあちゃんっ子なんだもん」
そう言うと、私は「エスカリオ」のドアをガラガラッと開ける。
店の中は、独特の、湿った木の匂いがした。
よく分からないお人形さん。木彫りのペナント。木箱型のオルゴール。
それらを筆頭に、玩具から日用品まで、ありとあらゆる物が、棚の上に陳列されている。
だが、棚が足りなかったのか、途中からは売り物のテーブルや、和風のタンスの上に小物類が置いてある有様だ。
壁からかかった鳩時計は、ずっと前から動いていない。(売っていいのか?)
そんな和洋折衷、ごちゃまぜな色々が、店内には山と置かれている。
「なんかにぶつからないようにね」
電気をつけていなかったので、店の中は仄暗い。
「夜目が効くんで、大丈夫ですよ」
言ったそばから。
「おっとっと」
あっさりよろける、自称あやかしと人間のハーフ。
ガチャンという嫌な音がして、何かが地面に落ちる。
「危ない!」
葵のスライディングキャッチは、当然のように失敗した。
「すみません……」
慌てて、地面に落ちた何かを広いあげる葵。
「別にいいよ。てか、何それ」
彼が拾い上げたのは、私には見覚えのない、筒状のなにかだった。
「何かが入ってるみたいですね」
「開けてみてよ」
「ゑッ」
「私、そんな変な物触りたくないもん」
「ええ……」
しぶしぶ、と言った感じで、開けてくれる葵。筒の中に入っていたのは、わら半紙に包まれた何かの塊だった。
「何それ」
「紙も外してみましょう」
ペリペリ、とお菓子の紙を剥がすように、わら半紙を剥がしていく葵。
現れたのは……。
「鉄だ」
「鉄というより、剣の刃ですねこれは」
紙に包まれていたのは、鞘も柄もない、剣の刃先だった。
「ふうん」
興味本位で、刃に触れてみる。
途端。
「えっ」
触れた部分が熱を発し、金色に光輝いていく。その光はやがて刃全体を縁どり、柄の部分に達すると、金色の柄となった。
そして、それはフワリと浮き上がり、私の手の中にスッポリと収まる。
まるで、剣が命を持っているかのように。
「えっと……」
私は戸惑いながらも、試しに剣を振ってみる。
「えいっ」
「わ、危ない!」
慌てて横に飛び退く葵。ごめんね。
剣の先から出たのは、柄の金色と対になるような、銀色の光だった。
光は弧を描き、壁にぶつかって、吸い込まれるように消える。
「……」
その様を、私はあっけにとられて眺めていた。
「彩葉さん、凄い」
飛び退いて、地面に転がったまま、葵が感嘆する。
「彩葉さんは、その剣に選ばれたんですよ」
私は困惑しながら首を横に振る
「選ばれたなんて嘘よ。そんな事急に、言われても」
「嘘なんかじゃないですよ。その剣、もしかして、『退魔の剣』のうちの1つじゃないですかね?」
「退魔の剣?」
「あ、退魔の剣についても、ご存知ないか」
葵は立ち上がると、私に向き直って言った。
「この世には、人間の世界とあやかしの世界。2つの世界があるんです。そのうち、あやかしの世界には、悪さをするあやかしもいる。そいつらの事をら特に『妖魔』と言うんですが、その剣は妖魔退治の剣ですね」
「妖魔って、例えばどんな事をするの?」
「うーん、そうですね」
葵は考え込みながら言う。
「人の心に取り付いて、その人が悪いことをするように仕向けたりします。『魔が差す』って言葉があるでしょ」
「ふうん」
じゃあ、もしかして、夜の中で起こっている事件のいくらかは、妖魔のしわざだったりするのだろうか。
「でも、なんで大事な退魔の剣が、ここにあるの?」
「それはですね」
葵は得意げな顔をした。
「彩葉さんを、剣が選んだからです!」
まるで、当選おめでとうございます、みたいなテンションで言う葵。
「いや~。今日僕と彩葉さんが出会ったのも全て運命だったんですね。僕、退魔の剣使いの指導人をしてた事があって、退魔の剣には詳しいんです」
「へえ」
「彩葉さんが新しい剣の覚醒者だなんて、嬉しいですよ。ハルエさんの立派な後継者ですね!」
「……ん?」
「どうしました?」
「私、おばあちゃんの後継者にも、覚醒者にもなるつもり、無いんだけど……」
「ええッ」
驚いた声を出し、頭を抱える葵。
「でも、彩葉さん、世界を救わないといけないんですよ?」
「え?」
ちょっと待ってよ。剣に選ばれて、世界を救う?どう考えても、話が飛躍しすぎている。
「なんで、そんな話になるのよ」
私は腰に手を当てて、抗議する。葵は頭をかきながら答えた。
「だって、退魔の剣はこの世に五つしかないんですよ。てことは、剣に選ばれる人も、当然五人しかいない訳で……。だから、妖魔退治できる人が、それだけしかいないって事なんですよ?!」
「でも、私妖魔と戦ったりできない。体育の成績、二だし」
「それは僕に任せてください。しっかり教えますから。って、二かぁ」
そんなくだらない話をしていた時だった。
突然、握っていた剣が、振動する。
「……?」
気のせいかと思い、もう一度握りしめてみるが、振動は収まらない。
「ねえ葵さん。剣がなんか言ってる」
「えッ」
「だって揺れてるんだもんんんん」
振動は、どんどん激しくなっていく。抑えているのがやっとだ。
剣を離そうとしたが、手にスッポリと収まってしまって、ビクともしない。
「どうなってんのよ」
そう言った時だった。
「ごめんください」
「エスカリオ」の店先に、一人の人影が現れる。
人影は、おさげの髪を左右に垂らし、赤いチェックのスカートが印象的な、なんだか昭和風な女の子だった。
女の子はつかつかとやって来ると、剣と格闘している私を呆れたように眺めて言う。
「新しい覚醒者の匂いがしたから来てみたら、こんなちんちくりんなガキだなんて、がっかりよ」
少女は腰に手を当て、フンと鼻を鳴らした。なんだこのとんでもなく失礼なガキンチョは?!
「ああああんたこそななな何者なのよおおおお」
剣の振動のせいで上手く話せない。少女がバカにしたように言った。
「それ、妖魔を探知する機能があるのよ。私、妖魔の血を引いてるから、危険じゃないのに誤作動おこしちゃうのよね。あんた、私は危険じゃないから。剣に、『猫又のルナは危険じゃない』って言ってみなさい」
妖魔を探知する機能って、カーナビかなんかかな。まあ、振動はうっとおしいので、ここは素直に従ってやる事にする。
「猫又のののルナははは危険じゃないああああ」
唱えた、次の瞬間。
剣は、再びパァっと金色に輝いたかと思うと、その振動を止めた。
「あっ、止まった」
私が言うと、猫又のルナはフンと鼻を鳴らす。
「止まるって言ったじゃない。ほんと、とろっちいガキね」
「なんですってえ」
振動が止まればこっちのもんだ。戦闘態勢に入った私とルナに対し、葵が慌てて止めに入る。
「彩葉さん、落ち着いてください。ルナも煽らないで。同じ覚醒者同士仲良くしましょうよ」
「えっ。こいつも覚醒者なの?」
私はとんでもなく嫌な予感がして、聞いてみる。ルナは腰に手を当てて、勝ち誇ったように答えた。
「そうよ。後私はこいつじゃないわ。猫又のルナって言う、ちゃんとした名前があるんだから」
「猫又ねえ。普通の人間にしか見えないけど」
ルナはバカにしたように肩を竦める。
「あのね。あやかしが、人間の世界であやかしらしい格好をしているわけがないでしょ。あやかしはね、人間界では人間の姿をとるものなのよ。貴方案内人の孫なのに、そんな事も知らないの?」
相変わらず上から目線のルナ。私はカチンと来て、言ってやる事にする。
「あんたね、さっきからワケわかんない事ばっかり言うんじゃないわよ。なーにが猫又よ。みんなして騙そうったって、そうはいかないんですからね」
「だったら、来てみれば?」
「は?」
「あやかし横丁に来てみればいいじゃない。猫又どころか、色んなあやかしに会えるわよ、勇敢な覚醒者さん」
「……」
「あら、怖気付いちゃった?」
「……」
「無理もないわね、タダの人間みたいだし」
「……いいわよ」
「行ってやろうじゃないッ!」
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拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
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