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おまけ

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あの時まで何とかなると思っていた。

「私との婚約破棄を望んでいたのでしょう?」

そうリアナに直接言われるまで、全て上手くいっているとダグラスは自惚れていた。




婚約破棄が成立し、且つ王太子の仲介を以て縁切りの誓約が結ばれてからダグラスは自室に軟禁されていた。いや、正確には彼自身が部屋から出るのを拒んだ。

とはいえ、時間が止まる事は無く。ダグラスが引きこもっている間にパーシヴァル侯爵家の今後は決められていった。

まずはダグラスを後継から外す事。それは親族に連なる者達は全員肯定の意を示した。
次にダグラスの処遇だが、これは意見が割れた。
平民に惚れて共になる夢を持ったなら平民になれば良いという追放を称える者もいれば、貴族の血を外に出したく無いとする純潔主義もいた。
最終的に現当主であるダグラスの父親に委ねられ「表舞台には戻せないが、裏方として使えるまでに教育する」方針で定まった。
その方針で親族を説得できたのは偏に新たな後継の存在によるものだが、まだ齢七つの後継の背景は引きこもりのダグラスに直接関係ないため割愛とする。


そうしてダグラスが長く引きこもっている間に世間は様変わりしていった。
その中で一番彼が驚いたのはリアナの結婚である。母親に渡された一枚の手紙。そこに記されていた相手の名前に驚愕したのだ。

「ケイト・エンプレス…?!」

まさかの相手にダグラスは数ヶ月ぶりに声を上げたことで喉を壊してしまうのだが、それほどの衝撃であった。そんなダグラスに母親は告げる。

「リアナはリアナの未来を歩き始めたわ。貴方はどうするの?このまま引きこもって耳を塞いで現実から逃げ続けて死ぬまで隠れているつもり?」
「そ、れは…」

思わず叫んで喉をやってしまったダグラスの声は掠れていた。けれどずっと沈んでいた表情に色が付いたことにダグラスの母は気付く。その息子が話そうとしている。今息子が思う事を受け止めようと耳を澄ました。

「……怖い、んだ」
「……そう」
「でも、このままでは、だめ、と分かっているよ」

ダグラスはどれだけ自分が守られているのか引きこもっている間に痛感した。またリアナにも守られていたのをダグラスは冷静になってから気付いた。
彼女は本当にダグラスへの婚約破棄のみ実行し、縁切りの誓約は最低限に留められていた。ダグラスとルーシーが考えていた、今思えばお粗末すぎる上に他人の未来を冤罪で破滅させる婚約破棄とは、雲泥の差があった。
きっとその差はリアナ・スティルマンがパーシヴァル家に向けた情があったからだとダグラスは思っている。

「…もし……もし今でも可能なら……遅いけれど、リアナ嬢がした婚約破棄の経緯を、改めて教えてほしい、です」

『私は私の未来の為に、貴方と対峙する事を決めました。理不尽な理由で私の人生を踏み躪られる謂れはないと。その結果が今に至るのです』

あの時の芯の通った声で告げた彼女の姿を今でも鮮明に思い出せる。
きっと今はケイト・エンプレスの隣で凛とした姿勢で並び立っているのだろう。そう想像出来るくらいにリアナが素晴らしい女性だったのだと、今では素直にそう思えた。

「その言葉を聞くまで随分と待たされたわね」
「…すみません」
「あの子の決意から、それから私へ話をしてから…そうね。順を追って話をしましょうか。話が長くなるからお茶でも準備して、ね?」
「…はいっ」

微笑む母の目には薄らと涙が浮かんで見えた。



ダグラス・パーシヴァルは生涯独り身で居る事を条件に、新しい後継の補佐として内々に復帰するのはそれから二年後の事である。


後に次期当主から話を請われダグラスは語る。
恋に溺れて失墜した男の人生を。決して少なくは無い人達の温情によって復帰した男の人生を。そして、両親の深い愛情により立ち直った男の人生を。


男の父親は「私は当時、当主として静観する事は間違いなかったと今でも言える。だがお前の親としては叱るべきだっただろうな」と懺悔した。

男の母親は「ダグラスに全責任を取らせて追放し縁を切るのは簡単で楽だったでしょうね。けれどそれは親として違うと思ってるの。私がリアナに協力したのは回りくどかったけど当時の貴方に一番効果があると判断したからよ。だけど、これからは面と向かって貴方に言うわ。覚悟することね」と強い意志を持って宣言した。



「ダグラス・パーシヴァルは馬鹿な男だけれど、人に恵まれた男だよ」

そう締め括る自身の話を、彼は未来で話す事となる。





ダグラス・パーシヴァルのその後
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