命の痕 ―キズナ―

ふみかん

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寄り添う肩③

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 翌日から放課後はたい焼き屋の屋台作りと並行して来栖川によるたい焼き作りの指導が始まった。
 労働環境改善の公約通り、放課後1時間という枠組みで作業することが決定。尚、いつの間にかクラス委員にされた俺と来栖川はその枠組みに該当しない。管理職の怖い所だ。
 というか誰だよ。勝手にクラス委員にしてくれたのは!

「はい、そこ! 余計な私語せずにテキパキ動く! 時間は有限なんだよ! 1分1秒無駄にしないように!!」

 竹刀を持った来栖川が個々の進捗に目を光らせ、作業スピードが遅い所に発破を掛けていく。
 昨年度のブラック来栖川問題における長時間労働は解消された。代わりに作業レベルが凝縮され現場の厳しさは増し……結局、ブラック来栖川は健在でした。
 桜花祭2年2組たい焼き屋は校門前、教室、体育館前広場、第一グラウンド桜並木通りの計4箇所の多重展開戦術で行われる。教室ではドリンクも提供される。
 学校行事の出し物だから1箇所だと思った? 残念、4箇所でした。この学校じゃあ複数展開は当たり前。ついでに出前と出張販売もするから販売窓口は10以上だ。ていうか、複数展開しないと規格外な売上出せないし。
 教室の片隅から甘い匂いが漂い始める。
 たい焼きの試作品が焼き上がった様子で、それを来栖川が手に取り、一口食べーー、

「佐藤さん、加藤さん、武井君、私が作ったの見てた? 皮はカリッてないし、金魚亭は尻尾まで餡子入れるって言ったよね? なんで、お腹だけなの? しかも、餡子はみ出てるし。たい焼き屋とか大判焼き屋でバイトしてたからって意気揚々と手あげたよね。こんなクオリティでお客様に提供しようなんて思ってるの!? むしろ、今までこんなの売ってたの?? たい焼きなんて金型に生地流して焼くだけなんて思ってるんじゃないよね? そんな甘い考えで調理班やってんの!? 何? 黙ってちゃ分からないんだけど?」

 初っ端から壮絶な酷評をした。さながら上司が部下に指導している姿そのもの。
 血統書付きのノラネコなんて通称は可愛すぎる。今を持って返上! 改めてブラックプレジデントの称号をプレゼント!

「「「す、すぐにやり直します!!」」」

 調理班第1班の女子2名、男子1名が背筋をビシッと伸ばして悲鳴じみた声を上げて作業を再開する。
 佐藤、加藤、武井……来栖川のやつ凄いなぁ。新学期始まって3日目なのにクラスメイトの名前を覚えてるなんてな。俺、去年のクラスメイトの名前すら全員は覚えてないぞ。
 それよりも昨日決まった内容が既に段取り終えて動き始めてる速度がもっと凄い。他のクラスもまあまあ動き出してるが、材料準備して屋台作りと試作品の制作に取り掛かっているのは他にはいないだろう。

「次はカスタードも作ってみよっか。祐一君、カスタード出来てる?」
「あ、ああ、出来て……」

 ハンバーグなど料理の腕を見込まれてカスタードクリーム作りを任命されていた俺。クラスの状況を微笑ましく見守っていたら、分量を間違えたのかしゃばしゃばなカスタードに成り損ねた液体が完成していた。
 これヤバイやつ。殺されるやつ。

「祐一君、これなに?」
「これはカスタード……ドリンク的な?」
「ふうん。加藤さん、そっちに大きい漏斗あったよね? 持ってきて」
「は、はい!」

 加藤さんと呼ばれた大人しめな可愛い女の子が、彼女の掌に収まりきらない巨大な漏斗を来栖川に手渡す。
 それで何をするんでしょーか?

「そこの体育会系何人か来て。んで、この馬鹿押さえつけて」
「「「「ういっす!」」」」

 ガタイの良い男子共に羽交い締めにされ、更には四肢を押さえつけられた。
「ちょっと、これ完全にあかんやつーーもごぉ!?」
 漏斗の先を加えさせられ喉の奥にまで押し込まれる。
 来栖川が満面の笑みで、

「祐一君。はい、あーん」

 漏斗の中に液状のカスタードクリームになるはずだったものを流し込んだ。
 美少女に「あーん」をされるのに、これほど嬉しくないものはない。
 極甘の液体が喉の奥に直接流し込まれて、口内を経由せずに胃袋で落ちていく。
 糖尿病必死っ!
 俺は薄れゆく意識の中で聞いた。

「みんな分かった? 就業時間は1時間! 余所見したりせず、真面目に作業しましょうね?」
「「「「「はいっ!?」」」」」
 この瞬間、2年2組は固い結束で結ばれたような気がした。
 がくり。

 ーーー
 ーー
 ー

 あっという間に週が明けて水曜日の放課後。
 早いもので桜花祭を明日に控え、生徒達は最後のスパートを掛けていく。今日に限っては就業1時間を超えても全員自主的に作業に当たっている。
 調理班1~4班は来栖川から合格を貰いガッツポーズ。
 屋台設営班、教室のセッティングも完了。
 現在は決起会として教室でたい焼きパーティ中だ。
 来栖川が教壇に立ち、労いの言葉を送る。

「みんなー、短い準備期間の中、よく私について来てくれてありがとう」
「何言ってんのよ。あんたが引っ張ってくれたから間に合ったんじゃない」
「そうだよ! 私たちが準備に専念できるように、それ以外の段取りとか手配全部やってくれてたじゃんか!?」
「焼き方だってよ。怖かったけど、一人一人に合わせたコツを教えてくれたしな」

 それぞれの班から感謝の声が上がり、全員がうんうんと頷いていく。

「でも、本番は明日だからね! 売り上げトップ目指して気を引き締めて行こう! あとそれから週明けの実力テストの対策プリント作っておいたから欲しい人は持って帰ってね!」

 かんぱーい。
 一から十まで本当に面倒見の良い奴だ。
 時刻は6時過ぎ。
 和樹さんとの待ち合わせは7時に隣町のファミレス。俺の足だと電車に乗って30分くらいかかる。
 そろそろ出ないとまずいな。

「小林。悪い、俺先に帰るわ」
「何だよ、もう帰んのか? まさか、女か!?」
「残念、男と約束です」
「そういう趣味かよー」
「んなワケないだろ、馬鹿野郎」
「明日遅れんなよ」
「安心しろ。次は三途の川が見えそうな気がするからな!」

 調理材料準備班で一緒になった喫茶店でバイトをする勤勉学生小林啓介こばやしけいすけと実のないやり取りをして教室を後にした。

「んー、どうすっかな」

 スマフォで電車の時間を確認して頭を悩ませる。
 現18:10分、電車18:15分。
 教室から駅まで10分。うん、まず間に合わないな。走れたらギリギリ間に合うんだろうけど……無い物ねだりしても仕方がない。
 次の電車は18:55分。もうちょっと電車の本数欲しいです。
 目的のファミレスは駅前でホームから5分もあれば間に合うが、電車の乗車時間は15分もある。
 このままだと完全に遅刻だ。
 自分で呼び出した手前、遅刻はしたくない。

「しゃーない、あれ使うか」

 正面玄関から校門に向かわず、教職員様の通用口へと向かう。目的地はその駐車場。
 緊急事態だ。
 すみれ義姉さんにバレないようにすれば大丈夫だ。
 俺は車を持っている。
 自分で買ったものではなく、車の免許を取った記念に英二さんが勝手に買ったものだ。今のマンションにはすみれ義姉さんの車が止まっていて、止める場所がないので学校の教職員用の駐車場に止めている。
 マセ◯ティの黒塗りのレ◯ァンテ。
 あの人の金銭感覚はマジでおかしい。学生に何てものを寄越しやがるってんだ。ベ◯ツの方がまだ目立たないからマシなレベル。
 あると便利なので使っているワケですが……。
 一応、周囲を確認して……よし、誰もいないな。
 車に乗り込み、エンジンを掛ける。

「よし、レッツゴー」

 と助手席から声が上がった。

「…………何で、お前いるんだよ」

 助手席にはさっきまで教壇の上で注目を浴びていたブラックプレジデントがいた。

「私も行く」

 可愛く睨まれた。
 何この可愛い生き物は。和樹さんが何とかしてくれるだろう。
 時間が勿体無いので諦めて車を出した。

 道中、

「祐一君って実はお金持ち?」
「なわけ」
「でも、これ安くても1000万以上はするよね」
「らしいな。ウチの理事長とちょっと知り合いでな。免許取った記念に貰ったんだよ」
「うわー意味分かんない。あの理事長やっぱネジぶっ飛んでるよね」
「そこは同意見」
「でもさ、免許って18歳からでしょ?」

 普通の高校2年生は17歳ですね、はい。
 事故で3年留年したこと言ってないな。隠してるワケじゃないけど、変に気を使われるのも嫌だしな。

「……事故で?」

 来栖川は察したのか、少し聞き辛そうにしながら聞いて来た。
 こいつは年齢を知ったからって態度を変えるような奴じゃないだろう。

「3年留年してるから、来月でハタチだよ」
「やっぱそうだったんだ」
「やっぱって、知ってたのか?」
「年齢だけね。それ以上は調べても分かんなかった」
「調べてって……」

 本当に身元調査するお嬢様とか怖いから!?
 どういう教育をしているのか和樹さんに聞いてやる。

 ーーー
 ーー
 ー

 19:12分。

「で、相談があるって事だったんだけれど……これはどういう状況なのかな、祐一君」

 全国展開する極々一般的なファミレス『ガストリン』。その1番奥の席に俺と来栖川(娘)が並んで座り、対面に少し遅れて来た来栖川(父)が座る。

「ご相談と言うのは、お宅の娘さんの教育についてです!」
「ええっ!」

 来栖川(娘)、なぜお前が驚く。今までの流れからしてお前の教育の追求が先に決まってるだろ。和樹さんが俺を懇意にしてくれてる話なんざ、後でいいんだよ。

「美影の教育かい? そうだね。ウチは基本的に放任主義だからね。自由に伸び伸びとさせてるつもりだよ」
「放任と放置は違いますよ」
「それは分かっているよ。でも、美影はしっかりしてる子だろ? 仕事を任せてもしっかりこなすし、部下の面倒見も良い。上に立つものとしての心構えも持っている。社会人として何処に出しても恥ずかしくないと自負しているよ」

 俺が言いたい事とちょっとズレてる気がする。
 社会人として?
 こいつ学生だろ?

「もう、3年前になるかな。美影に副社長を任せて、今じゃ殆どの仕事は美影がやってくれてるんだからね! 未来の女社長! いや、もう既に半分社長だしね!」

 えええええぇぇぇ。
 和樹さんは嘘を言っている風ではなく、むしろ親バカっぽく娘のことを嬉しそうに語っている。
 来栖川(娘)を見るとバツが悪そうにそっぽを向いてしまった。

「来栖川美影……副社長? 本当のことでしょーか?」
「まあ、その……一応?」

 もう何この親子、嫌だ。

 えー、気を取り直しまして。

「和樹さん」
「なんだい?」
「今、娘さんが何処で寝泊りしているか知っていますか?」
「君の家だろ? 正確には結城すみれ先生のお宅」
「……何で知ってるですか?」

 来栖川(娘)……ええい面倒だ。美影の方を見るとフルフルと頭を横に振った。ライン送っても既読スルーとか何だから居場所をわざわざ送らないよな。

「すみれ先生から連絡を頂いてね。別に放置してたワケじゃあないよ。すみれ先生もいるし、もし何かあっても君なら良いかなぁと思ってるからね」

 すみれ義姉さん経由でしたか。あの人の教師だもんな、うん。それよりさ。良いかなぁ、ってどういう事だよ!

「僕はてっきり美影が家出してる理由を聞くために呼び出したんだと思ってたんだけど。もしかしてもう聞いてる感じかな?」
「?????? あっ! そういえばお前、何で家出してんだ?」

 すっかり忘れてた。
 なし崩し的に美影を家に泊めている。が、和樹さんとの関係を聞くだけなら別に家出をする必要がない。
 ホントにこいつ何で家出してんだ?

「……我が父ながら余計な事を」

 美影が恨めしそうに和樹さんを睨んでいた。
 これは……和樹さんとの話より先に美影と話す必要がありそうだ。
 俺は席を立ち、和樹さんの隣に座る。

「え゛っ、ちょっと!? 祐一君はこっちでしょ!!」
「残念だが、今はこっちだ」

 美影、お前がウチに居座ってる原因を解消してからお前の問題を解決してやる。

 それでは再度、気を取り直して。

「来栖川美影君、君はどうして家出しているんですか?」
「直球で聞いて来たよ!?」
「まあ、僕の口から話しても良いんだけど」
「お父さんは黙ってて!?」
「……はい」

 しばしばの沈黙。

「えっと、ね。そのーー」

 美影が言葉を口にしようとした瞬間、

「あれ? パパ、それにお姉ちゃん?」

 不意に通りがかった少女が可愛らしく首を傾げていた。
 桜花学園中等部の制服に身を包んだ少女が不思議そうに俺の方をじっと見てくる。
 一方で美影は気まづそうに俯いていた。

「パパ、こちらの方は……もしかして噂のーーんぐっ!?」
「じゃ、じゃあ後は若い2人に任せて僕たちは失礼するね!」

 和樹さんが突然現れた中等部の少女の口を塞いで、ずるずると引きずって店を出て行った。

「あっ、ちょっと和樹さん! ……逃げられた」

 最重要案件ーー美影の問題を解決する人物を逃してしまった。
 まあいい。あの人は捕まえようと思ったら捕まえられる。今は目先の問題を処理しよう。

 俺はコーヒーを飲みつつ対面したまま静かに言葉を待つ。

「はぁ~」

 深い深い溜息をついた後、美影はぽつりぽつりと話し始めた。

「家出の理由なんだけど……あの子が原因というか、いや違う、私が原因というか……ただ認めたくないだけというか。そんな感じなの」
「端的に要約せよ」
「祐一君の癖に……」

 美影が子供っぽく頬を膨らませ、

「家にいるのが気まずいから帰りたくありません」

 あらゆる主語をぶん投げて結論だけを要約として提示したのでした。
 意味が分からん。
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