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蒼の皇国 編

殲滅派とは

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 水道水や果物の果汁を始めとした生物が摂取しても大丈夫なものから、水銀や王水といった有害なものまで液体にも色々ある。
 今回、アオと蒼龍皇が挙げたのはーーある生物の体液だと語る。
 その生物は危険極まりない凶悪な生物かつ世界に1匹しか存在しない希少な生物であり、過去に小大陸を一つ滅ぼしたり、他にも空中に浮かぶ人工の都市を破壊しようとしたこともあるそうだ。
 その経歴の特に最後の部分は聞き覚えがある。

「その生物の名前は紫毒ーーメギド・レナーテ」
「やっぱり、あいつかよ!」

 通称:我が家の自宅警備員。
 普段はリビングのソファでコーヒー片手に新聞や雑誌を読み、たまにアイリスやハクを引き連れて戦闘訓練と称した虐待紛いの行為を繰り広げる戦闘狂の超絶美人のお姉さんだ。

「あれが分泌する毒はあらゆるモノを殺して分解し、栄養源に変換させて大地へと返す。大地は潤沢な栄養を吸収して、やがて新たな命を芽吹かせる」

 滅ぼして再生させる。
 その毒を用いた行動がメギド・レナーテの名前の語源になっている。

「それならレナーテに頼んで毒を撒いてもらったら良いんじゃね?」

 ヒュレイン大樹海は半分以上が荒廃ーー滅んでいると言っても過言ではない。なら、いっそのこと1度滅ぼして再生させれば手っ取り早いのではないかとコウイチは思う。

「それはダメ」
「なぜ?」
「荒廃してると言っても、ここの大地は死んでいる訳じゃない。それにここみたいに生きている部分もある。無闇に殺すのはダメ」
「そう言われると確かに……」
「そう言わなくても当然。貴方の考え方は人間なのにこちら側に偏り過ぎている」

 アオがため息をついて残念そうな目でこちらを見た。

「こちら側って殲滅派ってことか?」
「そう。結果が良ければ、その過程にどんな犠牲を払っても構わないという思考」
「どんな犠牲って……そんなつもりは」
「無くても事実。この土地には、これでも沢山の命が生きてる。今、貴方の足元に咲いてる草花だってそう。それを貴方は結果的に再生されるのなら殺してしまえと言った。殲滅派でも非常に偏り過ぎている思考」

 アオの言葉には静かな怒りが織り交ぜられていた。
 蒼龍皇に協力するアオも殲滅派と扱って問題はないだろう。そんな彼女から無闇に命を奪うなと諭され、コウイチの胸にはチクリとトゲのようなものが刺さったような気がした。
 そんなコウイチの心情を読み取ったのか、アオがもう一度、ため息をついてから口を開く。

「貴方は殲滅派というのを誤解している。殲滅派は自分の目的のためには手段を選ばないのが多い。けど、手当たり次第に命を奪うやつはいない……殆ど」
「殆ど?」
「何匹かいる。でも、そういうのは大体は皆で封印した。残ってるのは分をわきまえてるやつら」
「封印って……世の中怖いっす」

 アオの話を要約すると共存派と殲滅派の大きな違いは一つ。
 共存派は目的遂行のために犠牲を出さないor最小限の方法を模索する。
 殲滅派は目的遂行のために必要な障害は武力で取り除く。
 回り道か一直線か。

「だから、紫毒に毒を撒かせるのはダメ」
「そっか……取りあえずご本人に聞いてみますか」

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 暇を持て余したのか、レナーテがハクとアイリスを虐めていた。
 レナーテが馬鹿デカい鉄扇を振るうとハクとアイリスが紙くずのように荒廃した大地の上を転がる。
 あの鉄扇作るの大変だったんだよなぁ、とコウイチは吹き飛ばされる二人を見ながらしみじみ思う。レナーテがテレビを見ていて急に鉄扇が欲しいと言い出した時は何を血迷ったのかと耳を疑った。
 馬鹿デカい鉄扇――神鉄扇【業】。親骨、仲骨、扇面、要の扇子を構成する四つの部品全てを神鉄で作った中々の傑作だ。基本的には部品は簡単に作れるものばかりなのだが、扇面は神鉄を糸状に変化させつつその状態を維持したまま編み込む必要があり、精神が崩壊する思いだった。
 そんな我が子の一振りが家族を吹き飛ばしている姿を見ると感慨深いものがある。
 レナーテが本気でぶん回しても傷一つつかない代物。
 ……とんでもない物を作ってしまった気がする。

「にゃぁ~」
「ふぎゅ~」
「ふん。多少マシにはなってきたが……まだまだ、弱すぎるぞ」

 コウイチは二人が暫く吹き飛ばされる姿を見物した後、頃合いを見てレナーテに声を掛けた。

「あの~、ちょっとよろしいでしょうか?」
「ん? なんだ、もう話は終わったのか?」
「その件でちょっとレナーテさんに話があるだけど――」

 事の経緯をレナーテに説明をすると、

「断る。我が蒼いのに協力する理由が無い」
「ですよねー」

 即答で問題は暗礁に乗り上げるのでした。
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