人を殺してみませんか?

八木山貴輝

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第5話 (完)

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 今思うと、あれが本当に人間だったかは分からない。

 ひょっとしたら、豚か何かを入れて、人間が入っているかのように見せかけていただけなのかもしれない。



 だが、そんなことは俺にはどうでもよかった。



 俺は人を殺せる人間なのだ。

 俺は汚れた人間なのだ。



 この認識が、俺に新たな視点をもたらした。

 営業先では、自分が欲しくも無いものを全く罪悪感を持たずに売れるようになった。

 同様に、女性相手でも、思ってもいないことを次から次へと垂れ流せるようになった。以前は軽蔑していた軽薄な男に、俺自身がなったのだ。



 誰が相手でも、俺は本心とは全く異なることを言えるようになっていた。

 以前は、嘘をつくような人間になりたくないと思っていた。だが、今の俺は嘘なんてものじゃない深い業を抱えている。それに比べたら、人を騙すことなど、なんてことはない。

 真面目だった自分は死んだのだ。たしかに、あの日を境に、俺は何かが失われたような感覚を抱くようになった。きっと、そこには「真面目」が埋め込まれていたのだろう。



 ふとした瞬間に、もし真面目なままだったら、一体、どんな人生を送っていたのだろうか、と考えることがある。だが、そんな人生、果たして本当に良いものなのだろうか。少なくとも、二十数年間、「真面目」に生きてきた自分の末路は死にかけた顔で仕事をするゾンビだった。



 それがどうだ! いまや、出来ないことは無いかのような人生だ! 

 仕事も女も――全てが思いのままである。やはり、「真面目」など何の価値も生まない無用の産物だったというわけだ。



 店を出る時、死神から注意を受けた。

「人を殺すのが癖にならないように気をつけてください」

 その直後、こんな言葉を加えて。

「まあ、お客様は大丈夫でしょうけど」



 その通りだ。俺は殺人そのものには全く興味がない。今もである。

 それよりも、自分の内面を打ち崩すことの方に、大きな関心を持つようになってしまった。価値観を打ち崩すために、いろいろなところに出かけるようになった。家族や会社の人間は、その様子を見て、「アウトドアになった」と言ってくる。周りも喜んでいるというわけだ。皆が幸せになっている。



 それでも、時折、考える。
 自分は狂ってしまったのだろうか、と。
 それとも、もともと狂っていたのだろうか。



 だが、確実に言えることは、以前の俺には戻れないということだ。
 そして、戻る気も無い。



 後日、あの店を尋ねてみたが、もぬけの殻だった。
 だが、今も、どこかで、きっと営業していることだろう。俺は、あの店が、真面目で苦しんでいる人間を一人でも多く救ってくれることを祈っている。



 人間を殺した汚れた身体で、明日も明後日も俺は生きていく。


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