ファーメリーズ・ギフト

幹谷セイ

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15.夢から醒めても

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 夢の中と同じく、僕たちは村を追われた後、森の中で一夜を明かした。
 
 朝食の支度をしながら、姉さんが僕に言う。
 
「食事が住んだら、すぐに出発しましょう。ソフィアとも早く合流しなくてはいけません。ディース、その、コールさんを起こしてあげてください」
 
 姉さんがその名前を呼ぶときに、少し動揺が見えた。
 
 コールは少し離れた場所で、まだ眠っていた。
 
 起こすのなら、姉さんでも事足りるはずなのだ。
 
 なのにそうしようとしない。
 
 と言うより、できないのだろう。
 
 理由は、おおよそ明らかだった。
 
「姉さんも、昨日言われたこと、本気にしてるの?」
 
 僕だって、人のことは言えない。夢にまで見るほどなんだ。
 
 今、ムキになって本気にしていないと強がっても、心のどこかでは、そう思っているのかもしれない。
 
 何だか自分が信じられなかった。
 
 姉さんも僕の言葉に、ばつが悪そうに俯いた。
 
「……確かな証拠がない以上、彼女を疑ってかかるのはよくないことです。でも……」
 
 続かなかった言葉の先には、恐怖が連想できる。
 
 姉さんとて、怖いのだ。
 
 ただでさえ、今はソフィアもいないわけだし、身を守る術が何もない。
 
 何かが起こったときに、頼れるものがない状態なのだから。
 
「でも、ギルバートがいるじゃないか。こいつはずっとコールの側にいたけど、特に警戒する様子もなかった」
 
 ファーメリーは、ジョーカーたちの気配に敏感で、人間には発見できないような殺気などの気配を、察知できる。
 
 姉さんもそれを常識並みに知っているはずだ。
 
「それは、そうですが。彼女は記憶を失っています。したがって、今の彼女はあなたに危害を加える存在ではない。だからギルバートも、動かなかったのかもしれません」
 
「そうなのか? ギルバート」
 
「ウケケケ」
 
 ギルバートは、朝っぱらから酒浸りだ。持ってきた酒瓶も、ほとんど空になっている。
 
 もしくは、酒の飲み過ぎでジョーカーを関知する勘もすっかり鈍ってしまっているのかもしれない。
 
 僕は少し呆れた。こいつに妖精なんて称号はもったいなさすぎる。
 
 酔う精で充分だ、酔う精で。
 
「だけどさ、ジョーカーだって子供を攫うのが目的なら、こんな頼りなさそうな女の子より、子供がついていきそうな大人に擬態したほうが、効率がいいんじゃないかな?」
 
 気を取り直して、僕は姉さんに言った。
 
 しかし姉さんは厳しい表情を緩めず、僕の目を見つめた。
 
「ディース、なぜジョーカーが人間の子供を狙うのか、分かりますか?」
 
 突然尋ねられ、僕は答えられず、硬直する。
 
「一つは、彼らの好物だから。そしてもう一つは、さらった子供たちの身体を乗っ取って、自分のものにしてしまうためなのです」
 
「乗っ取るって、どんな風に……?」
 
「体内に直接寄生するとも言われていますし、強力な催眠術のようなものをかけて、遠隔操作するとも言われています」
 
 ジーンも、同じような事を言っていたなと、思い出した。
 
「具体的な方法は分かりませんが、ジョーカーは、誰にでも変身できる力を持っている、というわけではないのです」
 
 ジョーカーは人間の姿に擬態する。
 
 それを僕は、ジョーカーが人間の姿そっくりに変身するのだと、勝手に勘違いしていたようだ。
 
 擬態するとは即ち、人間の子供の身体を乗っ取って、自分のものにしてしまうことだったのだ。
 
「確かに、子供を攫うためには大人の姿のほうが便利でしょうが、子供に化けていれば、大人だって警戒しないという逆の発想も考えられますしね」
 
 僕のこめかみに、青筋が伝う。
 
 実際、僕はコールの外見を見て、ジョーカーだなんて思いもしなかった。面と向かってコールがジョーカーだと言われるまで、微塵も疑いはしなかった。
 
 夢の中のコールと、姉さんの話すジョーカー像が、一瞬重なった。
 
「だから、その、記憶を失っているとはいえ、彼女が人間の子供の皮をかぶったジョーカーであるという可能性を、否定することができないのです……」
 
 コールだって、元は人間に違いないだろう。
 
 だが、すでにジョーカーに乗っ取られて、操られているのだとしたら……。
 
 僕は、気が遠くなりそうだった。
 
 だが。
 
 僕はふと閃いた。
 
「姉さん。僕、思ったんだけど」
 
「私も同感です」
 
「お姉さま、まだ何も言っていませんが?」
 
 僕が突っ込むと、姉さんは顔を赤くして俯いた。
 
 また悪い癖が出たと、反省しているようだ。
 
「す、すみません。で、何を思ったのですか?」
 
「ジョーカーに乗っ取られた子供は、もう元には戻れないの?」
 
 姉さんは、ぽかんとした顔で、僕を見ていた。
 
「さあ、考えた事もありませんでしたが……。でも、そんな方法があるのなら、それほどジョーカーを恐れる必要もないと思います」
 
「そっか。そうだな」
 
「でも、ジョーカーと言えども、それほど完璧な力を持っているとは限りません。人間であらざるとはいえ、所詮は道化。そこには何かしらのトリックがあるのかもしれませんね」
 
 姉さんは少し考え込むようにして言った。
 
 なるほど。
 
 そのタネを見破る方法があれば、ひょっとしたらジョーカーの操り人形に成り下がってしまった子供を、元に戻せるかもしれない。
 
 みんな、ジョーカーを恐れているから、何となく思っていても、実行に移さない。
 
 でも、必要以上にジョーカーが恐れられすぎているということはないだろうか?
 
 それとも、それも僕の勝手な願望に過ぎないのだろうか。
 
「……ディース、あなたもしかして、コールさんを助けようとして?」
 
 姉さんは訝しげに尋ねてくる。
 
 僕はちょっとドキッとした。
 
 この閃きの根底には、やっぱりコールが絡んでくる。
 
 でも、あまり考えないようにしていたんだ。
 
 だって、それじゃあ、コールがジョーカーであると根っから肯定しているようなものだから。
 
 動揺を押し殺し、何とか平常心を保った。
 
「そんなつもりじゃないよ、聞いてみただけ。だって、コールがジョーカーだなんて、決まったわけじゃないんだから」
 
 そして僕は立ち上がった。
 
「コール、起こしてくるよ」
 
 僕は自分の中にある、コールへの疑いを全て振り払った。
 
 そんなに簡単に、人を疑っちゃダメだ。
 
 姉さんが怯えているからと言って、僕までそうである必要はない。
 
 僕までそんな態度でいたら、コールが傷つく。
 
 コールが何者であれ、今は記憶がないんだ。
 
 彼女が頼れる相手は、僕しかいないんだから。
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