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16.裏技発動
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「……くそ、ここもか!」
暁が舌打ちをした。
談子たちが立っているのは、体育館の入り口。静まり返った体育館の中では、バスケ部と見られる数人の生徒とバスケットボールが床に散乱していた。さっき昇降口でカップルらしき二人の男女が覆い被さるように倒れていているのを発見したばかりだ。
鬼外の調査した通りの場所で、調査したとおりの人数の生徒たちが魂を抜き取られていた。ここまで正確とあっては、一々見て回っても気が萎えるだけだ。
そんな光景を目の当たりにし、談子はずっと俯いている。外傷は特に無く、ただ眠っているだけのようにも見える死体たちを見ているうちに、だんだん気分が悪くなってきたのだ。
みかん、そして蛇羅の尊い犠牲。その上に立ち、今も何も出来ずただ生きているだけの自分に、とても重い何かがのしかかっていくのをひしひしと感じていた。もしこのまま全滅でもしてしまったら。そこまで行かなくとも、タイムオーバーで誰か犠牲者が出てしまったら。そう考える度に落ち込み方が激しくなってくる。
「ぐうう……」
そんな談子を見て、安眠が心配そうに側に寄って来て励ましてくれる。何とか作り笑顔で応待するが、頬がぎこちなく吊り上がる感触から絶対うまく笑えていないことは明らかだ。余計に安眠に心配をかけてしまっている。
「顔色悪いぞ。少しここで休憩していくか」
そんな談子を見て、暁までもが気を使ってくる。今の状態で鬼に向かって単独突進していく気は無くなったらしく、すっかり態度も思考も落ち着いているようだ。
みんないろんな形で鬼対策を考えようと努力しているのだ、これ以上変に場の空気を悪くするわけにも行かない。談子は首を否定的に振って、先へ進む事を優先しようとした。
「また、鬼が来るかもしれないし、ここに留まっているのは危険だよ。生き残ってる人たちは、みんな職員室にいるんでしょう? そこへ行こうよ」
「つっても、地形が変わっちまって、職員室がどこにあるのか分からないだろうが」
蛇羅がやられてから談子たちは必死で走り、偶然にも昇降口に出たのだ。外から校舎を見ると、中の空間の広がりや歪みとは裏腹に、校舎外に設置された施設などの位置は変わっていないことに気付き、一番目立つ体育館へやって来たのだった。
鬼外の作った見取り図から、青い印が集中して集まっているのは職員室である事が分かった。まずはそこへ向かってみようと考えたのだが、いかんせん場所が分からない事に変わりは無く、途方に暮れていたのだ。
「今から中に入って職員室を探すとなると、至難の業だぞ。……くそ、やっぱり不眠をつれてくりゃ良かった」
やりきれず、暁が愚痴を吐き始めた。知らない名前の現出に、談子は首を傾げる。
「不眠って誰?」
「安眠と同じキョンシーだ。俺たちキョンシー使いは、一度に二体までのキョンシーの保持を許可されている。不眠の基本戦闘能力値は安眠を遥かに上回ってるんだ。あいつさえいれば鬼と戦っても勝てたかもしれないのに」
拳を握り、悔しそうに歯を噛み締める暁。血の気が多く短気で、しかも負けず嫌いな彼の言い分も分かるが、それよりもその側でしょんぼりとうな垂れる安眠の姿の方が目に留まって、談子は何だかいたたまれなくなった。
「そんな言いかたしたらアンちゃんが可哀想じゃない。アンちゃんだって、一生懸命やってるんだよ、それを役立たずみたいに」
「別にそんなつもりはない。俺はただ正論を述べただけだ。安眠だって弱くはないが、鬼を倒せるほどパワーを上げると制御が難しいんだ」
「それはあんたの力不足でしょうが。自分の失態を人に押し付けるんじゃないわよ」
その言葉には流石に暁もカチンと来たらしく、談子を思いきり睨みつけて怒鳴った。
「他人に俺のことをどうこう言われる筋合いはないね。安眠も不眠も俺の所有するキョンシーだ、どう扱おうが俺の自由なんだよ」
「何、その手前勝手な考え方! キョンシーだって人格があるじゃない、それを物みたいに扱って……!」
「ぐうぐう、ぐぐう……」
更にエスカレートしそうな二人の言い合いを、安眠が間に入って仲裁する。特に談子に向かって必死で言い聞かせるように頑張っていた。何を言っているのかは相変わらず分からなかったが、自分は平気だから喧嘩するなと、おそらくそう言っているのだろう。暁よりも談子の方が融通が利くだろうと、安眠なりに考えてこちらの説得を強めてきたのだ。
こんなにご主人様である暁の事を一生懸命考えているのに、どうしてそんな風にしか見てあげられないのだろう。同情心が浮かんでくる。安眠にではなく、暁に対して。
「……ケッ、うんざりだ。いつまでお前みたいな偽善者と一緒に鬼ごっこなんてやってなきゃならねえんだ」
白けたらしく、暁は悪態をついてそっぽを向いた。この緊迫した時間と空間、自分の力ではどうにもならない焦燥感ともどかしさ。それらがプレッシャーとなって彼を苛立たせているのは、何となく見て取れる。だからって、言っていいことと悪いことがあることくらい、考えてほしいものだ。更に言い返そうとした談子を、安眠が制止する。
「ぐうぐう、ぐぐぐう!」
そして暁に何やら話し始めた。それに耳を傾けた暁の表情が良い方向へ変化する。
「何? 家に電話して不眠に学校に来るように言えばいい? そうか、その手があったか! でかしたぞ安眠」
目を輝かせ、嬉しそうにズボンのポケットから携帯を取り出す。と言うより今まで気づかなかった方が不思議だ。間抜けなやつめ。
誉められてもどこか寂しげな笑顔を浮かべている安眠を見ていると、事態が良化しても談子の怒りは治まりそうになかった。
メモリから家の番号を選択し、耳を当てる暁。しかし待てど暮らせど通話が始まる気配がない。回線を切り、リダイヤルする。それを数回繰り返したがやはり結果は同じだった。
「……くっそー、あいつ、電話が鳴ったらちゃんと出ろって言ってあるのに」
「どっか出かけてるんじゃない?」
「あいつは引きこもりだから、よほどのことがない限り外には出ない」
「ぐぐ……、ぐうう!」
何か思い出したように、安眠が声を上げた。
「どうした、安眠」
「ぐうぐう、ぐぐぐう、ぐうぐ!」
「何? 不眠は反抗期の天の邪鬼だから、言われたことと正反対のことしかしない? だから電話に出ろと言われたから、絶対出ないと思う? ……あのナマクラ娘……!」
こめかみを引きつらせ、明後日の方角を睨みつける暁。そっちの方向に家があるのだろうか。何にしても、結局助太刀は望めず、元の木阿弥に戻ってしまった。
「やあ済まん済まん、待たせてしまったな」
振り出しに戻って溜息をついていると、体育館のステージの奥から鬼外が現れて、こっちへやって来た。
「あれ、鬼外先輩どっかいってたの?」
「別に待ってないが。居なかったことにすら気付いてなかったし」
談子や暁にとっては鬼外が居ようが居なかろうが、別に大した問題ではなかった。安眠は居ない事に気付いていたようだが、必要以上に気にかけていなかったようだし。
「くっ、最近の新参者どもは態度が悪くて適わん。せっかく対鬼兵器をかき集めてきたと言うのに」
そう愚痴る鬼外の背中には、丸く膨らんだ唐草模様の風呂敷が背負われていた。談子たちの側まで来て、それを床に降ろして広げる。中からはガラクタとしか形容しがたい奇妙なものがたくさん湧き出てきた。
「みかん殿に頂いた素晴らしい忍具や暗器の数々でござる。これだけあれば向かう所敵なし、鬼であろうとも太刀打ちできんだろう!」
「そうか? どれもこれも子どものおもちゃみたいにしか見えないが」
「……みかん先輩におちょくられてるんじゃないですか?」
憐れな目を向けられ、鬼外は少し自信を無くしたように怯んだ。しかしその程度でめげているようではエセとは言え忍者は勤まらないようである。気を取り直してガラクタを漁り始めた。
「例えばこの自動火打石! これによって拙者の苦手な火遁の技が難なく使えるのである! それ、火遁、火遁!」
カチカチと自動火打石のスイッチを押す。シュボっと穴から勢いのいい火が吹き出した。
「つーかそれ、ただのライターだしね……」
呆れた顔を見せる談子を見て鬼外は焦り、今度は2丁拳銃を取り出した。
「この鉄砲から出る水で、拙者お得意の水遁の技が簡単に使えるのである! それ、水遁、水遁!」
ピューピューと、銃口から水が飛び出して辺りを塗らす。もう談子は言葉も出なかった。完全に遊ばれているな。みかんのやりそうなことだ。
「はっはっ、今度ばかりは恐れ入ったであろう。感動しすぎて言葉も出ないと見た! これほどまでに万能な文明の利器が揃っておれば、殿の尊い犠牲も無駄にはならんだろう」
それを逆手に取り、優越感に浸る勘違い男、鬼外。もう好きにしろと、談子は完全に無視した。
「気楽な奴だな。玩具使って楽しく遊ぶのは勝手だが、あくまで俺たちは鬼に追われてるんだ、その事は忘れずに、邪魔だけはしてくれるなよ」
暁がつまらなさそうに溜息をつく。それを見た鬼外が、挑発するように笑いを飛ばした。
「何だ貴様、随分余裕の無い事を言いおって。楽しいとは思わんのか? 鬼と戦うなど、この先経験出来るか出来ないか分からんのだぞ」
「別に興味ないね。鬼を相手にして楽しいなんて思ったことはない」
「フン、臆病風に吹かれおって。キョンシー使いの一族とはその程度のものか」
「何だと?」
「ちょっと、こんな所でケンカは止めようよ」
「ぐうぐう」
鼻で笑う鬼外の挑発に乗った暁。それを待ってましたと言わんばかりに受け止める鬼外。突然のことに外野でオロオロする談子と安眠のことなんてお構い無しだ。
「キョンシー使いは代々この地に人材を送り込み、鬼の封印を守るべく助力してきた由緒ある一族だ。エセ忍の分際で俺たちを貶して、ただで済むと思うなよ」
「何が由緒だ。誇りなんぞで飯は食えん。我が福内一族が仕えていた武家も、その代々伝わる何とやらを重んじるあまり、織田軍の奇抜で斬新な戦法によって滅ぼされた。それを目の当たりにした拙者は知ったのだ。いつの世の戦にも必要なのは書き古された戦略図ではない、これからいくらでも書き込み自由な白紙なのだと。それが分からん頭の固い奴には、どうあがいても鬼を倒すことなど不可能! そちらの女子や幼子の方がよほど勇敢に見えるわ。誇りが守りたければ彼女らの後ろで指を咥えて拙者の勇姿を見物していろ」
「……この野郎、言わせておけば!」
暁の拳が飛ぶ。怒りにまみれたその顔は、頭に血が上りきって真っ赤だ。勢い任せに飛ばした右ストレートが鬼外の顔面を直撃した。と思ったときには、その場所に鬼外の姿はない。突然人間が消えた事に、談子と安眠も呆気に取られて周囲を見回すが、どこにも見当たらない。
「そうそう、武闘家ならば、意見は身体を張って主張せねばな」
その声は上からした。驚いて見上げると、体育館の高い天井に足の裏をつけ、逆さまに立っている鬼外が。あれは少し忍者っぽいと談子は思った。
「拙者は鬼と戦うことを楽しく思っている! これほどに無いほど胸が高鳴り、身体が暴れたくてうずうずしておるのだ。お主に戦う意思がないのであれば、鬼の始末は拙者に任せてもらおう!」
笑いながら言い放つ鬼外、頭も冷えてきて、いささか落ち着いた暁は冷たい視線を頭上に向けた。
「死に急ぐなら勝手にすればいい。俺は俺のやり方で、鬼の始末をつける」
「……いい目だ。それこそ戦いに身を投じる野生の眼! それを見ているとお前の兄を思い出す。奴とは良い修行仲間だった」
「変人同士波長が合っただけだろ。俺とあいつを一緒にするな」
昔を懐かしんで顔をほころばせる鬼外に悪態をつく暁。暁には根底から存在を否定されているような存在だが、暁の兄と言うのは意外と人望の厚い人だったのではないかと思う。実力だってそれなりに持っているだろうし。なんて口走ったら暁に殴られそうなので、談子はその意見を心の中にしまっておいた。
「ぐうぐう」
ふと横を見ると、安眠が鬼外のガラクタを漁っていた。なにやら、四角いトランシーバーのようなものを手にして振り回している。
「何だろね。ちょっと見せて、アンちゃん」
何だか妙に興味を引かれ、安眠からそれを見せてもらった。一見黒い箱のようだが、中を開くと携帯ゲームのように小さな画面が出てきて、手元にいくつかボタンがついている。電源らしき赤いボタンを押すと、画面が明るくなり、何かのメニュー画面のようなものが表示された。インターネットの検索画面のようなものが出てきて、何かを入力出来るようになっている。かなり精密な機械のようだ。
《ハーイ! お気軽ナビ、使ってくれてありがとう! これが必要になったって事は、鬼ごっこに行き詰まってきたって事かな?》
突然、機械がしゃべり始めた。驚いて辺りを見渡すが、側に居た安眠にこの声が聞こえた形跡がないことを確認し、確信する。これは、物語りの智慧をもつ談子にしか聞こえていないのだ。
息を飲み、身構えて再び声に集中する。
《ここだけの裏技、このマシーンをちょこっといじれば、学校を囲むように設置されたバリアーを湾曲させて、十分間だけ穴を開けることが出来るんだ! もしもの時には、下の黄色いボタンを押してくれ!》
「すごい。ねえ、すごいもん見つけたよ!」
あまりの感動に、大声を上げる談子。大発見だ。これもみかんが作ったものだろうが、談子の能力が無かったら、全く活用できていなかったかもしれない。
それに気付いた連中が何ぞと集まってきた。談子はさっき機械が言っていたことを再度説明して聞かせる。同じように、暁の表情が感動に染まった。
「それってつまり、外に出られるってことじゃねえのか!? よっしゃ、それを使えば直に不眠を引っ張ってこれる!」
「うむ、助っ人を呼んでくるなら、まだ校内に生き残りが居る今しかなかろう。膳は急げ、使ってみるのだ」
「うん。たしか、黄色いボタン……」
ポチ。何のためらいも無く、ボタンは押された。画面に校内全土を映した縮小マップが表示される。その端の方に、黄色い光が点滅し始めた。
「……ここに開いたって事かな? プールサイド」
「めちゃめちゃ遠いじゃねえかよ! 十分で行けるのか?」
「行くしかないでしょ! 膳は急げ、グラウンドを突っ切ればきっと間に合うよ」
時間が惜しい。談子たちは一目散に駆け出した。
暁が舌打ちをした。
談子たちが立っているのは、体育館の入り口。静まり返った体育館の中では、バスケ部と見られる数人の生徒とバスケットボールが床に散乱していた。さっき昇降口でカップルらしき二人の男女が覆い被さるように倒れていているのを発見したばかりだ。
鬼外の調査した通りの場所で、調査したとおりの人数の生徒たちが魂を抜き取られていた。ここまで正確とあっては、一々見て回っても気が萎えるだけだ。
そんな光景を目の当たりにし、談子はずっと俯いている。外傷は特に無く、ただ眠っているだけのようにも見える死体たちを見ているうちに、だんだん気分が悪くなってきたのだ。
みかん、そして蛇羅の尊い犠牲。その上に立ち、今も何も出来ずただ生きているだけの自分に、とても重い何かがのしかかっていくのをひしひしと感じていた。もしこのまま全滅でもしてしまったら。そこまで行かなくとも、タイムオーバーで誰か犠牲者が出てしまったら。そう考える度に落ち込み方が激しくなってくる。
「ぐうう……」
そんな談子を見て、安眠が心配そうに側に寄って来て励ましてくれる。何とか作り笑顔で応待するが、頬がぎこちなく吊り上がる感触から絶対うまく笑えていないことは明らかだ。余計に安眠に心配をかけてしまっている。
「顔色悪いぞ。少しここで休憩していくか」
そんな談子を見て、暁までもが気を使ってくる。今の状態で鬼に向かって単独突進していく気は無くなったらしく、すっかり態度も思考も落ち着いているようだ。
みんないろんな形で鬼対策を考えようと努力しているのだ、これ以上変に場の空気を悪くするわけにも行かない。談子は首を否定的に振って、先へ進む事を優先しようとした。
「また、鬼が来るかもしれないし、ここに留まっているのは危険だよ。生き残ってる人たちは、みんな職員室にいるんでしょう? そこへ行こうよ」
「つっても、地形が変わっちまって、職員室がどこにあるのか分からないだろうが」
蛇羅がやられてから談子たちは必死で走り、偶然にも昇降口に出たのだ。外から校舎を見ると、中の空間の広がりや歪みとは裏腹に、校舎外に設置された施設などの位置は変わっていないことに気付き、一番目立つ体育館へやって来たのだった。
鬼外の作った見取り図から、青い印が集中して集まっているのは職員室である事が分かった。まずはそこへ向かってみようと考えたのだが、いかんせん場所が分からない事に変わりは無く、途方に暮れていたのだ。
「今から中に入って職員室を探すとなると、至難の業だぞ。……くそ、やっぱり不眠をつれてくりゃ良かった」
やりきれず、暁が愚痴を吐き始めた。知らない名前の現出に、談子は首を傾げる。
「不眠って誰?」
「安眠と同じキョンシーだ。俺たちキョンシー使いは、一度に二体までのキョンシーの保持を許可されている。不眠の基本戦闘能力値は安眠を遥かに上回ってるんだ。あいつさえいれば鬼と戦っても勝てたかもしれないのに」
拳を握り、悔しそうに歯を噛み締める暁。血の気が多く短気で、しかも負けず嫌いな彼の言い分も分かるが、それよりもその側でしょんぼりとうな垂れる安眠の姿の方が目に留まって、談子は何だかいたたまれなくなった。
「そんな言いかたしたらアンちゃんが可哀想じゃない。アンちゃんだって、一生懸命やってるんだよ、それを役立たずみたいに」
「別にそんなつもりはない。俺はただ正論を述べただけだ。安眠だって弱くはないが、鬼を倒せるほどパワーを上げると制御が難しいんだ」
「それはあんたの力不足でしょうが。自分の失態を人に押し付けるんじゃないわよ」
その言葉には流石に暁もカチンと来たらしく、談子を思いきり睨みつけて怒鳴った。
「他人に俺のことをどうこう言われる筋合いはないね。安眠も不眠も俺の所有するキョンシーだ、どう扱おうが俺の自由なんだよ」
「何、その手前勝手な考え方! キョンシーだって人格があるじゃない、それを物みたいに扱って……!」
「ぐうぐう、ぐぐう……」
更にエスカレートしそうな二人の言い合いを、安眠が間に入って仲裁する。特に談子に向かって必死で言い聞かせるように頑張っていた。何を言っているのかは相変わらず分からなかったが、自分は平気だから喧嘩するなと、おそらくそう言っているのだろう。暁よりも談子の方が融通が利くだろうと、安眠なりに考えてこちらの説得を強めてきたのだ。
こんなにご主人様である暁の事を一生懸命考えているのに、どうしてそんな風にしか見てあげられないのだろう。同情心が浮かんでくる。安眠にではなく、暁に対して。
「……ケッ、うんざりだ。いつまでお前みたいな偽善者と一緒に鬼ごっこなんてやってなきゃならねえんだ」
白けたらしく、暁は悪態をついてそっぽを向いた。この緊迫した時間と空間、自分の力ではどうにもならない焦燥感ともどかしさ。それらがプレッシャーとなって彼を苛立たせているのは、何となく見て取れる。だからって、言っていいことと悪いことがあることくらい、考えてほしいものだ。更に言い返そうとした談子を、安眠が制止する。
「ぐうぐう、ぐぐぐう!」
そして暁に何やら話し始めた。それに耳を傾けた暁の表情が良い方向へ変化する。
「何? 家に電話して不眠に学校に来るように言えばいい? そうか、その手があったか! でかしたぞ安眠」
目を輝かせ、嬉しそうにズボンのポケットから携帯を取り出す。と言うより今まで気づかなかった方が不思議だ。間抜けなやつめ。
誉められてもどこか寂しげな笑顔を浮かべている安眠を見ていると、事態が良化しても談子の怒りは治まりそうになかった。
メモリから家の番号を選択し、耳を当てる暁。しかし待てど暮らせど通話が始まる気配がない。回線を切り、リダイヤルする。それを数回繰り返したがやはり結果は同じだった。
「……くっそー、あいつ、電話が鳴ったらちゃんと出ろって言ってあるのに」
「どっか出かけてるんじゃない?」
「あいつは引きこもりだから、よほどのことがない限り外には出ない」
「ぐぐ……、ぐうう!」
何か思い出したように、安眠が声を上げた。
「どうした、安眠」
「ぐうぐう、ぐぐぐう、ぐうぐ!」
「何? 不眠は反抗期の天の邪鬼だから、言われたことと正反対のことしかしない? だから電話に出ろと言われたから、絶対出ないと思う? ……あのナマクラ娘……!」
こめかみを引きつらせ、明後日の方角を睨みつける暁。そっちの方向に家があるのだろうか。何にしても、結局助太刀は望めず、元の木阿弥に戻ってしまった。
「やあ済まん済まん、待たせてしまったな」
振り出しに戻って溜息をついていると、体育館のステージの奥から鬼外が現れて、こっちへやって来た。
「あれ、鬼外先輩どっかいってたの?」
「別に待ってないが。居なかったことにすら気付いてなかったし」
談子や暁にとっては鬼外が居ようが居なかろうが、別に大した問題ではなかった。安眠は居ない事に気付いていたようだが、必要以上に気にかけていなかったようだし。
「くっ、最近の新参者どもは態度が悪くて適わん。せっかく対鬼兵器をかき集めてきたと言うのに」
そう愚痴る鬼外の背中には、丸く膨らんだ唐草模様の風呂敷が背負われていた。談子たちの側まで来て、それを床に降ろして広げる。中からはガラクタとしか形容しがたい奇妙なものがたくさん湧き出てきた。
「みかん殿に頂いた素晴らしい忍具や暗器の数々でござる。これだけあれば向かう所敵なし、鬼であろうとも太刀打ちできんだろう!」
「そうか? どれもこれも子どものおもちゃみたいにしか見えないが」
「……みかん先輩におちょくられてるんじゃないですか?」
憐れな目を向けられ、鬼外は少し自信を無くしたように怯んだ。しかしその程度でめげているようではエセとは言え忍者は勤まらないようである。気を取り直してガラクタを漁り始めた。
「例えばこの自動火打石! これによって拙者の苦手な火遁の技が難なく使えるのである! それ、火遁、火遁!」
カチカチと自動火打石のスイッチを押す。シュボっと穴から勢いのいい火が吹き出した。
「つーかそれ、ただのライターだしね……」
呆れた顔を見せる談子を見て鬼外は焦り、今度は2丁拳銃を取り出した。
「この鉄砲から出る水で、拙者お得意の水遁の技が簡単に使えるのである! それ、水遁、水遁!」
ピューピューと、銃口から水が飛び出して辺りを塗らす。もう談子は言葉も出なかった。完全に遊ばれているな。みかんのやりそうなことだ。
「はっはっ、今度ばかりは恐れ入ったであろう。感動しすぎて言葉も出ないと見た! これほどまでに万能な文明の利器が揃っておれば、殿の尊い犠牲も無駄にはならんだろう」
それを逆手に取り、優越感に浸る勘違い男、鬼外。もう好きにしろと、談子は完全に無視した。
「気楽な奴だな。玩具使って楽しく遊ぶのは勝手だが、あくまで俺たちは鬼に追われてるんだ、その事は忘れずに、邪魔だけはしてくれるなよ」
暁がつまらなさそうに溜息をつく。それを見た鬼外が、挑発するように笑いを飛ばした。
「何だ貴様、随分余裕の無い事を言いおって。楽しいとは思わんのか? 鬼と戦うなど、この先経験出来るか出来ないか分からんのだぞ」
「別に興味ないね。鬼を相手にして楽しいなんて思ったことはない」
「フン、臆病風に吹かれおって。キョンシー使いの一族とはその程度のものか」
「何だと?」
「ちょっと、こんな所でケンカは止めようよ」
「ぐうぐう」
鼻で笑う鬼外の挑発に乗った暁。それを待ってましたと言わんばかりに受け止める鬼外。突然のことに外野でオロオロする談子と安眠のことなんてお構い無しだ。
「キョンシー使いは代々この地に人材を送り込み、鬼の封印を守るべく助力してきた由緒ある一族だ。エセ忍の分際で俺たちを貶して、ただで済むと思うなよ」
「何が由緒だ。誇りなんぞで飯は食えん。我が福内一族が仕えていた武家も、その代々伝わる何とやらを重んじるあまり、織田軍の奇抜で斬新な戦法によって滅ぼされた。それを目の当たりにした拙者は知ったのだ。いつの世の戦にも必要なのは書き古された戦略図ではない、これからいくらでも書き込み自由な白紙なのだと。それが分からん頭の固い奴には、どうあがいても鬼を倒すことなど不可能! そちらの女子や幼子の方がよほど勇敢に見えるわ。誇りが守りたければ彼女らの後ろで指を咥えて拙者の勇姿を見物していろ」
「……この野郎、言わせておけば!」
暁の拳が飛ぶ。怒りにまみれたその顔は、頭に血が上りきって真っ赤だ。勢い任せに飛ばした右ストレートが鬼外の顔面を直撃した。と思ったときには、その場所に鬼外の姿はない。突然人間が消えた事に、談子と安眠も呆気に取られて周囲を見回すが、どこにも見当たらない。
「そうそう、武闘家ならば、意見は身体を張って主張せねばな」
その声は上からした。驚いて見上げると、体育館の高い天井に足の裏をつけ、逆さまに立っている鬼外が。あれは少し忍者っぽいと談子は思った。
「拙者は鬼と戦うことを楽しく思っている! これほどに無いほど胸が高鳴り、身体が暴れたくてうずうずしておるのだ。お主に戦う意思がないのであれば、鬼の始末は拙者に任せてもらおう!」
笑いながら言い放つ鬼外、頭も冷えてきて、いささか落ち着いた暁は冷たい視線を頭上に向けた。
「死に急ぐなら勝手にすればいい。俺は俺のやり方で、鬼の始末をつける」
「……いい目だ。それこそ戦いに身を投じる野生の眼! それを見ているとお前の兄を思い出す。奴とは良い修行仲間だった」
「変人同士波長が合っただけだろ。俺とあいつを一緒にするな」
昔を懐かしんで顔をほころばせる鬼外に悪態をつく暁。暁には根底から存在を否定されているような存在だが、暁の兄と言うのは意外と人望の厚い人だったのではないかと思う。実力だってそれなりに持っているだろうし。なんて口走ったら暁に殴られそうなので、談子はその意見を心の中にしまっておいた。
「ぐうぐう」
ふと横を見ると、安眠が鬼外のガラクタを漁っていた。なにやら、四角いトランシーバーのようなものを手にして振り回している。
「何だろね。ちょっと見せて、アンちゃん」
何だか妙に興味を引かれ、安眠からそれを見せてもらった。一見黒い箱のようだが、中を開くと携帯ゲームのように小さな画面が出てきて、手元にいくつかボタンがついている。電源らしき赤いボタンを押すと、画面が明るくなり、何かのメニュー画面のようなものが表示された。インターネットの検索画面のようなものが出てきて、何かを入力出来るようになっている。かなり精密な機械のようだ。
《ハーイ! お気軽ナビ、使ってくれてありがとう! これが必要になったって事は、鬼ごっこに行き詰まってきたって事かな?》
突然、機械がしゃべり始めた。驚いて辺りを見渡すが、側に居た安眠にこの声が聞こえた形跡がないことを確認し、確信する。これは、物語りの智慧をもつ談子にしか聞こえていないのだ。
息を飲み、身構えて再び声に集中する。
《ここだけの裏技、このマシーンをちょこっといじれば、学校を囲むように設置されたバリアーを湾曲させて、十分間だけ穴を開けることが出来るんだ! もしもの時には、下の黄色いボタンを押してくれ!》
「すごい。ねえ、すごいもん見つけたよ!」
あまりの感動に、大声を上げる談子。大発見だ。これもみかんが作ったものだろうが、談子の能力が無かったら、全く活用できていなかったかもしれない。
それに気付いた連中が何ぞと集まってきた。談子はさっき機械が言っていたことを再度説明して聞かせる。同じように、暁の表情が感動に染まった。
「それってつまり、外に出られるってことじゃねえのか!? よっしゃ、それを使えば直に不眠を引っ張ってこれる!」
「うむ、助っ人を呼んでくるなら、まだ校内に生き残りが居る今しかなかろう。膳は急げ、使ってみるのだ」
「うん。たしか、黄色いボタン……」
ポチ。何のためらいも無く、ボタンは押された。画面に校内全土を映した縮小マップが表示される。その端の方に、黄色い光が点滅し始めた。
「……ここに開いたって事かな? プールサイド」
「めちゃめちゃ遠いじゃねえかよ! 十分で行けるのか?」
「行くしかないでしょ! 膳は急げ、グラウンドを突っ切ればきっと間に合うよ」
時間が惜しい。談子たちは一目散に駆け出した。
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