しんおに。~新説・鬼遊戯~

幹谷セイ

文字の大きさ
16 / 31

15.さらに二人目

しおりを挟む
 足を止め、振り返ってみると、どこだか分からない廊下の真っ只中にいた。弾む息を整えていると、後ろから暁と安眠、そして蛇羅が走ってくる。

「ああ、みんな無事だったんだ。……みかん先輩は?」

「……残念だけれど、彼女は僕たちを逃がすために一人残った」

 追いついてきた蛇羅がそう言う。談子のこめかみを汗が伝った。みかんの後ろ姿が繊細に脳裏へ蘇ってくる。堂々とした、しかし線の細いあの背中が、崩れた。その瞬間を見たはずなのに、事実を理解しているはずなのに、誰だってこんなことに答えたくなんて無いだろう。でも、尋ねずにはいられなかった。

「や、やられちゃったってことですか?」

「……おそらく、魂を抜き取られてしまっただろう。しかしあの不意打ちから逃れるには、誰かの犠牲が不可欠だった。月見くん、君が気に病むことはない」

 確かに、あの突然の鬼の襲撃から全員が逃げようとすれば、確実に捕まって全滅していたかもしれない。だからと言って、みかんがやられて良かったということにはならない。自分のせいではないとは言われても、談子の表情はみるみる曇って行く。それを宥めようと蛇羅は優しい言葉をかけてくるが、彼自身もショックが大きいはずだ。

「つーかお前が囮になればよかったんじゃないか、正直生き残っても役に立たんだろう」

「うう、ひどい言われようだな。確かにその通りだが」

 痛いところを的確に突いてくる暁に、蛇羅はたじろぐ。

「だが、僕がこうしてここにいる以上は、できる限りのことをやらせてもらうつもりだよ。この両手が使えなくてもね」

 そう言ってギプスに包まれた手を構えて意気込む。蛇羅だって蛇羅なりに事態を良くして行こうと努力しているのだ。その意気込みは伝わったのか、暁は小さく鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

「足手まといになるようなことしたらすりおろして蒲鉾にするからな」

「ははは、肝に銘じておくよ」

 そうだ、いつまでも落ち込んでいたって仕方がない。今は自分が出来ることから始めていかないと。談子も落ち着きを取り戻し、顔を上げた。

「そうだよ、みかん先輩の犠牲を無駄にしちゃいけないもの、あたしたちが何とかして行かなきゃ」

 頷いて、蛇羅は腕時計を見た。そして頭の中で何かを計算し始める。

「現在の時刻は午後一時十四分。この季節だと、日没は長く見積もっても五時半から六時の間くらいだ。残り約四時間ほどで、鬼を封印する方法を見つけなくてはいけないな」

「そうですね。もし、今の状態で日没を迎えても、みかん先輩は……」

 仮に今の段階で鬼にやられたのがみかんだけだとすれば、そのまま日没を迎えた時点で、みかんは死んでしまうことになる。蛇羅もそのことは理解しているようだが、前向きに考えを変えるようにと首を振ってきた。

 物語りの智慧を持つとは言え、鬼を封印する方法が本当に自分に見つけられるのだろうか。談子をプレッシャーが襲う。みんなの命を背負っているのだ、責任はとても大きい。

「あまり自分を追い詰めてはいけないよ。それも大事だけれど、何にしても逃げ切ることが大前提だ。万が一全滅してしまえば、全員の魂が持っていかれてしまうんだからね。そうなれば、ここで犠牲になってくれた夏くんに示しがつかない」

「何か、心当たりはないのか? 鬼に関すること、色々調べまわってたんだろう?」

「急にそんなこと言われても……」

 頭の整理がつかない。そんなつもりで鬼の封印を探していた訳じゃなし、もし見つけていたとしても、今の談子にはそれを的確に思い出せるほどの冷静さがなかった。

「ごめん、分からない」

「まあ、世の中には思い通りにならないことの方が多いからね。なんせ目が合っただけで魂を抜き取られてしまうんだ、全員が逃げ延びるなんて至難の業なんだよ」

 仕方がない、と諦め気味の蛇羅。彼の気持ちは痛いほど共感できるが、そんな考えのままでは何も始められないことも談子は分かっているのだ。対極の感情に板ばさみにされ、でもどうにも出来ずに苛立ちが募るのを何とか押さえつける。俯く談子の頭を起き上がらせるように、暁の強めの声が渇を入れた。

「ようは鬼を倒せば済むことだ。二年前に決行した方法が使えなくたって、他にも退治する方法なんていくらでもある。俺と安眠で鬼の体力を削っていくから、お前らはとにかく逃げろ。それで運よく日没までに封印できれば儲けもんだろうが」

 キョンシー使いは結界内に魂を持たないので、鬼と目を合わせようが触れられようが、決して死ぬことは無い。みかんに見せてもらった鬼ごっこマニュアルの下の方に、そう書いてあったのを思い出す。さっきみかんから聞いた話によると、キョンシー使いの一族は魂を身体から分離させた状態を維持する事ができる特異体質なのだという。暁の魂は、現在自分の家に保管してあり、そこから遠隔操作しているそうだ。だから、どれだけ鬼と真っ向から戦っても、その魂を持っていかれることは無い。キョンシーの安眠だって、既に肉体が死んでいるため完全な魂を有しておらず、それを鬼が食らうことは出来ないと言う。鬼と戦う際には、とても力強い戦力だ。ただし、暁たち以外の全ての人間が鬼にやられてしまえば、全滅した事と変わりなくなってしまうとのことだが。

 つまり結界内では、暁と安眠は魂を持った人間として鬼にカウントされないという事だ。確かに暁たちが鬼を退治することが出来ればそれが一番いいのかもしれないが、彼の言い分はどこか投げやりで、苛立ちを感じさせた。何かを焦っているような態度と、とにかく何でも一人で解決してしまおうとする姿勢が、談子は気に入らない。

「何言ってんのよ、さっきだって逃げるのに精一杯って感じだったじゃない。無理して大怪我でも負ったら、鬼とか関係なく本当に死んじゃうかもしれないんだよ? そんな事になったら身も蓋もないでしょうが」

 気付けば文句を言い返していた。でも本当の事だ。いくら魂がここには無いとは言え、生きている事には変わりないのだ。鬼と戦って負傷すれば、ただでは済まない。

「さっきは不意を突かれて万全の体制で挑めなかっただけだ。こちらから先制攻撃を仕掛ければ、きっと倒せる」

「どこからそんな自信が出てくるの? あんたのお兄さんだって倒せなかったんでしょう? キョンシーだってすぐに腕がもげるくらい脆いじゃない、あの鬼には適わないよ」

「あんな奴と一緒にするな! お前がキョンシー使いの何を知ってるって言うんだ」

「まあまあ、双方落ち着きたまえ」

 まだまだ続きそうな口論を抑えるように、蛇羅のギプスが割り込んで制裁に入る。

「鬼退治に関して、どうすることが一番いいのかなんて誰にも分からない。ここで揉めていても答えなんて出ないよ」
 ただ現状を淡々と述べるだけの蛇羅に苛立ちを覚えたのか、暁の怒りの矛先が彼へ移る。

「お前、二年前も鬼にやられたんだろう? 悔しくないのか、今度こそ倒してやるみたいな決意とか意気込みってもんは無いのか?」

「リベンジ精神ってやつかい。そうだな。そう言ったことを考えられるほど、僕は強くは無いようだ。一度魂を抜き取られて分かったよ。僕は攻めるよりも守りに入る方が向いている人間だとね。鬼に仕返しをしたいとは思わないけれど、また死にたいとも思わないよ」

「死ぬって、どんな感じなんですか?」

 談子の問いに、蛇羅は「何も」と応えた。それは何の感想も無いと言う事ではなく、本当に何も感じなかったと言う事らしい。

「何もないんだ。魂を抜かれた瞬間、何だか自分が宙を漂っているような感覚になるんだけれど、身体がないから空気に触れられない。それが気持ちいいものなのか気持ち悪いものなのかも分からないし、上も下も右も左も分からない。温度も重力も、全ての感触が無いんだ、それだけが理解できる。でもそれが嫌かと言うとそうでもないんだ。何が何だか分からなくなって、だんだん存在が消えて行く、そんな気がした事だけは覚えている」

 遠い目で廊下の向こうを見据える蛇羅。心なしか、腕が震えているようにも見えた。

「本当に怖かったのは、魂が自分の身体に戻ってきた時だ。空気、音、質量、ありとあらゆるものがどっと押し寄せて僕を覆い潰してしまおうとするんだ。今まで当り前だった事がとても恐ろしく感じた。息をすることがあれほど苦しいと思ったことは無い。あの感覚だけは嫌でも忘れられないな。体験していない君たちが想像するのは難しいだろうけどね」

 確かに、思い浮かべても具体的なイメージは浮かんでこない。でもそれを直に体験した蛇羅は、とても恐ろしい思いをしたのだろう。みかんも今頃、そんな感覚に襲われているに違いない。それを考えると、少し怖くなった。

 それが、「死ぬ」とうことなのか。

「過程はどうあれ、あんな思いは誰にもして欲しくないね。もちろん春眠君、君にも」

 真剣な蛇羅の表情。暁も押し黙った。鬼は倒したいが、死にたくは無い。その気持ちだけが、唯一共通する本音であるのだから、その意志を邪険に扱う事はできないはずだ。空気が落ち着いたのを見計らい、蛇羅は自分の提案を切り出した。

「とにかく、今学校にどれだけ人間が閉じ込められているのか、そしてやられてしまった人間が夏くん以外にも存在するか、全体図を把握してみるのが一番効率がいいんじゃないかな。もし生き残って隠れている人がいるなら、合流する方法を考えてみるのもいい。その辺りから手を打っていったらどうだい? まだ時間はあるんだ、出来る事から行動に移しながら作戦を練っていっても遅くはないと思うんだが」

「でも、校内に何人の人間がいて、どれだけの奴がやられているかなんて、いちいち確認してたら日が暮れるぞ」

 ただでさえ校内はややこしい事になっているのに、地形を把握するだけで一日が終わってしまう。文句を垂れる暁に、蛇羅は心配ないと腕を振って見せた。本当は指を振りたかったのだろうが、そのギプスでは無理な話だ。

「その辺のことなら、僕に抜かりはないよ。安眠くん、僕のポケットからホイッスルを出しておくれ」

「ぐう?」

 一番側にいた安眠に指示する。言われたとおり、安眠は蛇羅の制服のポケットから、銀色のホイッスルを取り出した。

「よし、それを思いっきり吹いてくれ。僕は手が使えないのでね」

「ぐう!」

 頷き、安眠は大きく息を吸い込んだ。そのままホイッスルを咥え、一気に息を吹き込む。

 ビピイイイイィィィィィィィ!!

「うわっ、耳が潰れる!」

「安眠、もっとそっと吹け!」

 あまりにけたたましい音に、談子と暁は聴覚の危険を覚えて耳を塞ぐ。蛇羅も慌てて耳を塞ごうとしたが、ギプスが邪魔してほとんど音は遮断できず、失神寸前で何とか意識を保っていた。安眠の一番側に居たのだから、余計に当然と言えば当然だ。

「ぐぐう?」

 吹いた本人は、さほど気にはかけていない。キョンシーはほとんどの感覚器が機能していないので、痛覚が働かないのだ。

「ごっ、ご苦労様……。ホイッスルを、僕の、ポケットに、また、しまっといて、くれたまえ……」

 今にも倒れそうな青い顔をして、蛇羅が言う。指示通りに、安眠はポケットにホイッスルを収めた。蛇羅とは反対に、思いっきり笛が吹けて満悦したような表情をしている。

「……で? 今の行動に何の意味が」

 暁が訊ねようとすると、突然天井の板が外れ、そこから人が落ちてきた。音もなく床に着地し、片足の膝を床につけ、もう反対側の膝を立てた体制でしゃがみこんでいる。その首は、まっすぐ蛇羅の方を向いていた。

「お呼びでござりまするか、殿!」

 目を輝かせ声を張り上げる、謎の男。着ている制服から、本校の生徒だろうと予想はつくものの、その登場方法は普通とは言いがたい。と言うより非常識だ。しかしそんな事は物ともせず、慣れた様子で蛇羅はその男にねぎらいの声をかけた。

「うむ、よく来てくれたね。ご苦労様」

「誰だよ、こいつ」

 不審そうに男を睨みつける暁。蛇羅はその反応に納得し、男を紹介し始めた。

「ああ、君たち一年生は会ったことがないだろうから紹介しよう。彼は福内鬼外くん。常に天井裏に身を潜め、人前には滅多に出てこないので、暁君も会ったことが無いはずだ。一応、彼も生徒会役員なんだよ。二年で美化委員長。趣味は密偵、特技は闇討ち。友達少ないから、まあ仲良くしてあげておくれ」

 闇討ちを十八番にするような人間とどう仲良くなれと言うのか。やっぱり流行の遊びは闇討ちごっこか。顔を引きつらせ、動揺して目を泳がせる談子。ふと、隣の暁と目が合う。同じような表情をしていた。きっと考えていることも酷似しているに違いない。

「よろしくお頼み申す。主らのことは、拙者が全ての力を駆使して鬼の手から守って差し上げよう」

 周囲の考えとは裏腹に、嬉しそうに合掌して頭を下げる鬼外。色々と奇怪な趣味特技を持っているようだが、読心術は身につけていないようだ。その点は安心した。

「彼はね、遠く戦国時代からタイムスリップしてやって来た本物の忍者なんだよ」

「先輩の頭がタイムスリップしてるんじゃないですか? 嘘つくならもっと面白い嘘ついてください」

 談子はしれっとした目で蛇羅と鬼外を視線で嘗め回した。暁もそんな様子で、とにかく全く信用していない。

「嘘じゃないんだよ? 中々信じてくれる人はいないけど、彼は忍装束姿で学校の裏山で倒れていたのを僕が助けて連れてきたんだ。それ以来僕に忠誠を誓ってくれているのさ」

「忍者村のインストラクターのアルバイトが遭難したんだろ、ようはエセ忍だ」

「いやいや、そんな事は決して……」

「とにもかくにも、その頭で忍者と言われても説得力がありません」

 腕を組んで隙無く直立する鬼外の頭を見れば、おそらく誰もが談子と同じ考えに行き着くはずだ。鬼外の頭は、忍者としてどうなのかと思えるほど見事なドレッドヘア。細かく編まれた三つ網が幾重にも絡み合って蛇のように頭から噴火している。ギリシャ神話で有名な化け物メデューサを思い出した。

「失敬な。これも修行のうちである。忍びとは隠密行動が人生のほとんどを占める。したがって、寝床も無く風呂にも入れず、とにかく過酷な生活を強いられるのである。それに慣れるため、我らは常に身体や髪を襲う隔靴掻痒に耐える訓練をせねばならぬ。しかしこの平和な時代では風呂に入るのは日課であるからして、何ヶ月も湯浴みをせぬと不潔扱いされてしまう。それで蛇羅殿のご助言をいただき、頭を洗わなくても嫌がられない髪型を創案したのでござるよ」

 前に読んだ雑誌に、ドレッドヘアの人は頭が洗えないので香水などをつけて臭いをごまかしていると書いてあった。だからと言って風呂に入らない理由にはならないと談子は思ったが。

「まあ、頭はいいと思うけど、身体はちゃんと洗ったほうがいいですよ」

「むむ、女子にそう言われると何やら説得力がありけり。しかしご安心せよ、拙者とて若い娘にもてたいゆえ、湯浴みはちゃんと行っておる。熱湯に耐えるのも修行のうち。見よ、この洗練された拙者の身体を!」

 そしてバッと素早く制服のシャツの胸元を開いて見せた。割れた腹が露になる。自分が清潔だということをアピールしているらしいが、夜の公園で同じことをしたら露出狂と間違われること請け合いだ。と冷静に談子は頭の中で結論を出す。

「さて、自己紹介も済んだ所で本題に入ろう。実は学校に着いた時に、彼を呼んで学校の現状調査を頼んだんだ。彼は天井と床の間を自在に移動するから鬼に見つかることなく情報収集できるのさ。で、福内くん。頼んでおいた校内の人物集計は完了しているかな?」

「完璧でありますぞ!」

 気を取り直し、鬼外がとりだし広げたのは巻物のように丸められた細長い半紙。筆と墨で描かれた学校の見取り図が現れる。みかんの発明により今やその配置は理解できないほどにメチャクチャだが、ここに書かれているのは普段の正常な校舎配置だった。所々に赤い×印や青い○印などか小さく記入されている。

「本日、この校内には我々を含んで計十三人の対象者がおります。青い印は、今も鬼の脅威から逃れるため身を隠している者たち。赤い印は残念ながら……」

 悔しそうに肩を落とす鬼外。皆まで言わずも、それが示す意味はよく伝わってきた。

「やはり、犠牲者無くして鬼との戦いは不可能と言う事だね」

「とにかく、この青い印の場所へ行ってみませんか? 生き残っている人と合流できれば、それなりに心にゆとりがもてるだろうし、何かいい案が浮かぶかもしれないし」

「でも、ここまでどうやっていくんだ。教室の配置はめちゃくちゃだぞ、適当に動き回っていても体力を消耗するだけだ」

「けど、ここでじっとしていても……」

 言い返そうと口を開いた談子だが、その後出てきたのは途切れ途切れの喘ぎだけだった。一瞬息をするのも忘れてしまう。鬼外もその気配に気付いたのか、目を鋭く細め身体をピクリと震わせた。

「あ、あれ、あれ……」

 真っ直ぐ指を刺す談子。その先は、ついさっき走ってきた廊下だ。何事かと全員が向き直る。そして表情を一変させた。鬼がこちらを見ている。まだかなり距離があるが、それを詰めるようにこちらへ歩いてくる。

「さっきのホイッスルで気付かれたのかもしれない。みんな、速く逃げるんだ!」

 蛇羅の声。それを合図に、みんな一斉に駆け出す。

「殿! どうされた、早くこちらへ!」

 鬼外の声で談子は立ち止まって振り返った。迫り来る鬼を目前に、壁のように廊下に立ちはだかっている蛇羅の姿が。

「蛇羅先輩!」

「ここは僕が食い止める! 君たちは必ず生き残るんだ!」

 談子たちに見せた横顔は、強気に笑っていた。恐怖を押しのけてか、それとも開き直りか。蛇羅は二度目の死に向かって飛び込んでいったのだ。その苦しみを知っているはずなのに、あんなに震えていたのに。

「蛇羅せんぱ……」

 蛇羅のもとへ駆け寄ろうと、彼を助けようと、談子の足は後退していた。しかしその身体を鬼外に捕まれ、手で目を塞がれた。鬼と目を合わせない為の配慮だろうか。それとも、彼が終わる姿を見せないためだったのか。

 どちらにしても、結局何も確認することも出来ず、引きずられるように談子は廊下を前進していった。



 鬼外が談子を連れて駆け出す。それに反応したのか、獲物を逃がすまいと鬼は速度を上げて突進してきた。待ち構えるように蛇羅は廊下のど真ん中に仁王立ちし、鬼を待ち構える。こめかみを流れる汗。まるで丸太にくくり付けられ、公開処刑の執行を待つ罪人にでもなったような気分だ。とても心地が悪い。

「俺達が食い止める、お前はさっさと逃げろ」

 蛇羅を庇うように前方に飛び出してきたのは、暁と安眠だった。しかし蛇羅は笑って、その肩をギプスで軽く叩いた。

「さっきは足手まといが囮になればいいと言っていたじゃないか」

「無駄死にする必要は無いだろ。足手まといにも出来る事があるんじゃなかったのか?」

「僕に出来る事は、ここで足でまといを終わらせる事だよ。君はまだ戦える、ここでやられてはいけないよ。月見くんを守ってあげなきゃ。さあ、早く行くんだ!」

 強い眼光を彼に突き刺した。つもりだ。その意志を暁は理解してくれたらしい。少し渋っていたが、頷いて納得の意を表してくれた。

「……行くぞ、安眠!」

 安眠に合図を送り、並んで後退する。先に逃げた二人を追いかけてその場を去っていく。

 それを見計らって、蛇羅は左手のギプスに噛み付き、歯の力で無理やり外した。足元に吐き捨てと、硬いギプスが床に転がる音が廊下中に響く。向かってくる鬼。相打ちで構わない、この命が食われる前に、この手が少しでも奴に触れられれば、鬼は永い眠りにつく。今度は、あの時のようなヘマは決してしない。

 蛇羅なりに、けじめをつけようとしていた。二年前の失態は、大きな犠牲は、自分が引き起こしたものだから。

「今こそ、償いますよ。だから見ていてくださいね、夏祭先輩」

 蛇羅の表情に浮かぶのは、笑み。鬼が目の前に迫る。風に触れただけで痛みの走る左手を思いっきり鬼に向かって突き出した。

 その手から、痛みが消える。

 一矢報いる事は出来たのだろうか。いや、無理だっただろう。手ごたえが全く無かった。

 また、あの感覚が襲ってくる。何もない、感覚と呼ぶのも憚られる、しかし他に例えようの無いこの感覚が。

 空気が恋しい。でも、怖い。

 触れるのは、御免被りたいな。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません

竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──

ママはヤンママ女子高生! ラン&ジュリー!!

オズ研究所《横須賀ストーリー紅白へ》
キャラ文芸
神崎ランの父親の再婚相手は幼馴染みで女子高生の高原ジュリーだった。 ジュリーは金髪美少女だが、地元では『ワイルドビーナス』の異名を取る有名なヤンキーだった。 学校ではジュリーは、ランを使いっ走りにしていた。 当然のようにアゴで使われたが、ジュリーは十八歳になったら結婚する事を告白した。 同級生のジュリーが結婚するなんて信じられない。 ランは密かにジュリーの事を憧れていたので、失恋した気分だ。 そう言えば、昨夜、ランの父親も再婚すると言っていた。 まさかとは思ったが、ランはジュリーに結婚相手を聞くと、ランの父親だと判明した。  その夜、改めて父親とジュリーのふたりは結婚すると報告された。 こうしてジュリーとの同居が決まった。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

処理中です...