しんおに。~新説・鬼遊戯~

幹谷セイ

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14.まず一人

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 イナホからの連絡があり、さらに学校全体に鬼逃走防止用の結界が自動的に張られたのは三十分前。今頃になって、夏みかんは大きな失態を犯したことに気付いた。今日は日曜、みかんの大好きなドラマの再放送がある。簡単な話し合いだけの予定だったからすぐに帰れると思って油断したのが運のつきだ。録画して来ればよかった。こういう時は、自分の面倒くさがりな癖を呪ってしまう。

「あーあもう、ついてないな。瀬戸黄門見れないじゃん。今日は梅平ケンケンが出るってのにー。今朝も早く家出たからアンデル戦隊メルヘンジャー見損ねたし。昨日録画した劇場版ホラえもんも見たかったのに、ぶー」

 お気に入りのテレビ番組名を羅列し、頬を膨らませて一人すねる。生粋のテレビっ子みかんにとって、週末はお好み番組の宝庫だ。時間もたっぷりあるから、一週間撮り溜めたビデオも見放題である。いくら自分から言い出したこととはいえ、やっぱり休日に学校なんて来るもんじゃない。と反省する。

 それにしたって、予想外にも程がある。まさか自分が在学中に鬼が復活してしまうとは。数百年もの昔から、この学校に鬼は密かに存在し続けてきた。そして何らかの拍子に封印が解け、幾度か最悪の自体を招いてきたのだ。その事象自体が発生してしまうのは仕方が無い事だが、その平均周期を割り出してみても鬼が復活するのはだいたい五年から十年の感覚である事が判明していた。前回、鬼の封印が解けたのは二年前。みかんが入学するちょうど一年前だ。だからして、自分の代では絶対に鬼は出てこないと断定していたのだが。

 その油断が致命的なミスとなってしまった。また反省。

 生徒会室として使われている多目的教室。今は机を全て端に寄せ、高く積み上げているからすっきりして広く感じる。変わりに中央には、みかんが運び込んだ対鬼用の仕掛けを作動するための装置がいくつか置かれている。どうせ自分以外には使いこなせないのだからとフルオート制御にしてしまったため作動は出来るが初期入力以降の操作が出来ないのが欠点だ。

 外で倒れこんでいた二人の一年生を中に運び込み、扉を閉めた。そう簡単に鬼はここまでやってはこれないはずだ、一番地理的に複雑で、到達が困難な位置にこの教室が来るように学内を改装したのだから。

 今、校舎内の教室の配列は当初の予想以上にめちゃくちゃなはずだ。それはみかんが発明した空間移転装置によって変形されているからである。みかんは機械を用いて鬼にとって不利な状況を作り出せる、云わば補佐役として去年生徒会にスカウトされた。一応期待はされていたようなので何もしないわけにはいかないだろうと冗談半分でコツコツ作ってきた装置だが、役に立ったのは中々に嬉しい。

 これの影響で、鬼も迷宮に入り込んでしまったように簡単には動けなくなったはずだ。羅刹姫の僅かな記憶を利用して教室配置を把握しているはずだから、それが乱れれば少なくとも混乱させる事くらいは出来る。

 だた欠点もあった。鬼も迷うが、生徒も迷ってしまうと言う事だ。そんな時のために、目的地誘導型ゾンビーもセットで作った。なぜゾンビーかと言えば、ただ単にみかんの趣味だが、どうせ走るならスリルがあったほうがいいという持論に基づく発明品と相成った。それを使って、三人をここまで連れて来たのだ。

「ううう、筋肉痛だってのにまた走らされて。もう最悪……」

 一年生のうちの一人が起き上がった。彼女は一度お目にかかったことがあるし、さっきも電話越しに会話をした。名前は月見談子。経緯は分らないが、羅刹姫に目を付けられ一昨日辺りはずっと羅刹姫をおんぶして校内を走りまわっていたようである。あれでダメージが筋肉痛だけに留まっているのだから、見かけによらず底知れぬ体力を秘めた新入生だ。

 そしてイナホが言うに、彼女が鬼の封印を解いた、重要参考人。聞くところによれば、あの物語りの智慧の持ち主だと言うではないか。

 こういった、鬼対策に活用出来そうな力を持った人間を素早く見定め、生徒会に引き入れて行動を制限する。それが副会長としての役目の一つだが、今回ばかりは完全なミスだ。もっと早くから目を光らせておけば、こんな事態は免れたかもしれないのに。再三反省。

 と後悔しても今更遅い。過ぎた事を逐一考え直したっていい案は浮かんでこないし、何より面倒くさい。今は鬼を封印する方法を考えるのが最重要だ。それこそ、いかなる手を使ってでも。

「談子ちゃん、だったよね? 鬼の封印を解いた」

「えっ、いや、その……すいません」

 談子は表情を痛く歪め、素早くうな垂れた。ちょっと嫌がらせを含んで話しかけてみたのだが、思ったより素直な反応にみかんは満足する。自分のしでかした罪をしっかり把握して落ち度を認めているし、それがどれほど甚大なことかも理解している。見た目よりも賢そうな娘だ。第一印象は悪く無かった。

「ごめんごめーん。別に説教しようってワケじゃないから、そんなにかしこまらないでよ。イナホちゃんから話、聞いてるよね?」

「え、あ、はい。なんとなくは……。でも途中で鬼に邪魔されて、全部を聞くことはできませんでした」

 自信がなさそうな返事。恐らく、現状もこれから成すべき事も全く理解していないのだろう。不安に溢れた瞳が、しっかりとそれを語っている。

「昔からここには鬼がいてね。羅刹姫の身体に封印してずっと監視してたんだって」

「それは、イナホ先輩から聞きました」

「うん。そして、万が一その封印が解けた時に、被害を最小限に留めようと言う事で、学校全体を覆うような結界が作られたの。これは鬼の封印が破られると同時に自動的に発動して、内部にいる全ての生命を外界から遮断するためのものなんだ。これを使う事で、鬼は校内にいる人間しか襲えなくなるの」

「鬼に、人を襲わせないようにするって選択肢は無かったんですか?」

「残念だけど、鬼は強いから。倒せるんなら、最初からそうしてただろうし」

 これが精一杯の、苦肉の策だったということだ。昔の人たちさながらだが、そこから全く進歩していない自分たちも何とも言えず情けない。

「でも、その代わりに生徒会ってのがあるんだよ。鬼の行動をそれ以上に制限できるような人材を集めた組織、それが生徒会」

 昔からのジンクスで、鬼のいる場所には、自然と鬼を相手に闘える力を秘めた人間が集まってくると言う。それが証明されたかどうかは明らかではないが、現にこの学校に、ある程度の人材は集まっている。それらを結集させて作ったこの学校の生徒会ならば、団結して戦えば鬼を退治、もしくは迅速に再封印する事も可能である。しかしまとまりが無いのが欠点だろう。みんな好き勝手な行動を取る連中ばかりだから、全員が集まる時なんて年に数回あればいい方だ。

「一応他の役員たちにもメール送っといたんだけど、みんな来てくれるとは限らないしねー。ホントに自己中な奴らばっかりだから」

「でも、呼び出してもみんな校内に入って来れないんじゃないですか? 結界のせいで」

「ああ、それは大丈夫。内側からは出られないけど外側からならいくらでも入れるから」

「うなぎを取る罠みたいなもんですか」

「そうそう、そんな感じ。頑張れば全滅防止に使えるんだけど、今日は日曜だから無理そうだねー」

 平日の、それも午前であれば、いくらでも生徒が登校してくるから、全滅の恐れを招く確率が格段に低くなる。その分犠牲者や目撃者が増すと言うデメリットがあるが。

 これだけは、はるか昔からこの地に伝えられてきたもので、みかんの発明品ではない。ちょっといじって構造を研究してみたが、さっぱり分からなかった。それだけあって実に良く出来た装置だ。しかしそれだけの技術を持ってしても、鬼を倒す術は創り出せなかったのだ。やはり鬼を侮ってはいけない。

「そうだ、イナホ先輩に聞きそびれたことが。もし日没、鬼が再封印される時まで生き残れば大丈夫だって言われたんですけれど、どういうことですか? 一度魂を抜き取られたら、その人たちは死んじゃうのに、平気なわけが無いじゃないですか」

「それはねぇ、これを読むと少し分るかな」

 みかんは教卓の引き出しに突っ込んであった用紙を一枚取り出し、談子に手渡した。受け取った談子は無言でそれに目を通している。

 今までに鬼と対峙してきたOBたちの残した情報を編集して作り上げた、「仁明高校鬼ごっこマニュアル 初心者篇」だ。主に今までに確認できた鬼の派生方法や再封印方法を簡単にまとめてある。特に重要なのが、真ん中辺りに書いている事象だ。


・一人以上の人間の魂が抜かれてしまった状態で鬼の封印が完了すると、ペナルティとしてそのうち誰か一人の魂がランダムで選ばれ、鬼の封印の中に道連れにされます(重要!)。


 これが何を意味するのか。やや説明不足かと思ったが、必要以上に細かく書くと余計ややこしくなると思ったのでそのままだ。案の定、談子もそれを読んで首を傾げていた。みかんは教壇に立ち、黒板にチョークを突き立てた。絵がうまいわけではないので簡略的な図形を描いて出来る限り分かりやすく説明をしてみる。黒板の左端に小学生の落書きのような鬼の絵と、それに魂を食われた人間の絵を描く。

「つまりね、鬼と目があったり、身体に触れられると普通の人間は魂を抜き取られてしまうわけよ。それは食べられると言う行為に繋がるのだけれど、その間にちょっとしたステップがあるみたいなのね」

 右隣に縦長の長方形を描く。それを横線で三つに区切り、それぞれに名前をつけた。

 一番上が現世、真ん中が冥土、そして一番下が地獄。

「鬼は地獄に封印されてるの。そこから現世に出てきて、人間を襲う。でもその場で魂を食べるんじゃなくて、そのまま吸い取って一旦冥土に保管するの。保管された魂は、鬼が全ての魂を取り付くし、満足して再封印されて地獄へ戻る際に、全部道連れにして持って行かれる仕組みなのね。でも鬼が満足しないうち、つまりまだ現世に魂が残っている状態で日没が来て再封印されると、魂の捕獲状態が不完全になり、ほとんどの魂は自動的に解放されて自分の身体に戻る事が出来るようなの。つまり、結界内に一人でも人間が生き残っていれば、タイムオーバーと同時に一度死んだ人間も生き返れるということ。結構特殊な事例なんだけれど、最近はこれを利用した封印方法がメインになってるみたい」

「へえ、何か複雑だけど、とにかく全滅さえしなければみんな助かるってことですね」

 話に納得がいったようで、談子は胸を撫で下ろして息を吐いていた。しかし、それで安心するのはちょっと甘い。みかんはでも、と話を続けた。

「それにもペナルティってのがあってね。タイムオーバーで再封印される鬼にも、意地ってもんがあるわけよ。最終的に、自分が捕まえた魂のうち誰か一人のものを、地獄に道連れにしてしまうの。それは鬼の気まぐれ、つまりランダムに決まるから、誰が連れて行かれるかは分らないけれど、それ相応の犠牲は伴ってしまうと言う事よ」

 談子の表情がみるみるうちに歪む。当然と言えば当然の反応だが、感情の変化が激しい娘だなと思った。それだけ、素直だと言う事だろうけれど。

「じゃあ、もし一人でも魂を取られてしまえば……」

「制限時間、つまり日没までに何らかの方法で鬼を封印してしまわない限りは、必ず誰か一人は死んでしまう。ってこと。でもね、タイムオーバー以外の封印方法は未だに発見されていないの。全滅じゃないって前向きに考えるのが今の所は精一杯かな。もちろん、一人も犠牲者を出さずに日没まで持ちこたえられれば一番ベストなんだけれど……」

 それは無理に決まっている。恐らく学校には自分たち以外にも、一般の生徒や教師たちが少なからず閉じ込められているだろう。一応職員室に密室を作り、そこにいる限りは鬼に見つかる事の無いように配慮した空間歪曲を行ったが、運よく全員が職員室にいるなんてことはあり得ないし、もうすでに、誰かがやられてしまっている可能性のほうが大きい。

 談子もそのことは少なからず理解したらしく、俯いて何やら考え込んでいた。でも、いくら物語りの智慧を持っていたとしても、これだけの情報から新しい封印方法を導き出すのは不可能だろう。

 やっぱり、逃げ延びるのが最善の方法だ。たとえ、誰かが犠牲になったとしても。

「そのこと、羅刹姫は知ってるんですか?」

「え?」

 突然の事に、呆気にとられて思わず聞き返す。談子の視線が突き刺さる。とても真っ直ぐで鋭い視線だ。一瞬怯んでしまったほどに。

「鬼の封印が解ける度に誰かが犠牲になっている事を、羅刹姫は理解していますか?」

「さあ、直に聞いたことは無いけれど、やっぱり知ってるだろうね。意識が戻ってみれば、誰かの姿が消えている。って感じなんだろうし」

 それを聞いた談子の表情が曇る。さも悲しそうに眉を顰め、必至で訴えかけてきた。

「きっと羅刹姫は今まで死んで逝った人たちの事を知る度に、自分のせいだって思ってすごく責任を感じて傷ついてきたと思います。今日だって、もし誰かが犠牲になってしまえばまた苦しむことになるでしょう? あたしはこれ以上羅刹姫が悲しむ所を見たくありません。だから、絶対に鬼を止めて見せます」

 強い眼光、その口から出た言葉に偽りが無く、本気だと言う事が一目瞭然に見て取れる。だが、言うのは簡単なのだ。それが出来れば、きっと誰かが既にやっているだろうだろうし。その旨を伝えようと口を開きかけると、もう一人の一年生が立ち上がった。生徒会ケンカ番長、キョンシー使いの春眠暁だ。側には彼の使役するキョンシー、安眠も起立している。

「あのガキの気持ちがどうこうなんてのはどうでもいいが、さっさと鬼を封印してしまうと言うのは同感だ。日没を待つなんてちまちました事やってられないし、俺たちは鬼と戦うためにこの学校に来たんだ、廻り合わせたからにはそれなりに成果を挙げないとな」

 暁は短気だ。ここ数週間行動を観察していただけでもそれはよく分かる。確かに彼に持久戦なんて不可能だろう。かといって、短時間でけりをつけられるほど強いかと言えば、少し説得力に欠ける。イナホや蛇羅から聞いた過去の鬼退治の現状から推測しても、暁と安眠だけでは鬼の注意を引くことすら困難かもしれない。

 でも、ひょっとしたらと言う事もある。みかんは二年前に実践された方法を教えてみようと思い至った。

「蛇羅さんに聞いたんだけれど、二年前に鬼が復活した時、鬼を一時戦闘不能にする事に成功したらしいのね。その時のキョンシー使い、つまり暁くんのお兄さん、覚先輩のことだけど。彼が囮になって鬼の気を引いている隙に、蛇羅さんが持ってる瞬間冬眠能力で鬼を眠らせて、行動不能にしたんだって」

 蛇羅の掌には特殊な力が込められていて、彼の左手に触れられると急速に体温を奪い取られ、動物が冬眠するのと同じ状態に陥らされる。そうなると体温が戻るか反対の力を持つ右手で触れられるまで、起きる事は無い。

 いざ説明してみたものの、談子は何が何やらといった感じで頭に疑問符を大量に浮かべているし、暁は兄を嫌っているらしく、彼の名前が出ただけで不機嫌な顔をしてこちらを睨みつけてくる。真面目に聞く気があるのかこいつらは。

 言うんじゃなかったかなと少し後悔するものの、言ってしまったからには最後まで話を進めるべきだろうと、再び口を開いた。

「連絡はしたから、すぐ蛇羅さんが来てくれるはずだよ。どう、二人で同じように鬼を眠らせてみる? 成功する確率は正直高くは無いけど、ただ追われて逃げ回ってるよりも、鬼の動きを抑えといた方が鬼を封印するいい案も落ち着いて考えられそうじゃない?」

「確かにな。だが二年前は結局失敗したんだろ? そう聞いたことがある」

 痛いところを突いてくる。確かに、その時は失敗した。鬼を眠らせて安堵し、気を抜いた蛇羅が鬼の側で躓いて、右手で触れてしまったのが敗因だったそうだ。だが、そのミスさえ無くせば、今度は半永久的に眠らせておく事も可能だ。眠らせてすぐに蛇羅を鬼から隔離すればいいわけだし。まだ犠牲者が出ていなければそれでハッピーエンドだし、そうでなくても何かいい知恵を絞れる時間の余裕は出来る。

「ぐうぐう、ぐぐうぐう!」

 安眠がこちらへ向けて、何やら訴えていた。しかし言語の疎通がままならず、結局何を言っているのかさっぱり分からない。

「暁、アンちゃんが何か言ってるよ」

「とりあえず何でもやってみる事に意義があるのではないかと言っている」

「キョンシーの方がよく分かってるじゃない。まあまだ日没まではかなり時間があるし、この入り組んだ校舎じゃ鬼もそう簡単にここまではやってこられないだろうから、じっくりと作戦を練ろう」

 提案して間もなかった。生徒会室の扉が勢い良く開け放たれたのは。中にいた全員が顔を上げ、瞳孔を見開く。もう鬼がここまで? いくらなんでも早すぎる、しかし相手は鬼だ、何が起こってもおかしくは無い。全員が身体を強張らせて構える中、外からやって来たのはうだつの上がらなそうな一人の人間であった。

「やあ、遅くなって申し訳ない。ちょっと病院へ行っていてね。……どうかしたかい?」

 しまりの無い笑顔を浮かべ、中へ入って扉を閉める生徒会会計、助冬蛇羅。その姿を見た全員が安堵の息をつき、身体の力を抜いた。

「脅かさないでよー、蛇羅さん。鬼かと思ったじゃん」

「いやあ、すまないすまない。君からの連絡を受けて、これでも慌てて駆けつけてきたんだよ。道にも迷ったけれどね」

 爽やかに笑ってみせる。間が悪く肝心な時にはうだつの上がらないことで評判の蛇羅だが、こう見えても生徒会役員。いざって時には役に立ってくれるはずだ。

「ちょうどいいや、蛇羅さん。さっきから話してたんだけど、二年前に鬼を眠らせたって方法、今から再現してくれないかな? 幸い鬼の注意を引けるキョンシー使いもいる訳だし、今度こそは絶対いけると思うんだけど」

 みかんが提案を伝える。蛇羅は思い出したようにああ、と頷いていたが、いざとなると眉をひそめた。

「だがあれは本当に命がけだよ。鬼だって学習しているだろうし、いくらキョンシー使いが特異体質とは言え、同じ手が通用するかどうか……」

「俺とあいつを一緒にするな。あいつがどうやって鬼の注意を引いたかは知らないが、俺はそれ以上に完璧にやってのけられる。それだけの自身はあるつもりだ」

 暁が言い切った。兄と比べられるのが嫌いだと言うのは分かるが、それは少し自分を奢りすぎではないかとも思う。談子も、側でそのような考えをした表情を浮かべていた。

「覚くんは両手を広げて、「僕の胸へ飛び込んでおいでセニョール」とか言いながら、鬼に向かって突っ込んで行ったよ。あれには流石の鬼も物凄く引いてたね。君にそんな芸当が出来るかい?」

「……あのバカ男が」

 暁は怒りと羞恥に顔を赤くしてこめかみを痙攣させた。みかんと談子はその様子を想像して笑いをこらえている。覚の顔や性格をそれなりに知っているみかんは、なおの事想像に磨きがかかって苦しさが並ではない。確かに彼ならばそれくらいはやりそうだ。そしてその夢のような行動をやってのけるからこそ大物であるといえる。

「ほっ、他にも方法はある、力ずくでも鬼を押さえ込むから!」

「しかし、覚くんはキョンシー二体を駆使してやっと鬼の動きを制する事ができたんだよ。見たところ今ここにキョンシーは一体しかいないようだし、君では明らかに力不足では無いかい? 悪いことは言わない、死に急ぐ真似はよすんだ」

 蛇羅の説得に応じたわけで無いだろうが、力不足という点では思い当たる点がいくつもあったのだろう。暁は拳を握り締めて悔しげに顔をゆがめる。側では安眠が落ち込んだように俯いていた。

「そうそう、それからだね―――」

 そんな彼を励まそうとしたのか、蛇羅は自分の両手を顔の前にあげて見せた。それを見た全員の目が点になる。蛇羅の手は白いギプスによってグルグル巻きにされ、親指以外は大福の中のあんこのようにしっかり包まれてしまっていた。

「実はここへ来る途中でこうなってしまってね。たとえ暁くんの準備が万全でも、その作戦は不可能なんだよ」

 それを理解した途端、みかんは冷めた表情で蛇羅を睨みつける。暁も同じように表情を歪めていた。きっと同じような事を考えているに違いない。あれだけ期待させておいてこのオチは一体何だ。蛇羅がいれば何とかなると思ったのに、当の本人はあの有様。ふざけるのも大概にして欲しい。

「で、何で先輩は怪我したんですか?」

 特に怒りは無いらしく、談子が普通に尋ねた。まあ、こちらで勝手に話を盛り上げすぎたのも落胆の大きさの原因だ。事情くらいは聞いてもいいと思った。内容によっては、水に流してもいいだろうし。みかんも彼の言い訳に耳を傾けた。

「じつはね、学校へ来る途中で子どもがトラックに撥ねられそうになっていたんだよ。僕が何とか飛び込んで、子どもを突き飛ばして助けたんだ」

「へえ、すごいじゃん、先輩かっくいー!」

「ぐううー!」

 尊敬の眼差しで蛇羅を見つめる談子と安眠。蛇羅は何やら照れていたが、その話には続きがあった。

「でね、子どもを助けたのはいいものの、今度は僕が轢かれそうになってね。慌ててバック転をして逃げたんだ。そうしたらなかなか勢いがついてしまってね、調子に乗って五回転をしたら最後にボキッと。両手首をやられてしまってね、この有様さ」

「そのまま轢かれとけばよかったのに」

「本当にうだつの上がらないやつだな」

 みかんは舌打ちする。暁も頷いた。

「先輩、かっこ悪ー」

「ぐううー」

「そ、そんなに責めなくても良いじゃないか」

 前言撤回だ。そんなどうでもいいことで学校を危機にさらす奴なんて許せない。しかもわざわざ手負いで学校に来られても足手まといなだけだ。

「だったら別に来なくてもよかったのに」

「そう言わないでおくれよ。僕にも何か出来ないかと思ってこうやって道に迷いながらやってきたわけなんだから」

「何も出来ないでしょ。左手の使えない蛇羅さんなんてあんこの入ってないアンパン並みに不必要じゃん、特撮ヒーローの仮面の中身くらい期待を裏切る存在でしょうが」

 言うだけ言われても返す言葉がみつからなったらしく、蛇羅は押し黙る。普段は戦国大名のように凛々しく頼りがいがないこともないが、こういう大事なときになると落ち武者のようにどうしようもなく役立たずになる。うだつが上がらないなんてのは、本当に彼のために作られたような言葉だ。

「頼みの綱は断ち切られたか……。ならやっぱり、物語りの智慧、ってのにかけてみるしかないかなー」

 そう呟くと、談子が思いっきり驚愕的反応を示した。自分の持つ能力の事が話に出て、いささか動揺したらしい。

「イナホちゃんからも聞いてない? 昔羅刹姫の身体に鬼を封印したのは、物語りの智慧を持った人間だったって言うじゃない。ひょっとしたら、その人がこの学内のどこかに封印方法とかを残してる可能性もあるわけよ。今までは全然それらしいものは見つからなかったけれど、談子ちゃんになら見つけられるかもしれない。あるいは、何かのきっかけで全く新しい封印方法を得られるってことも考えられるし」

「あ、あたしが……?」

「そう、それが見つかれば、羅刹姫だって、みんなだって助かるんだよ? 責任押し付けちゃう形になるけれど、あたしたちも協力するから、探してみようよ」

 必死で推してみる。しばらく俯いていた談子だったが、決心が固まったらしい。強気に頷いてくれた。みかんも、その返答に満足気に大きく頷いて見せた。

 なら今度はその方法を見つけるまでの鬼対策を一から練り直さなくてはならないだろう。まあ、どうせ鬼は中々ここまで来れないだろうし、考える時間はまだ少しくらいは残っているだろうから、あまり焦る必要はないが。

 そう思ったのだが、詰めが甘かったようだ。

 ドクン。

 みかんの心臓が高鳴り、身体が大きく痙攣した。瞳孔が開いていくのが分かる。金縛りにあったように、手も足も、何もかもが言う事をきいてくれない。

「……みかん先輩?」

 それに気付き、首をかしげる談子。みんなに、伝えなくちゃ。震える口を何とか開き、彼女たちに呼びかけた。

「みんな、今すぐ教室から出て。あたしの後ろの扉から」

「何で急に……?」

「いいから、何も言わずに教室から出て」

 そしてみかんは歩き出す。蛇羅が入ってきた方の扉へ向かって。ガラスの向こう側で、鬼が辺りを見回していた。予定よりも来るのが早すぎる。ひょっとすると蛇羅の後をつけてきたのかもしれない。想像以上に賢い生き物のようだ、鬼というのは。

 まだ向こうはこちらの存在に気付いていない。逃げるなら今だ。みかんは扉に張り付いて、内側からあの姿が見えないようにガラスを遮断した。

「蛇羅さん、二人のこと頼んだよ」

 蛇羅は気付いたらしい。その発言の意図するところを。慌てて向こう側のドアに向かって歩き出した。

「みんな、はやくこっちへ」

 誘導する声が聞こえる。何が何だか分からずとも、談子と暁、安眠は黙って従っている。蛇羅が頷いたのが見えた。それを合図にみかんは扉を勢い良く開く。ガラスが割れそうなくらいに激しい開扉音。廊下に響き渡るその音に、側にいた鬼が気付かないはずが無い。

「ほらほら、こっちよ、あたしの魂が欲しかったら捕まえてみな!」

 みかんは教室の中に後ずさりする。鬼は咆哮をあげながらうまくついてきた。そこで初めて鬼の存在に気付いたらしく、入れ違いに外へ出ようとした談子と暁、安眠が立ち止まり、振り返るのが見えた。

「みかん先輩!」

「大丈夫、振り返らないで早く逃げて!」

「大丈夫なわけあるかよ、お前も逃げろ!」

 後輩たちの声。普段は何も感じないまでも、今となってはとても心強い。

 鬼が教室へ入ると同時に、蛇羅に誘導されて全員外に出た。駆ける足音が遠くなっていく。それを確認し、みかんは少しでも鬼を食い止めようと、視線を合わせないように俯きがちに構えた。しかし何の準備もなしだ、みかんに対抗する術など、無いに等しい。

「あーあ、あたしも死ぬのか。運がよければ生き返れるんだけどな。どうだろう」

 全て、あの子達にかかっている。今はその希望を切に願って託すしか出来ないのだ。いま自分に出来る事は、鬼の足止めだけ。ならばそれを精一杯するしか無いじゃないか。うっすらと、視界が滲むのを感じた。何泣いてんるんだよ、次に涙を流すのはメルヘンジャーの最終回って決めてたのに。

「死にたくないなー! あーもう最悪!」

 開き直り、みかんは鬼に向かって飛び掛った。その顔を、鬼の大きな手がしっかりと覆う。顔が、死の仮面に包まれた。重い。身体の力が抜ける、意識がだんだん薄れていく。これが死ぬということなのだろうか。

 なんだろう、この感覚。

 それどころか、何も感じやしない。
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