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13.ゾンビに追われて生徒会室
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屋上のど真ん中に三角形を描くように座り、談子はとりあえず今日学校に来てからの経緯を話して聞かせた。話せば話すほどに、暁の顔が歪んでいくのが分かる。その身体から迸るオーラは、明らかに怒りを含んでいる。それを敏感に察知し、安眠が何度も何度も宥めるが、ついにはそれでは静止不可能なくらいに暁のこめかみが痙攣を始めた。
「―――ってなわけで、イナホ先輩と別れて、屋上前の行き止まりにいたら二人が来たと」
「すると何だ、鬼の封印を解きやがったのは、お前か」
「そうなりますね、はい」
「はい、じゃないだろ。だから俺は何度も言ったんだよ、鬼なんていないって。お前みたいにな、好奇心で何にでも首突っ込みたがる奴が一番危ないんだ、何度も何度も鬼の話はするなって忠告したのに人の話も聞かずに余計な事ばかりして人の仕事増やしやがって!」
間髪入れずに怒鳴り散らしてくる。暁がここまでキレたのを見るのは初めてだ。いつも談子が鬼の話をする度に割り込んできて頭ごなしに否定を続けていたのには、こういう理由があったのだと、今更ながらに納得する。でも暁を含む生徒会がこんなことに関わっているなんて知る由も無かったのだから、仕方が無かった、としか言い訳の仕様も無い。今はそれすらも言える空気ではないが。
「……ごめん。本っ当にごめんなさい!」
頭を下げる。もとから正座をしていたから、既に体制は土下座そのものだ。でも今回ばかりは本気で反省しているのだ、これくらいしなくてはその意思は伝わらない。
「悪いことしたって、ちゃんと理解してるの。みんなにも、羅刹姫にもすっごく迷惑かけたって。ここで謝ったってどうしようもないけど、今はこれ以外に出来ることが無いから、とにかく、ごめんなさい」
沈黙。静けさがこんなに胸に突き刺さるとは、思っても見なかった。コンクリートの地面を見つめる目が潤んでくる。お願いだから何か言って、小言でも説教でも何でもいい。殴ってくれてもいいから、とにかくこの静寂だけはどうにかして。心の底からそう思った。
「ぐうぐう、ぐぐう」
安眠の声がする。暁に向かって、何か言っているようだった。
「……言われなくても分ってるさ。頭上げろよ。別にお前だけの所為じゃないんだ、責任は生徒会にもある。お前をさっさと止められなかった、俺にもな」
後頭部に手が乗せられた。談子の頭を包み込めそうな、大きくて、そして暖かい手。数回軽く頭を叩いて、それは離れていった。
顔を上げると、暁と安眠は既に立ち上がり、遠くを見ていた。
「とりあえず、秋田の言うとおり夏と合流する。状況の把握できない今の状態じゃ、鬼とまともに戦えそうにない」
「う、うん」
談子は立ち上がった。目尻から流れようとする熱い雫を制服の袖で拭い、鼻水をすする。こんな所で折れてなんかいられないのだから。
「ぐっ、ぐうう!」
何かを感じ取ったように、安眠が叫んだ。そして遠く、屋上の向こう側を指差している。何事かとフェンスに駆け寄って下界を見下ろす。そこから見える景色は、学校の広い校庭。それを縦に割るように、白みがかった塊が歩いていた。
鬼だ。鬼が、校門へ向かって歩いているのだ。外へ出ようとしているのだろうか。
そこで気付く。あんな恐ろしいものが学校から出て行ったりしたら、麓の町は大パニックになる。もちろん町の中には談子や父親が住んでいるアパートもあるし、知り合いや親しい人も大勢住んでいる。止めなければ大変な事になると焦った。その時。
鬼の足が校門をくぐろうとする。その境界に触れたとたん、空間が発光して眩い光線が飛び散った。稲光のように空間に広がり、鬼を弾き返す。鬼は驚いたように奇声をあげ、砂の大地に仰向けに倒れた。
「何、あれ?」
「鬼捕獲用の結界が張られたみたいだな。この学校を包み込むように、空間分離の術が施されているんだ。その中からは、たとえ誰であろうと外へ出る事は出来ない」
「誰であろうとって、あたしたちもだよね?」
「そうだ。でも、今更どうしようもない」
「……そう、だね」
もう決めたのだから、羅刹姫を助けると。外に逃げ出す気なんて毛頭ない。談子は強く頷く。今はみかんと合流して対策を練るのが最重要だ。唾を飲み込み、自分に喝を入れた。
「じゃあいこう、生徒会室!」
とはいったものの、生徒会室の場所を知っているならとっくに行っているわけで。結局暁に道案内を頼んで、談子はしんがりをひたすら付いて行くだけだった。生徒会室は、今いる職員室や学年ごとの教室のある東棟ではなく、隣の文化系の部室や演習科目などで使う専門教室のある西棟の端にあるらしい。四階に設置された二つの校舎を繋ぐ渡り廊下を通って向かおうとしたのだが、行けども行けども廊下への入り口が見つからない。
それどころか、困惑して首を傾げてしまう。
「あれ、この階に保健室なんてあった?」
すぐ側の部屋。白い清潔そうな扉を横切った。上部に取り付けられたプラスチックのプレートには、保健室とはっきり書かれ、戸口に「不在」と書かれた手書きのボードが掛けられている。しかしここは二年生の使用する教室の集まった階だ。こんなところに保健室があるはずが無い。
振り返り、反対隣の教室を見て、更に狐につままれたような顔をする。
「ええっ、音楽室?」
そんなバカな。音楽室は離れの選択授業教室の集まった西棟にあるはずだ。絶対に有り得ない。こんな所にあっていいはずが無い。
「どうなってんの――? なんか、心なしか廊下も長くなったような」
一つの階に七つまである教室。それが数えてみると十以上もあるように見える。錯覚だろうか。それにしては違和感が大きすぎる。騙されていることに気付かないのが錯覚なのだから。つまり、これは現実と言うことだ。
しかしなぜ。理由も原因も分からない。
「あれー。ねえ、本当にどうなってるの?」
「ぐうぅー」
同じ所をぐるぐる回って目を回す。安眠も同様に回転し、身体をふらつかせていた。
教室と教室を繋ぐ空間がねじれ曲がって、違う場所とくっついたような、そんな感じだった。一体何をどうすればこうなるのか、仕組みどころか理屈も分らない。
「様子が変だな。夏が何かしやがったのか」
訝しげに周囲の歪曲してしまった教室群を見渡し、暁は目を細める。
「鬼の仕業って、ことはないよね?」
「空間を歪める力を鬼が持ってるなんて、聞いたことも無い」
自然とこんな現象が起こるはずもないし。かと言って、こんな事を可能とする人間が存在するのか。暁はみかんの仕業かと疑っているが、彼女がそんな事をできるとは想像もできない。
しかしながら、人は見かけによらないのかもしれない。そう思い知ったのは、暁の携帯の着信が廊下に響いてからだった。
「夏からだ」
ボタンを押し、通話を始める。通話音量設定のせいか、ただ単にみかんの声が大きいだけかは分らないが、側にいるだけで受話器の向こうの声がはっきり聞こえてきた。
『うーす。暁君、学校来てる? 来てるよね』
「ああ、今迷ってる所だ。この変な教室の配列は、お前の仕業か?」
『あーごめーん。鬼制御用の結界を張ったついでに鬼錯乱用の装置を起動させたの。そしたら初期レベル設定間違えちゃって、校内が物凄い迷路になっちゃった。多分そこから無闇に動こうとすると、迷うだけでなく外にも出られなくなるかもです! 気をつけてね☆』
「ね☆ じゃねえよ! 動けねえんじゃどうしようもないだろうが!」
みかんの能天気な台詞に怒鳴り声を返す暁。どうにも話の進み具合が悪い。やっとみかんと連絡が取れたのに。焦りだけが談子を覆っていく。じれったくなって、暁から携帯をぶんどった。
「あっ、あの、みかん先輩!」
『んん? 誰か一緒にいるのー?』
「あたし、一年一組の月見談子です。一昨日、羅刹姫と一緒にいた……」
『……ああー! 分かった分かった、イナホちゃんから話聞いてるよー! そっか、あれからイナホちゃんと連絡取れなくなっちゃったし、心配してたんだよ。でも、暁くんと一緒なら安心だね』
さっきイナホがかけていた電話の事だ。イナホが音信不通と言っている。まさか、図書室へ行く途中で鬼に襲われたとか……?
それも心配だが、今はどうする事もできないし、根拠も無い。とりあえず、自分に出来る事は無いか、みかんに指示を仰ぐ。
「イナホ先輩に、生徒会室へ行って、みかん先輩にこれからの事を聞くように言われました。これからどうすればいいでしょうか?」
『うん。このまま電話で指示ってなると面倒だからね、出来れば来て欲しい。待ってね、今通話の電波状況から、二人の居場所特定するから。……よし、分った。えっと、迎えを送ったから、そこでしばらく待ってて。後は勝手に行き着くところまで行けるから。じゃあ、後でね。健闘を祈ります!』
即座に通話が切れた。慌てて何度か名前を呼びかけたが、帰ってくるのはワンテンポな切断音だけ。暁に電話を返し辺りを見回す。同じように会話内容を聞いていた暁は顔をしかめる。
「迎えって、誰が来るんだ? さっきやたらに動いたら迷うって言ったばかりなのに」
「さあ。とりあえず待ってようよ」
しばらくその場に立ち尽くしていると、急に談子の鼓膜が微かに震えた。遠くから、ドドドドド、と何かが振動する音が響いてくる。太鼓のようにも聞こえるが、少し違う。足音だ、それも大量の。
「誰かが、こっちに来る?」
そう呟いたときには、向こう側の廊下から黒い何かがこちらへ迫ってきていた。それは人影のようにも見える。しかも一つではない、十数体の黒い影が、ぞろぞろとこちらへ向かって押し寄せてきたのだ。
「……あれ、何?」
指をさす。暁と安眠が振り返った頃には、その実体がはっきりと目視できるくらいにそいつらは接近してきていた。かなりのスピードで走ってくる。ボロボロの服を纏った、おそらく人間。体中の肉が溶けて顎や腕から重そうに垂れている。「あ、あ、あ……」と潰れた咽から発せられたような苦しそうな声が先駆けてこちらへ流れてくる。それに対抗するように、談子も悲鳴を上げた。
「ギャー! あれっ、ゾゾゾゾンビー!?」
見るからにそんな感じだった。よく映画やゲームで見たりする大量のおぞましいゾンビー。それがこちらへ向かって猛突進してくる。身体が腐って垂れているわりには腐臭もしないしハエもたかっていないのが不自然だが、そこまで考える余裕は無かった。
「こっち来る、暁やっつけてよ!」
「馬鹿言え、あんな大勢相手にしてられるか! とりあえず、逃げるぞ」
言った側から暁と安眠は走り出す。有無を言う間もなく、談子も素早く地面を蹴った。筋肉痛なんて言っている場合ではない、ゾンビーに捕まるくらいならアキレス腱が切れたほうがマシだ。いや、どっちも嫌だが。
精一杯走っているのにもかかわらず、ゾンビーたちはしつこく追いかけてくる。必死で逃げている途中に、幾度か進めそうな分かれ道を見つけたが、その道からもゾンビーが駆けてきた。脇道に逸れられない。かと思いきや、前方からゾンビーが向かってきて、やむなく横道にそれるしかなかったり。その進路は自分で考えた上で走っている道順のはずなのに、ゾンビーによって選ばされているかのようにも感じられた。
「何で、どうしてゾンビーが学校にいるの? 絶対おかしいし! しかも何であたしたちが追いかけられてるの、訳わかんない! やだー気持ち悪いー」
全力を持って廊下を駆け抜ける談子。目が涙で滲んでよく前が見えない。前を走る暁の姿だけを頼りに、何とか転倒せずに走り抜いているが、筋肉痛の痛みも付与されていつまでもつか分かったもんじゃない。衰えていく走行速度に反比例して悲鳴が拡大化していくのに苛立ちを覚えたのか、暁が怒鳴りつける。
「叫んでる暇があったら早く走れ! ゾンビーもキョンシーも大して変わらないだろうが。怖いと思うから怖いんだ、気にするな」
「全然違うし! ゾンビーとキョンシーなんて、納豆と燻製くらい差があるって!」
「食いもんに例えるのはやめろ、明日から納豆食えなくなるだろうが……」
「ぐう……」
気持ち悪そうに暁は口を押さえる。想像すると何とも生々しい。燻製に例えられた安眠も少し困ったように眉をひそめている。そんないざこざはお構いなしに、後ろのゾンビーは付かず離れず、淡々と追いかけてくる。呻きながらも何か言葉を発しているようだ。
「迷わないでー」
「迷わないでー」
「なっ、何か言ってる! ねえ、ゾンビーが何か言ってるよ」
「はぁ? 何も聞こえねえよ、無駄口叩いてないで走れ!」
暁は一瞬後ろを振り向いたが、談子を怒鳴ってすぐに前に向き直った。
「ホントだってばー! 「迷わないでー」って言ってるもん!」
しかし全く相手にしてもらえず、談子は唇を尖らせる。気のせいかとも思ったが、やはり後ろからしつこく同じ台詞が聞こえてくる。
「迷わないでー」
「迷わないでー」
「飯食ったかー」
「何か一匹違うこと言ってる!?」
カルチャーショックを受けながらも走り続けるうちに、だんだん声が遠くなっていくのを感じた。不思議に思って再三後ろを振り返ると、さっきまで嫌がらせのように追いかけてきていたゾンビーの姿が、忽然といなくなっていた。
「す、ストップ、ゾンビーいなくなった!」
談子の合図に、暁と安眠は急ブレーキをかけて静止する。同じように振り返って、ゾンビーの姿が無いことを確認し、息を切らせて地面に座り込む。
「ったく、何だったんだよ……」
深いため息を吐いて脱力する暁。散々追い回され、疲れただけならまだしも、どこをどう走ってきたのかさっぱり覚えていない。もと来た道へは引き返せないだろう。まだゾンビーがいるかもしれないし。
「ここ、どこだろ? 余計に迷っちゃった気がする……」
通り過ぎてきたすぐ背後の教室の標識を見ても、明らかに違和感が感じられる。すぐ目の前で並んでいる視聴覚室と物理準備室。こんな教室が隣り合っているわけが無い。相変わらず学校はおかしなままだった。
「ぐう? ……ぐうぐう!」
安眠が何かに気付いて声を上げ、上を指差した。何事かと指さす場所に目を向ける。目の前の教室の開き戸。その上に取り付けられた、黄ばんで風化した、今にも落ちてきそうに傾いたプレート。そこにはぼんやりと、こう書いてある。
「……生徒会室だ」
「マジかよ……」
偶然なのか、何らかの策略によるものなのか。何にしても物凄く脱力感を覚え、談子と暁は勢いよく廊下に倒れ伏す。直後に生徒会室の入り口が開き、中から人の姿が。
「何かさっきゾンビーの足音がしたような……? うわっ! あんたら何やってんの、そんな所で寝てたら鬼に見つかったときイチコロでやられちゃうっつーの!」
力尽きて倒れこんでいる二人の生徒の姿を発見し、驚いたみかんによって二人は教室内へと運び込まれた。
「―――ってなわけで、イナホ先輩と別れて、屋上前の行き止まりにいたら二人が来たと」
「すると何だ、鬼の封印を解きやがったのは、お前か」
「そうなりますね、はい」
「はい、じゃないだろ。だから俺は何度も言ったんだよ、鬼なんていないって。お前みたいにな、好奇心で何にでも首突っ込みたがる奴が一番危ないんだ、何度も何度も鬼の話はするなって忠告したのに人の話も聞かずに余計な事ばかりして人の仕事増やしやがって!」
間髪入れずに怒鳴り散らしてくる。暁がここまでキレたのを見るのは初めてだ。いつも談子が鬼の話をする度に割り込んできて頭ごなしに否定を続けていたのには、こういう理由があったのだと、今更ながらに納得する。でも暁を含む生徒会がこんなことに関わっているなんて知る由も無かったのだから、仕方が無かった、としか言い訳の仕様も無い。今はそれすらも言える空気ではないが。
「……ごめん。本っ当にごめんなさい!」
頭を下げる。もとから正座をしていたから、既に体制は土下座そのものだ。でも今回ばかりは本気で反省しているのだ、これくらいしなくてはその意思は伝わらない。
「悪いことしたって、ちゃんと理解してるの。みんなにも、羅刹姫にもすっごく迷惑かけたって。ここで謝ったってどうしようもないけど、今はこれ以外に出来ることが無いから、とにかく、ごめんなさい」
沈黙。静けさがこんなに胸に突き刺さるとは、思っても見なかった。コンクリートの地面を見つめる目が潤んでくる。お願いだから何か言って、小言でも説教でも何でもいい。殴ってくれてもいいから、とにかくこの静寂だけはどうにかして。心の底からそう思った。
「ぐうぐう、ぐぐう」
安眠の声がする。暁に向かって、何か言っているようだった。
「……言われなくても分ってるさ。頭上げろよ。別にお前だけの所為じゃないんだ、責任は生徒会にもある。お前をさっさと止められなかった、俺にもな」
後頭部に手が乗せられた。談子の頭を包み込めそうな、大きくて、そして暖かい手。数回軽く頭を叩いて、それは離れていった。
顔を上げると、暁と安眠は既に立ち上がり、遠くを見ていた。
「とりあえず、秋田の言うとおり夏と合流する。状況の把握できない今の状態じゃ、鬼とまともに戦えそうにない」
「う、うん」
談子は立ち上がった。目尻から流れようとする熱い雫を制服の袖で拭い、鼻水をすする。こんな所で折れてなんかいられないのだから。
「ぐっ、ぐうう!」
何かを感じ取ったように、安眠が叫んだ。そして遠く、屋上の向こう側を指差している。何事かとフェンスに駆け寄って下界を見下ろす。そこから見える景色は、学校の広い校庭。それを縦に割るように、白みがかった塊が歩いていた。
鬼だ。鬼が、校門へ向かって歩いているのだ。外へ出ようとしているのだろうか。
そこで気付く。あんな恐ろしいものが学校から出て行ったりしたら、麓の町は大パニックになる。もちろん町の中には談子や父親が住んでいるアパートもあるし、知り合いや親しい人も大勢住んでいる。止めなければ大変な事になると焦った。その時。
鬼の足が校門をくぐろうとする。その境界に触れたとたん、空間が発光して眩い光線が飛び散った。稲光のように空間に広がり、鬼を弾き返す。鬼は驚いたように奇声をあげ、砂の大地に仰向けに倒れた。
「何、あれ?」
「鬼捕獲用の結界が張られたみたいだな。この学校を包み込むように、空間分離の術が施されているんだ。その中からは、たとえ誰であろうと外へ出る事は出来ない」
「誰であろうとって、あたしたちもだよね?」
「そうだ。でも、今更どうしようもない」
「……そう、だね」
もう決めたのだから、羅刹姫を助けると。外に逃げ出す気なんて毛頭ない。談子は強く頷く。今はみかんと合流して対策を練るのが最重要だ。唾を飲み込み、自分に喝を入れた。
「じゃあいこう、生徒会室!」
とはいったものの、生徒会室の場所を知っているならとっくに行っているわけで。結局暁に道案内を頼んで、談子はしんがりをひたすら付いて行くだけだった。生徒会室は、今いる職員室や学年ごとの教室のある東棟ではなく、隣の文化系の部室や演習科目などで使う専門教室のある西棟の端にあるらしい。四階に設置された二つの校舎を繋ぐ渡り廊下を通って向かおうとしたのだが、行けども行けども廊下への入り口が見つからない。
それどころか、困惑して首を傾げてしまう。
「あれ、この階に保健室なんてあった?」
すぐ側の部屋。白い清潔そうな扉を横切った。上部に取り付けられたプラスチックのプレートには、保健室とはっきり書かれ、戸口に「不在」と書かれた手書きのボードが掛けられている。しかしここは二年生の使用する教室の集まった階だ。こんなところに保健室があるはずが無い。
振り返り、反対隣の教室を見て、更に狐につままれたような顔をする。
「ええっ、音楽室?」
そんなバカな。音楽室は離れの選択授業教室の集まった西棟にあるはずだ。絶対に有り得ない。こんな所にあっていいはずが無い。
「どうなってんの――? なんか、心なしか廊下も長くなったような」
一つの階に七つまである教室。それが数えてみると十以上もあるように見える。錯覚だろうか。それにしては違和感が大きすぎる。騙されていることに気付かないのが錯覚なのだから。つまり、これは現実と言うことだ。
しかしなぜ。理由も原因も分からない。
「あれー。ねえ、本当にどうなってるの?」
「ぐうぅー」
同じ所をぐるぐる回って目を回す。安眠も同様に回転し、身体をふらつかせていた。
教室と教室を繋ぐ空間がねじれ曲がって、違う場所とくっついたような、そんな感じだった。一体何をどうすればこうなるのか、仕組みどころか理屈も分らない。
「様子が変だな。夏が何かしやがったのか」
訝しげに周囲の歪曲してしまった教室群を見渡し、暁は目を細める。
「鬼の仕業って、ことはないよね?」
「空間を歪める力を鬼が持ってるなんて、聞いたことも無い」
自然とこんな現象が起こるはずもないし。かと言って、こんな事を可能とする人間が存在するのか。暁はみかんの仕業かと疑っているが、彼女がそんな事をできるとは想像もできない。
しかしながら、人は見かけによらないのかもしれない。そう思い知ったのは、暁の携帯の着信が廊下に響いてからだった。
「夏からだ」
ボタンを押し、通話を始める。通話音量設定のせいか、ただ単にみかんの声が大きいだけかは分らないが、側にいるだけで受話器の向こうの声がはっきり聞こえてきた。
『うーす。暁君、学校来てる? 来てるよね』
「ああ、今迷ってる所だ。この変な教室の配列は、お前の仕業か?」
『あーごめーん。鬼制御用の結界を張ったついでに鬼錯乱用の装置を起動させたの。そしたら初期レベル設定間違えちゃって、校内が物凄い迷路になっちゃった。多分そこから無闇に動こうとすると、迷うだけでなく外にも出られなくなるかもです! 気をつけてね☆』
「ね☆ じゃねえよ! 動けねえんじゃどうしようもないだろうが!」
みかんの能天気な台詞に怒鳴り声を返す暁。どうにも話の進み具合が悪い。やっとみかんと連絡が取れたのに。焦りだけが談子を覆っていく。じれったくなって、暁から携帯をぶんどった。
「あっ、あの、みかん先輩!」
『んん? 誰か一緒にいるのー?』
「あたし、一年一組の月見談子です。一昨日、羅刹姫と一緒にいた……」
『……ああー! 分かった分かった、イナホちゃんから話聞いてるよー! そっか、あれからイナホちゃんと連絡取れなくなっちゃったし、心配してたんだよ。でも、暁くんと一緒なら安心だね』
さっきイナホがかけていた電話の事だ。イナホが音信不通と言っている。まさか、図書室へ行く途中で鬼に襲われたとか……?
それも心配だが、今はどうする事もできないし、根拠も無い。とりあえず、自分に出来る事は無いか、みかんに指示を仰ぐ。
「イナホ先輩に、生徒会室へ行って、みかん先輩にこれからの事を聞くように言われました。これからどうすればいいでしょうか?」
『うん。このまま電話で指示ってなると面倒だからね、出来れば来て欲しい。待ってね、今通話の電波状況から、二人の居場所特定するから。……よし、分った。えっと、迎えを送ったから、そこでしばらく待ってて。後は勝手に行き着くところまで行けるから。じゃあ、後でね。健闘を祈ります!』
即座に通話が切れた。慌てて何度か名前を呼びかけたが、帰ってくるのはワンテンポな切断音だけ。暁に電話を返し辺りを見回す。同じように会話内容を聞いていた暁は顔をしかめる。
「迎えって、誰が来るんだ? さっきやたらに動いたら迷うって言ったばかりなのに」
「さあ。とりあえず待ってようよ」
しばらくその場に立ち尽くしていると、急に談子の鼓膜が微かに震えた。遠くから、ドドドドド、と何かが振動する音が響いてくる。太鼓のようにも聞こえるが、少し違う。足音だ、それも大量の。
「誰かが、こっちに来る?」
そう呟いたときには、向こう側の廊下から黒い何かがこちらへ迫ってきていた。それは人影のようにも見える。しかも一つではない、十数体の黒い影が、ぞろぞろとこちらへ向かって押し寄せてきたのだ。
「……あれ、何?」
指をさす。暁と安眠が振り返った頃には、その実体がはっきりと目視できるくらいにそいつらは接近してきていた。かなりのスピードで走ってくる。ボロボロの服を纏った、おそらく人間。体中の肉が溶けて顎や腕から重そうに垂れている。「あ、あ、あ……」と潰れた咽から発せられたような苦しそうな声が先駆けてこちらへ流れてくる。それに対抗するように、談子も悲鳴を上げた。
「ギャー! あれっ、ゾゾゾゾンビー!?」
見るからにそんな感じだった。よく映画やゲームで見たりする大量のおぞましいゾンビー。それがこちらへ向かって猛突進してくる。身体が腐って垂れているわりには腐臭もしないしハエもたかっていないのが不自然だが、そこまで考える余裕は無かった。
「こっち来る、暁やっつけてよ!」
「馬鹿言え、あんな大勢相手にしてられるか! とりあえず、逃げるぞ」
言った側から暁と安眠は走り出す。有無を言う間もなく、談子も素早く地面を蹴った。筋肉痛なんて言っている場合ではない、ゾンビーに捕まるくらいならアキレス腱が切れたほうがマシだ。いや、どっちも嫌だが。
精一杯走っているのにもかかわらず、ゾンビーたちはしつこく追いかけてくる。必死で逃げている途中に、幾度か進めそうな分かれ道を見つけたが、その道からもゾンビーが駆けてきた。脇道に逸れられない。かと思いきや、前方からゾンビーが向かってきて、やむなく横道にそれるしかなかったり。その進路は自分で考えた上で走っている道順のはずなのに、ゾンビーによって選ばされているかのようにも感じられた。
「何で、どうしてゾンビーが学校にいるの? 絶対おかしいし! しかも何であたしたちが追いかけられてるの、訳わかんない! やだー気持ち悪いー」
全力を持って廊下を駆け抜ける談子。目が涙で滲んでよく前が見えない。前を走る暁の姿だけを頼りに、何とか転倒せずに走り抜いているが、筋肉痛の痛みも付与されていつまでもつか分かったもんじゃない。衰えていく走行速度に反比例して悲鳴が拡大化していくのに苛立ちを覚えたのか、暁が怒鳴りつける。
「叫んでる暇があったら早く走れ! ゾンビーもキョンシーも大して変わらないだろうが。怖いと思うから怖いんだ、気にするな」
「全然違うし! ゾンビーとキョンシーなんて、納豆と燻製くらい差があるって!」
「食いもんに例えるのはやめろ、明日から納豆食えなくなるだろうが……」
「ぐう……」
気持ち悪そうに暁は口を押さえる。想像すると何とも生々しい。燻製に例えられた安眠も少し困ったように眉をひそめている。そんないざこざはお構いなしに、後ろのゾンビーは付かず離れず、淡々と追いかけてくる。呻きながらも何か言葉を発しているようだ。
「迷わないでー」
「迷わないでー」
「なっ、何か言ってる! ねえ、ゾンビーが何か言ってるよ」
「はぁ? 何も聞こえねえよ、無駄口叩いてないで走れ!」
暁は一瞬後ろを振り向いたが、談子を怒鳴ってすぐに前に向き直った。
「ホントだってばー! 「迷わないでー」って言ってるもん!」
しかし全く相手にしてもらえず、談子は唇を尖らせる。気のせいかとも思ったが、やはり後ろからしつこく同じ台詞が聞こえてくる。
「迷わないでー」
「迷わないでー」
「飯食ったかー」
「何か一匹違うこと言ってる!?」
カルチャーショックを受けながらも走り続けるうちに、だんだん声が遠くなっていくのを感じた。不思議に思って再三後ろを振り返ると、さっきまで嫌がらせのように追いかけてきていたゾンビーの姿が、忽然といなくなっていた。
「す、ストップ、ゾンビーいなくなった!」
談子の合図に、暁と安眠は急ブレーキをかけて静止する。同じように振り返って、ゾンビーの姿が無いことを確認し、息を切らせて地面に座り込む。
「ったく、何だったんだよ……」
深いため息を吐いて脱力する暁。散々追い回され、疲れただけならまだしも、どこをどう走ってきたのかさっぱり覚えていない。もと来た道へは引き返せないだろう。まだゾンビーがいるかもしれないし。
「ここ、どこだろ? 余計に迷っちゃった気がする……」
通り過ぎてきたすぐ背後の教室の標識を見ても、明らかに違和感が感じられる。すぐ目の前で並んでいる視聴覚室と物理準備室。こんな教室が隣り合っているわけが無い。相変わらず学校はおかしなままだった。
「ぐう? ……ぐうぐう!」
安眠が何かに気付いて声を上げ、上を指差した。何事かと指さす場所に目を向ける。目の前の教室の開き戸。その上に取り付けられた、黄ばんで風化した、今にも落ちてきそうに傾いたプレート。そこにはぼんやりと、こう書いてある。
「……生徒会室だ」
「マジかよ……」
偶然なのか、何らかの策略によるものなのか。何にしても物凄く脱力感を覚え、談子と暁は勢いよく廊下に倒れ伏す。直後に生徒会室の入り口が開き、中から人の姿が。
「何かさっきゾンビーの足音がしたような……? うわっ! あんたら何やってんの、そんな所で寝てたら鬼に見つかったときイチコロでやられちゃうっつーの!」
力尽きて倒れこんでいる二人の生徒の姿を発見し、驚いたみかんによって二人は教室内へと運び込まれた。
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