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第一部 四季姫覚醒の巻

第五章 冬姫覚醒 2

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 柊(ひいらぎ)は、中学一年生には見えないほど大人びた少女だ。
 身長も、榎には及ばないが高いほうで、何より男みたいにひょろ長いだけの寸胴体格な榎と比較して、胸が大きく腰が細い、メリハリが利いた体躯をしていた。要するに、色っぽく大人びているわけだ。
 榎とは別の意味で、高校生と間違えられやすい容姿をしていた。
「ひいちゃん、久しぶり! 病気、治ってよかったね!」
 教室に入ってきた柊に、椿が真っ先に駆け寄った。
 犬みたいにじゃれついて、普段は見せない種類の笑顔を浮かべている椿を見ていると、榎の中に嫉妬に近い、嫌な感情が広がった。
「ほんまに、参ったで。変な風邪こじらせたか思うたら、肺炎になってしもうて。おまけに盲腸まで併発や。死ぬかと思ったわ。心配してくれておおきにな、椿」
 柊は笑って、椿の頭を優しく撫でた。続いて、側に歩み寄った周に目を向け、気さくな態度で声を掛けた。
「佐々木っちゃんも毎日、家にプリントやらノートのコピーやら届けてくれて、ほんま堪忍やったで。お陰で勉強が遅れずに済んで、めっちゃ助かったわ」
「困ったときは、お互い様どす。借りはまた、返してもらいますけどな」
「相変わらず、ちゃっかりしてまんな~。佐々木っちゃんには敵わへんわ」
 ノリのいい陽気な口振りは、いかにも関西人、と言った感じだ。周とも仲が良く、楽しげに会話を盛り上げていた。
 気配を消し、遠目に様子を窺っていた榎は、何となく疎外感を覚えて、寂しくなった。こういった状況が、地元民と余所者との壁なのだと、初めて実感した。
 柊は、ずっと空席だった榎の隣の席に、当たり前といった動作で鞄を置き、足を組んで椅子に腰掛けた。
 一息つき、感慨深そうに周囲を見渡していた。中学校の教室は初めてだし、少し遅れた新生活を、噛み締めているのかもしれなかった。
「中学に上がったいうても、みんな顔馴染みやさかい、真新しさもあらへんな。転校していったもんの話は聞いたけど、新顔はおらんのか?」
「いるよ、新顔! 椿たちのお友達なの。ひいちゃんにも紹介するね」
 柊の質問に、椿が身を乗り出して応えた。榎に話題を振ろうする空気を察し、榎は教室の隅へと逃れ、壁と同化するがごとく、気配を消した。
「……えのちゃん、何しているの? まるで一昔前の泥棒みたいよ」
 顔を見られてはならぬと、榎は頭にハンカチを巻きつけて鼻の下で結び、頬かむりみたいな装備を整えていた。椿は、妙な動作をしている榎に、訝しげな目を向けてきた。
「その、隅っこでコソコソしとる奴が、新顔か?」
 椿が話しかけてきたせいで、今まで完全に空気と同化していた榎の存在を、柊に感付かれた。柊は興味津々で、隠れる榎の背中に、好奇の視線を突き刺してきた。
「名古屋から引っ越されてきた、水無月榎はんどす」
「椿の、いとこなの! 一緒に住んでいるのよ」
「名古屋の、水無月……榎やと?」
 周と椿の簡潔な説明を聞いた瞬間、柊の榎を見る視線の種類が変わった。
 柊は榎の顔を見ようと、素早い動きで正面に回りこんできた。榎は見られまいと、素早くかわして逃げた。
 それでも柊はしつこく、榎の前方へ回りこんできた。必死で逃げ続ける榎はなりふり構っていられず、ロッカーや机の上に乗って飛び回り、高度なアクロバットを決め込んで、柊の手から逃れるべく奮闘した。
「えのちゃん、忍者みたーい」
「榎はん、体育だけは間違いなく成績トップどすな。羨ましい限りどす」
 椿と周は、榎の俊敏な動きを物見遊山感覚で見物して盛り上がっていたが、榎にとっては命がけの逃走劇だった。
「ええい、いつまで逃げまわっとるんや! いい加減、顔見せんかい!」
 先の見えない追いかけっこに苛立ちを覚え始め、柊がいきり立って、動きを変えてきた。不意を突かれた榎は頬かむりを毟り取られ、後ろから飛び掛られた。
「ああっ、おやめになって、お代官さま!」
「ええがな、減るもんやないし。可愛がったるさかい、大人しゅうせいや!」
 悪代官に捕獲された。榎はついに、柊に顔を見られた。榎と顔を付き合わせた柊は、驚くよりも、納得、といった表情を浮かべた。
「やっぱりお前か、水無月 榎! 名前にしても、ごつい図体にしても、まず間違いあらへんと思うとったけど。信じられん、榎がセーラー服着とる! 絶対に中学入ったら、学ランや思うとったのに。ついにスカート穿きよったか!」
 榎の顔を確認した瞬間、柊の表情に嘲りの笑みが浮かんだ。
「馬鹿にしてんのか、この野郎! 絶対に言うと思ったけど!」
 榎の制服姿を見て爆笑する柊に、榎は怒りの感情を込めて怒鳴りつけた。 
「だいたい自分、何で京都におるねん?」
 ひとしきり笑い終えた柊は、不思議そうに訊ねてきた。榎は不愉快に思い、鼻を鳴らした。
「何でもいいだろうが! あたしにも、色々と事情があるんだよ!」
「えのちゃん、お家の都合で、しばらく京都で生活しているの」
 代わって、椿が事情を説明した。詳しい部分は、伏せてくれて助かった。父親が倒産して貧乏生活を余儀なくされたなんて知られたら、どれだけ馬鹿にされるか想像もつかない。
 柊は訝しげな表情を浮かべていたが、表面上は納得した様子だった。
「家の都合なぁ。あの賑やかな兄ちゃんズも一緒かいな」
「お兄さんたちは、名古屋でバラバラに暮らしているんですって。椿のお家には、えのちゃんだけよ」
「なんや、一家離散かいな? えろう不景気な話やな」
 柊は肩を竦めて笑い、呆れた息を吐いた。気に入らない態度だった。榎は憎々しげに、柊を終始、威嚇し続けていた。
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