伝説の後始末

世々良木夜風

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Legend 27. 人魚の住処での歓待

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「分かったわ!」
警戒兵は立ち上がると、検問所の外に出てセイレーンを出迎えた。
「あれが例の...」
「はい...」
外で何やら話をしていたようだが、セイレーンが入ってくる。
セイレーンは人魚よりも上位の魔物で魅了を得意とする。
ここでは責任者のような仕事をしているようだった。

「これはこれは...春の精霊様とツィア様。この度は我が一族の者を助けていただき、ありがとうございます!」
セイレーンは二人に恭しく礼を言った。
「あ、ありがとう...あの子の様子は?」
意外な態度に戸惑いつつも、ツィアが助けた人魚のことを聞くと、
「はい。かなり疲労しているようですが、ツィア様のおかげで外傷は完治しております。後は少し休めば元通りになるかと...」
セイレーンは礼儀正しく答えた。
「そう。なら安心ね!」
「はい。この度は誠にありがとうございました!」
ツィアの言葉にセイレーンは再び礼を言う。
「じゃあ、私たちはもう帰るわ!...ハル!行きましょ!」
「はい!」
二人が陸上に戻ろうとすると、
「お待ちください!」
セイレーンが引き留めた。
「なに?」
ツィアが尋ねると、
「我が一族の命の恩人をこのまま帰しては恥となります...よろしければ宴の席を用意いたしますので、存分にお楽しみください!」
セイレーンがそう言ってくる。
「どうする?」
ツィアがハルに聞くと、
「私は早く帰って...」(続きを...)
そんなことを考えていたハルだったが、
「あっ!春の精霊様は帰ってもよろしいですよ!」
セイレーンにそう言われてしまった。
するとハルは慌てだす。
「わ、私も残ります!ツィアさんと離れ離れになるのは...」
「私、別に残るとは...」
ツィアは何か言いたそうだったが、
「それではどうぞこちらへ...」
セイレーンがここぞとばかりに二人を案内する。
「・・・」
ツィアとハルは黙ってついていくのだった。

セイレーンに導かれながら、ツィアは考えていた。
(なんだろう...この違和感...)
ツィアはセイレーンの言葉に引っかかるものを感じていた。
『どうしてハル帰っていいと言ったのか?』
それは本来、逆であるべきだった。
魔物にとって、春の精霊は最上級の存在だ。ぞんざいに扱っていい魔物ではない。
それに対し、ツィアは最近まで敵対していた人間だ。
どちらをもてなすべきかは明白だろう。
冒険者にとって、この違和感に気づくのは大事だ。
これが命を左右することもある。
魔王を倒す旅の途中のツィアなら警戒したかもしれない。
しかし、最近、友好的な魔物と接してきたからだろうか?
あるいは目の前の光景に気を取られていたからかもしれない。
(ハルのおしり、可愛い~~~~!!水着、買ってあげて良かった!)
頭の中からその情報は消えてしまっていた。

☆彡彡彡

「どうぞ、こちらの中にお入りください」
セイレーンがツィアたちを、とある広間へと案内する。
「これは...」
広間の入口を抜けた時、ツィアは驚いてしまった。
なぜなら、入口の薄い透明な膜を通り抜けると、そこは空気のある、陸上と同じような空間になっていたからだ。
「すごい...」
ハルも同じ気持ちのようだった。
「この膜ってもしかして!」
何かに気づいた様子でツィアが声を上げると、
「そうです!そのマスクと同じ原理です!通り抜けられるか、着用して使用するかの違いはありますが...」
セイレーンはそう答えた。
「そんなものがなんでここに?」
ツィアが当然の疑問をぶつける。
それはそうだ。魔物に空気は必要ない。
ましてや、ここに住むのは泳ぎの得意な人魚族。
そんな膜が必要になる理由がなかった。
「それは私たちの祖先がこの膜を発明したからです...理由は忘れ去られましたが...」
セイレーンはただ、そう答えた。
「じゃあ、このマスクも?」
「はい」
セイレーンの返事にツィアは驚く。
まさか人間にしか必要のないものが魔物の手によって発明されたとは考えもしなかったからだ。
「ご先祖様はなんでこんなものを作ったんでしょうねぇ?」
ツィアがなんとなく聞くと、
「...さぁ...」
セイレーンはただ、そう言うだけだった。しかし、
(ん?)
ツィアはまた違和感を抱く。
セイレーンがそっと目を逸らせた気がしたからだ。
(人には言いたくないのかしら...)
ツィアはとりあえず、そういうことにしておいた。

「では、ここにお座りください」
セイレーンが二人を席に案内する。
椅子はないが敷物が敷かれ、快適だった。
ツィアの席の前にはお膳が置かれていた。
「今、お食事を用意いたします」
「えっ?!」
ツィアはまた驚く。
食事の必要のない魔物に、食事でもてなすという発想があったことは予想外だった。
やがて、新鮮な魚介や海藻を使った料理が運ばれてくる。
ツィアはマスクを外し、箸という食器を持つと、一口、口に入れる。
「美味しい...」
それは上手に調理されていた。
「もしかして人間がここに来たことがあるんですか?」
ツィアはセイレーンに聞く。
それ以外にこの状況を説明できるような気がしなかった。
「...そのような記録はございませんが...ただ、人間をもてなす作法が書かれた文献は存在します。今回はそれにのっとり準備させていただきました。気に入っていただけましたか?」
セイレーンは静かにそう答えると、今度はツィアに尋ねてくる。
「ええ!とっても!」
ツィアがにっこり笑ってそう言うと、
「それはなによりです!」
セイレーンも微笑み返す。
「では、見世物もご用意しましょう!」
<パンパン!>
セイレーンが手を叩くと、色鮮やかなサンゴや貝殻などで着飾った人魚たちが現れる。
そして、音楽や踊りのショーが始まった。

やがて宴もたけなわといったところで、
「次は私が歌いましょう!」
セイレーンがそう言って、ステージに立つ。
「ラララ~~~♪」
セイレーンが歌い始めると、
「素敵...」
「ホントですね!」
ツィアとハルは思わず歌声に聞き入ってしまう。
その歌声はこの世のものとは思えないほど美しかった。

セイレーンはその歌声で敵を魅了したり、深い眠りに導いたりすることができる。
『さもありなん』と思わせる歌声だった。

やがて、
「やだ...私...眠く...」
ツィアがウトウトしだす。
「大丈夫ですか?今日は頑張りましたからね!...よ、よかったら私の膝で!」
ハルの恥ずかしそうな声が聞こえるが、ツィアは焦っていた。
(これ!まさか!!)

ツィアの頭に浮かんだのは、セイレーンの特技、『永遠とわの夢の歌』。
相手を眠らせた後、幸せな夢を見せる。
あまりにも夢が楽しいため、相手は無意識のうちに起きるのを拒否し、長時間にわたって眠り続けるという、最強とも称される眠りの特技だった。

(まずい!なんとかしないと!!)
しかし、今更どうしようもない。
意識が朦朧としている。
精神を緊張させていれば、セイレーンの特技など、跳ね返すのは容易だ。
しかし、すっかり心を許してしまっていた自分がいた。
(...良く...考えたら...おかしな点が...いくつも...)
ツィアは後悔する。
「ハル...」
一言、つぶやくとツィアは深い眠りに落ちていった。
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