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【第六章】重なる世界
疑問
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今日はまったく仕事が手につかなかった。
現実の時安可琳に会ったせいで、今までなんとか抑えてきた可琳への思いが、堰を切ったように溢れ出していた。
僕が知っている時安可琳はAIだ。僕の世界にしか存在しない。
あのときの、彼女の困惑した表情を思い出すたび、胸が締め付けられる。
彼女にとって、僕の第一印象は最悪になってしまったんじゃないだろうか……。
僕は頭をかかえた。
もっと落ち着いて行動すればよかった。可琳の存在を、自ら遠ざけてしまったかもしれない。
しかし、いくら後悔しても、あの時の僕には衝動を抑えられる自信はなかった。
――現実の時安可琳は、本当に僕が知っている可琳と何の関係もないのだろうか?
疑問はどんどん膨らみ、やがて耐えきれなくなった僕は、自宅に帰るなりコンビニ弁当をかき込むと、β世界にログインした。
『圭、聞いてくれよ。現実世界に時安可琳がいたんだ』
ログインするや否や、僕は圭にメッセージを送った。
いつもは、可琳の家や窪のラーメン屋に寄ってから圭に会うのが習慣だったけれど、今日はそれどころじゃない。真っ先に圭に連絡を取り、居酒屋で待ち合わせることにした。
居酒屋に着くと、すでに圭がビールを片手に席に座っていた。
「やあ、洵。今日は早いね」
圭は笑いながら、僕のためにジョッキを注文してくれた。
β世界の居酒屋で飲むお酒には、現実にはない不思議な心地よさがあった。酔いはリアルに感じるのに、元の世界に戻ればシラフになる。体質的にお酒に弱い僕は、このβ世界で飲むひとときが、密かな楽しみになっていた。
「圭、話を聞いてほしい!」
僕は圭の隣に座るやいなや、今日起きたことを一気にまくしたてた。
「だからきっとまた会える、って言っただろ?」
圭は僕の話を聞き終わっても、驚くそぶりを見せず、ただニコニコしていた。
「圭、知ってたのか?」僕はふてくされて問いかける。「だったらなんで教えてくれなかったんだよ!」
圭は肩をすくめながら、笑みを浮かべた。
「僕から言うのは少し違うかなと思って。ほら、そういうのは、自分で見つけた方が価値があるだろ?」
「そんなこと言って、永遠に会えなかったらどうするんだよ……」
「そのときはそういう運命だったということだ。でも僕は、洵なら会えるって信じてたよ」
そんな圭の優しい言葉に、僕の心はじんわりと熱を帯びる。すん、と鼻をすすって続ける。
「でもさ、現実の可琳は見た目が全然違ったんだ」
「ありえないことじゃないよ。〈MAHORA〉の正式版は個人情報と紐付いているから、本人の顔データをもとにアバターが作られる。でも、β版はテスト環境だったから、姿形は自由に変えられるんだ」
圭の説明を聞きながら、新たな疑問が湧いてきた。
「なんで父さんは、可琳を現実の姿そのままに作ってくれなかったんだろうな……」
「まあきっと、何か理由があるんだろうね。そこは僕のお母さんか姉さんに、直接訊くしかないだろうね」
圭は僕の空いたおちょこに日本酒をつぎながら、さらりと言った。
「で、現実の世界の姉さんとは、仲良くなれた?」
その言葉に僕は顔をしかめる。
「いや……むしろ逆だ。変質者か、よくてナンパなチャラ男だと思われた」
圭は、あちゃーという顔をしながら、慰めるように僕の肩をぽんぽんと叩く。
「そりゃ災難だったね。でも、出会えたんだからこれからだよ。挽回のチャンスはいくらだってあるさ」
「そう……かな」
「だって、この世界で君たちは付き合っていたんだろ? なら、現実世界でもその可能性は大いにある!」
圭は軽く笑っていたけれど、その瞳の奥には確信めいた光が宿っているように見えた。
僕はおちょこを手に取り、注がれた日本酒を一気に飲み干した。
「ありがとう、圭」
そう呟くと、少しだけ気持ちが軽くなった気がした。
現実の時安可琳に会ったせいで、今までなんとか抑えてきた可琳への思いが、堰を切ったように溢れ出していた。
僕が知っている時安可琳はAIだ。僕の世界にしか存在しない。
あのときの、彼女の困惑した表情を思い出すたび、胸が締め付けられる。
彼女にとって、僕の第一印象は最悪になってしまったんじゃないだろうか……。
僕は頭をかかえた。
もっと落ち着いて行動すればよかった。可琳の存在を、自ら遠ざけてしまったかもしれない。
しかし、いくら後悔しても、あの時の僕には衝動を抑えられる自信はなかった。
――現実の時安可琳は、本当に僕が知っている可琳と何の関係もないのだろうか?
疑問はどんどん膨らみ、やがて耐えきれなくなった僕は、自宅に帰るなりコンビニ弁当をかき込むと、β世界にログインした。
『圭、聞いてくれよ。現実世界に時安可琳がいたんだ』
ログインするや否や、僕は圭にメッセージを送った。
いつもは、可琳の家や窪のラーメン屋に寄ってから圭に会うのが習慣だったけれど、今日はそれどころじゃない。真っ先に圭に連絡を取り、居酒屋で待ち合わせることにした。
居酒屋に着くと、すでに圭がビールを片手に席に座っていた。
「やあ、洵。今日は早いね」
圭は笑いながら、僕のためにジョッキを注文してくれた。
β世界の居酒屋で飲むお酒には、現実にはない不思議な心地よさがあった。酔いはリアルに感じるのに、元の世界に戻ればシラフになる。体質的にお酒に弱い僕は、このβ世界で飲むひとときが、密かな楽しみになっていた。
「圭、話を聞いてほしい!」
僕は圭の隣に座るやいなや、今日起きたことを一気にまくしたてた。
「だからきっとまた会える、って言っただろ?」
圭は僕の話を聞き終わっても、驚くそぶりを見せず、ただニコニコしていた。
「圭、知ってたのか?」僕はふてくされて問いかける。「だったらなんで教えてくれなかったんだよ!」
圭は肩をすくめながら、笑みを浮かべた。
「僕から言うのは少し違うかなと思って。ほら、そういうのは、自分で見つけた方が価値があるだろ?」
「そんなこと言って、永遠に会えなかったらどうするんだよ……」
「そのときはそういう運命だったということだ。でも僕は、洵なら会えるって信じてたよ」
そんな圭の優しい言葉に、僕の心はじんわりと熱を帯びる。すん、と鼻をすすって続ける。
「でもさ、現実の可琳は見た目が全然違ったんだ」
「ありえないことじゃないよ。〈MAHORA〉の正式版は個人情報と紐付いているから、本人の顔データをもとにアバターが作られる。でも、β版はテスト環境だったから、姿形は自由に変えられるんだ」
圭の説明を聞きながら、新たな疑問が湧いてきた。
「なんで父さんは、可琳を現実の姿そのままに作ってくれなかったんだろうな……」
「まあきっと、何か理由があるんだろうね。そこは僕のお母さんか姉さんに、直接訊くしかないだろうね」
圭は僕の空いたおちょこに日本酒をつぎながら、さらりと言った。
「で、現実の世界の姉さんとは、仲良くなれた?」
その言葉に僕は顔をしかめる。
「いや……むしろ逆だ。変質者か、よくてナンパなチャラ男だと思われた」
圭は、あちゃーという顔をしながら、慰めるように僕の肩をぽんぽんと叩く。
「そりゃ災難だったね。でも、出会えたんだからこれからだよ。挽回のチャンスはいくらだってあるさ」
「そう……かな」
「だって、この世界で君たちは付き合っていたんだろ? なら、現実世界でもその可能性は大いにある!」
圭は軽く笑っていたけれど、その瞳の奥には確信めいた光が宿っているように見えた。
僕はおちょこを手に取り、注がれた日本酒を一気に飲み干した。
「ありがとう、圭」
そう呟くと、少しだけ気持ちが軽くなった気がした。
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