ジ・エンドブレイカー

アックス☆アライ

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第一章 とても不思議な世界

18話 宿舎での生活②

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 フォーリアムの館の食事事情は、普段二つに分けられている。
 イバラ領主一族の食事は全て本館の給仕を務めるメイド長のサルヴィナ一人によってまかなわれていた。そして、宿舎に寝泊まりする見習い達の食事についてはタイムがまかなうものとなっている。当然、多くいる見習い全ての食事をタイム一人で調理するには手が足りない。その為、見習い達は自ら当番を決め、宿舎でのタイムの仕事を手伝っているのであった。
 今、フェンネルとサルヴィナの分の牛乳を注ぎ分けた日々喜は、残りを宿舎へと運ぶべく、本館の裏口から中庭へと、再びミルクタンクを担いで出て来たところであった。
 そこへ丁度、宿舎の表口から出て来たマウロと出くわした。
 朝の冷え込みのせいで古傷が疼くのか、マウロは普段以上に右足を気遣う様に歩きながら日々喜の方へと近づいて来る。

 「おはよう、日々喜」
 「おはようございます! マウロ」

 日々喜はミルクタンクを置き、先程サルヴィナに指摘された通りに挨拶をした。

 「おはよう。今朝は冷えるね」

 日々喜のかしこまった対応を見て、思わずマウロは二度目の挨拶をした。

 「はい! 少し、冷えます」

 「サルヴィナから洗礼を受けたね。彼女とお嬢様の前以外では、肩の力を抜いていいよ」
 マウロにそう言われ、日々喜は力を抜くように肩を落とした。

 「突然の事で、君も戸惑っていると思う。ただ、お嬢様は我々フォーリアム一門にとって、とても大切な人だ。僅かな期間になるのかもしれないが、お嬢様の力になってあげてくれ」
 「はい! 分かりました」
 「ありがとう。日々喜」

 そう言うと、マウロは再び杖を突き、本館へと入って行った。日々喜もミルクタンクを担ぐと裏庭へと向かった。
 裏庭の勝手口から厨房へと入る。
 調理場では、メイドのタイムをはじめ、その日の当番であった見習い達が朝食の準備に取り掛かっていた。

 「あら、おはよう。日々喜」

 長いストレートの髪をした尖り耳の女性が、焼き上がったパンをオーブンから取り出しながら、日々喜に挨拶をする。

 「おはようございます! クレス」

 クレスと呼ばれたその見習い魔導士は、日々喜の声に驚きパンを落とし掛けた。

 「おはよー」

 クレスに続きオレガノが、眠たげに大きな欠伸をしながら日々喜に挨拶した。

 「おはようございます! オレガノ」
 「今日は朝から元気ね。ふぁ」

 日々喜はミルクタンクを床に置き、見習い魔導士達に挨拶をし始めた。

 「おはようございます! ラバーニャ」
 「うるさいわよ、さっきから! 聞こえてるわ」

 ラバーニャと呼ばれたその女性はこちらを見向きもせず挨拶に応えると、クレスと同じくらいの長いウェーブの掛かった髪の毛を三角巾で纏め上げ、調理台の前でアトラスのページを開いた。

 「日々喜さんご苦労様ですにゃ。牛乳はこのピッチャーに入れ替えて、食卓に運んで下さいにゃ。ついでに配膳もお願いにゃ」
 「分かった」

 日々喜はタイムからピッチャーを受け取ると、言われた通り牛乳を入れ替え始めた。

 「ラバーニャ、そういうのやめなさいったら」

 ラバーニャにクレスが注意をする声が聞こえた。
 そちらを向くと、魔法陣の中心に置かれたレタスやトマト等が、手も触れていないのにスパスパと両断されていく様が目に入る。

 「あらどうして? 手が汚れないし、ずっと楽よ?」

 宿舎での当番が回ってくる度に、ラバーニャは独特の魔導を披露してくるようで、今日見せているのは野菜を切る魔導であった。

 「もう、横着なんだから。調理場にアトラスを持ち込まないでよ」
 「ふーんだ。私達は魔導士なんだから、アトラスくらいは何時だって持っているわよ」

 日々喜はそんなやり取りをながめながら牛乳を入れ替え終わると、空になったミルクタンクを勝手口の隅に運んだ。
 そして、代わりにピッチャーを持って食堂へ向かおうとする。しかし、調理場の狭い通り道の真ん中にはタイムが立ち塞がっていた。
 タイムは魔導で野菜を刻むラバーニャの姿を見つめ、まるで、欲しいおもちゃをながめる子供の様な表情を浮かべていた。

 「タイム?」
 「にゃ!? ご、ごめんなさいにゃ」

 日々喜に話し掛けられ、我に返ったタイムは、急ぎ自分の仕事に戻り始める。
 慌てるタイムをよそに、日々喜は食堂へ向かった。
 食堂に入ると、そこでは中央に置かれた食卓に突っ伏す様にしながら、キリアンが一人席に着いていた。

 「おはようございます! キリアン」
 「うるせ」

 キリアンは眉間にわずかにしわを寄せ、日々喜に顔も向けずに答える。日々喜はピッチャーを食卓に置きながら質問した。

 「調子が悪いの?」
 「眠いの」
 「他の皆は? まだ寝てるの?」

 キリアンは眠たげな顔をもたげ、窓を指さす。そこには宿舎前で大柄な男性と体操するリグラの姿があった。

 「アホだぜ。少し寒いから体を温めるとか言い出してさ。付き合うリグラもどうかしてる」
 「ローリさんは?」
 「知らね」

 キリアンとの会話から今朝食卓に着く人物を把握すると、日々喜は戸棚から人数分の食器を出しテーブルへと運び始めた。そして、それぞれの席へと食器を並べ始める。
 今朝から忙しなく仕事をこなす日々喜を他所に、キリアンは再びテーブルに突っ伏し、食器を置くスペースを自らの上体で占有してしまっていた。
 日々喜はその様子をながめながら何を言うでもなく、キリアンの分の食器を手に持ったまま、それをどこに置くか思案していた。
 そこへ、身体を温め終わったリグラ達が食堂へ戻ってくる。ハツラツとした表情を浮かべる大柄の男性とは対照的にリグラはヘトヘトになっていた。

 「おう! 日々喜、おはよう!」
 「おはようございます! ピーター、リグラ」
 「お、おはようご――」
 「おはよう、日々喜! 元気がいいな」

 ピーターと呼ばれた大柄の男性は元気よく挨拶された事で嬉しくなり、疲れて息切れを起こすリグラの挨拶を押し退け、本日二度目の挨拶を繰り返した。

 「キリアン、お前も見習った方がいいぞ!」
 「……るせ」

 キリアンは二度目の眠りに落ちかけながら、呟く様にピーターに言い返した。

 「お? 日々喜、ローリとマウロは本館に行ってるぞ」

 配膳される皿の枚数を数え、ピーターは日々喜に指摘する。

 「ローリさんも?」
 「研究室の実験の件ですよ。天上のはりが痛んでしまったらしいです。今朝はその報告でサルヴィナさんの所に出向いているんです」

 リグラがピーターの代わりにそう答えると、日々喜は手に持っていた食器を一先ずテーブルに置き、ローリの分として配膳した食器を片付けてしまった。
 研究室を傷つけた事をからかう様に、ピーターが眠りに落ちかけるキリアンに絡んでいると、オレガノ、クレス、ラバーニャの三人がスープの入った鍋、サラダの入った容器、パン等を持って食堂に入って来た。
 彼女らが朝食を食卓に置くと、我先にとピーターが皿を持ってクレスに差し出す。クレスはその皿を受け取るとスープを注ぎ分け始めた。
 日々喜もそれに倣い、自分の皿をクレスに差し出す。

 「あら、日々喜はこっちで食べるのね。てっきりお嬢様と食べるのかと思ってたわ」
 「しばらくはタイムのそばで仕事を覚えて、食事は宿舎で食べる様に言われてるんだ」
 「……タイムは?」
 「聞いて来るよ」

 日々喜は食卓の周りにタイムが居ない事を確認すると、スープの入った皿をテーブルに置き厨房に入って行った。
 厨房では調理を終えたタイムがその後片づけを行っていた。

 「タイム、食事の用意ができたよ」
 「にゃ? 私はここで食べますにゃ。皆さんは食堂で召し上がって下さいにゃ」

 タイムはそう言いながら、台所に用意される自分の分の朝食を指した。

 「……分かった。じゃあ僕もここで食べるよ」
 「だめですにゃ!」

 大きな声で拒絶され、日々喜は驚いた表情を見せた。タイムも気まずさを感じている様子だった。

 「あの……、日々喜さんも皆さんと食堂で食べるといいですにゃ……」
 「タイムと一緒はダメなの?」

 タイムは答え辛そうな表情を浮かべながら黙っていた。

 「タイム?」

 待っていても答えようとしないタイムに対して、日々喜は近づき、顔を覗き込むように話しかける。タイムはいたたまれない様子で口を開き始めた。

 「日々喜さん。私は獣人にゃ」
 「獣人?」

 タイムは無言で頷く。彼女の感情に呼応するかのように、頭から生えていた猫の耳が、元気を失ったかのように伏せられていった。

 「獣人は食べ方が汚いと言われてますにゃ。私が生まれた北部では、人間は獣人と食事を取ったりしなかったにゃ」

 日々喜はタイムの言葉に集中して聞き入る。

 「私は恥ずかしいにゃ。汚いと思われたくないにゃ。ここに働きに来てから、皆さんと一緒に食事は取りませんにゃ。だから、日々喜さんも私とではなく、皆さんと食事を取ってほしいにゃ」

 そう言われてみれば確かに、朝食はおろか、昼食や夕食になってもタイムが同じ食卓に着く事は無く、それどころか食事を取っている場面を目撃した事も無い。
 本人が意図してそのように行動していて、しかも、その理由が恥ずかしいからと言うのは、日々喜に取って思いもしない事であったが、本人が嫌がっているのならそれは仕方がない事だろう。
 日々喜はそう考えた。

 「分かったよタイム。仕方ないね」

 日々喜は優しく声を掛けたつもりだった。しかし、その言葉の何かが引き金になった様に、タイムは自分の顔を手で覆い隠し、下を向いてしまった。

 「タイム?」

 タイムの行動に戸惑いながら日々喜は尋ねる。下を向いた小さな女の子を前に、今度はひざまずいて再び顔を覗き込み様子をうかがった。

 「ご、ごめんなさいにゃ。仕方ないにゃ。……わ、私は獣人だから」

 タイムは相変わらず顔を隠したまま、吃りながらもそう言葉を切った。幼気な少女のそんな様を見せつけられ、雷に打たれたかのような衝撃が日々喜の体を伝っていった。

 「タイムは獣人。……獣人は食べ方が汚い。……北部では人間と獣人は食事を取らない」

 日々喜は、タイムの話してくれた言葉をそのまま口に出して復唱した。そして、少女の悲しむ理由をそこから何とか見出そうとするかの様に反復した。

 「日々喜さん?」

 タイムは、目の前の日々喜の不気味な呟きを耳にして、それまで顔を覆っていた手を退け、少しばかり赤くなった目を日々喜に向けた。
 日々喜はタイムへと顔を向けると、怯える様な表情に目もくれず、タイムの頭に付いている耳へと手を伸ばした。

 「にゃあ!?」

 元気を無くした耳を立て、親指で優しく擦りながら、その存在が確かな物かを調べる。

 「なんなんですにゃ!? くすぐったいです。日々喜さん!」
 「!? ごめん……」

 日々喜は耳から手を離すと、気を取り直すようにタイムに話し掛けた。

 「タイム、手を見せて」

 タイムは恐る恐る右手を日々喜に差し出す。
 日々喜は両手でその手をつかむと、丹念に調べ始めた。
 その手は桃の様な薄っすらとした短い産毛に覆われている。指が五本。付け根の関節を含んで節が三つ、親指に二つ。形に関しては少し太くて短い事を除けば、人間のものと変わりがない。そして、分厚く硬い爪は全て鋭く研ぎ揃えられている。その付け根が肉の中に埋没し、先端に掛けて指先に密着していた。その為、素肌を這わせても一切ひっかりを感じる事は無く、家事全般をこなす上でも、支障を来さないのだろうと思わせた。

 「イーってしてみて」

 日々喜の頼みにタイムは戸惑いの表情を見せる。

 「イーって」

 日々喜は自分の顔で実演しながら、タイムを促した。

 「ニィー」

 歯並びはいい、犬歯が少し長く鋭く感じる。

 「今度はアーって」
 「ニャアー」

 犬歯の奥に臼歯が四本生えている。人間の歯列と比べて全く問題は無さそうだ。加えて虫歯が一本もない。
 日々喜は落ち着きを取り戻すかのように一つ深呼吸をすると、改めて話し出した。

 「タイム、獣人の食べ方が汚いというのは迷信だと思うよ」
 「日々喜さん……」
 「君の食べ方が汚いのは、きっと君の育ちが悪い所為だ」
 「にゃ、何ですって!?」

 思わぬところを馬鹿にされ、タイムは怒ったような表情を浮かべる。しかし、日々喜は構わず話し続ける。

 「僕は、お箸の持ち方を弟に教わった。恥ずかしくても、直そうとしないと一生直らない」
 「オハシ?」
 「朝食を取って来るよ。人の振り見て我が振り直せでやればいいんだ」

 そう言うと日々喜は、意気揚々と食堂に向かって駆け出して行った。
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