ジ・エンドブレイカー

アックス☆アライ

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第一章 とても不思議な世界

35話 森の侵入者達⑦

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 オレガノの魔導によって創り出された三本の水晶。人の背丈よりも大きく、周りに生えている木々の二倍程の周囲(幹周り)があった。
 三本の水晶は、それぞれ赤色、青色、緑色の淡い光を放ち、周辺はこの淡い三原色が混ざり合い、薄ぼんやりとした白色に照らされていた。

 未熟な見習い魔導士オレガノ・ザイードは、同じチャートによって同時に三つの魔法陣を展開したにもかかわらず、その魔導の行使は精密さを大きく欠き、それぞれの水晶に個性を与えたのであった。
 この不自然な水晶は、自らの姿形を通常ではありえない程の速度で風化させ始めた。その為、誕生した時は滑らかなガラスの様な表面であったにもかかわらず、今は微細なヒビの様なものが幾つも入り始めていた。

 そのような現象を脇に置きつつ、キリアンと細身のデーモンは互いに対峙する相手を見据え続けていた。
 細身は自分の握る剣をその身の影に隠し、自らの間合いを測らせず、それでいて刃の届く範囲にキリアンが入る様に、ゆっくりとにじり寄り始めた。

 対するキリアンは微動だにしていない。自らの指を栞代しおりがわりにしながら、左手にアトラスを持ったままだった。
 十分な間合いに達したのか、細身はにじり寄るのを止め、その場で静止した。

 これが、剣の間合い。
 キリアンはそう認識しすると同時に、水晶から距離を取る様に左後方へ飛び退く。同時に自らアトラスを開くと、細身にかざした右手の前に魔法陣を展開させた。

 だが、細身は完全に機を読んでいた。
 キリアンが飛び退くと同時に、細身は一気に間合いを詰める様に飛び掛かった。
 そして、構えられた刀身が、細身の前方の空間をいだ。

 キリアンの魔法陣は右半分を切られ、魔導を行使する前に壊れて消えた。
 その光景を見ながらかざした右手を下げたキリアンは、悔し気に歯を食いしばるとその場に崩れる様に倒れた。

 「少しは楽しめたけどな、魔導士。そもそも、あたしらが負ける理由が無いのさ」

 既に物言わぬ相手に対して、細身はそう吐き捨てると、自らの剣をさやに納めた。
 先に倒したマルマルと同様に、キリアンが戦闘不能に陥っている事を微塵みじんも疑っていない様子だ。
 細身は倒れるキリアンの下に近づいて行く。そして、キリアンが左手に抱いたままのアトラスへと手を伸ばした。

 「触るな……」
 「ん? 意識があったのか?」

 苦しそうに顔をしかめるキリアンは、細身を睨みつけながらそう言うと、力の抜けた身体を何とか動かそうとした。

 「無駄だよ魔導士。魔法陣を確かに切った。お前たちはそれだけで身体が動かなくなる。指一本動かすのだってしんどいはずだ」

 キリアンはやっとの思いで身体を反転させ、両肘を立てながら上体を支えた。その哀れな姿を傍らでながめている細身は、溜息交じりに話し掛けた。

 「無様な奴。さっき言ったよな? 死ななきゃ敗北が分からない、だったら殺すだけだって」

 細身はそう言うと、さやに納めた剣の束に手を添えた。

 「あんたは、もう、勝ったつもりなのかよ?」

 地面に頭をれたまま、こちらを見ようともしないでキリアンは応えた。

 その時、細身の背後で、輝き続けていた水晶の一つに大きな亀裂が入った。
 風化を続ける水晶は、表面に入ったおびただしい微細なヒビによって、僅かな歪みを生じさせ、その歪みが徐々に水晶の内部へと蓄積ちくせきされて、遂には耐えきれなくなり、空間を割く様なビキッという叫び声を上げた。

 細身は、その音の在りかを確認するように水晶を目のはしで捉える。すると、何かに気が付いたようにそちらへ顔を向けた。

 魔法陣がそこにあった。

 水晶の淡い光を背景に、一メートルにも至らない程の魔法陣が展開されている。そして、その魔法陣は明らかにこちらを向いているようだった。

 何時の間に? 伏兵? 増援が来たのか? 

 思考が交錯する中で、細身は魔法陣の発見が遅れた事と、先程、仲間が吹き飛ばされた状況を思い出す。
 咄嗟に、その場から飛び退こうとした。
 しかし、背後から飛びついて来たキリアンにそれを阻まれる。
 キリアンは右腕で細身のデーモンの両の太ももを抱え込み、右頬を臀部でんぶに押し付けながら、何とか身動きが取れない様に押さえつけた。

 「こ、こいつ!? 何しやがんだ! 離せ! 離せよ!」

 先程とは打って変わって、細身は気色に富んだ叫び声を上げた。

 「分からないんだろ? 壊してばっかだもんな。だから教えてやるよ、俺達の積み上げた技術って奴をな」
 「何言ってる!? 訳分かんねーよ!」

 細身はキリアンの髪の毛をつかみ無理やり引きはがそうとする。その時、彼が手にするアトラスが目に入った。
 アトラスはページが開かれたまま、上体を支えるキリアンの左手によって地面に押し付けられていた。

 魔導を行使する際には、常にアトラスは開かれた状態に置かれる。
 細身は全てを察した。

 「お前が!? クソッ!」

 勝負がまだついてない。
 そんな思いからか、細身は左の腰に帯刀した剣を抜き放つ。

 剣が届かない。
 その場から、魔法陣へ手出しができないのは明らかだ。

 術者を殺さなければいけない。
 剣をキリアンの眼前に突きつける。
 その刹那、僅かに剣の切っ先がブレたのをキリアンは見咎めた。

 「離せ! 殺すぞ!」

 キリアンは迷わなかった。

 「マジック、ボルト……」

 一定の間隔を保って展開されていた魔法陣から、二、三本の電流が走った。

 その電流は、一瞬にして細身の身体に到達するとバチッ、バチッと音を立てた。
 帯電した細身の体から走る幾つもの火花に当てられ、キリアンもその一瞬に感電ししびれを覚えた。指先に力が入らず、細身の体からズルズルと滑り落ちる様に手を放して行く。

 キリアンの拘束が解かれたにもかかわらず、細身はピクリとも動こうとしない。しかし、握られていた剣の刀身が震える様に揺れ始めると、それまで、喉が詰まっていたかの様に、カッと勢い良く息を吐いた。
 そして、握っていた剣を落とし、静かに地面に倒れた。
 その様を横になりながらキリアンはながめていた。

 「ざ……、ざまあ見ろ。これが、魔ど、うっ!?」

 何かにむせ返った様に咳き込むと、キリアンはそのまま体を横にして、黄色い小さな塊の様な物を吐き出した。
 それは、先に口に含んでいた気付け薬の欠片であった。

 「……っ、危ねぇ、飲み込むとこだった」

 身体にしびれを残す中、キリアンの口の中はヒリヒリと痛んだ。
 お子ちゃまなオレガノが吐き出す気持ちも理解できる。と、自分の吐き出した気付け薬の欠片を見ながら笑いをこぼすと、キリアンは仰向けに寝転んだ。

 勝てた。かなり、ギリギリではあったが、何とか勝つ事ができた。
 キリアンは左手に持つアトラスを胸に抱き、確かに自分が魔導によってデーモンを倒した事を実感した。
 そして、閉じかけた目を力強く開くと、何とか立ち上がろうともがき始めた。
 目を閉じると眠りに落ちてしまいそうだ。そして、今は勝利の余韻よいんに浸り込む暇はない。細身は倒す事は出来たがドッシリしたデーモンは、まだ、オレガノ達を追いかけている。

 キリアンは上体を起こした。
 自分は後追いをするよりも、他の魔導士達が駆けつけているだろう街道へ向かった方がいい。
 そう考えると、キリアンは膝に手を着き立ち上がろうとした。

 その時、背中を蹴られるような強い衝撃を受け、再び寝転ぶように地面に倒されてしまった。
 何が起きたのかと思い、キリアンは首だけを起こすようにして背後を確認する。

 そこには、倒れたはずの細身のデーモンが、再び立ち上がりこちらを見据えていた。
 キリアンは驚愕する。

 「クソッ」

 キリアンはそう吐き捨てると、慌てた様に地面を這いずり始めた。
 細身のデーモンは、自らが落とした剣を拾い上げると、そのまま物も言わずに、ゆっくりとキリアンの下へ近づき始めた。

 そして、這いずるキリアンに追い着くと、そのまま片足で背中を踏みつけ動きを封じた。
 その態勢のまま呼吸を整えているかの様に、細身のデーモンの荒い息遣いが、踏みつけられた背中に伝って来た。

 キリアンは、諦めた様に這いずるのを止めた。

 「馬鹿が……、無駄な足掻あがききを見せやがって。分かって無いのはお前の方だ魔導士。お前が悪い。お前は死ななきゃ分からないんだ!」

 細身はそう言うと、背中に乗せていた足を退け、両足で地面を踏みしめる様に剣を構えた。

 「死ね!」

 そう叫んだと同時に、細身は握っていた剣を一気に振り下ろす。
 殺される。
 地面に顔を伏せ、キリアンは目をつむり歯を食いしばりながら、その瞬間が過ぎ去るのを待った。

 「スーパークーリング!」

 突如として、明後日の方向から魔導の名称を叫ぶ女性の声が上がった。同時にそちらから細身の握る剣目掛けて液体の様な物が撒き散らされた。
 キリアンは、その僅かな飛沫ひまつを背中に受け、異様な程の冷たさを感じ取る。液体は瞬時に凍り付いたのだ。

 「何だこれ!?」

 細身はその場から背後に飛び退き、自らの体を改めた。
 見れば、剣はおろかそれを握る腕、身体に撒き散らされた液体はシャーベット状の氷の塊と化そうとしていた。

 「クソッ」

 シャーベットが固まれば剣は使い物にならなくなる。そんな焦りから、細身は慌てた様に刀身に付いた氷を素手でぎ取り始めた。
 その隙に、横たわるキリアンの下に一人の女性の魔導士が駆け寄って来た。

 「君! 平気なの? 意識はある?」

 駆け付けた魔導士はキリアンの肩に手を置きながら話し掛ける。キリアンもそこでようやく顔を上げその魔導士に顔を向けた。

 「あなた、フォーリアム一門の!? どうして、こんなところに?」

 森の警戒に当たっていたパルル・ルルーシュは、キリアンの顔を確認し驚いたような声を出した。

 「よお、キリアン。手酷てひどくやらたな。立てるのか?」

 馴れ馴れしく掛けられる男性の声、キリアンにはどちらも聞き覚えのある声だった。
 キリアンは、パルルの手を借りながら何とか上体を起こし、そちらの方を確認した。
 そこでは、しもを残した剣をこちらに向ける細身のデーモンから、自分達を守る様にして対峙しているグラエムの姿があった。

 キリアンは思い起こす。
 イバラ領に来たての頃から、何度かフォーリアムの館に顔を出していたその二人の憲兵達の事を。

 「あんたは……」

 助けが来てくれた。
 グラエムの背中を見やり安堵したのか、キリアンの身体は緊張の糸が切れたかのように倒れそうになる。それを見てパルルは慌ててキリアンの身体を支えた。

 「少し休んでな。先にこっちを片付けてやる」

 その様子をグラエムは横目で確認すると、対峙する細身の方に向き直って言った。
 キリアンはハッとして、グラエムに敵の情報を伝え始めた。

 「デーモンだ! そいつは魔法陣を破壊する。剣の間合いで魔法陣を出したら駄目だ!」
 「キリアン、分かってる。そう言う奴への対策ってのは、俺達は散々やって来てるからな。……それにだ。こいつはデーモンじゃない」

 グラエムは、自らの腰に帯びた大き目なナイフの束に右手を添えた。

 「デーモンは営みの破壊者だ。人が作った道具は使わない。それが兵器のたぐいでもだ。そうだろ? マジックブレイカー」

 グラエムは対峙する細身にそう問いかけた。
 グラエムの言葉にキリアンは混乱しかける。自分達の戦っていた相手は、確かに話に聞いていたデーモンそのものだった。
 所属していた王立魔導学院にいた時でさえ、キリアンはその存在を目の当たりにした事があった。
 半壊した肉体を無数の光源によって照らしつくしたデーモンの標本。細身は肉体こそ完全な人型を成していたが、その容姿は標本と違う所が無かった。

 キリアンは細身の方を窺った。
 細身はグラエムの質問に答える様子を見せない。先程まで、あれだけ饒舌じょうぜつであったにも関わらず、両手に握った剣をグラエムに突き付けるのみであった。

 「東の国の剣士達の中には、魔導士に対抗する為にマジックブレイカーになる者がいる。デーモンの力を手に入れるために、デーモンとの親和性を高めようとする。姿をすのはその為だ」

 そう言うと、グラエムは右手につかんだナイフの様な兵器を引き抜いた。
 そのナイフは奇妙な形をしていた。鈍く黒光りするその刀身に刃が付いておらず、代わりにくしの様な刻みが幾つも並んでいる。その刻みの一つ一つは、幅広な刀身の真ん中辺りまで達しており、銀色に輝く別の金属によって補強が成されている様だった。

 「ソードブレイカー……」

 グラエムの持つ兵器を目の当たりにして、キリアンが呟いた。

 対峙する細身は落ち着かない様子だ。
 状況は三対一。圧倒的に不利な中で、しかも、対峙した相手が魔導では無く兵器を持って応戦してくる。自分の十八番おはこまで封じられ、動揺を隠しきる事が出来なくなっているのだろう。

 「来いよ。俺は魔法陣を出さない。今度はお前が先にしかけて来るんだ」

 そんな細身の心境を察してか、グラエムは不敵な笑みを送りながらそう言葉を掛けた。
 細身の握る剣の束から、ミシミシと力強く締め付けるような音が聞こえた。

 「舐めやがって……、魔導士のくせに、剣士の真似事か!」

 細身はそう叫ぶと同時に、力強く握りしめた剣を上段に構え、一気にグラエムへ切り込んで来た。

 グラエムはソードブレイカーを逆手に持ちながら、腕を刀身に押し当て、やすやすとその斬撃を支えた。剣の刀身は、その斬撃の勢いに圧され、ソードブレイカーの刻みへと深く食い込んで行く。

 その事を感覚的に捉えたグラエムは、ソードブレイカーを両手で強く握り直し、剣との交差点を中心に時計回りに勢い良くひねりあげた。すると、刻みにくわえ込まれていた剣の刀身は、ピキンと乾いた音を一つ響かせ、その反り上がった中腹の辺りで、真っ二つに折れたのだった。

 自らの兵器が破壊された事に驚く細身。
 間髪を入れず、グラエムのソードブレイカーが細身の顔面を捉え、その横っ面を切りつけた。
 パカンと乾いたまきが割れるような音を鳴らし、細身はそのまま顔面を抑えながら、ヨロヨロと立ち尽くした。

 その姿は、最早デーモンと呼べるようなものでは無い。
 真っ二つに割れた黒い鳥獣の面が地面に落ちると、そこには一五、六の、トウワ人風の女の子が立っていた。
 顔の半分を手で抑え込みながら、指の隙間から子犬の様にクリッとした目をこちらに向けている。それでいて威嚇いかくしているかのように噛み締めた歯をむき出しにていた。

 「畜生……」

 女の子は、目に涙を溜めながらそう呟いた。
 自身の用いた兵器を破壊され、正体まであらわにされた。彼女に取ってこれ以上の敗北は無い。味合わされた屈辱、その悔しさを怒りで覆い隠すかのように、彼女はその瞳に憎悪の念をたたえ、むせび泣くような声で罵声ばせいを浴びせ始める。

 「魔導士! 魔導士のくせに! 何で、魔導で戦わない! あたしは剣士だ! 魔導士なんかに負けやしないんだ!」

 少女のあふれる感情に触れ、キリアンは黙って固唾かたずを飲んだ。

 「いいや、お前の……、君の負けだよお嬢さん。俺達と一緒に来てもらうぞ。大人しくするならこれ以上は乱暴な真似はしないさ」

 グラエムはそう言うと少女の方へと近づき始めた。少女も距離を詰めさせまいと自らの背後に下がろうとする。
 その様子を見て、パルルは少女を逃すまいと、何時でも魔導を行使できるよう身構える。
 周囲が少し薄暗くなり始めていた。
 水晶の輝きが、その力を失い始めているのだろう。
 目標を見失わない様にパルルは少女に右手をかざした。すると、その視界にすみらした様な黒いガスが漂っている事に気が付く。

 「これは……、ダークマター!?」

 パルルが警告を発した時、どこからともなく声が響いた。

 「オブジェクトアクシス」

 周囲を照らしていた水晶が、その言葉に応じる様に爆散した。
 空中に撒き散る水晶の欠片は、不自然に輝く事を止めると、次から次へと地面に落ち、暗闇の中に溶け込む様にその姿を消して行った。

 「ウィンクルムアクシス」

 再び同じ声が響くと、今度は周囲の闇がさらに濃くなり始める。

 「パルル!」

 異変を察したグラエムは直ちに行動に起こす。まだ体が不自由なキリアンを支えていたパルルの下に駆け寄って行った。
 すぐさま視界が全く効かなくなり始め、森の木々の隙間から射していた夜空に浮かぶもやの光さえ見えなくなってしまった。

 やがて、地面を何か巨大なものがうような物音がし始める。
 その場に居た者達は、暗闇の中に浮かぶ二つの赤い光点を見出した。
 何かの生き物の眼の様に、二つの赤い点はこちらをじっと見つめている。

 「放っておけムラサメ。お前の出る幕じゃない」

 赤い二つの点を追って、一つの白い点が姿を現した。

 「誰だ!」

 三度聞こえたその声に対して、グラエムが叫ぶ。

 「聞け、魔導士共。後継者は騒乱を望まない。生まれ出でるその時まで、貴様らは試される立場であると知るがいい」

 そう言葉が響くと、三つの光点はその場を後にする様に姿を消した。すると徐々に、木々の間からあの淡い光が射し始めた。
 後には何事もなかったかのように、暗い森の中で静けさだけが残った。

 「明かりを付けろ」

 グラエムは辺りのへの警戒をおこたらず、パルルへそう命じた。パルルは言われた通り、持っていたランタンに火を灯した。
 その場には、三人の魔導士以外の存在は無く。既に、対峙していたマジックブレイカーも騒動に紛れて、その場から姿を消した後であった。

 「一体、この森で何が起きてるんだ……」

 グラエムが呟く。

 「おい、あんた」

 現状の把握に努めていた二人の憲兵に対して、キリアンが声を掛け、懐から取り出した手帳を差し出した。

 「それはマルマルさんの!? キリアン、彼に会ったのね」

 キリアンの差し出した物をランタンの明かりに晒しながらパルルは尋ねた。

 「おっさんは森の中で気を失ってる」
 「無事なのね? 森のどの方角なの?」
 「ルーラーの住処の方」
 「無事なんだな?」

 グラエムが念を押すように尋ねると、キリアンは無言で頷いた。それを見て、安堵した様に二人の憲兵達は溜息を付く。
 するとキリアンは、グラエムの服をつかみ懇願こんがんするように訴え始めた。

 「待ってくれよ! まだデーモンが、マジックブレイカーが一人いるんだ。そいつに追われて仲間が南の方角に逃げてる。頼むよ、リグラ達を先に助けてくれ……」
 「心配するなキリアン」

 グラエムはそう言うと、目の前で首を垂れるキリアンの頭を優しく撫でた。
 キリアンの頭部にできた傷は、既に出血が治まっていた。乾いた血液によって固められた髪の毛が、指先に引っ掛かるのをグラエムは感じた。

 「……ちゃんと守ってやる。悪ガキ共に罰をくれてやるのはその後だからな。覚悟しとけよ」

 グラエムはそう言うと、パルルの方へ向き直った。

 「先にキリアンと一緒に街道へ、俺は南に行く」
 「分かったわ」
 「マルマルさんと、……ここで見た事の報告も頼む」
 「……ええ」

 パルルは、先程目の前で起きた事柄を思い起こしながら、グラエムの命令を承諾した。

 「気を付けてね、グラエム」

 パルルは先を急ごうとするグラエムの背中にそう声を掛けた。
 グラエムが振り向き様に返事をするのを確認すると、キリアンに肩を貸しながら、街道を目指しその場を後にした。
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