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第一章 とても不思議な世界
36話 森の侵入者達⑧
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追っ手から逃れるために、日々喜達三人はひたすら暗い森の中を進み続けた。
リグラを担ぐ日々喜に歩調を合わせ、オレガノは二人に先行して、道なき道を切り開いていく。
「日々喜、こっちよ」
背負うリグラの身体が木の枝に引っ掛からない様に、オレガノは闇の中で木々の枝を押し退け、藪をかき分け、後に続く者に声を掛けていた。
日々喜の背中に揺られていたリグラが目を覚まし、僅かに目を開けたのは襲撃を受けた場所から大分離れた辺りの事だった。
自分達は森の中を逃げているのか。
街道ではなく、暗い森の中を明かりも付けずに進んでいたためにリグラはそう考えた。
そして、よどみなく歩き続ける二人の様子から、闇雲に森の中を進んでいるわけでは無いらしいと分かった。
暗闇にまみれるデーモンでさえ、この二人には追い着く事が出来ず、既に見失ってしまったのではないかとさえリグラには思えた。
安心したのも束の間、その場にキリアンが居ない事に気が付く。
リグラは記憶を巡らした。
一人で二匹のデーモンの相手をしようとした彼の姿。加勢しようと自分も魔導の行使を試みた事。そして、その直後、展開した魔法陣をドッシリしたデーモンによって破壊された事、薄れる意識の中で、自分の名を呼ぶキリアンの声がこだましたのを思い出した。
自分達を逃がす為に、やはり彼は一人で立ち向かって行ったのだ。
悔しさと悲しみに似た感情が入り混じる中、リグラはキリアンに対する憤りの思いが湧き始めるのを感じた。すると、今度はしまい切れない程の後悔の念が生まれた。
「結局、私は、お荷物になってしまったのか……」
「リグラ?」
リグラの呟きを耳にした日々喜が、意識を取り戻した事を確認する様に尋ねた。
「リグラ? 目が覚めたのね」
日々喜の声に気が付きオレガノもリグラに声を掛け始める。リグラは小さく無言で頷いた。
「良かった……」
オレガノは身につまされる程の思いで、安堵の言葉を吐きだすと、すぐさま気を取り直した様に話し始める。
「もう直に、関所へ着くと思うの。追っ手も撒けたみたいだし、このまま行けば――」
「降ろしてください」
「……え!? 立てる?」
リグラの言葉に、オレガノは動揺しながらも、その身を案じる様に尋ねた。
「降ろして……、日々喜」
リグラはオレガノの質問に答えない。日々喜は黙って彼女の指示に従い、ゆっくりと、大きめな木の根元に降ろし腰を落ち着かせた。
リグラは一息つく様に、その場で深呼吸をした。
「二人共、街道へ向かって下さい。他の魔導士達と合流して、応援を呼ぶんです」
追っ手を振り切る為に敢えて森の中を突き進んでいた日々喜達は、駆け付けて来ているはずの魔導士と合流する事をすっかり忘れていた。追っ手を振り切った今、街道に向かわない手は無い。
「分かったわリグラ」
「それと、……私はここに置いて行って下さい」
「ダメよ!」
オレガノは怒った様に声を上げた。
黙って二人の様子を窺っていた日々喜は、その声に驚くと、他に聞いている者は居なかっただろうかと辺りの様子を警戒し始める。
「馬鹿な事言わないで! 身体だって自由に動かないんでしょ? 置いて行けるわけないわ!」
「オレガノ、デーモンの狙いは恐らく日々喜です。貴方は日々喜を連れて逃げて、そして、足止めをしてるキリアンの為にも、早く応援を呼んだ方がいい。お荷物はここに置いて行くべきですよ」
「馬鹿! 馬鹿、馬鹿! 嫌よ! 自分をそんな風に言わないで、リグラはお荷物なんかじゃないわ! 引きずってでも一緒に連れて行くわよ」
オレガノはリグラにしがみ付く様にして訴え始めた。
「置いて行きたくないの。マルマルさんだって、キリアンだってそう。本当は誰も置いてなんか行きたくない。なのに…、なのにどうして、貴方達は何時も辛い事ばかり言うの? 私に、辛い選択ばかりさせないで! お願いよ、リグラ」
堰を切ったかのように、オレガノはため込んでいた気持ちを爆発させて話した。
「オレガノ……」
リグラはしがみ付くオレガノを見つめながら話した。
「オレガノ、出会ってからまだ日は浅いですが、私は貴方とキリアンから修練生としての姿勢を多く学んできました。私は、あなたの優しさにたくさん触れて来たのに、馬鹿な事を言ってしまいましたね」
オレガノは顔を上げた。
「もう、自分をお荷物だなんて思いません。言葉の綾です。私は……、私は、貴方の優しさに応えたいだけです。ただ、それだけなんですよ」
リグラはオレガノの顔に手を添えた。指先にまだ力が入らないようで、それでも力いっぱい広げられた手のひらは、弛緩と緊張の間を行ったり来たりするかのように、小刻みに震えていた。
「勇気を出してオレガノ。貴方が日々喜を守るの。貴方が私とキリアンを助けるのよ」
リグラの手に自分の手を添えながら、オレガノは泣きそうな表情を見せた。
それでもリグラには分かる。彼女が自分を置いて行くまいとする葛藤に打ち勝った事を、それでもなお、そんな表情を見せるのは、友人に対する申し訳なさの表れだろう。
「オレガノ、魔導士の務めです。行ってください」
オレガノは顔を拭うと何も言わずに立ち上がった。それに応じる様に、周囲を窺っていた日々喜も彼女の傍らに立つ。
「行くの?」
「……行くわ」
日々喜の問いに、オレガノは力強く頷くとそう答えた。
「分かった」
日々喜はそう答えると、懐から水筒を取り出しリグラに持たせた。
「リグラ、獣が居ない。皆怖がって巣に帰ったんだ。だから、ここは安全だと思う。少しの辛抱だよ」
そう言うと、自分のマントを脱ぎ、リグラの膝元に掛けた。
「行こう」
日々喜は立ち上がると、森の中へ進み始めた。
「リグラ、……ありがとう」
オレガノは最後に弱々しくもそう言うと、口元を歪ませて無理やり笑顔をリグラに見せた。そして、すぐさま、日々喜の後を追って森の中へと行ってしまった。
「いいんです。オレガノ……、貴方もキリアンも強い人だから。……無事に逃げ切って下さい。オレガノ、日々喜」
小さな声でリグラは呟いた。そして暗い森の中で、肌寒さを凌ぐように膝に掛けられたマントを手繰り寄せた。
リグラを担ぐ日々喜に歩調を合わせ、オレガノは二人に先行して、道なき道を切り開いていく。
「日々喜、こっちよ」
背負うリグラの身体が木の枝に引っ掛からない様に、オレガノは闇の中で木々の枝を押し退け、藪をかき分け、後に続く者に声を掛けていた。
日々喜の背中に揺られていたリグラが目を覚まし、僅かに目を開けたのは襲撃を受けた場所から大分離れた辺りの事だった。
自分達は森の中を逃げているのか。
街道ではなく、暗い森の中を明かりも付けずに進んでいたためにリグラはそう考えた。
そして、よどみなく歩き続ける二人の様子から、闇雲に森の中を進んでいるわけでは無いらしいと分かった。
暗闇にまみれるデーモンでさえ、この二人には追い着く事が出来ず、既に見失ってしまったのではないかとさえリグラには思えた。
安心したのも束の間、その場にキリアンが居ない事に気が付く。
リグラは記憶を巡らした。
一人で二匹のデーモンの相手をしようとした彼の姿。加勢しようと自分も魔導の行使を試みた事。そして、その直後、展開した魔法陣をドッシリしたデーモンによって破壊された事、薄れる意識の中で、自分の名を呼ぶキリアンの声がこだましたのを思い出した。
自分達を逃がす為に、やはり彼は一人で立ち向かって行ったのだ。
悔しさと悲しみに似た感情が入り混じる中、リグラはキリアンに対する憤りの思いが湧き始めるのを感じた。すると、今度はしまい切れない程の後悔の念が生まれた。
「結局、私は、お荷物になってしまったのか……」
「リグラ?」
リグラの呟きを耳にした日々喜が、意識を取り戻した事を確認する様に尋ねた。
「リグラ? 目が覚めたのね」
日々喜の声に気が付きオレガノもリグラに声を掛け始める。リグラは小さく無言で頷いた。
「良かった……」
オレガノは身につまされる程の思いで、安堵の言葉を吐きだすと、すぐさま気を取り直した様に話し始める。
「もう直に、関所へ着くと思うの。追っ手も撒けたみたいだし、このまま行けば――」
「降ろしてください」
「……え!? 立てる?」
リグラの言葉に、オレガノは動揺しながらも、その身を案じる様に尋ねた。
「降ろして……、日々喜」
リグラはオレガノの質問に答えない。日々喜は黙って彼女の指示に従い、ゆっくりと、大きめな木の根元に降ろし腰を落ち着かせた。
リグラは一息つく様に、その場で深呼吸をした。
「二人共、街道へ向かって下さい。他の魔導士達と合流して、応援を呼ぶんです」
追っ手を振り切る為に敢えて森の中を突き進んでいた日々喜達は、駆け付けて来ているはずの魔導士と合流する事をすっかり忘れていた。追っ手を振り切った今、街道に向かわない手は無い。
「分かったわリグラ」
「それと、……私はここに置いて行って下さい」
「ダメよ!」
オレガノは怒った様に声を上げた。
黙って二人の様子を窺っていた日々喜は、その声に驚くと、他に聞いている者は居なかっただろうかと辺りの様子を警戒し始める。
「馬鹿な事言わないで! 身体だって自由に動かないんでしょ? 置いて行けるわけないわ!」
「オレガノ、デーモンの狙いは恐らく日々喜です。貴方は日々喜を連れて逃げて、そして、足止めをしてるキリアンの為にも、早く応援を呼んだ方がいい。お荷物はここに置いて行くべきですよ」
「馬鹿! 馬鹿、馬鹿! 嫌よ! 自分をそんな風に言わないで、リグラはお荷物なんかじゃないわ! 引きずってでも一緒に連れて行くわよ」
オレガノはリグラにしがみ付く様にして訴え始めた。
「置いて行きたくないの。マルマルさんだって、キリアンだってそう。本当は誰も置いてなんか行きたくない。なのに…、なのにどうして、貴方達は何時も辛い事ばかり言うの? 私に、辛い選択ばかりさせないで! お願いよ、リグラ」
堰を切ったかのように、オレガノはため込んでいた気持ちを爆発させて話した。
「オレガノ……」
リグラはしがみ付くオレガノを見つめながら話した。
「オレガノ、出会ってからまだ日は浅いですが、私は貴方とキリアンから修練生としての姿勢を多く学んできました。私は、あなたの優しさにたくさん触れて来たのに、馬鹿な事を言ってしまいましたね」
オレガノは顔を上げた。
「もう、自分をお荷物だなんて思いません。言葉の綾です。私は……、私は、貴方の優しさに応えたいだけです。ただ、それだけなんですよ」
リグラはオレガノの顔に手を添えた。指先にまだ力が入らないようで、それでも力いっぱい広げられた手のひらは、弛緩と緊張の間を行ったり来たりするかのように、小刻みに震えていた。
「勇気を出してオレガノ。貴方が日々喜を守るの。貴方が私とキリアンを助けるのよ」
リグラの手に自分の手を添えながら、オレガノは泣きそうな表情を見せた。
それでもリグラには分かる。彼女が自分を置いて行くまいとする葛藤に打ち勝った事を、それでもなお、そんな表情を見せるのは、友人に対する申し訳なさの表れだろう。
「オレガノ、魔導士の務めです。行ってください」
オレガノは顔を拭うと何も言わずに立ち上がった。それに応じる様に、周囲を窺っていた日々喜も彼女の傍らに立つ。
「行くの?」
「……行くわ」
日々喜の問いに、オレガノは力強く頷くとそう答えた。
「分かった」
日々喜はそう答えると、懐から水筒を取り出しリグラに持たせた。
「リグラ、獣が居ない。皆怖がって巣に帰ったんだ。だから、ここは安全だと思う。少しの辛抱だよ」
そう言うと、自分のマントを脱ぎ、リグラの膝元に掛けた。
「行こう」
日々喜は立ち上がると、森の中へ進み始めた。
「リグラ、……ありがとう」
オレガノは最後に弱々しくもそう言うと、口元を歪ませて無理やり笑顔をリグラに見せた。そして、すぐさま、日々喜の後を追って森の中へと行ってしまった。
「いいんです。オレガノ……、貴方もキリアンも強い人だから。……無事に逃げ切って下さい。オレガノ、日々喜」
小さな声でリグラは呟いた。そして暗い森の中で、肌寒さを凌ぐように膝に掛けられたマントを手繰り寄せた。
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