ジ・エンドブレイカー

アックス☆アライ

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第二章 奪い合う世界

19話 愚者の理屈③

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 対峙する両者の間に僅かな時間が流れた。
 来ないのか?
 空手の自分を前に、身動きを見せないグラエムの事を怪訝に思う。
 コウミは前へ飛び掛かり、瞬時にグラエムとの間を詰めた。そして、グラエム目掛け蹴りを繰り出した。
 グラエムもコウミの動きに合わせ瞬時に反応を見せる。後ろへ飛び退き、体制を立て直すと、繰り出された足目掛け、ソードブレイカーを薙ぎ払った。しかし、紙一重で狙いが外れる。
 コウミは再び蹴りを見舞った。
 重たい兵器を持つグラエムに比べ、コウミの速さが上を行っている。グラエムは手につかむソードブレイカーを盾代わりにコウミの蹴りを受けた。蹴りの勢いを殺すと、すかさずソードブレイカーを振り上げ、またもコウミの足目掛けて振り下ろした。
 これも当たらない。そればかりか、ソードブレイカーは勢い余って地面へと打ち付けられる。
 コウミは打ち下ろされたソードブレイカーの峰を踏みつけ、すかさず、右拳による突きをくらわせる。グラエムは左腕でそれをガードすると、その場から飛び退いた。

 「……お前、俺を生け捕りにでもするつもりか?」

 コウミは再び身構えるグラエムを見据えながらそう言った。

 「剣筋を見れば手足を狙ってる事くらいわかる。それじゃ、人は殺せないぞ」
 「生憎、ここは法治国家でね。お前の目的はハッキリしない以上、捕らえて吐かせる必要があるのさ。戦場とは違う。そして、俺達は、そこに住む人々を守る魔導士だ。お前とは違う」

 ああ、こんな奴らばかりだ。魔導士という奴らは……。
 グラエムの話を聞き、コウミは思った。
 思い出して来たよ、剣士が何で魔導士を憎んでいるのかを。戦いの最中だと言うのに、こいつらは違う要素を混ぜ込んでくる。真面目に殺し合う俺達の事を何時もしらけさせる何かを。
 その一点だけは理解できた。憎む程ではないが、俺も魔導士が大嫌いだ。
 コウミは嘲笑するような声を立てた。

 「もういい。お遊びは終わりだ。魔法陣を出せ」

 グラエムは構えを解こうとしない。

 「そう言われて、素直に魔導を行使するわけが無いだろ。俺は――」
 「チャンバラに付き合えるか! 魔導で来い!」

 コウミの罵声がホールに轟いた。

 「……おー、怖。お前の言う通り、さっさと終わらせちまった方が、いいかもな!」

 グラエムはそう言うと同時に、今度は自分から距離を詰めた。下段に構えたソードブレイカーを乱暴に振り回す様に薙ぎ払った。

 「うらー!」

 間合いを計っているのか疑わしい程の薙ぎ払い。コウミはグラエムの勢いに押される様に後ろに飛び退く。

 「行くぞ! アトラス!」

 コウミとの距離が離れたのを見て、グラエムがそう叫ぶ。すると、その前方に魔法陣が展開された。
 コウミはすぐさま反応する。グラエムの叫びを聞き、踵を返し突進した。

 「食らえ! 間抜けが!」

 コウミは右拳を魔法陣に打ち付けた。魔法陣はガラス細工の様にヒビ割れ、粉々に砕け散った。
 しかし、その砕けた魔法陣の先では、グラエムがソードブレイカーを上段に構え、コウミの事を待ち構えていた。

 「な!?」

 ソードブレイカーは、コウミの右腕に打ち下ろされる。再び骨の砕ける音が辺りに響いた。

 「く! 遠隔か」

 魔法陣はこいつのじゃない。上の階に魔導士が居た事を、俺は――
 頭の中で考えを交錯させながらも、コウミは出入り口に向かって飛び退こうとする。

 「ローリ! 逃がすな!」
 「アースウォール!」

 グラエムの言葉に呼応して、二階から魔導を行使するローリの声が上がった。
 壁の両端に展開された魔法陣から、二本の土の柱が勢い良く伸び、コウミの身体を押し潰す様に挟み込んだ。

 「!?」

 コウミは声一つ上げられぬまま、土の柱の中に閉じ込められてしまった。

 「良し、もう出て来て平気だぞ」

 グラエムは、土の柱を窺いながらそう言った。

 「しかし、こりゃ少しやり過ぎだったんじゃないか?」

 土の柱は、隙間が無い程にピッタリと押し付けられている。間に挟まれた者は、無事であったとしても、息をする事さえままならないと、グラエムには思えた。

 「いい気味だよ。助けを請うまで、土の中に押し込めときゃいいさ」

 ローリは二階を小走りで走りながら、グラエムに応えた。そして、同じく二階にいたパルルの下に駆け寄る。

 「パルル、平気かい?」
 「ええ、何とか……」

 へとへとになっているパルルの返事を聞くと、ローリは安心し、彼女の腕を自分の肩に回した。そして、二人そろって階下へと降り始めた。

 「大したもんだよパルル。初めて魔法陣を遠隔展開させたってのに、あんなに正確に出来るなんて。おかげで、上手く騙せたんだ」
 「上手くできて良かった……。でも、すごい疲れたわ。魔法陣が破壊されたからかしら?」
 「ああ、それね。関係無いよ。身体から離して魔法陣を展開させたから、魔法陣を破壊されても身体から魔力が抜ける事は無いのさ。ただその分、アトラスフィールドに送った魔力も、身体には帰って来ないんだけどね」
 「もう……。先に言ってよ、ローリ」
 「ふふふ、ごめんごめん。でも、仕方ないじゃないか。説明してる時間が無かったんだから。それに、あんたのおかげで倒す事が出来たんだよ」

 階下に降りてきた二人の下にグラエムが近づいて行く。

 「おいおい、俺が一番頑張ったんだぞ。俺のおかげだろ」

 グラエムはローリに代わり、パルルに肩を貸しながらそう言った。

 「あんたには高度な魔法陣操作なんて無理だろう? 悔しかったら、パルルを見習ってセンスを磨きな。そんな、鉄の棒を振り回してないでさ」
 「鉄の棒と来たか。これでも戦場じゃ、こいつで勲章ものの働きをしたってのに」

 グラエムは苦笑しながらそう言うと、ローリに髪留めの様な媒体を手渡した。

 「ふん。それにしても、酷い有様だね」

 ローリはグラエムから受け取った媒体を自分の髪に差し込むと、周囲を見渡した。
 それまで、仕切りの先で身を隠していた者達が、戦いが終わった事を察して姿を出し、倒れている憲兵達の介抱を行っていた。

 「たった一人のマジックブレイカーに……」
 「そう言ってくれるなよローリ。今は人手を割いてる。奴が森で出会った剣士の仲間なら、そこを突かれたんだ。完全なテロリストだよ」
 「ええ、そう……。こんな敵は初めてだった。貴方が居てくれて、助かったわ」

 グラエムに続き、パルルも弁解するような事を言った。

 「あたしは、魔導を戦闘に用いるのは否定的なんだがね。世の中、どうしようもない連中がいるのは事実だ。力に成れたのなら良かったよ。……さて、そろそろ参ってる頃だろ。いい加減、土の中から出してやるとしよう」

 ローリはそう言いながら、自分が魔導で作った土の柱の方へ向かおうとする。しかし、異変に気が付き足を止めた。
 ピッタリと押し付けられる柱と柱の間から、黒い瘴気が漏れ出し、上に向かって立ち昇っている。

 「これは……」

 先程、二階から戦闘をながめている時に、あのマジックブレイカーの身体から迸った物と同じだとローリには分かった。

 「手練れが三人……、いや、二人か」

 その声の発せられる方を見て、その場に居た三人は驚いた。
 黒い瘴気の立ち昇る先、土の柱の真上にコウミが浮かび上がり、こちらを見下ろしていた。

 「まず視界に敵を入れる。基本的な事を俺は忘れていた。強者の常だな。さて……」

 宙に浮かぶコウミは、そう言いながら、ゆっくりと土塊の上に降り立つ。そして、前腕から不自然な方向に曲がっていた両腕を差し出した。
 腕は全員の見てる目の前で、ビキビキと音を立て、元の真っ直ぐな形へと戻った。コウミは戻った腕に、異常が無い事を見せつける様に動かして見せる。

 「遊びは終わり……。それは、もう言ったか?」

 コウミの両手から瘴気が勢い良く迸った。

 「こいつ、人間じゃない!?」

 ローリは、驚きながらも自分のアトラスへと手を伸ばした。

 「パルル! お前は伏せてろ!」

 グラエムはそう言うと、パルルの事を自分の背後に突き飛ばした。

 「ウィンクルムアクシス」

 コウミの言葉に反応する様に、ホールの全ての照明が二、三度揺らめく様に点滅し、消えた。それによって、ステーション内部は闇と化した。

 「グラエム! ローリ!」

 暗闇の中でパルルが叫んだ。

 「パルル静かに!」

 グラエムが声を掛ける。
 すると、闇の中で一つ、白く丸い光る玉のような物が、声の発せられた方へと飛来して行った。そして、何かを殴りつけた様な鈍い音が聞こえた。

 「ぐわ! くそ!」
 「グラエム!」
 「パルル! そこに、居ろ。ぐっ!」

 数度に渡り、グラエムの事を殴打する音が響き、ドタリとその場に倒れる音が聞こえた。

 「そこか、デーモン!」

 ローリの声が聞こえた。そして、同時にその場から魔法陣が展開された。
 淡い光に照らされ、倒れるグラエムの姿と、そこに目掛けて魔法陣を展開するローリの姿見えた。

 「グラエム!?」

 パルルは這いずる様にしてグラエムの下に駆け寄った。

 「馬鹿な、一瞬で……。パルル! 奴はどこ?」
 「分からないわ。暗くて見えなかった」

 パルルはグラエムの様子を見ながらそう言った。グラエムは顔を数か所殴られている様子だった。気を失っているが、重症ではない。

 「くそ! 一体どこに? 誰か! 明かりを付けておくれよ!」

 焦るローリは、ホール中に聞こえるほどの大きな声を張り上げた。
 パルルもそちらを見上げる。
 先程見えた白い光の玉が、ローリの背後に近づくのが目に入った。

 「ローリ! 後ろ!」

 パルルの叫びに応じ、ローリは振り向き様に魔法陣をそちらに向けようとした。
 しかし、その右手は背後に回り込んでいたコウミの手によって妨げられた。
 コウミは空いたもう片方の腕で、ローリの首をつかんだ。

 「き、貴様」
 「物事には領分というのがあってな。お前らが輝きの中で生きる様に、俺達は暗闇を徘徊する。分かるか魔導士? 今は俺の時間だ」
 「やはり、デーモン、なのか?」

 ローリの問いを一笑するとコウミは答え始めた。 

 「俺はお前達の相手をしてやった。ガキにしか興味の無い奴らとは違う。一緒にされるのはごめんだ」
 「デーモン……、では、無いのかい? ……一体、何者なんだ?」
 「俺は亡国の……、前時代の産物だ」
 「前時代の、産物?」
 「大戦は終わった。そう呼ぶのが相応だろ」
 「何を、言っているか、分からない」
 「……そうか、幸せな奴め」

 コウミは一言そう言うと、握っていたローリの右腕から手を離し、そのまま、魔法陣を破壊した。
 ローリは、コウミに首をつかまれた状態のまま、ガクリと項垂れる様に気を失った。そして、再び辺りは闇に包まれた。

 「ローリ、そんな……」

 パルルの下に近づく足音が聞こえた。見れば、白い光の玉がこちらを見つめる様に浮かんでいた。

 「……私達の負けよ」
 「知ってる。だから何だ?」

 惚けた様なコウミの言い草に、パルルは悔しそうに歯を食いしばった。

 「貴方達の目的は何! どうして異国の、知りもしない人間を傷つける事が出来るの?」
 「お前は分かり切った事ばかりを言うな。そんな事、俺に取ってどうでもいい奴だからだろ」
 「デーモン……、マジックブレイカー。営みの破壊者。何も違いは無いわ、お前達は皆、汚れた存在よ!」

 コウミは思案する様に少し黙ってから、口を開いた。

 「お前達の面には見覚えがあった」
 「何ですって?」
 「そうか……、そう言う事か。躊躇いは俺の内ではなく、外に……」

 何かに思い至ったのか、コウミはそう呟くとクスクスと笑い始めた。

 「……?」

 暗闇の中で、パルルは不気味にコウミの様子を窺った。白い光る点はひしゃげ、月の様に欠け、笑い声に合わせる様に小刻みに揺れているのだ。
 やがて、その揺れが収まると、コウミは一、大きく息を吐いた。

 「しらけたな。……帰るか」

 コウミはそう一言漏らすと、ステーションを後にする様に、出口向かって歩いて行ってしまった。
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