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第二章 奪い合う世界
39話 前夜の出来事⑤
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「コウミ師匠さん。どうして、そんな事が分かるんです?」
動揺する中で、リグラがコウミに尋ねた。
「勘だ」
「勘って……」
「経験が薄い分、お前達にはまだ分からない事だろう。だが、キュプレサスは単純な奴だ。ああいう奴は、自分の手でケジメを着けたがる。自分の手で勝敗を決めねば気が済まないのさ。だから、必ず後継者の首を取りに来る。邪魔の入らない今の内にな」
コウミは自分がそう感じる根拠を説明し始める。勘と言われて肩透かしを食らった様な表情を浮かべていた見習い達も、コウミの話を聞き顔色を変え始めた。
「よからぬ者に、勝てるんですか、コウミ師匠さん?」
「不安か?」
コウミの質問に誰も答えようとしない。誰もが、自分の感じている事を口にするのを恐れている様だった。そんな見習い達の表情を見て、コウミは察した様に話を続けた。
「闘争は人の営みの一つ。単純なキュプレサスはその土俵に乗った。後は勝つか負けるか、どちらにも転びうる。そして、俺は目の前に転がる勝利を一度も取り逃す真似はした事が無い」
見習い達の表情から、僅かに不安の色が消えるのを見咎めると、コウミは内心で自分の言葉を笑った。
一度も無いとは、我ながら大仰な事を言ったものだ。しかし、戦いに挑むときは何時だって勝利を望むもの。決して間違った事を言っているわけではない。
過去の戦いに思いを馳せるコウミは、ふと、自分にとっての最後の戦いを思い起こした。
自分の拾った命に敗北を喫した。そんな、笑い話にしかならない様な、この世界での最後の記憶。その時にも、自分は勝利を望んでいただろうかと、朧気になっていた記憶を探り始める。
「コウミ師匠さん」
「ん?」
コウミは顔を上げ、オレガノの方を見た。
「ここで、戦うのですか?」
オレガノが心配する様な表情でそう言った。その質問にクレスがハッとする。
「そうだ。俺はここを離れない。ここには日々喜が居るからな」
「待って頂戴コウミ師匠さん。こんな所で戦われたら、フォーリアムのお屋敷が滅茶苦茶になってしまうわ」
オレガノに代わって、今度はクレスが尋ねた。
「それがどうした? 動かす事の出来ない日々喜を守りつつ、キュプレサスを撃退する。俺に取って、ここ以外に戦う場所は無い」
「私達が日々喜を守ります。ここに居る全員で、誰も近づかない様に見張ります。それなら、ここで戦う必要は無いでしょう?」
クレスの意見を聞き、コウミは溜息を着いた。
「そもそも、お前達イバラの魔導士とこの俺では守るものが違う。信条が違うだろ。俺が自分の守ると決めた者をお前達に委ねるのは、俺自身の信条を曲げる事だ。それだけはできない」
「それって、あたし達の事、信用できないって事?」
クレスに代わり、今度はラヴァーニャがコウミ尋ねた。
「……分をわきまえろよ小娘。少なくとも危機の迫る中で、他人の力をあてにするお前達には何も守れはしない」
コウミの言葉に見習い達は、言葉を失った様に黙ってしまった。
コウミは他の者の発言を待つ様に、暫くその様子を見渡した。
見習い達は、コウミから目を背ける様に下を向いている。
力に裏打ちされ無い者は弱い。
お前達は心構えという物が、戦いを前にする心持という物がなっていない。大きな戦いを前にしながら、心のどこかに自分には関りの無い事だと考えていた。だから、危機が迫れば慌て、茫然とし、全てを取り逃す。そして、強い者が勝つ様を指を咥えながら見ているんだ。
それならば、力の無いお前達はどう立ち回ればいい?
コウミは、見習い達の中で、オレガノだけが自分の事を見つめている事に気が付く。
そうだ。今はそれでいい。現実から目を背けなければ、何時かはお前が勝利を掴む日が必ず来る。今は、自分の敗北を受け入れろ。
コウミはオレガノの灰色の瞳を覗き込みながら、フンと鼻を鳴らした。
「俺はもう行くが……。いいかお前達、悠長に構えている暇はない。今すぐにここを出て、出来るだけ遠くに離れるんだ。命あっての物種だろ」
コウミはそう言うと、踵を返し宿舎を後にしようとした。
「私は、逃げない」
オレガノの呟く様な声を聞き、コウミは足を止め振り返る。
「私は戦います!」
「オレガノ……、貴方、何言ってるの?」
自分の妹弟子の馬鹿さ加減に、クレスは絶望したような表情を見せた。
「フォーリアムの屋敷を守るのよ! ここは、お嬢様の帰る場所だもの。私は、お嬢様にここ守る様に頼まれたの!」
「だからって、相手はよからぬ者なのよ。勝てる相手だと思う? お願い、オレガノ。馬鹿な真似はしないで」
クレスはオレガノの目を覚まそうとするかの様に、両肩を掴み揺さぶる。オレガノの首がそれに合わせ、前後にガクリ、ガクリと乱暴に揺れた。堪らずクレスの両手を自分の肩から離した。
「それでも行く。逃げたくない」
「オレガノ……、どうして?」
クレスは悲しげな声でそう言った。
それまで、食卓に腰を掛けていたキリアンが立ち上がり、オレガノ達の下に歩み寄り始めた。
「馬鹿は止めようが無いって事さ、クレス。それに、お嬢に頼まれたのはそいつだけじゃないぜ」
キリアンはニヤリとした笑みを見せると、リグラに視線を送った。
「はい。私達も行きますよ、オレガノ。ここを守る為に、キュプレサスを迎え撃ちましょう」
リグラがその視線に応える様に言った。
「キリアン、リグラまで。自分が何を言ってるのか分かってるの?」
「分かってるさ。オレガノの感じてる悔しさや情けなさ。俺だって、同じ気持ちだ。ここに残された以上、せめてここだけはを守り切って見せる。俺達はそう言いたいんだ」
「お嬢様を見送った後、私には不安が残りました。それは、モンスターが恐ろしいからじゃありません。ここに取り残された不安です。オレガノの言葉を聞いてハッキリ分かったんです。私も出来る事をしたいと。もう、残されるのはごめんですから」
その場を取り巻いていた空気が変わり始めるのが分かった。暗くふさぎ込むような感情が、漸く一つの答えを見出したかのように、顔を上げ、動き出す。
その原動力の様なものが、オレガノを中心にリグラとキリアンを介して回り出している。
もっとその変化をよく見ようとするかのように、コウミは自分でも気が付かぬ内に三人の下に近づいていた。
「似てる……」
コウミの口から、感じたままの言葉がこぼれた。それは、特に誰に似ているという訳ではなかった。
それは、コウミ達の原動力となった如月灯馬に、ツキモリ一門の長となったツキモリ・コウイチに、そして、魔導連合王国の中心となったシェリル・ヴァーサの様に、何かとてつもなく大掛かりなものが、この場を中心として動き出そうとしている様に見えた気がしたのだった。
「誰かに似てますか?」
オレガノがコウミの口からこぼれた言葉の意味を尋ねた。コウミは聞くなと言う様に、左手をオレガノの前にかざした。
「いや、……知り合いにだ。お前と同じく無鉄砲な奴で、周りを散々振り回した」
コウミはおもむろにかざした左手を伸ばし、オレガノの右頬抓り上げた。
「そう言えば、最後にはこの俺も煮え湯を飲まされたっけなぁ」
「イハ! イヘヘヘ(痛! いててて)」
痛みを訴えるオレガノを見てリグラが慌てて止めに入った。
「コウミ師匠さん。八つ当たりは酷いと思います!」
「八つ当たり? この俺を前に、生意気を言った罰だ」
コウミはそう言うと、勢い良くオレガノの頬を引っ張った。指で挟んだ頬の肉が滑る。同時に、伸び切ったゴムが元に戻った様な音を立てた。
「ギャ!?」
「だ、大丈夫ですかオレガノ!?」
「痛ったー……。ほっぺ、取れちゃった?」
「大丈夫です。取れてないですよ」
少し涙目になるオレガノは、充血して赤くなった頬を摩っている。リグラはその様子を見て安心した様に答えた。
「ふん! ガキ共が、見習いだけでよからぬ者に挑むだと? 相手の力量も知らずに、良くそんな事が言えたもんだ。……だが、これでハッキリした」
この戦いの決め手はフェンネル・フォーリアムで間違いないと考えていた。だが、アートマンの言っていた、然るべき者達、とはこいつ等の事だったか。
コウミはそう一考すると、再び話し始めた。
「良く聞け、お前達。よからぬ者とは、外の世界に住む者達。広大な大世界の遥か彼方から、強い目的を持って、この場所に姿を現す者だ。そんな者に、小さな世界のちっぽけな人間如きが、力量で勝てる見込みはまず無い!」
コウミは言葉尻に力を込めてそう言った。目の覚める様な語気に、オレガノ、リグラ、キリアンは、背筋に電流が走った様に体を震わす。
「だが、キュプレサスの目的を打ち砕く事はできる」
コウミは三人の様子を眺めながら、自分の言葉をちゃんと聞いてるかを観察する様に、ゆっくりと話し始めた。
「奴がルーラーの地位に着こうとするのなら、お前達は抗いを見せつけろ。根性を見せて来い。如何なる力を前にしても、その支配を受け入れるかどうかは自分達が決める。そう叫んでくればいい。それがお前達の戦いだ」
その言葉を聞いて、三人の見習い達は打つ鐘の様に返事を返した。コウミは一瞬驚いた様に目を丸くする。しかし、直ぐに平静を取り戻して行くように、丸い目が再び細く潰れて行った。
少し、煽り過ぎた。コウミはそう思う。
「まあ、ここには俺が居るし……。敵わないと判断したら、何時でも逃げて来い」
「勝ってきます! 私達は遊びに行く訳じゃありません」
「……そうか」
オレガノの返事にコウミは頭を掻いた。
今更、野暮な事を言っても仕方がない。コウミは気持ちを改める様に、大きく息を吸った。
「なら、行ってこい。天上の支配者、五賢者共の一つ。太陽の賢者アートマンの加護が、お前達にはある。行け、見習い共。行って勝ってこい!」
三人は再び、はい、と大きく返事を返すと、一斉に宿舎から飛び出して行った。
「オレガノ! 待っておくれよ!」
年長組の見習い達がその光景を茫然と見守っている中で、チョークがオレガノ達の後を追いかける様に、一人その場を後にした。
チョークの叫ぶような声を聞き、ピーターがハッと正気に返った。
「お、おい、本当に行っちまったぞ、あいつら」
「あたし達も行こう。ピーター。負けそうになったら、引きずってでも連れて帰って来なくちゃ!」
「お、おう! 良し、行くぞ。ラヴァーニャ、クレス」
ピーターの言葉にラヴァーニャが力強く頷き返す。しかし、クレスは下を向いたまま、黙っていた。
「クレス! いい加減にしなよ! ここに残ったって、もう、なんの意味も無いんだよ!」
「私は、行かない。……行くべきじゃないのよ」
「放っておけ、ラヴァーニャ。クレスにも考えがあるんだ。ちょっと俺、アトラス取って来るから」
「クレス、良く考えてよ。あたし達はイバラの魔導士で、何時かは戦わなくちゃいけないんだからね」
ピーターとラヴァーニャは二階の自室へと向かう為、階段を駆け足で上って行った。
慌ただしく人が消えて行った食堂は急に静かになった。取り残されていたコウミは、その雰囲気を見て取る様に食堂を見渡す。床で伸びたままのノエルが視界に入った。ノエルの事を吊るす、そう宣言した事を思い出しそちらへ足を向けた。
「どうして、貴方は皆を煽るような事を言うの。よからぬ者を相手にして、無事で済むわけが無いわ」
同じく食堂に取り起こされていたクレスが、ノエルに手を伸ばそうとするコウミに話し掛けた。
「俺は尻込みしてる奴らの背中を押しただけだ。戦いたいと言っている連中が戦いに行く。何かおかしな事があるか?」
他の者とは違い、ここを動こうとしないクレスに対して、コウミは適当にあしらう様に言い放った。
「コウミ師匠さん。貴方だって魔導士でしょう。どうして、まるで違う者のように言うの? あの子達がもし傷ついて、もし死ぬような事があったら、貴方はどう責任を取るというの!」
コウミの言い草に憤ったのか、クレスは顔を上げて言い返した。
コウミは黙ったままクレスの怒った様子を見つめた。すると、彼女の耳の内側に、一目では気が付かない程の薄く銀色の筋が入っているのを見咎める。
傷跡?
コウミはノエルに伸ばした手を引っ込め、フードに隠れている自分の耳の辺りを指差し尋ねた。
「お前、ハーフか? ここに施術痕があるな。元は四つ耳か?」
クレスはギョッとした表情を浮かべ、咄嗟に自分の耳を手で隠した。
「……成程な。その様子、どうやらこの狐野郎に弱みでも握られてた訳か」
「違う! 私はハーフエルフ。諍いの種なんかじゃない」
「そうか? なら省みて見るんだな。さっきまでこの部屋で起きていた事。この狐野郎が来てからの事を。フォーリアムの一門達は、お前の態度に不信を抱き、不信が諍いを招いて来ただろ?」
「私は、違うの……」
「自分可愛さに仲間を売る卑怯者が、四つ耳など関係ない。卑しさは容姿ではなく、お前自身の身から滲むと知ればいい」
クレスは耳を塞ぐように蹲った。コウミはその様子も構わず、クレスの事を罵倒し続ける。
すると、何者かが棒の様なものでコウミの足を叩いた。
バシっという音を聞き、コウミは自分の背後を振り返る。そこには箒を手に持つ大きな猫が、こちらを見上げる様に睨んでいた。コウミは少し驚いた様に体を震わした。
「う!? ……なんだ、獣人か」
「止めるにゃ!」
タイムがコウミに叫んだ。
「何?」
「クレスさんは、フォーリアム一門のお弟子様の一人にゃ。イジメてはいけないにゃ!」
「……何を言ってるんだお前。イジメてなんか――」
「あっち行くにゃ! 日々喜さんのお師匠様でも容赦しないにゃ。箒で叩くにゃ!」
「何だこいつ!? うわ! 止めろ、埃が立つ! 出てくから、止めろ! クソ!」
タイムはコウミの言い分に聞く耳を持たない様子で、持っていた箒を振り回し、コウミを宿舎から追い払ってしまった。
「酷い人にゃ。あんな冷酷な人が日々喜さんのお師匠様何て、とても信じられないにゃ」
「タイム……」
クレスは安堵した様に、塞いでいた耳から両手を離した。
「気にしてはダメにゃ。四つ耳の子は私の故郷にも居ましたにゃ。獣人は人よりも多くそう言った事が発現するにゃ」
しかし、タイムの言葉を聞いて、直ぐにその表情は暗いものへと変わって行った。自分が秘密にしていた事は、最早、秘密ではなくなってしまったのだ。
「ありがとうタイム……。でも、あたしの事は放っておいて頂戴」
クレスはそう言って立ち上がると、少しふら付く様に歩きながら、食卓の席に座り込んだ。そして、自分の頭に手を添え、思い悩む様に目を瞑ってしまった。その様子を見たタイムは、とても放っては置けない気持ちになった。
「クレスさん……。元気を出してほしいにゃ。他の皆さんだって、気にしないにゃ。ちゃんとグスターヴさんとの事を説明すれば、分かってくれますにゃ」
「放っておいてと言っているでしょ!」
突然クレスが大きな声を出し、タイムはビクリと身体を振るわせた。
「学院にも行っていない、獣人の貴方に何が分かるの! ここでは家族の様に、チヤホヤされているじゃない! 私はどこへ行っても同じなの。知られてしまえば、何時だって軽蔑の目で見られる! 気安く慰めるような事言わないでよ!」
そう言うと、クレスは食卓に突っ伏してしまった。
タイムはクレスの様子に戸惑いながらも、恐る恐る彼女の肩へと手を伸ばした。
タイムの手がクレスの肩に置かれた途端、クレスは跳ね起きる様に身を起こし、タイムを睨みつけた。
タイムは怯えていた。
手が震え、それでも、クレスの事を心配する様に、真っ直ぐと見つめ返した。
コウミの言う通りだ。クレスはそう思う。
自分から滲みでた卑しさが、自分を見つめるタイムの瞳を通して、ハッキリと見える気がした。
クレスは目を背ける様に再び顔を伏せる。
今度は食卓ではなく、タイムの胸に顔を埋めた。そして、人目も憚らず、声を上げて泣き出してしまった。
「迷信ですにゃ。北の獣人だって食べるのが汚いと信じられていたにゃ。でも、日々喜さんがそれは違う、根拠が無いと教えてくれましたにゃ。四つ耳だって同じにゃ。だから、クレスさんは何も悪くないですにゃ」
「タイム……。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
クレスは小さな声でタイムに謝り続けた。タイムはそんなクレスの事を慰める様に頭を撫でた。
その告解を犯し難いものにするかのように、食堂の中は静まり返り、誰も立ち入らせない様な空気が流れている。
アトラスを取りに行っていたピーターとラヴァーニャには、その様に感じられたのか、時折、自分の鼻をすするような音を立て、じっとクレスが泣き止むのを階段で待ち続けていた。
一方、先に宿舎を後にしていたオレガノ達は、キュプレサスの下に向かうべく、フォーリアムの屋敷正門とは反対側の外庭へと向かう。以前、コウミが開けた柵の穴から外に出ようと考えたのだ。
「オレガノ!」
後に続いて来たチョークが、朝焼けに照らされる中で、外庭に入ろうとする三人の人影を見咎め呼び止めた。
そして、立ち止まる三人の下に駆け寄り、オレガノの手を両手で掴んだ。
「い、行くなよオレガノ。勝てるかどうかも分からない戦い何て、行っちゃダメだ。コウミ師匠だって、自分にまかせて構わないと言っていたろ?」
「チョーク……」
チョークの両手に力が込められて行った。
「あたしは怖い。力になりたいけど、戦いになんか行けない。でも、ここであんたが傷ついて帰って来るのを待つのも嫌だ。だから、行かないでオレガノ」
硬く握られるチョークの両手を振り払う事もせずオレガノは答え始めた。
「ごめん、チョーク。私達はそれでも行く。戦わなくちゃいけないの」
「どうしてさ……? お嬢様の為かい? ここを守る事が、命より大切なの?」
オレガノは首を振った。
「私が魔導士だから。皆を守るの。それが私達の務めよ、チョーク」
微風が吹く。
夜明け前の薄暗さの中で、チョークはオレガノの短い髪が揺れるのを見た。
オレガノは微笑んでいる。務めを果たしに行く彼女は、何の不安も感じてはいない様だった。
悲しい。数日前に自分を抱きしめてくれた友人が魔導士になった。それが、今更辛い。
過ぎ去る風と共に、チョークの両手から力が抜けて行った。
揺らされた髪を整えるオレガノの事を黙ったまま見つめ、チョークは自分の気持ちをそのまま飲み込んだ。
「あんた達。死ぬような真似したら承知しないよ。あたしはここであんた達の帰りを待ってるんだから。必ず帰って来いよ」
オレガノ達は、チョークに必ず帰る事を約束すると、そのまま外庭へと消えて行った。
動揺する中で、リグラがコウミに尋ねた。
「勘だ」
「勘って……」
「経験が薄い分、お前達にはまだ分からない事だろう。だが、キュプレサスは単純な奴だ。ああいう奴は、自分の手でケジメを着けたがる。自分の手で勝敗を決めねば気が済まないのさ。だから、必ず後継者の首を取りに来る。邪魔の入らない今の内にな」
コウミは自分がそう感じる根拠を説明し始める。勘と言われて肩透かしを食らった様な表情を浮かべていた見習い達も、コウミの話を聞き顔色を変え始めた。
「よからぬ者に、勝てるんですか、コウミ師匠さん?」
「不安か?」
コウミの質問に誰も答えようとしない。誰もが、自分の感じている事を口にするのを恐れている様だった。そんな見習い達の表情を見て、コウミは察した様に話を続けた。
「闘争は人の営みの一つ。単純なキュプレサスはその土俵に乗った。後は勝つか負けるか、どちらにも転びうる。そして、俺は目の前に転がる勝利を一度も取り逃す真似はした事が無い」
見習い達の表情から、僅かに不安の色が消えるのを見咎めると、コウミは内心で自分の言葉を笑った。
一度も無いとは、我ながら大仰な事を言ったものだ。しかし、戦いに挑むときは何時だって勝利を望むもの。決して間違った事を言っているわけではない。
過去の戦いに思いを馳せるコウミは、ふと、自分にとっての最後の戦いを思い起こした。
自分の拾った命に敗北を喫した。そんな、笑い話にしかならない様な、この世界での最後の記憶。その時にも、自分は勝利を望んでいただろうかと、朧気になっていた記憶を探り始める。
「コウミ師匠さん」
「ん?」
コウミは顔を上げ、オレガノの方を見た。
「ここで、戦うのですか?」
オレガノが心配する様な表情でそう言った。その質問にクレスがハッとする。
「そうだ。俺はここを離れない。ここには日々喜が居るからな」
「待って頂戴コウミ師匠さん。こんな所で戦われたら、フォーリアムのお屋敷が滅茶苦茶になってしまうわ」
オレガノに代わって、今度はクレスが尋ねた。
「それがどうした? 動かす事の出来ない日々喜を守りつつ、キュプレサスを撃退する。俺に取って、ここ以外に戦う場所は無い」
「私達が日々喜を守ります。ここに居る全員で、誰も近づかない様に見張ります。それなら、ここで戦う必要は無いでしょう?」
クレスの意見を聞き、コウミは溜息を着いた。
「そもそも、お前達イバラの魔導士とこの俺では守るものが違う。信条が違うだろ。俺が自分の守ると決めた者をお前達に委ねるのは、俺自身の信条を曲げる事だ。それだけはできない」
「それって、あたし達の事、信用できないって事?」
クレスに代わり、今度はラヴァーニャがコウミ尋ねた。
「……分をわきまえろよ小娘。少なくとも危機の迫る中で、他人の力をあてにするお前達には何も守れはしない」
コウミの言葉に見習い達は、言葉を失った様に黙ってしまった。
コウミは他の者の発言を待つ様に、暫くその様子を見渡した。
見習い達は、コウミから目を背ける様に下を向いている。
力に裏打ちされ無い者は弱い。
お前達は心構えという物が、戦いを前にする心持という物がなっていない。大きな戦いを前にしながら、心のどこかに自分には関りの無い事だと考えていた。だから、危機が迫れば慌て、茫然とし、全てを取り逃す。そして、強い者が勝つ様を指を咥えながら見ているんだ。
それならば、力の無いお前達はどう立ち回ればいい?
コウミは、見習い達の中で、オレガノだけが自分の事を見つめている事に気が付く。
そうだ。今はそれでいい。現実から目を背けなければ、何時かはお前が勝利を掴む日が必ず来る。今は、自分の敗北を受け入れろ。
コウミはオレガノの灰色の瞳を覗き込みながら、フンと鼻を鳴らした。
「俺はもう行くが……。いいかお前達、悠長に構えている暇はない。今すぐにここを出て、出来るだけ遠くに離れるんだ。命あっての物種だろ」
コウミはそう言うと、踵を返し宿舎を後にしようとした。
「私は、逃げない」
オレガノの呟く様な声を聞き、コウミは足を止め振り返る。
「私は戦います!」
「オレガノ……、貴方、何言ってるの?」
自分の妹弟子の馬鹿さ加減に、クレスは絶望したような表情を見せた。
「フォーリアムの屋敷を守るのよ! ここは、お嬢様の帰る場所だもの。私は、お嬢様にここ守る様に頼まれたの!」
「だからって、相手はよからぬ者なのよ。勝てる相手だと思う? お願い、オレガノ。馬鹿な真似はしないで」
クレスはオレガノの目を覚まそうとするかの様に、両肩を掴み揺さぶる。オレガノの首がそれに合わせ、前後にガクリ、ガクリと乱暴に揺れた。堪らずクレスの両手を自分の肩から離した。
「それでも行く。逃げたくない」
「オレガノ……、どうして?」
クレスは悲しげな声でそう言った。
それまで、食卓に腰を掛けていたキリアンが立ち上がり、オレガノ達の下に歩み寄り始めた。
「馬鹿は止めようが無いって事さ、クレス。それに、お嬢に頼まれたのはそいつだけじゃないぜ」
キリアンはニヤリとした笑みを見せると、リグラに視線を送った。
「はい。私達も行きますよ、オレガノ。ここを守る為に、キュプレサスを迎え撃ちましょう」
リグラがその視線に応える様に言った。
「キリアン、リグラまで。自分が何を言ってるのか分かってるの?」
「分かってるさ。オレガノの感じてる悔しさや情けなさ。俺だって、同じ気持ちだ。ここに残された以上、せめてここだけはを守り切って見せる。俺達はそう言いたいんだ」
「お嬢様を見送った後、私には不安が残りました。それは、モンスターが恐ろしいからじゃありません。ここに取り残された不安です。オレガノの言葉を聞いてハッキリ分かったんです。私も出来る事をしたいと。もう、残されるのはごめんですから」
その場を取り巻いていた空気が変わり始めるのが分かった。暗くふさぎ込むような感情が、漸く一つの答えを見出したかのように、顔を上げ、動き出す。
その原動力の様なものが、オレガノを中心にリグラとキリアンを介して回り出している。
もっとその変化をよく見ようとするかのように、コウミは自分でも気が付かぬ内に三人の下に近づいていた。
「似てる……」
コウミの口から、感じたままの言葉がこぼれた。それは、特に誰に似ているという訳ではなかった。
それは、コウミ達の原動力となった如月灯馬に、ツキモリ一門の長となったツキモリ・コウイチに、そして、魔導連合王国の中心となったシェリル・ヴァーサの様に、何かとてつもなく大掛かりなものが、この場を中心として動き出そうとしている様に見えた気がしたのだった。
「誰かに似てますか?」
オレガノがコウミの口からこぼれた言葉の意味を尋ねた。コウミは聞くなと言う様に、左手をオレガノの前にかざした。
「いや、……知り合いにだ。お前と同じく無鉄砲な奴で、周りを散々振り回した」
コウミはおもむろにかざした左手を伸ばし、オレガノの右頬抓り上げた。
「そう言えば、最後にはこの俺も煮え湯を飲まされたっけなぁ」
「イハ! イヘヘヘ(痛! いててて)」
痛みを訴えるオレガノを見てリグラが慌てて止めに入った。
「コウミ師匠さん。八つ当たりは酷いと思います!」
「八つ当たり? この俺を前に、生意気を言った罰だ」
コウミはそう言うと、勢い良くオレガノの頬を引っ張った。指で挟んだ頬の肉が滑る。同時に、伸び切ったゴムが元に戻った様な音を立てた。
「ギャ!?」
「だ、大丈夫ですかオレガノ!?」
「痛ったー……。ほっぺ、取れちゃった?」
「大丈夫です。取れてないですよ」
少し涙目になるオレガノは、充血して赤くなった頬を摩っている。リグラはその様子を見て安心した様に答えた。
「ふん! ガキ共が、見習いだけでよからぬ者に挑むだと? 相手の力量も知らずに、良くそんな事が言えたもんだ。……だが、これでハッキリした」
この戦いの決め手はフェンネル・フォーリアムで間違いないと考えていた。だが、アートマンの言っていた、然るべき者達、とはこいつ等の事だったか。
コウミはそう一考すると、再び話し始めた。
「良く聞け、お前達。よからぬ者とは、外の世界に住む者達。広大な大世界の遥か彼方から、強い目的を持って、この場所に姿を現す者だ。そんな者に、小さな世界のちっぽけな人間如きが、力量で勝てる見込みはまず無い!」
コウミは言葉尻に力を込めてそう言った。目の覚める様な語気に、オレガノ、リグラ、キリアンは、背筋に電流が走った様に体を震わす。
「だが、キュプレサスの目的を打ち砕く事はできる」
コウミは三人の様子を眺めながら、自分の言葉をちゃんと聞いてるかを観察する様に、ゆっくりと話し始めた。
「奴がルーラーの地位に着こうとするのなら、お前達は抗いを見せつけろ。根性を見せて来い。如何なる力を前にしても、その支配を受け入れるかどうかは自分達が決める。そう叫んでくればいい。それがお前達の戦いだ」
その言葉を聞いて、三人の見習い達は打つ鐘の様に返事を返した。コウミは一瞬驚いた様に目を丸くする。しかし、直ぐに平静を取り戻して行くように、丸い目が再び細く潰れて行った。
少し、煽り過ぎた。コウミはそう思う。
「まあ、ここには俺が居るし……。敵わないと判断したら、何時でも逃げて来い」
「勝ってきます! 私達は遊びに行く訳じゃありません」
「……そうか」
オレガノの返事にコウミは頭を掻いた。
今更、野暮な事を言っても仕方がない。コウミは気持ちを改める様に、大きく息を吸った。
「なら、行ってこい。天上の支配者、五賢者共の一つ。太陽の賢者アートマンの加護が、お前達にはある。行け、見習い共。行って勝ってこい!」
三人は再び、はい、と大きく返事を返すと、一斉に宿舎から飛び出して行った。
「オレガノ! 待っておくれよ!」
年長組の見習い達がその光景を茫然と見守っている中で、チョークがオレガノ達の後を追いかける様に、一人その場を後にした。
チョークの叫ぶような声を聞き、ピーターがハッと正気に返った。
「お、おい、本当に行っちまったぞ、あいつら」
「あたし達も行こう。ピーター。負けそうになったら、引きずってでも連れて帰って来なくちゃ!」
「お、おう! 良し、行くぞ。ラヴァーニャ、クレス」
ピーターの言葉にラヴァーニャが力強く頷き返す。しかし、クレスは下を向いたまま、黙っていた。
「クレス! いい加減にしなよ! ここに残ったって、もう、なんの意味も無いんだよ!」
「私は、行かない。……行くべきじゃないのよ」
「放っておけ、ラヴァーニャ。クレスにも考えがあるんだ。ちょっと俺、アトラス取って来るから」
「クレス、良く考えてよ。あたし達はイバラの魔導士で、何時かは戦わなくちゃいけないんだからね」
ピーターとラヴァーニャは二階の自室へと向かう為、階段を駆け足で上って行った。
慌ただしく人が消えて行った食堂は急に静かになった。取り残されていたコウミは、その雰囲気を見て取る様に食堂を見渡す。床で伸びたままのノエルが視界に入った。ノエルの事を吊るす、そう宣言した事を思い出しそちらへ足を向けた。
「どうして、貴方は皆を煽るような事を言うの。よからぬ者を相手にして、無事で済むわけが無いわ」
同じく食堂に取り起こされていたクレスが、ノエルに手を伸ばそうとするコウミに話し掛けた。
「俺は尻込みしてる奴らの背中を押しただけだ。戦いたいと言っている連中が戦いに行く。何かおかしな事があるか?」
他の者とは違い、ここを動こうとしないクレスに対して、コウミは適当にあしらう様に言い放った。
「コウミ師匠さん。貴方だって魔導士でしょう。どうして、まるで違う者のように言うの? あの子達がもし傷ついて、もし死ぬような事があったら、貴方はどう責任を取るというの!」
コウミの言い草に憤ったのか、クレスは顔を上げて言い返した。
コウミは黙ったままクレスの怒った様子を見つめた。すると、彼女の耳の内側に、一目では気が付かない程の薄く銀色の筋が入っているのを見咎める。
傷跡?
コウミはノエルに伸ばした手を引っ込め、フードに隠れている自分の耳の辺りを指差し尋ねた。
「お前、ハーフか? ここに施術痕があるな。元は四つ耳か?」
クレスはギョッとした表情を浮かべ、咄嗟に自分の耳を手で隠した。
「……成程な。その様子、どうやらこの狐野郎に弱みでも握られてた訳か」
「違う! 私はハーフエルフ。諍いの種なんかじゃない」
「そうか? なら省みて見るんだな。さっきまでこの部屋で起きていた事。この狐野郎が来てからの事を。フォーリアムの一門達は、お前の態度に不信を抱き、不信が諍いを招いて来ただろ?」
「私は、違うの……」
「自分可愛さに仲間を売る卑怯者が、四つ耳など関係ない。卑しさは容姿ではなく、お前自身の身から滲むと知ればいい」
クレスは耳を塞ぐように蹲った。コウミはその様子も構わず、クレスの事を罵倒し続ける。
すると、何者かが棒の様なものでコウミの足を叩いた。
バシっという音を聞き、コウミは自分の背後を振り返る。そこには箒を手に持つ大きな猫が、こちらを見上げる様に睨んでいた。コウミは少し驚いた様に体を震わした。
「う!? ……なんだ、獣人か」
「止めるにゃ!」
タイムがコウミに叫んだ。
「何?」
「クレスさんは、フォーリアム一門のお弟子様の一人にゃ。イジメてはいけないにゃ!」
「……何を言ってるんだお前。イジメてなんか――」
「あっち行くにゃ! 日々喜さんのお師匠様でも容赦しないにゃ。箒で叩くにゃ!」
「何だこいつ!? うわ! 止めろ、埃が立つ! 出てくから、止めろ! クソ!」
タイムはコウミの言い分に聞く耳を持たない様子で、持っていた箒を振り回し、コウミを宿舎から追い払ってしまった。
「酷い人にゃ。あんな冷酷な人が日々喜さんのお師匠様何て、とても信じられないにゃ」
「タイム……」
クレスは安堵した様に、塞いでいた耳から両手を離した。
「気にしてはダメにゃ。四つ耳の子は私の故郷にも居ましたにゃ。獣人は人よりも多くそう言った事が発現するにゃ」
しかし、タイムの言葉を聞いて、直ぐにその表情は暗いものへと変わって行った。自分が秘密にしていた事は、最早、秘密ではなくなってしまったのだ。
「ありがとうタイム……。でも、あたしの事は放っておいて頂戴」
クレスはそう言って立ち上がると、少しふら付く様に歩きながら、食卓の席に座り込んだ。そして、自分の頭に手を添え、思い悩む様に目を瞑ってしまった。その様子を見たタイムは、とても放っては置けない気持ちになった。
「クレスさん……。元気を出してほしいにゃ。他の皆さんだって、気にしないにゃ。ちゃんとグスターヴさんとの事を説明すれば、分かってくれますにゃ」
「放っておいてと言っているでしょ!」
突然クレスが大きな声を出し、タイムはビクリと身体を振るわせた。
「学院にも行っていない、獣人の貴方に何が分かるの! ここでは家族の様に、チヤホヤされているじゃない! 私はどこへ行っても同じなの。知られてしまえば、何時だって軽蔑の目で見られる! 気安く慰めるような事言わないでよ!」
そう言うと、クレスは食卓に突っ伏してしまった。
タイムはクレスの様子に戸惑いながらも、恐る恐る彼女の肩へと手を伸ばした。
タイムの手がクレスの肩に置かれた途端、クレスは跳ね起きる様に身を起こし、タイムを睨みつけた。
タイムは怯えていた。
手が震え、それでも、クレスの事を心配する様に、真っ直ぐと見つめ返した。
コウミの言う通りだ。クレスはそう思う。
自分から滲みでた卑しさが、自分を見つめるタイムの瞳を通して、ハッキリと見える気がした。
クレスは目を背ける様に再び顔を伏せる。
今度は食卓ではなく、タイムの胸に顔を埋めた。そして、人目も憚らず、声を上げて泣き出してしまった。
「迷信ですにゃ。北の獣人だって食べるのが汚いと信じられていたにゃ。でも、日々喜さんがそれは違う、根拠が無いと教えてくれましたにゃ。四つ耳だって同じにゃ。だから、クレスさんは何も悪くないですにゃ」
「タイム……。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
クレスは小さな声でタイムに謝り続けた。タイムはそんなクレスの事を慰める様に頭を撫でた。
その告解を犯し難いものにするかのように、食堂の中は静まり返り、誰も立ち入らせない様な空気が流れている。
アトラスを取りに行っていたピーターとラヴァーニャには、その様に感じられたのか、時折、自分の鼻をすするような音を立て、じっとクレスが泣き止むのを階段で待ち続けていた。
一方、先に宿舎を後にしていたオレガノ達は、キュプレサスの下に向かうべく、フォーリアムの屋敷正門とは反対側の外庭へと向かう。以前、コウミが開けた柵の穴から外に出ようと考えたのだ。
「オレガノ!」
後に続いて来たチョークが、朝焼けに照らされる中で、外庭に入ろうとする三人の人影を見咎め呼び止めた。
そして、立ち止まる三人の下に駆け寄り、オレガノの手を両手で掴んだ。
「い、行くなよオレガノ。勝てるかどうかも分からない戦い何て、行っちゃダメだ。コウミ師匠だって、自分にまかせて構わないと言っていたろ?」
「チョーク……」
チョークの両手に力が込められて行った。
「あたしは怖い。力になりたいけど、戦いになんか行けない。でも、ここであんたが傷ついて帰って来るのを待つのも嫌だ。だから、行かないでオレガノ」
硬く握られるチョークの両手を振り払う事もせずオレガノは答え始めた。
「ごめん、チョーク。私達はそれでも行く。戦わなくちゃいけないの」
「どうしてさ……? お嬢様の為かい? ここを守る事が、命より大切なの?」
オレガノは首を振った。
「私が魔導士だから。皆を守るの。それが私達の務めよ、チョーク」
微風が吹く。
夜明け前の薄暗さの中で、チョークはオレガノの短い髪が揺れるのを見た。
オレガノは微笑んでいる。務めを果たしに行く彼女は、何の不安も感じてはいない様だった。
悲しい。数日前に自分を抱きしめてくれた友人が魔導士になった。それが、今更辛い。
過ぎ去る風と共に、チョークの両手から力が抜けて行った。
揺らされた髪を整えるオレガノの事を黙ったまま見つめ、チョークは自分の気持ちをそのまま飲み込んだ。
「あんた達。死ぬような真似したら承知しないよ。あたしはここであんた達の帰りを待ってるんだから。必ず帰って来いよ」
オレガノ達は、チョークに必ず帰る事を約束すると、そのまま外庭へと消えて行った。
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