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第三章 広がる世界
11話 修練者の山へ④
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見習い達の助力の為に訪れたスピオーネの指導は、老練を極めた所があった。
見習い達がなけなしの希望に縋りつく様にして知恵を出し合い、苦労の下に一つのチャートを完成させる。すると、それまで眠った様に椅子に座り続けていたスピオーネは、目を見開き、おもむろに席を立ち見習い達の方へとやって来る。そして、彼らの完成させたチャートを舐めるように見渡した。
「何故、こうなる? 分かる様に説明をおし」
スピオーネはチャートに書かれる一文を示しそう言うと、自分の席に戻り再び眠る様に目を閉じてしまった。
言葉に詰まる見習い達。
それは、魔導を構成するチャートの中の誤りを指摘するものではなく、あくまでもロジックの中に見られる飛躍した思考を指摘するものであった。
しかし、それが当然成立するものと鵜呑みにし魔導を構成した見習い達にとって、まるで落とし穴にでも落とされた様な衝撃を与え余計に混乱してしまう。
「何故こうなるって、どう言う意味かしら?」
こうなると思えるから、これでいい。そうも言いたげにオレガノは小首を傾げた。ひょっとすれば、才能の有る彼女にとって、その程度の理解度でも魔導を行使する事が可能なのかもしれない。
「良く考えてみましょう。私には必要な事です」
考え続けるリグラは、知らず知らずに本音を漏らした。
やがて、キリアンも加わり、タッタリアの助言も交え、意見を出し尽くしながら、何故その魔導が成立するのかを説明して行った。
「……ふむ、良し。次」
見習い達の議論に耳を傾け続けていたスピオーネは、満足気に口元を歪ませて一言そう呟いた。見習い達は喜び勇んで次の魔導に着手して行った。
こうした指導の方法には、ある種の合理性を欠いた面がある様に思える。答えを考える未熟な見習い達に対し、指導を行う者が答えを与え、何故そうなるのかまで説明を行う事こそ、比較して効率的に聞こえるからだ。
しかし、指導を行う者は常に彼らのそばには居ない。旅をする以上、常に同行する仲間達の手を借り、協力し合い、自分達の力のみで問題を解決して行かなくてはいけない。
スピオーネの指導はまさに、そうした経験を積ませる所にある。
指導を受けた日々喜達四人の中には、旅をする魔導士としてのリテラシーの様なものが形成されて行ったことは間違いなかっただろう。
「そこの二人。ああ、お前とお前、こっちへおいで。他は続けて」
スピオーネはそう言って、日々喜とオレガノを傍に呼び寄せた。
「フォーリアム一門には勉学に直向きな子が集まるものじゃが、中には理解の遅い者もおるようじゃ」
その言葉を聞いて、日々喜達はドギマギと互いの顔を見合わせた。
見習い達の議論に耳を傾けていたスピオーネには、発言の乏しい二人がまるでチャートを理解していない事を見抜いたのだ。
「リーブラ導師様。私はこれまでチャートについて深く考えてきませんでした。それでも、ちゃんと魔導を行使できたし、お師匠様もそれで大丈夫と話していました」
「ホッホ。それはまた、豊かな才能に裏打ちされておる」
スピオーネはそう言うと、オレガノの事を観察する様にじっと見つめた。
「ザイード。イバラで許されて来た事が、他でも同じように許されるとは限らない。そう心得よ。今は仲間達の話に耳を傾け、分からない所は必ず仲間達に尋ねなさい」
「はーい」
オレガノはイバラに居た時と同様に元気よくそう応えると、チャートの作成にあたるリグラ達の下へ戻って行った。
「猛禽も、空を知らぬ間はひよこと変わらぬ。クローブの奴め……」
オレガノの後姿を見送りながら、スピオーネは呟いた。
秘蔵っ子を王都に送らず手元に置いていたのだろう。孫娘を取られれば、その気持ちは分からぬでもない。
今は亡き知り合いの秘密を知りスピオーネは感慨に耽る。そして、すぐさま邪念を振り払う様に日々喜の方へ向き直った。
「……さてと、お前と顔を合わせるのは二度目じゃな」
「長岐日々喜です」
「ふむ、東の国の血が濃い様に見える。あちらでは、未だ魔導以上に剣技の取得が盛んであると聞くが……」
スピオーネはそう言うと、日々喜の事を観察する様にじっと見つめた。
「長岐日々喜か……。身内にキサラギの名を持つ者はおるかの?」
日々喜は身体を強張らせた。その様子を見咎めた様に、スピオーネは目を細めほくそ笑んだ。
「……コウミの、事でしょうか?」
日々喜の答えにスピオーネは首を振る。
「あれと血を通わせる者はいない。そうではなく、お前と同様、あれに守られながら旅をした者の事じゃよ」
大伯父灯馬の事だ。スピオーネの言いたげな事を理解し、日々喜は警戒する様に口を閉ざした。しかし、その態度こそが答えだとばかりに、スピオーネは、なるほどなるほどと、察した様に呟いた。
「身の上を偽っておるのじゃな。先人の経験を活かすなら、それは多少なり賢いとも言える。お主の様な者に対して、畏怖の念を抱く事こそこの世界では正しい事だからの」
スピオーネはそう言いながら、議論を続ける他の見習い達の方を示した。日々喜達の話など耳に届いていない様子で、皆魔導の話しに集中している。
「しかし、何れは知られる事になるじゃろう。それが何故だかわかるか?」
日々喜は首を振った。
「お主には、魔導を理解する事は難しい。我らとは異なる世界で生まれ、異なる考えを持っているからじゃ。これまで、そこの見習い達と行動を共にしてきたのなら分かる事のはず」
スピオーネの言葉は的を射ている。日々喜は自分の額にジワリと汗が湧くのを感じた。
これまでどれだけ考えようと、自分は魔導の根本的な考え方を理解できなかった。相互作用というこの世界の原理原則は、どう考えても成り立たない様に思えるのだ。
「だけど、僕は魔導を行使した事があります。魔法陣を展開できたんですよ」
「ほほう、それはどんな状況だった?」
スピオーネは、興味をそそられた様に尋ね返した。
日々喜はこれまで魔法陣を展開した状況を思い返す。
フェンネルの部屋に侵入した時に起きた魔法陣の重ね合わせ。
マウロの手解きによって行使できた魔法陣の重ね合わせ。
キュプレサスを追い払う時に行使したオレガノとの魔法陣の重ね合わせ。
そして、タイムへの手解きの最中に起きた魔法陣の重ね合わせ。
そこまで聞くと、スピオーネは合点がいったとばかりに話し始めた。
「それは全て、他人の手を借りて行ったものに過ぎない。お主一人の力では、この現実に魔法陣を展開する事は不可能だろう」
「そんな……」
絶句する日々喜の事を他所に、スピオーネは考えをまとめる様にブツブツと独り言を呟き始めた。
「アトラスフィールドとは術者の幻影、アルテマの像……。……重ね合わせは像と像の重なり合い。即ち幻影が重なると言う事。……それを四度も……。……人の心が読めなければその様な事は……、あるいは比類する能力と考えるべきか……? ふむ、いかん、いかん」
スピオーネは邪な考えを振り払う様に自分の頭の上で手を振って見せた。そして、改めて日々喜に話をし始めた。
「良いか、長岐日々喜。ここから先は、踏み込んではならぬ場所を見極め、踏み留まる覚悟を決める事じゃ。仲間達にできて、お主にできぬ事、それは大きな疑心を生む。逆もまた然りじゃ」
スピオーネはそう言うと、日々喜の腰に携えるアトラスを指差した。
「身の上を偽る程度なら、それを腰にぶら下げているだけで事足りるはず。魔導への探求は諦める事じゃな」
日々喜は唇を噛み締めたまま黙っている。まるで、スピオーネから引導を渡されたかのように、それを不服に思っているかの様に俯いていた。
「勉強をして、理解できない事何てあるんでしょうか?」
「ふむ? ワシには分からぬが」
日々喜は顔を上げた。
「諦めなければ、僕にだって魔導を行使できるはずです」
日々喜の言葉をスピオーネは一笑に付した。青年の小さな反抗が、愉快で堪らなかった。そして同時に、不可能に近い事へ果敢に挑もうとするその姿が微笑ましくも思えた。
自分も魔導士。全てを犠牲にしてでも研究に打ち込みたい。そう考えた青春の日々を思い出す様な心地になるのだった。
「忠告はしたぞよ、長岐」
スピオーネはそう言うと、椅子の背もたれにもたれかかる様にして、ゆっくりと目を閉じて行った。
「戻って、良し……」
日々喜はスピオーネの言葉に従い、皆の議論へ参加して行った。
その日の晩は見習い達にとって長い夜となった。
終わった頃は深夜に近く、昨晩と同様に四人の見習い達は倒れる様に眠りに就いたのだった。
しかし、そのおかげで日々喜達は、翌日にはクレレ邸を出立する事ができた。
ロドビコとタッタリアの同乗する馬車に乗りアラニヤ領の境界までやって来ると、そこからは、タッタリア達と別れ馬車を降りひたすらに山道を登って行く。ここはクレレ商会が交易路として用いる山道であるが、元々はアラニヤ領の魔導士達が開拓した修練道であった。
交易が行われる夏から秋の終わり頃までを除けば、馬車などでの通行ははばかれる事になっていた。
もちろん、カフカ―ス山脈を徒歩で登ろうとする者に対して、制限をかける事は一切なかったのだが、行楽のシーズンを除けば、その山道を通ろうとする一般人は殆どおらず、旅をする魔導士や修練を行う者達等がたまに訪れる程度であった。
コウミはもちろん、山道や旅に慣れていた日々喜とキリアンは、サクサクと道を進んで行く。オレガノとリグラは、遅れだし始める。
「もう少しゆっくり行きましょう。リグラも私もヘトヘトよ」
日々喜達の後からオレガノが声を掛けた。先を行っていた日々喜は足を止め地図を開いた。
「日が暮れる前に峠を越えよう。麓に村が見えるはずだから、今日中にそこまで行きたいんだ」
地図を眺めながら日々喜はそう答えた。
そうして、峠に昇りきる日々喜達。それまで通っていた山道から一変して、見晴らしの利く場所へと出た。
青空との境界を成す様に雄大な稜線が横一杯に広がっている。そして、空を貫かんとするかのように、一際大きなエルプルス山の勇ましい姿が目に飛び込んで来た。
日々喜達は思わず感嘆の声を上げる。
それは、目の前に広がる雄大な光景を目の当たりにしたからだけではなかった。そこには、何とも言えない不自然な程の自然の造形が広がっていたのである。
目の前にそびえるエルプルス山、そこからぐるりと回り込むように左右に尾根が伸び、日々喜達の立つ峠の下まで連なっていたのである。
その為、目の前には丸く山に囲まれたカルデラの様な地形が広がっており、その鍋の底の様な場所には背の高い木々の生い茂る森が存在していたのだ。
よくよく見れば、自分達の立つ峠道は、その森の中へと続いていた。
日々喜は地図を改める。そして、麓らしき鍋の底辺りとを見比べ始めた。しかし、地図に書かれる村はそこから確認する事ができない。道の先にあるべき村は、森によって隠されているのだろうかと日々喜は思った。
気が付けば既に、日が暮れ始めている。
「今日は、ここで野宿だね」
日々喜は地図をしまい込みながら、見習い達に向けてそう言った。
日々喜達が、キャンプの準備を始める。こぞって集めた枯れ木が山の様に積み上げられた。
キリアン、リグラ、オレガノは、早くも作成した魔導の成果を試してみたくうずうずとしている様子だった。
「ほら、リグラ。早くやってみて」
「わ、私でいいんですか?」
オレガノに勧められ、何故か慌てるリグラ。
「皆、同じチャートだろ。誰がやったって変わんねえし」
そう言うキリアン。作成したチャートは、三つ複製を作り、それぞれのアトラスへと挿入したのだ。
「それにこういう時は、一番才能の無い奴が試すのさ」
ドギマギとしていたリグラに対し、キリアンが余計な一言を加えた。
「し、失礼な! そんな事言うなら、私はやりませんよ!」
「冗談だって、一々怒るなよ」
キリアンはニヤツキながらそう言うと、日々喜の方へ顔を向けた。
「日々喜。あんたがやってみるかい?」
日々喜は考える様に少し黙ると、ゆっくりと首を振った。
「オレガノに……」
「え!? あたし」
オレガノは自分を指差して日々喜に尋ねた。日々喜は頷いて答える。
「君の魔導が見たい」
オレガノは無邪気な笑顔を返した。
「いいわよ。良く見ていてね」
オレガノはそう言うと、枯れ木の山に向かって右手をかざした。
「アトラス」
オレガノの言葉に従う様に、腰に携えていたアトラスが浮かび上がり、自然にページを開いて行く。すると、地面には枯れ木の山を中心とした直径にして一メートル程の二重の円が描かれていった。
二重の円が十分な間隔に広がった時、その間隔を一匹の長い節足動物が、無数にある足を波打つ様に動かし這う様にして描かれて行った。
「蜈蚣(ごしょう)紋。リーブラ導師様の話していた通りだ」
アラニヤ領の特色、ムカデを描いた様な紋様が魔法陣に現れた。魔導の行使が成功した事を察して、リグラが喜んでそう言った。
すると、オレガノの展開する円陣の中に幾何学的な紋様が浮かび上がり、途端に円陣の中心から膝の高さくらいまでの炎が噴き出した。
「成功だな」
キリアンがそう言うと、リグラは飛び跳ねる様に喜び始めた。
「やったー! 上手く行った。やりましたよオレガノ、日々喜」
リグラは大げさに叫び声を上げると、そのままオレガノの事を抱きしめた。その拍子にオレガノは魔導の行使を止め、リグラの事を抱きしめ返し、お互いに喜び合い始めた。
初めての旅の中でできた一つの成功と、二日付の苦労が実ったのだから、それぐらいは普通の事かと、キリアンは二人の事を眺め溜息を着いた。
「綺麗な火だね」
魔導の炎に焼かれた枯れ木はその種火が消え去った後も悠々と燃え広がり始め、やがて、作り出した炎以上に大きく、そして温かく周りに居る日々喜達の事を照らし始めた。
「ああ、俺達が作ったのさ」
当然自分にもできた事だと、キリアンは満足気に応え、日々喜と同様に焚火の炎を眺め続けた。
どうやら、アラニヤ領での魔導は完璧にこなせる様だ。つまらないところで足止めを食う必要は無くなった。
少し離れた所から見習い達の様子を見ていたコウミはそう考える。
既に日が完全に落ち、焚火から少し離れた所は薄暗く、コウミの黒い体を暗闇中へと溶かし始めた。
コウミはそこから見えるカルデラの方へと視線を移した。山の影となり、すっぽり穴が開いてしまったかのように真っ暗となっていたが、そんな事は関係ないかのように、コウミは暗闇を眺め続けた。
「地形が変わってる……」
以前に、このカフカ―ス山脈を登った事のあるコウミには、その光景に思う所があったのだった。
見習い達がなけなしの希望に縋りつく様にして知恵を出し合い、苦労の下に一つのチャートを完成させる。すると、それまで眠った様に椅子に座り続けていたスピオーネは、目を見開き、おもむろに席を立ち見習い達の方へとやって来る。そして、彼らの完成させたチャートを舐めるように見渡した。
「何故、こうなる? 分かる様に説明をおし」
スピオーネはチャートに書かれる一文を示しそう言うと、自分の席に戻り再び眠る様に目を閉じてしまった。
言葉に詰まる見習い達。
それは、魔導を構成するチャートの中の誤りを指摘するものではなく、あくまでもロジックの中に見られる飛躍した思考を指摘するものであった。
しかし、それが当然成立するものと鵜呑みにし魔導を構成した見習い達にとって、まるで落とし穴にでも落とされた様な衝撃を与え余計に混乱してしまう。
「何故こうなるって、どう言う意味かしら?」
こうなると思えるから、これでいい。そうも言いたげにオレガノは小首を傾げた。ひょっとすれば、才能の有る彼女にとって、その程度の理解度でも魔導を行使する事が可能なのかもしれない。
「良く考えてみましょう。私には必要な事です」
考え続けるリグラは、知らず知らずに本音を漏らした。
やがて、キリアンも加わり、タッタリアの助言も交え、意見を出し尽くしながら、何故その魔導が成立するのかを説明して行った。
「……ふむ、良し。次」
見習い達の議論に耳を傾け続けていたスピオーネは、満足気に口元を歪ませて一言そう呟いた。見習い達は喜び勇んで次の魔導に着手して行った。
こうした指導の方法には、ある種の合理性を欠いた面がある様に思える。答えを考える未熟な見習い達に対し、指導を行う者が答えを与え、何故そうなるのかまで説明を行う事こそ、比較して効率的に聞こえるからだ。
しかし、指導を行う者は常に彼らのそばには居ない。旅をする以上、常に同行する仲間達の手を借り、協力し合い、自分達の力のみで問題を解決して行かなくてはいけない。
スピオーネの指導はまさに、そうした経験を積ませる所にある。
指導を受けた日々喜達四人の中には、旅をする魔導士としてのリテラシーの様なものが形成されて行ったことは間違いなかっただろう。
「そこの二人。ああ、お前とお前、こっちへおいで。他は続けて」
スピオーネはそう言って、日々喜とオレガノを傍に呼び寄せた。
「フォーリアム一門には勉学に直向きな子が集まるものじゃが、中には理解の遅い者もおるようじゃ」
その言葉を聞いて、日々喜達はドギマギと互いの顔を見合わせた。
見習い達の議論に耳を傾けていたスピオーネには、発言の乏しい二人がまるでチャートを理解していない事を見抜いたのだ。
「リーブラ導師様。私はこれまでチャートについて深く考えてきませんでした。それでも、ちゃんと魔導を行使できたし、お師匠様もそれで大丈夫と話していました」
「ホッホ。それはまた、豊かな才能に裏打ちされておる」
スピオーネはそう言うと、オレガノの事を観察する様にじっと見つめた。
「ザイード。イバラで許されて来た事が、他でも同じように許されるとは限らない。そう心得よ。今は仲間達の話に耳を傾け、分からない所は必ず仲間達に尋ねなさい」
「はーい」
オレガノはイバラに居た時と同様に元気よくそう応えると、チャートの作成にあたるリグラ達の下へ戻って行った。
「猛禽も、空を知らぬ間はひよこと変わらぬ。クローブの奴め……」
オレガノの後姿を見送りながら、スピオーネは呟いた。
秘蔵っ子を王都に送らず手元に置いていたのだろう。孫娘を取られれば、その気持ちは分からぬでもない。
今は亡き知り合いの秘密を知りスピオーネは感慨に耽る。そして、すぐさま邪念を振り払う様に日々喜の方へ向き直った。
「……さてと、お前と顔を合わせるのは二度目じゃな」
「長岐日々喜です」
「ふむ、東の国の血が濃い様に見える。あちらでは、未だ魔導以上に剣技の取得が盛んであると聞くが……」
スピオーネはそう言うと、日々喜の事を観察する様にじっと見つめた。
「長岐日々喜か……。身内にキサラギの名を持つ者はおるかの?」
日々喜は身体を強張らせた。その様子を見咎めた様に、スピオーネは目を細めほくそ笑んだ。
「……コウミの、事でしょうか?」
日々喜の答えにスピオーネは首を振る。
「あれと血を通わせる者はいない。そうではなく、お前と同様、あれに守られながら旅をした者の事じゃよ」
大伯父灯馬の事だ。スピオーネの言いたげな事を理解し、日々喜は警戒する様に口を閉ざした。しかし、その態度こそが答えだとばかりに、スピオーネは、なるほどなるほどと、察した様に呟いた。
「身の上を偽っておるのじゃな。先人の経験を活かすなら、それは多少なり賢いとも言える。お主の様な者に対して、畏怖の念を抱く事こそこの世界では正しい事だからの」
スピオーネはそう言いながら、議論を続ける他の見習い達の方を示した。日々喜達の話など耳に届いていない様子で、皆魔導の話しに集中している。
「しかし、何れは知られる事になるじゃろう。それが何故だかわかるか?」
日々喜は首を振った。
「お主には、魔導を理解する事は難しい。我らとは異なる世界で生まれ、異なる考えを持っているからじゃ。これまで、そこの見習い達と行動を共にしてきたのなら分かる事のはず」
スピオーネの言葉は的を射ている。日々喜は自分の額にジワリと汗が湧くのを感じた。
これまでどれだけ考えようと、自分は魔導の根本的な考え方を理解できなかった。相互作用というこの世界の原理原則は、どう考えても成り立たない様に思えるのだ。
「だけど、僕は魔導を行使した事があります。魔法陣を展開できたんですよ」
「ほほう、それはどんな状況だった?」
スピオーネは、興味をそそられた様に尋ね返した。
日々喜はこれまで魔法陣を展開した状況を思い返す。
フェンネルの部屋に侵入した時に起きた魔法陣の重ね合わせ。
マウロの手解きによって行使できた魔法陣の重ね合わせ。
キュプレサスを追い払う時に行使したオレガノとの魔法陣の重ね合わせ。
そして、タイムへの手解きの最中に起きた魔法陣の重ね合わせ。
そこまで聞くと、スピオーネは合点がいったとばかりに話し始めた。
「それは全て、他人の手を借りて行ったものに過ぎない。お主一人の力では、この現実に魔法陣を展開する事は不可能だろう」
「そんな……」
絶句する日々喜の事を他所に、スピオーネは考えをまとめる様にブツブツと独り言を呟き始めた。
「アトラスフィールドとは術者の幻影、アルテマの像……。……重ね合わせは像と像の重なり合い。即ち幻影が重なると言う事。……それを四度も……。……人の心が読めなければその様な事は……、あるいは比類する能力と考えるべきか……? ふむ、いかん、いかん」
スピオーネは邪な考えを振り払う様に自分の頭の上で手を振って見せた。そして、改めて日々喜に話をし始めた。
「良いか、長岐日々喜。ここから先は、踏み込んではならぬ場所を見極め、踏み留まる覚悟を決める事じゃ。仲間達にできて、お主にできぬ事、それは大きな疑心を生む。逆もまた然りじゃ」
スピオーネはそう言うと、日々喜の腰に携えるアトラスを指差した。
「身の上を偽る程度なら、それを腰にぶら下げているだけで事足りるはず。魔導への探求は諦める事じゃな」
日々喜は唇を噛み締めたまま黙っている。まるで、スピオーネから引導を渡されたかのように、それを不服に思っているかの様に俯いていた。
「勉強をして、理解できない事何てあるんでしょうか?」
「ふむ? ワシには分からぬが」
日々喜は顔を上げた。
「諦めなければ、僕にだって魔導を行使できるはずです」
日々喜の言葉をスピオーネは一笑に付した。青年の小さな反抗が、愉快で堪らなかった。そして同時に、不可能に近い事へ果敢に挑もうとするその姿が微笑ましくも思えた。
自分も魔導士。全てを犠牲にしてでも研究に打ち込みたい。そう考えた青春の日々を思い出す様な心地になるのだった。
「忠告はしたぞよ、長岐」
スピオーネはそう言うと、椅子の背もたれにもたれかかる様にして、ゆっくりと目を閉じて行った。
「戻って、良し……」
日々喜はスピオーネの言葉に従い、皆の議論へ参加して行った。
その日の晩は見習い達にとって長い夜となった。
終わった頃は深夜に近く、昨晩と同様に四人の見習い達は倒れる様に眠りに就いたのだった。
しかし、そのおかげで日々喜達は、翌日にはクレレ邸を出立する事ができた。
ロドビコとタッタリアの同乗する馬車に乗りアラニヤ領の境界までやって来ると、そこからは、タッタリア達と別れ馬車を降りひたすらに山道を登って行く。ここはクレレ商会が交易路として用いる山道であるが、元々はアラニヤ領の魔導士達が開拓した修練道であった。
交易が行われる夏から秋の終わり頃までを除けば、馬車などでの通行ははばかれる事になっていた。
もちろん、カフカ―ス山脈を徒歩で登ろうとする者に対して、制限をかける事は一切なかったのだが、行楽のシーズンを除けば、その山道を通ろうとする一般人は殆どおらず、旅をする魔導士や修練を行う者達等がたまに訪れる程度であった。
コウミはもちろん、山道や旅に慣れていた日々喜とキリアンは、サクサクと道を進んで行く。オレガノとリグラは、遅れだし始める。
「もう少しゆっくり行きましょう。リグラも私もヘトヘトよ」
日々喜達の後からオレガノが声を掛けた。先を行っていた日々喜は足を止め地図を開いた。
「日が暮れる前に峠を越えよう。麓に村が見えるはずだから、今日中にそこまで行きたいんだ」
地図を眺めながら日々喜はそう答えた。
そうして、峠に昇りきる日々喜達。それまで通っていた山道から一変して、見晴らしの利く場所へと出た。
青空との境界を成す様に雄大な稜線が横一杯に広がっている。そして、空を貫かんとするかのように、一際大きなエルプルス山の勇ましい姿が目に飛び込んで来た。
日々喜達は思わず感嘆の声を上げる。
それは、目の前に広がる雄大な光景を目の当たりにしたからだけではなかった。そこには、何とも言えない不自然な程の自然の造形が広がっていたのである。
目の前にそびえるエルプルス山、そこからぐるりと回り込むように左右に尾根が伸び、日々喜達の立つ峠の下まで連なっていたのである。
その為、目の前には丸く山に囲まれたカルデラの様な地形が広がっており、その鍋の底の様な場所には背の高い木々の生い茂る森が存在していたのだ。
よくよく見れば、自分達の立つ峠道は、その森の中へと続いていた。
日々喜は地図を改める。そして、麓らしき鍋の底辺りとを見比べ始めた。しかし、地図に書かれる村はそこから確認する事ができない。道の先にあるべき村は、森によって隠されているのだろうかと日々喜は思った。
気が付けば既に、日が暮れ始めている。
「今日は、ここで野宿だね」
日々喜は地図をしまい込みながら、見習い達に向けてそう言った。
日々喜達が、キャンプの準備を始める。こぞって集めた枯れ木が山の様に積み上げられた。
キリアン、リグラ、オレガノは、早くも作成した魔導の成果を試してみたくうずうずとしている様子だった。
「ほら、リグラ。早くやってみて」
「わ、私でいいんですか?」
オレガノに勧められ、何故か慌てるリグラ。
「皆、同じチャートだろ。誰がやったって変わんねえし」
そう言うキリアン。作成したチャートは、三つ複製を作り、それぞれのアトラスへと挿入したのだ。
「それにこういう時は、一番才能の無い奴が試すのさ」
ドギマギとしていたリグラに対し、キリアンが余計な一言を加えた。
「し、失礼な! そんな事言うなら、私はやりませんよ!」
「冗談だって、一々怒るなよ」
キリアンはニヤツキながらそう言うと、日々喜の方へ顔を向けた。
「日々喜。あんたがやってみるかい?」
日々喜は考える様に少し黙ると、ゆっくりと首を振った。
「オレガノに……」
「え!? あたし」
オレガノは自分を指差して日々喜に尋ねた。日々喜は頷いて答える。
「君の魔導が見たい」
オレガノは無邪気な笑顔を返した。
「いいわよ。良く見ていてね」
オレガノはそう言うと、枯れ木の山に向かって右手をかざした。
「アトラス」
オレガノの言葉に従う様に、腰に携えていたアトラスが浮かび上がり、自然にページを開いて行く。すると、地面には枯れ木の山を中心とした直径にして一メートル程の二重の円が描かれていった。
二重の円が十分な間隔に広がった時、その間隔を一匹の長い節足動物が、無数にある足を波打つ様に動かし這う様にして描かれて行った。
「蜈蚣(ごしょう)紋。リーブラ導師様の話していた通りだ」
アラニヤ領の特色、ムカデを描いた様な紋様が魔法陣に現れた。魔導の行使が成功した事を察して、リグラが喜んでそう言った。
すると、オレガノの展開する円陣の中に幾何学的な紋様が浮かび上がり、途端に円陣の中心から膝の高さくらいまでの炎が噴き出した。
「成功だな」
キリアンがそう言うと、リグラは飛び跳ねる様に喜び始めた。
「やったー! 上手く行った。やりましたよオレガノ、日々喜」
リグラは大げさに叫び声を上げると、そのままオレガノの事を抱きしめた。その拍子にオレガノは魔導の行使を止め、リグラの事を抱きしめ返し、お互いに喜び合い始めた。
初めての旅の中でできた一つの成功と、二日付の苦労が実ったのだから、それぐらいは普通の事かと、キリアンは二人の事を眺め溜息を着いた。
「綺麗な火だね」
魔導の炎に焼かれた枯れ木はその種火が消え去った後も悠々と燃え広がり始め、やがて、作り出した炎以上に大きく、そして温かく周りに居る日々喜達の事を照らし始めた。
「ああ、俺達が作ったのさ」
当然自分にもできた事だと、キリアンは満足気に応え、日々喜と同様に焚火の炎を眺め続けた。
どうやら、アラニヤ領での魔導は完璧にこなせる様だ。つまらないところで足止めを食う必要は無くなった。
少し離れた所から見習い達の様子を見ていたコウミはそう考える。
既に日が完全に落ち、焚火から少し離れた所は薄暗く、コウミの黒い体を暗闇中へと溶かし始めた。
コウミはそこから見えるカルデラの方へと視線を移した。山の影となり、すっぽり穴が開いてしまったかのように真っ暗となっていたが、そんな事は関係ないかのように、コウミは暗闇を眺め続けた。
「地形が変わってる……」
以前に、このカフカ―ス山脈を登った事のあるコウミには、その光景に思う所があったのだった。
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