4 / 5
英雄譚
しおりを挟む鳥のさえずりにぼんやりと目を開ける。今日学校休みだしもう少し…
「え」
目に飛び込んできたのは、高級そうな調度品に囲まれた広い部屋。
あー、そういえば昨日手違いで異世界に召喚されて小林くんの屋敷に居候することになったんだっけ。夢じゃなかったんだ…
コンコン
「タチバナ様、お着替えをお持ちしました。入ってもよろしいでしょうか」
「は、はい」
慌ててベッドから体を起こす。ドアを開けて入ってきたのは茶色い髪をみつあみでひとくくりにした侍女だった。
「当主様からタチバナ様のお世話を仰せつかまりました。アンナと申します」
「あ、よろしくお願いします」
「お召し物はこちらでよろしいでしょうか?」
アンナさんが見せてくれたのは空色のロングワンピースだった。裾がふんわりと広がった、上品でかわいらしいデザインになっている。
「はい、大丈夫です…」
すごくかわいいんだけど、生地の感じとかやっぱ高そうなんだよなぁ。汚さないか怖いな…
「今日は王宮でのお勉強があると聞いております。馬車を用意しておりますので、朝食を済ませた後、王宮に向かいます。よろしいでしょうか?」
「はい」
さっそく勉強か…大丈夫かな…
王様につけてもらった家庭教師の先生は、エリーという背の高い女性だった。切れ長の目に、利発そうな顔立ち、きっちりとした身だしなみから厳しそうな人かと少し身構えてしまったが、話してみるととても丁寧で優しい人だった。
「今日はこの国の歴史について勉強しましょう」
エリー先生が教材として持ってきてくれた本は「たのしいれきし」という小さい子供向けの教科書だった。
表紙にはデフォルメされたかわいらしい王様や騎士らしき人などが描かれており、最初のページには「れきしってなーに?」と大きい文字で書かれている。見る限り未就学児向けの教科書で勉強するのは少々複雑だけど、私はこの世界についてほとんど何も知らない。多分常識のなさだと5歳児にも負けるレベルだろう。
「勇者様も最初はこの教科書から学び始めたんですよ」
「小林くんが…?」
このかわいらしい絵と優しい表現で書かれた本をあの小林くんが真剣に読んでいるところを想像すると…なんだか笑える。
ページをパラパラとめくっていくと「ゆうしゃのぼうけん」と書かれた章が目についた。どうやら歴代勇者の魔王討伐の記録について書かれているようだ。
「勇者って他にもいたんですか!?」
「はい、数百年に一度魔王が復活するので、そのたびに勇者様が召喚されます」
知らなかった…魔王って復活するんだ…
「今日勉強する範囲は違いますが、もし興味があるなら、王宮の歴史家の方に聞いてみたらどうでしょうか?彼は勇者様たちと魔王討伐の戦略を立てる際の会議に何度も出席していましたから、詳しい話が聞けると思いますよ」
今日の勉強が終わった後、エリー先生の紹介で王宮の歴史専門家の人を紹介してもらえることになった。
オリバーさんというその歴史家の方は王立研究所の研究室にこもっていることが多いらしい。エリー先生に案内され研究室の前まで来たが、ノックをしても返事がない。
「残念ですけどまた今度にします」と言うと、先生は小さく首を横に振った。
「あの人も歳ですからね、耳が遠いんですよ」
ドンドンと力強くノックをし、「オリバーさん!お客様です!」と先生が声を張り上げる。
すると何かが崩れ落ちる音と共に扉が開いた。
「すみません、本に熱中していたもので…」
現れたのは初老の男性だった。白髪混じりの髪と伸び放題のひげ。服装もどこかくたびれていて、まさに「研究者」という風貌をしていた。外見にはまるで無頓着なようだが、メガネの奥の瞳は穏やかで、どこか優し気な雰囲気をまとっていた。
「エリー先生が私に何か用があるなんて珍しいですね」
「用があるのは私じゃなくて、この子です」
「…あなたは確か…」
オリバーさんが目を細め、私の顔を覗き込んだ。
「彼女は昨日異世界から召喚されたタチバナさんです」
「初めまして、橘美優です」
「あぁ!ユキト様の!」
「タチバナさんが歴代の勇者様について話が聞きたいとおっしゃっているので、時間があれば話をしてあげてください」
「もちろんですとも!歴代の勇者様についてですね!何から話せばよいか…どういったことに興味がありますかね!?」
目の色を変え饒舌に話し出すオリバーさんに、エリー先生は渋い顔をして大きく咳払いをした。
「まずは研究室に入れてあげたらどうですか?」
「そうでした。申し訳ありませんタチバナさん、エリー先生。汚い部屋ですがどうぞ中に…」
「いえ、私はこれで失礼させていただきます。くれぐれもタチバナさんに失礼のないようにお願いします」
「もちろんですとも」
オリバーさんの研究室は彼が言っていた通り、とてもきれいとはいいがたいほど煩雑としていた。本や書類などから意味不明な模様のオブジェやら謎の置物までそこかしこに転がっており、それらをよけながら進み、促されるまま部屋の真ん中のソファーに座った。
「いやー、勇者様のお話に興味を持って、わざわざ私のところまで足を運んでいただけるなんて光栄です」
すごく嬉しそうなところ申し訳ないが、今は正直勇者よりも、オリバーさんの横に鎮座している麦わら帽子をかぶった猫のような狸のようなよくわからない置物の方が気になっている。
「まずは先代の勇者様の話をしましょうか」
オリバーさんの話によると、先代の勇者は300年ほど前に召喚されたという。規律を重んじるとてもまじめな人だったらしい。魔王軍と戦いながら旅をして、魔王を倒した後は一緒に戦ってきた第三王女と結婚したとか。これぞ勇者という感じの私の思い描いていた通りの話だった。
他にも女性の勇者や、異世界人だけでなくこの世界の人が召喚されることもあるとか。勇者っていろんな人がいるんだな…
「異世界から召喚された勇者様の中には、こちらと同じく“魔法のある世界”から来た方もいるんですよ」
異世界から呼び出すんだから、いろいろな世界の人が召喚されるのも当然か。
「その時は魔王を倒すのに10年以上かかったと言われていますね」
「長いですね…相当苦戦したんでしょうか?」
「文献によれば、勇者が魔王を倒すには平均5年ほどの時間がかかるようなので確かに時間はかかっているんですが…苦戦していたというより、最初から長期戦前提の戦略をとっていたみたいです」
「長期戦前提…?」
「はい、はるか昔の話なので諸説多いのですが、その方は魔王城を城攻めしたと伝えられています」
「魔王城を!?」
「ええ。魔王城の周囲から魔力を枯渇させ、弱体化したところで、とどめを刺したと言われています。その勇者様は魔王を倒すため、極めて大規模な魔道具を自ら開発しました。今は“魔道具の父”と呼ばれいるくらい偉大な方なんですよ」
「すごいですね…」
魔王城を兵糧攻め…とんでもないな。
魔王討伐となると正面から戦うものだと思っていたけど、戦略によってはほとんど戦わずに倒すこともできるのか…この方法だったら時間がかかるのも納得だな。
そういえば、小林くん魔王を倒すのに2年かかったって言ってたけど…平均が5年だったらだいぶ早くない?
「今回の勇者達はどんな戦略をとったんですか?」
「ユキト様達のとった戦略は、先ほど話した勇者様とは真逆の、短期決戦型だったんです」
「短期決戦…やっぱり2年って早いんですね」
「早いなんてものじゃないですよ!2年というだけでも早いですが、実際にユキト様たちが旅に出て魔王を倒したのは、たったの一週間の間だったんです!」
「1週間…!?いくらなんでも早すぎませんか!?」
平均5年を1週間はさすがに無茶すぎる。一体何をしたらそうなるんだ。
思案している私の顔を見て、「驚きますよね」とオリバーさんは穏やかに笑った。
「通常、魔王討伐では勇者一行が旅をしながら魔王軍の力を削り、最終的に魔王に挑むという流れが主流です。しかし、ユキト様は魔王の存在魔族全体の力を底上げしていることに注目し、“最初に魔王を倒す”という逆転の発想をしたんです」
「最初に魔王を…すごいですね…でも、そんなにうまくいくものなんですか?」
「いえ、それだけなら、無謀だと止められたでしょう。しかし、彼らは最初に魔王を討つという無茶をやり遂げるため、2年もの間、王都で徹底的に訓練を積みながら作戦を練ったのです。その間に軍部は魔王軍の偵察と情報収集に専念し、準備が整った段階で国家の魔導士たちが極秘裏に設置した魔方陣を使って、たった4人で魔王城の周辺に潜入したのです!」
オリバーさんは興奮したように顔が上気し、身体が前のめりになっている。最後の方はほとんどまくしたてるような早口で、理解するのがやっとだった。
「な、なるほど、すごい効率的だったんですね」
ほんとにすごい。けど、なんていうか…想像していた勇者の冒険譚ってよりは暗殺者みたいだ。
「そうなんですよ!すごく革新的で…!できればこの戦略をマニュアル化したいくらいなのですが、残念ながら今回の勇者一行でなければ成立しない極めて難しい戦略でして」
「今回の勇者一行が特別優秀だったからできたということですか?」
「…そうですね…とても優秀です。特に判断力と覚悟が桁違いで…」
オリバーさんは少し悩むように言葉を濁した。
0
あなたにおすすめの小説
この世界に転生したらいろんな人に溺愛されちゃいました!
キムチ鍋
恋愛
前世は不慮の事故で死んだ(主人公)公爵令嬢ニコ・オリヴィアは最近前世の記憶を思い出す。
だが彼女は人生を楽しむことができなっかたので今世は幸せな人生を送ることを決意する。
「前世は不慮の事故で死んだのだから今世は楽しんで幸せな人生を送るぞ!」
そこからいろいろな人に愛されていく。
作者のキムチ鍋です!
不定期で投稿していきます‼️
19時投稿です‼️
主人公の義兄がヤンデレになるとか聞いてないんですけど!?
玉響なつめ
恋愛
暗殺者として生きるセレンはふとしたタイミングで前世を思い出す。
ここは自身が読んでいた小説と酷似した世界――そして自分はその小説の中で死亡する、ちょい役であることを思い出す。
これはいかんと一念発起、いっそのこと主人公側について保護してもらおう!と思い立つ。
そして物語がいい感じで進んだところで退職金をもらって夢の田舎暮らしを実現させるのだ!
そう意気込んでみたはいいものの、何故だかヒロインの義兄が上司になって以降、やたらとセレンを気にして――?
おかしいな、貴方はヒロインに一途なキャラでしょ!?
※小説家になろう・カクヨムにも掲載
転生したら悪役令嬢になりかけてました!〜まだ5歳だからやり直せる!〜
具なっしー
恋愛
5歳のベアトリーチェは、苦いピーマンを食べて気絶した拍子に、
前世の記憶を取り戻す。
前世は日本の女子学生。
家でも学校でも「空気を読む」ことばかりで、誰にも本音を言えず、
息苦しい毎日を過ごしていた。
ただ、本を読んでいるときだけは心が自由になれた――。
転生したこの世界は、女性が希少で、男性しか魔法を使えない世界。
女性は「守られるだけの存在」とされ、社会の中で特別に甘やかされている。
だがそのせいで、女性たちはみな我儘で傲慢になり、
横暴さを誇るのが「普通」だった。
けれどベアトリーチェは違う。
前世で身につけた「空気を読む力」と、
本を愛する静かな心を持っていた。
そんな彼女には二人の婚約者がいる。
――父違いの、血を分けた兄たち。
彼らは溺愛どころではなく、
「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。
ベアトリーチェは戸惑いながらも、
この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。
※表紙はAI画像です
わんこ系婚約者の大誤算
甘寧
恋愛
女にだらしないワンコ系婚約者と、そんな婚約者を傍で優しく見守る主人公のディアナ。
そんなある日…
「婚約破棄して他の男と婚約!?」
そんな噂が飛び交い、優男の婚約者が豹変。冷たい眼差しで愛する人を見つめ、嫉妬し執着する。
その姿にディアナはゾクゾクしながら頬を染める。
小型犬から猛犬へ矯正完了!?
最高魔導師の重すぎる愛の結末
甘寧
恋愛
私、ステフィ・フェルスターの仕事は街の中央にある魔術協会の事務員。
いつもの様に出勤すると、私の席がなかった。
呆然とする私に上司であるジンドルフに尋ねると私は昇進し自分の直属の部下になったと言う。
このジンドルフと言う男は、結婚したい男不動のNO.1。
銀色の長髪を後ろに縛り、黒のローブを纏ったその男は微笑むだけで女性を虜にするほど色気がある。
ジンドルフに会いたいが為に、用もないのに魔術協会に来る女性多数。
でも、皆は気づいて無いみたいだけど、あの男、なんか闇を秘めている気がする……
その感は残念ならが当たることになる。
何十年にも渡りストーカーしていた最高魔導師と捕まってしまった可哀想な部下のお話。
【完結】異世界転移した私、なぜか全員に溺愛されています!?
きゅちゃん
恋愛
残業続きのOL・佐藤美月(22歳)が突然異世界アルカディア王国に転移。彼女が持つ稀少な「癒しの魔力」により「聖女」として迎えられる。優しく知的な宮廷魔術師アルト、粗野だが誠実な護衛騎士カイル、クールな王子レオン、最初は敵視する女騎士エリアらが、美月の純粋さと癒しの力に次々と心を奪われていく。王国の危機を救いながら、美月は想像を絶する溺愛を受けることに。果たして美月は元の世界に帰るのか、それとも新たな愛を見つけるのか――。
幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない
ラム猫
恋愛
幼い頃に、セリフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セリフィアはそれを喜んで受け入れた。
その後、十年以上彼と再会することはなかった。
三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セリフィアはその場を離れた。
しかし治療師として働いているセリフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。
それどころか、シルヴァードはセリフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。
「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」
「お願い、セリフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」
※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。
※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
美醜逆転世界でお姫様は超絶美形な従者に目を付ける
朝比奈
恋愛
ある世界に『ティーラン』と言う、まだ、歴史の浅い小さな王国がありました。『ティーラン王国』には、王子様とお姫様がいました。
お姫様の名前はアリス・ラメ・ティーラン
絶世の美女を母に持つ、母親にの美しいお姫様でした。彼女は小国の姫でありながら多くの国の王子様や貴族様から求婚を受けていました。けれども、彼女は20歳になった今、婚約者もいない。浮いた話一つ無い、お姫様でした。
「ねぇ、ルイ。 私と駆け落ちしましょう?」
「えっ!? ええぇぇえええ!!!」
この話はそんなお姫様と従者である─ ルイ・ブリースの恋のお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる