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第三十話 ダンジョン第二層/淫魔のフロア

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 ヴィオラが第二層への転移陣を設置し、それを使って飛んだ先は第一層と同じ構造の空間だった。

 「とりあえずベースとしてコピーしただけで、これからキャストたちの意見を取り入れて変化させていくからね」
 「第二層の魔物はどうするんだ? たしか妖魔族がやるって言ってたよな?」
 「うん、妖魔城とここをリンクさせた。基本的にはここのキャストは妖魔城にいる者が持ち回りで引きうける形になる」
 「へえ、それじゃ、今頃妖魔城には淫魔やら夢魔やらが集まってきてるんだ?」
 「だといいんだけどね」
 ヴィオラが微苦笑を浮かべる。

 「……淫魔たち、いる?」
 洞窟に向かって呼び掛けると、すぐに何もないところに大勢の人が空中に滲み出すように姿を現した。
 全部でぱっと見、十五人くらいいそうだ。男女は半々くらい、いや、女性の方が多いかな?

 ヴィオラは満足そうな笑みを浮かべた。
 「ああ、よかった、みんなこのダンジョンに協力してくれるんだね」
 「はい! あの、自制を解除してもいいと伺ったのですが、本当ですか?」
 「うん、いいよ! ここは娼館じゃないからね。それを思い知らせるために、ちょっとやり過ぎるくらいにやっちゃっていいよ!」
 ヴィオラが凄いイイ顔で笑って言うと、キャーというサキュバスの黄色い声とウォーというインキュバスの太い声が重なった。

 「……なんかきな臭い話をしてるっぽいんだけど、どういうこと?」
 「ん? ほら、レイチ、出逢った頃に僕に言ったでしょ? 淫魔に枯れるまで搾り取られるわけにはいかないって」
 「言ったな」
 「普通は淫魔たちも自制していて、そこまでやっちゃうことってないんだよ。相手する人間がいなくなると困るから」
 「あ、じゃ、特に拒まなくても問題無かったってことか?」
 「いや、レイチはあれで正解。あの時の僕は本当に飢えていて自制のタガが壊れちゃってたから、放っておくと本当に枯らしてしまっていたかもしれない」
 「……ひ」
 「魔王種で成長のための魔力を特に欲してたっていうのもあるしね」

 俺はあの時の俺に力いっぱい『グッジョブ!』と言ってやりたい気がした。
 マジで命の瀬戸際だったんだな。

 「あの時のレイチの対応は、今後淫魔の魔王種が生存していくためのロールモデルになると思うよ」
 ヴィオラが微笑んだ。

 淫魔の魔王種は、人間の淫気を欲する淫魔のさがと孤高であらんとする魔王のさががぶつかり合った結果、必要な淫気を摂取できず飢えて消滅するって話だった。
 けど、もう一つの理由として、多量の魔力を欲する余りに、やっと適合した相手を一気に吸い尽くしてしまう、というのもあるのかもしれない。

 「淫魔の自制解除ってのはつまり……」
 「枯れるまで吸い尽くしてもオッケー! ってこと」
 ヴィオラの笑顔がキラキラしてて、怖い。

 あれ? ここ、淫魔のフロアだよね? 夢魔のフロアだっけ?

 淫魔が夢魔の一種だってこと、よくわかったよ。行き過ぎたエロは悪夢でしかないわ。

 「ここのダンジョンは死なないからね!多少やり過ぎても問題無いわけだから、普段我慢してる欲求を思いのままに解放してもらおうというわけなんだ」

 そのヴィオラの台詞を受けて淫魔たちが補足するように言う。
 「本当は、もう出ないって言ってる相手から絞り出すの大好きなんです! でもやり過ぎると死んじゃうから我慢してたんですけど、ここだったら好きなだけやっていいんですね!」
 「ぐったりして意識朦朧となってるヤツを快感で叩き起こすの、最高なんだよな!」

 ……ひいぃ! ドS様の集まりですか?!

 俺、関係者で良かったぁ。知らずにアタックしてたら、マジで後悔してるところだった。

 っつーか、俺は多分一生第一層から出られないと思う。《誘惑》をかけてくる犬なんて、強敵過ぎる。

 ……ところでさぁ。
 「二階がもう、淫魔のフロアなのか?」
 「ん? なんかマズい?」
 「いや、なんつーか、いきなりディープなとこ行っちゃうんだな、と思って」
 「でもさ、考えようによっては、この配置なら二階までは軽く楽しんでもらえると思うんだよね」
 「軽く……?」
 「ほら、この後って夢魔のフロアに妖魔のフロアでしょ? ひたすら選りすぐりの悪夢を実体験させられたり、仲間と裏切りあいやらされてメンタル削られて、みたいなのが待ってるし、やっぱり淫魔のフロアはここが一番だと思うんだ」
 ヴィオラがニッコリと笑って言う。

 ……つまり、このダンジョンって、ひたすら精神攻撃食らわされるダンジョンなのか。えげつなッ!

 「第一層と第二層は時間制限を設けるつもりなんだ。第一層も守護者以外は極力精神攻撃をメインで仕掛けるように指示してるからね。時間制限しないとずーっと犬たちと戯れ続けられたり、淫魔たちと遊び過ぎて廃人になられたりしそうだから」

 俺、今すぐ冒険者ギルドに行って大声で言ってやりたいよ。ナルファの新ダンジョンは気をつけろ! 第二層以下はマジで地獄だぞ! って。

 第一層で犬と戯れて子犬を一匹テイムして帰ってくるのが、一番正しいんだろうな。 

 「時間を超えるとどうなるんだ?」
 「魔力と体力をそれぞれ半分貰って入口に転移だね」
 「……まあ、優しいな」
 「でしょ? これ時間制限してるから半分で済むけど、無ければどっちか使い果たすまで滞在されちゃうし」
 「体力使い果たしたら死ぬだろ」
 「本当に使い果たしたら、ね。その前に気絶するから死ぬことはないだろうけど」

 俺は天を仰いだ。
 「通い詰めるヤツ現れそうだな~。特に第二層」
 通い詰めそうなヤツ、何人か心当たりあるわ。

 「どうかなぁ。淫魔とそんなに遊んだら多分暫くの間役立たずになると思うし、時間残り十分切ったら輪姦モードに突入して、男性であってもサキュバスとしてる後ろからインキュバスにガンガン突かれちゃうみたいなことになるから、二度と来ようと思わないかも」

 ……ひいぃ!!
 怖いよー怖いよー、淫魔怖いー!!

 「いや、これ、救済措置でもあるんだよ?自制解除状態の淫魔が相手だと《治癒力向上》で回復する以上に体力も魔力も絞られてしまうから、その時間になると多分もう限界を迎えてるはずなんだ。そこで自制解除してないインキュバスが参戦して魔法をかけてあげるというとても優しい心配りなんだけど、わかってもらえないかなぁ?」

 「こうやって説明されればわかるけど、知らなきゃただの悪夢だな……」

 「それにもう一つの救済措置として、リタイア宣言したら即座に入口まで転移させるつもりではいるから、そんなに深刻なトラウマ抱えることにはならないと思うけど」
 ああ、お化け屋敷でよくあるシステムだな。

 「女の子なんかは、恐怖で言葉にできない可能性もあるんじゃないか?」
 「口に出さなくても、強く思うだけで有効だよ」

 そうか。人の精神に潜る夢魔系の魔物だから、それが可能なのか。

 「レイチも一度アタックしてみる? あ、でもレイチには淫魔たち誰も手を出せないから、素通りになっちゃうね」

 ヴィオラの言葉に思わずホッと胸を撫で下ろす。

 「ああ、それじゃあ、レイチには特別に僕がキャストとしてもてなしてあげるよ!」
 「いや、いい! マジでいいから! 俺はこっちのダンジョンにアタックするつもりないから!!」
 「はい、淫魔のみんな、一旦撤収~」
 「ヴィオラぁ~!!」

 俺の声は虚しく虚空を打った。



 ヴィオラがパチンと指を慣らすと、辺りの景色は薄暗い洞窟から一変して、妖魔城の豪華な寝室に変わった。

 「さ、レイチ。……しよ?」

 小首を傾げて誘うヴィオラは、既に可愛い少年になっていて。

 ああ、そうか。
 この姿のヴィオラ、誰かに似てるとずっと思ってたんだ。思い出した。
 “ベニスに死す”の美少年だ。名前、なんだっけ?

 「いや、これダンジョンだろ? で、お前は冒険者を迎える魔物だろ? ってことはしちゃったらクリアできないんじゃないか?」

 「ふふ。淫魔のダンジョンだよ? 拒絶し通したらクリアなんて、そんな簡単なわけないじゃない」
 クスクスと少年ヴィオラが笑う。

 「ここは守護者はいないよ。相手のキャストが守護者を兼ねてる。クリア条件は、第三層への転移陣を見つけること」
 「じゃ、尚更してる場合じゃないよな?」
 「そうかな? 淫魔じゃないと絶対に作動させられない転移陣かもしれない。誘いに乗らないでひたすら家捜ししてるような人間に、協力するわけはないよねぇ?」
 「……そういうことか」
 思わず唸った。
 ヴィオラがフフッと笑う。

 「つまり、ここをクリアするには、転移陣を見つけ、かつ淫魔を満足させなければいけないわけか」
 「そう。その上で、自分は溺れずに理性を保っていないといけない。淫魔は夢中になったら約束なんて忘れちゃうからね。事後にそっちから『転移陣を作動して』ってお願いしないといけないんだ」
 「……激ムズじゃねぇか」
 「でしょー? そんな簡単にクリアされたら困るからね!」

 「ちなみに、パーティで来たらどうなるんだ?」
 「それぞれに一人キャストがつくよ。基本的にはこのフロアは一人ずつでしか参加できない。パーティでも関係なく、条件を満たした人だけが次のフロアへ飛ぶ」
 「なかなか厳しいんだな……」
 思わず溜め息をついた。

 「一人が淫魔の相手をしてもう一人が転移陣探しってわけにはいかないんだよね。……それに、転移陣が物理で存在してるとは限らない」
 「……え?」
 「レイチだからここまで教えたんだよ。この先はちゃんとしてくれないと教えない!」

 ボフッと音がする勢いでヴィオラは胸に抱きついてきた。
 瞳を潤ませて俺を見つめ、掠れた声で囁く。
 「……ね、レイチ。しよ?」

 ──物理じゃない転移陣。

 そんなの、行為しながら考えるなんて、できるわけねえじゃん!!
 もういいよ! 俺、一生このフロア、クリアできねえ!



 ま、案の定、事後に転移陣のことなんて覚えてる余裕はなかったわけで。

 散々溺れて貪って、結局意識を無くしたわけで。

 つまり、第二層の対淫魔戦は、俺の惨敗だ。

 目覚めてもまだベッドにいたのは、キャストがヴィオラで相手が俺だから、という特別扱いだったのだろう。
 多分本来なら、入口に飛ばされてたはずだ。

 もういい。腕の中に至高の美少年を抱いてフカフカベッドで目覚める幸福感を味わえるなら、一生クリアしなくていい。

 「ね、レイチ。わかった?」
 目覚めた俺にチュウと濃いめのキスをしながらヴィオラが囁く。

 「わかんね。ってか、考えてる余裕なんてあるわけねえだろ」
 「だよねー」
 ヴィオラがクスクス笑う。

 「ね、レイチ、言ってみて。『第三層への転移陣を作動して』って」
 「ん? 言えばいいのか?」
 俺は言われた通りに繰り返した。

 その瞬間。
 俺とヴィオラは白い光に包まれ、気がつくとまた薄暗い洞窟に立っていた。きちんと服は身に着けている。

 「……ここは」
 「第三層」
 「夢だったのか?」
 「夢でもあるし、現実でもある。ここは夢空間内だからね」
 「そうか。物理じゃない転移陣って……」
 「淫魔そのもの」
 「……そういうことか」
 軽い溜め息をついた。

 つまり第二層をクリアする鍵は、淫魔の心を掴むことなんだな。

 「なかなか深いな」
 「でしょ?」
 ヴィオラが得意気に微笑む。

 ──と、一気にヴィオラの身長が伸びた。

 「なんだ、もう戻っちまうのか」
 「第三層を作らないといけないからね。レイチの魔力をたくさんもらったから、コンディションは最高だよ」
 「なら、良かったよ」

 さあ、悪夢のフロアか。
 選りすぐりの悪夢を実体験って言ってたな。

 やだな。俺、犬たちのとこ帰りたいわ。
 軽い溜め息がこぼれた。
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