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第四十二話 光の竜の忠告

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 魔力の都合上《飛行》の魔法は持ってても、こうして空の旅をするなんてことはとても出来なかった。
 魔力を馬鹿食いするんだ。一メートルごとに魔力を垂れ流していくような調子だから、短距離しか使えない。

 対して《空中歩行》ってのは殆ど魔力を消費しないらしい。但し、使えるのは基本、四足獣のみなのだそうだ。
 脚に風の精霊を纏わせて飛ぶらしいが、二足だと支えきれないのだという。
 まあ、その理屈だと這い這いであれば使えるということになるが、見た目と移動速度の点で難が有りすぎ、試そうという気にもならないのだろう。

 竜の島は空を飛ぶもの以外は立ち入れないという。
 そこは竜の聖地であり、いきなり転移で踏み入ることをすれば竜を怒らせる。他人の家の庭に転移して侵入するのと同意と考えれば、怒るのも理解できる。

 そんなわけで、ヴィオラが化身した巨狼の背に俺が跨がって移動するのが一番楽で安全、かつ省エネになるためにこういう形での訪問になったのだろう。
 ただ、あえてヴィオラがこの巨狼形態をとったのは、恐らく以前ここを訪ねたときに俺を留守番させた埋め合わせの意味もあるのではないだろうか。

 歩けば数時間はかかる距離をひとっ飛びで超えるのを見ると、そのスキルが羨ましくなってしまうが。

 いいんだ。俺はこうしてヴィオラかシルキオンに乗せてもらうさ。

 眼下を飛び去ってゆく景色を眺めながら、そんなことをとりとめもなく考える。

 緑の砂漠ファーティル・デザートを超え、海に出るとすぐに目指す竜の島が見えてくる。

 樹木の類いは殆ど無く、切り立った崖と鋭く尖った岩山で構成された小さな島だ。
 小さいが高さはかなりのもので、ぱっと見、生け花で使う剣山のようにも見える。

 その剣山の中央付近に深い窪みがあり、どうやらそこが竜の谷のようだった。

 軽快な足取りで近付いて行ったヴィオラは窪みの手前で一旦足を止める。

 はたして、期待通りにかの御仁は俺たちを待ちかまえていた。

 「よく来られた、妖魔王」
 以前ヴィオラに夢で共有させられた記憶の通りの堂々たる美丈夫が、剣山の天辺に器用に立っていた。

 「こんにちは、光の竜。今日は不躾なお願いをしに参りました」
 「そなたが仕置きをした風の竜に会いに来たのではないのか」
 「会えるものなら会いたいですが、宜しいのですか?」
 「ああ、妖魔王なら問題はない。同行者共々に、来られるが良い」
 そう言って美丈夫は窪みの中へと身を躍らせると夢で見せられたのと同じ、真珠色の美しい竜身に変じてそのまま奥へと先導するように底の方へ降りて行った。
 ヴィオラもそれを追って穴の底へ降りて行く。

 うん。わかってたけど、完全に俺、オマケだね!

 ヴィオラはそのまま光の竜の後に続いて谷の底へ降りて行った。

 先に光の竜が人身に転じつつ谷の底に降り立ち、続いてヴィオラが狼形態のままそこへ降りる。俺が背から飛び降りるのを待ってヴィオラも人身へと転じた。

 俺はぐるりと辺りを見回す。

 ここが、竜の谷。竜たちが卵を産みに訪れる聖地。
 貴重な竜の卵を守る天然の要塞。

 切り立った赤い岩肌に囲まれた穴の底はサラサラの砂が埋め尽くしていて、どういう仕組みなのか陽光が光の帯となって穴の底に絶え間なく降り注いでいる。
 その光をいっぱいに受けて輝くのは、数個の白い球体──竜の卵だ。

 その数個のうち、明らかに異質な卵が一つあった。
 虹色に光る一際美しい卵。これが、ヴィオラとシルキオンがやっつけたワイバーンなのだろう。
 夢で見たよりも更に美しい光を内包しているようで、見ただけで膝を折りたくなる。

 「よく育っているであろう?」
 人身に戻った光の竜がちょっと得意げに言う。

 「これは見違えましたね。邪気が一掃されたようだ」
 「そなたの対応のお陰で記憶も保っているようだ。礼を言いたがっていたぞ」
 「ほう、もう話せるのですか」
 ヴィオラも巨狼から人身に戻り、光の竜に促されて卵の方へ歩み寄る。

 虹色の卵がそれに反応してふるふると揺れ出した。

 「孵化までにはまだ多少の時間が必要だが、自我があるから成長も自分でコントロールできる。ほかの卵よりも早くに孵るであろうな」

 光の竜は卵の傍らに膝をつくと、虹色の卵に触れ、それから全ての卵に順に触れていった。

 ヴィオラがそちらへ歩み寄り、光の竜に尋ねる。
 「触れても?」
 「構わぬぞ」
 光の竜は無造作に虹色の卵を両手で持ち上げると、ヒョイとヴィオラに手渡した。

 なんだか、生まれたての我が子に会いに来た父親に医師が新生児を渡す図を連想した。

 ヴィオラが念話の回路を開く。

 『来てくれたのですね、妖魔王』
 『ああ、光の竜に頼み事があってね。ついでで申し訳ないけど……もう話せるようになってるとは思わなかったものでね』
 『いえ、構いません。あなたのお陰で邪気を払えました。正直、もう自分ではどうしようもない状態でした。あのままならいずれは人間に討伐されて、魔石を取られていたでしょう。そうすればもう二度と再生は叶わなかったでしょうから、本当に感謝しています』
 『邪気に汚染させられたきっかけに心当たりはある?』
 『……一度、幽鬼に絡まれたことがありました。退けたのですが、それ以降から変わったように思うので、恐らくはあの幽鬼が原因かと……』
 『……また、幽鬼か』
 ヴィオラがぽつりと呟きを漏らす。
 『取り憑かれたわけではないんだよね?』
 『はい、退けました。ですが、毒を残して行ったようです』
 『幽鬼の毒か。ワイバーンとは言え竜を汚染するほどの毒を撒くとは、ちょっと厄介だな』
 『もしや、あの幽鬼が問題を?』
 『わからないけど、もしかするとそいつが僕らの敵対者の可能性がある』
 『ふむ……わかりました。私もお手伝いできるように、成長を急ぎます。妖魔王様、どうか私をあなたの陣営に加えて下さい』
 『そうだね、待ってるよ』
 ヴィオラは微笑んで卵を優しく撫でてやると、再び光の竜の手に戻した。

 光の竜は卵をそっと元の場所に戻してやると、ヴィオラに向き直った。

 「こちらを訪れた本来の用件を伺おうか」
 「ええ……厚かましいお願いかとは存じますが、出来ればあなたの鱗を二三枚頂けないかと思いまして」
 「鱗?……それは構わぬが、一体何に使われるのだ?」
 「今、海の向こうの森で魔力不足が問題になっていて、一部の魔草が力を無くしてるんです。そのために人間が使う薬が不足しつつあるので、その代用薬を作るための材料としてして頂きたいと」
 「ふむ。人間たちのため、か」
 光の竜はそう言ってヴィオラを見つめる。

 「鱗を提供するのは良いのだが。妖魔王、人間にあまり深く関わりすぎないほうが良いぞ。余計な忠告と思われるだろうが」
 ずっと俺を空気として扱っていた光の竜がそこで初めてこちらに目を向けた。

 「辛辣なことを言うと思われようが、人間の問題は人間に解決させるべきだ。こちらが手を出せば、あやつらはすぐに寄りかかってくる。自分で解決できることもこちらに頼ってやらせようとしてくるようになる。
 それを断れば今度は悪し様に罵り、我らを邪悪な魔物扱いしてくる。
 その者個人に手を貸すのは良いが、人間たちに利用されないように気をつけたほうが良いぞ、妖魔王」

 その言葉にヴィオラは苦笑して言った。
 「ご忠言痛み入ります。今回の魔力不足は精霊王からの依頼もあったので僕が動いていますが、お言葉を心に留めて深く関わりすぎないように気をつけます」
 「そうするが良い。間違えれば、妖魔族全てが人類の敵にされる恐れがある」
 言いながら、光の竜は衣の袖を捲って肘から先のみを竜化させると、そこから三枚の鱗を引き抜き、
 「このような形で手を貸すのは今回限りだ。妖魔族が今後も人間との関わりを密にしてゆくなら、竜は妖魔族とは距離を置かせてもらう」
 そう言いながら引き抜いた鱗をヴィオラに手渡した。

 「心得ました。ご協力に感謝します」
 ヴィオラは受け取った鱗を握りしめ、苦笑混じりの笑みを浮かべて答えた。

 俺らは光の竜と別れ、竜の島を後にした。
 「光の竜が人間に対してああいった考え方を持っているのは意外だったな」
 空を駆けながら、ヴィオラがぽつりと漏らす。

 「自分が人間だからこそ思うんだけど、光の竜の言うことは正しいよ。人間は個人ならうまく付き合えても、集団になるととたんに面倒くさくなる」
 「まあ実を言うと、僕もそろそろ妖魔城に戻れって言われてるんだよね」
 「そっか……」
 ヴィオラの言葉に頷いた。

 そうだろうな。
 最近、妖魔城に戻ると忙しそうだし。

 そもそも、魔王が俺なんかの従魔の立場に甘んじてるのがやっぱりおかしいんだよ。

 ……そろそろ、潮時かな。

 俺の方から切り出してやった方がいいのかもしれない。

 そんなことを考えていた。
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