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第五十二話 妖魔王様はご機嫌ななめ

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 ネロが倒された後、ジェットとノアールも相ついで倒された。
 あれだけ黒狼に粘着されつつその攻撃をいなし、最終的には倒したのだから、やはりハーヴィーは強い。

 ジェスもかなり頑張って注意を引きつけようとしていたけど、二頭が……と言うより、ジェットがより強いハーヴィーに粘着したためにノアールもジェットと共にハーヴィーにまとわりつくことになり、ハーヴィーへの同士討ちを警戒して飛び道具が主武器のジェスはなかなか手が出せず、結局、牽制程度の攻撃しかできなかったと後で悔しそうにしていた。

 黒狼を退けたハーヴィーたちだったが、重い沈黙が続く。

 『まさか、黒狼ブラックウルフなんぞにやられるとはな』
 ハーヴィーの重い声が聞こえ、ジェスのものらしき溜め息が続く。
 『あのチビ、明らかに狙って俺らの目を欺いたよな?』
 『……ああ』
 『今思うと、デカいほうの二頭もあえて俺らの目線を引きつけてた感あるし……まったく、ケダモノの分際で連携プレーとか、ここの魔物は揃いも揃ってとんでもねえのばかりだな』
 ジェスが頑張って喋っているけど、重い空気を変えるには至らない。

 「このままだと、おじさんたち帰っちゃいそうだね。……仕方ないな」
 ヴィオがそう言うと、黒い羽の蝶の妖精を召還し、メッセージを託してダンジョン内に飛ばす。

 『ん、なんか来たぞ?』
 『……妖精?! まさか、これも敵か?』
 チャキッと剣の鞘が鳴る音が伝わってくる。

 「ハーヴィーぃ、斬っちゃダメだよー!」
 意外な反応にヴィオが焦りの色を浮かべる。
 「なんか落ち込んだあまり、手当たり次第斬りそうな勢いだな」
 二人して冷や冷やしながら様子を聞いていると。

 『何よ、せっかくおじさんたちにいいメッセージ持ってきたのに! 斬るんだったらあたしこのまま帰るよ!』
 怒った妖精の声がする。伝言だけじゃなくて、自分の言葉もちゃんと言うんだな。

 『いいメッセージ? そうか、悪い。聞かせてくれ。俺もちょっと、予想外で不甲斐ない結果に、取り乱していたようだ』
 そう言ってハーヴィーがハァ、と溜め息をついた。

 『ねえ、おじさんたち忘れてない? 言ったよね、ここは死なないダンジョンだって。ちゃんと回復薬も買って持って行ってるでしょ? いつまでもそこでモタモタしてると、黒狼たち生き返っちゃうよ?』

 数秒の沈黙。
 そして。

 『回復薬? まさか、この状態から薬で蘇生できるのか……?』
 ごそごそと物音がする。続いてポンと薬瓶の蓋を開いたらしい音。
 そして。

 『…………傷が、塞がっていく!』
 『マジで、生きてたのか……』

 そう言って二人が絶句する。

 『じゃ、このおじさんはゲームオーバーだから外に連れて行くね! 二人は今日は特別に、隠しダンジョンに案内しちゃう! 次からは自力で解放条件を見つけて行かないとダメだよ?』

 そして、第一層から妖精と共にキールが帰還した。

 第二層に案内されたハーヴィーとジェスが、魂が抜けたような顔で帰還したのは、さらに一時間余り経った後のことだった。

 「どうだった?!」
 ヴィオが好奇心丸出しの顔で尋ねる。

 「どうだったもなにも……アレはマズいだろ」
 ハーヴィーが苦虫を噛み潰したような顔で唸ると、ジェスも何かを振り払おうとするかのように、ふるふると首を振りつつ言う。
 「前代未聞だよ、あんなダンジョンは……」

 そして、そこでようやく傍らのテーブルでノームのシチューを食べているキールに気付いて、慌てて駆け寄る。

 「キール! 体は大丈夫なのか?」
 「ああ。なんか、悪い夢を見たみたいだ。気がついたらそこのベッドに寝かされていたんだ」
 そう言って、部屋の隅の寝台を指差す。

 二人がそちらに目をやって、呟いた。
 「あのベッドは何のためにあるんだと思ったが、このためだったのか……」
 「そのようだな」
 キールが苦笑する。
 「まさか俺が最初に使うことになるとは思わなかったが」

 「で、どう? 低ランク冒険者の制限解除されるの?」
 ヴィオが散歩待ちの小型犬みたいな顔でおっさんたちに尋ねる。
 おっさんたちは顔を見合わせてむーと唸り、「死なないダンジョンだってのはよくわかったが、推奨ランクは要検討だな。当面、パーティでD、ソロではC以上だ。それ以下は、禁止はしないが自己責任だな」
 「自己責任! なら、入っていいんだね!」
 ヴィオが喜色満面の笑みを浮かべる。

 「まあ、死なないってのはわかったからな」
 ハーヴィーの言葉にジェスが頷いている。 
 「ただ、何度もしたい経験ではないぞ。死なないだけで、痛みは普通に感じるからな」
 一度死んだキールはその時のことを思い出したのか、顔をしかめた。

 「まあ、あまりに無茶なアタックを繰り返す人がいたら、対策を考えるよ。死なないって言っても身体への負担はあるからね」
 苦情混じりに言うヴィオ。
 このコメントは完全に主催者サイドだな。魔王バレするぞ?

 おっさんたちは「そっか」と頷くのみでさらりと流してくれた。何か言いたげにニヤリとしてはいたけど。

 「じゃあな、ヴィオ、レイチ。たまにはギルドに顔出せよ」
 ハーヴィーが節々を伸ばしながら言う。

 「さぁて、ナルファ帰って一杯やるかぁ~」
 「久しぶりのダンジョンで疲れたな~」
 そんなことを言いつつ、おっさんたちはダンジョンを後にした。

 「なあ、俺が離脱したあと何かあったのか?」
 「ああ、それはまた、後で……」
 「それは、後で酒でも飲みながら話そう。酒抜きじゃ話せねえよ、あんなの……」

 遠ざかる背中から、そんな声が聞こえてきた。



 「ただいま~! あ、スラサン! 会いたかったよー!」
 妖魔城に戻ると、俺はエントランスホールまで出迎えてくれたヴィオラの肩にスラサンが居るのを見て、思わず手を伸ばした。

 今日はずっとスラサンと念話で繋がってる状態だったけど、それだと逆に本人の不在を強く意識するんだよな。話せば話すほどスラサンのポヨポヨボディが恋しくて、姿を見た瞬間スラサンをポヨポヨしたい衝動に負けた。

 ヴァスはヴィオラのペットで、基本的に俺には懐いてないし。奴にとっての俺はエサでしかない。
 その証拠に、ヴァスはヴィオが姿を消している時には一緒に消える。恐らく、夢空間に一緒に収納されてるんだろうと思う。

 スラサンに向かって伸ばした手は、ポヨポヨボディに届く前に、虹色に光る爪に飾られた大きな手に掴み取られた。

 「レイチ、ひょっとして、僕のこと煽ってる?」
 そう言って、ぐいと片手で顎を掴まれ、仰向かされる。

 その顔は笑顔だけど笑ってない、モナリザばりのアルカイックスマイルで。
 魔王の微笑みだ。やべえ、調子に乗った。

 「煽ってないです。すみません」
 一応神妙に謝って見せる。
 「でも、さっきまで一緒に居たと思って……」
 「それは淫魔のヴィオでしょ? 彼は僕とは切り離した別個の存在だからね。ああ、それを知りたくてわざと煽ったのかな?」
 「いえ、煽ってないです。ほんとにすみません」
 「遠慮することないよ。じゃあ、ブラウニー、食事は後にするから、その前に寝室を整えてきて」
 そう言うとヴィオラはヒョイと俺を横抱きに抱え上げる。体重なんて存在しないみたいに軽々と。

 「ゴメン、ヴィオラ、俺、腹減ってるから、先にメシ食いたい! もう腹ペコで死にそう!」
 「なら、僕の魔力を飲むといいよ」
 「進化しちまうじゃねえか!」
 「いいじゃん。進化して僕の眷属になっちゃえばいいんだよ」
 ヴィオラの歩みは止まらない。

 ブラウニーはさっきの指示であっという間に姿を消してるから、多分もう寝室は完璧にベッドメイクされてるだろう。
 「ごめんなさい、腹減った! 魔力じゃなくて肉食いたい!」
 必死に懇願したら、ようやくヴィオラの足が止まった。

 「……レイチ、僕の眷属になるのは嫌?」
 あ。やべえ。マジな顔だ。

 「嫌って言うか、人間じゃなくなるって聞くと、怖いよ。ずっととは言わないけど、もうちょっと時間がほしい」
 だから俺も、ちゃんと真面目に答えた。

 ヴィオラが望むなら、いつかはそれを受け入れる気はある。でも、それは今じゃない方がいい。

 「……わかったよ。僕も大人げなかった。いいよ、食事にしよう。──ブラウニー、悪い。やっぱり先に食事の用意を」
 素早く現れた猫背の小人は、再びあっという間に姿を消した。

 ブラウニーの姿が消えるとヴィオラはそのまま食堂に足を向ける。

 「あの、ヴィオラ、そろそろ下ろしてほしいんだけど」
 「いいよ、このまま行こうよ。スラサン触らせてあげるから」
 ヴィオラの言葉で、その肩からスラサンが滑り降りてきた。
 仰向けで抱かれている俺の胸の上にちょこんと収まった姿は、たまらなく愛らしい。

 そのポヨポヨの感触を堪能しつつ、スライムを抱かされて姫抱っこで運ばれる俺の姿は、端から見たらどう映るのだろうと思うと、いたたまれない気分になる。

 「……うう、スラサン」
 「ああ、マスター、“ステータスボード”の準備ができておりますので、食事の後に転送いたします」
 恥ずかしくて思わずポヨポヨボディをキュッと抱き込むと、スラサンが触手状に伸ばした手で俺の頬を撫でてくれた。慰めてくれているらしい。本当に空気の読めるスライムだ。

 「ステータスボード、見たい」
 「楽しみにしていてください」
 胸の上のわらび餅がポヨンと揺れる。
 ……はあ、癒される。

 結局そのまま食卓まで運ばれてしまい、椅子に座らされるまでヴィオラの手でされてしまった。
 まるで赤ん坊扱いだ。
 ヴィオラより先にスラサンに挨拶した仕返しなら、仕方ない。俺も大人だ、甘んじて受け入れよう。

 「食事の後で、楽しみにしててね」
 ヴィオラが俺の頭を撫でながら嫣然と微笑む。

 「スラサン。できれば、ステータス、俺がヴィオラに拉致られる前に見せてほしい」
 「かしこまりました。必ず」
 テーブルの一角を占めたスラサンがポヨンと揺れる。胸を叩いたイメージだろう。

 スラサン、間に合うかな。間に合うといいな。

 そんなことを考えてるうち、ヴィオラが席に着き、食事が始まる。

 いつものように俺には極上のステーキが、スラサンには生肉と臓物が用意されていたが、ヴィオラの方に目をやると、そこには見慣れないものが置いてある。

 綺麗なクリスタルの小鉢に盛られてるのは、一見氷砂糖みたいなガラス玉みたいな、キラキラ光る粒々だった。
 それと、赤ワインのグラス。

 「ヴィオラ、それだけなのか?」
 「ああ、やっぱり僕にはこれが一番栄養になるし元気が出るんだ」
 そう言ってポイと欠片を口に放り込む。
 「で、それ、何だ? 飴じゃないよな?」
 「これ? 夢魔が差し入れてくれた、人間の魂の欠片だよ」
 ヴィオラはワインを口に含む。

 「あー。魂、ね……」
 前に、夢空間に連れて行かれた時、見たな。その辺飛んでるやつ捕まえて毟って食ってたっけ。固めるとこんなになるのか。

 「まあ、食っていいやつなら、別に……」
 「大丈夫、そこはきちんと指導してるから」
 ニコリと微笑うヴィオラ。
 「あ、そ……」
 ちょっと離れてるうちに、なんだかヴィオラ、より魔物くさくなったな。

 俺は傍らで人間の魂? を肴にワインを飲むヴィオラの横顔を見やった。
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