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第六十四話 もどかしい思い

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 アレスたちは無事に蘇生を果たして、帰っていった。

 全ての事情を知っているのはアレス一人。他のヤツらはヴィオラが多少記憶を弄って、幽鬼に取り憑かれ操られてたということにしてある。

 アレスには情報収集を依頼してる。
 特別なことをする必要はない。日々の仕事をする中で変わった動きや気になったことがあったら教えてくれと言っておいた。

 アレスはこの後、妖魔のダンジョンに立ち寄って闇狗ダークドッグを貰って帰ると言っていた。

 普通は魔物ならテイマーじゃないと使役できないはずだが、あそこの犬たちは頭も良く穏やかなので、血さえ与えられれば魔物使いモンスターテイマーじゃなくても飼えるそうで。

 魔術師ではなく戦士のアレスと組むことで、犬がどう成長するのか、ちょっと楽しみだ。

 そして、あのデブ鼠との契約&名付けも待っていた。

 「進化はさせないんだな?」
 契約前にヴィオラに尋ねる。
 「うん。彼にはこのまま、鼠たちを取りまとめてもらうつもりだからね。まあ、働き次第では進化させることもあるかもしれないけど?」
 そう言ってちらりとデブ鼠を見やる。

 あざといな、ヴィオラ。
 そうやって進化を餌にして最大限の働きをさせようというわけだな。
 眷属にしなくても、俺と契約させておけば用は足りるわけだもんな。

 「こいつの毒はそのままでいいのか?」
 「まあ、特に毒の餌を与えたりせずほっとけば、ほのうち消えるでしょ。彼自身には特におかしな影響はないみたいだしね」
 ヴィオラの言葉にリウスが意見をしてきた。

 「毒の影響なのかはわからないが、そいつは鼠の中でも特に美味そうなニオイがしてて、ちょっと落ち着かないんだが……」
 脇でキオもモジモジしながら頷いている。

 「へえ。やっぱり、シルキオンを釣ろうとしただけあって、食べたくなるように細工してたんだね」
 ヴィオラが目を丸くし、それを聞いた鼠が落ち着かなくなって挙動不審になりだす。

 「わかった、じゃ、一応〈解毒〉と〈解呪〉をかけておこうか」
 そう言ってヴィオラが鼠に魔法をかけてやると、リウスとキオは揃ってホッと息をついていた。
 「よかった、ちとマシになった」
 「食べたいことには変わりないんだな」
 「まあ、脂がタップリ乗っていそうだからな……」
 チラリと見やったリウスの視線に震え上がり、何故か俺の背後に隠れる鼠。

 「よしよし、俺と契約しとけば食われないはずだから、お前はも少し動いて痩せておこうな」
 頭をポンポンとしてやった。
 こうやって懐かれると弱いんだよな。

 そのまま鼠に対して契約魔法を発動する。
 鼠は無抵抗にあっさり受け入れた。

 「よし、名前をつけるぞ」
 俺の言葉に鼠がピシッと姿勢を正す。
 「お前の名前は“ロッキー”だ」
 「ロッキー……」
 呟いてデブ鼠はトコトコと俺に歩み寄ると、靴に両手を置いて俺を見上げた。
 この仕草はありがとうという意味なんだろうか。ロッキーはまださほどしゃべるのは得意じゃなさそうだし。

 ちょっとかわいいと思っちまったじゃねえか。
 デカいけど。

 ほんとマジでデカい。鼠って嘘だろってくらい。この名前も、ガキん時親に見させられた古いアニメのキャラクターで、鼠って言いつつ兎並みにデカいのが印象に残ってたんで名前を貰ってみた。結構しっくりくる。
 是非、同じ名前の古いハリウッド映画の主人公並みに強くなってもらいたいものだ。

 「よし、じゃ早速だけど、ロッキー、君に情報収集を頼みたいんだ。王都の情報をできるだけたくさん集めて欲しい。王都へは僕らが連れて行く。いいかい?」
 ヴィオラの言葉に、デブ鼠のロッキーはコクリと頷いた。



 俺はこの数日間、何度も試みたヴィオへの念話を切った。

 返答無し。
 深々とした溜め息がこぼれる。

 ヴィオラも動いてくれてはいる。妖魔、夢魔、淫魔たち眷属を動かして情報を集めてくれていると言う。

 スラサンも情報収集をしてくれてる。
 獣魔族の魔術師が使う、暗殺者アサシン改め寄生スライムは普通のスライムのネットワークから切り離されてるから、接触できないと言っていた。
 俺の頭から回収したスライムの取り込みに成功したんで、今、ヤツらのネットワークにハッキングっぽいことを仕掛けてるそうだが、今のところうまくいってないらしい。

 リウスとキオはナルファの大洞窟に戻って、あの付近の魔獣や幽霊ゴーストたちに聞き込みをしたそうだ。幽霊ゴーストは話すというより、食って情報を得るって形だったらしいが。

 大型魔獣たちの大移動があったそうだ。
 だいぶ前にあの洞窟から魔獣たちがぞろぞろ出てった、とあの付近をうろついていた浮遊霊の記憶にあったという。行き先はわからない。
 ゴーストたちの関心はその空いた洞窟の方に向かってしまったので、出てった魔獣の行く先なんて興味はないのだ。

 結局、その大型魔獣たちがヤツらの手駒なのかそれとも離反して出てったのかすらわからず、残念ながら大した情報とは言えない。

 俺も何かできないかと、冒険者ギルドや酒場を回ったりしてみたけど、まるっきりの空振りだった。ナルファにはもう、手がかりはないと見ていいと思う。

 唯一の収穫は、今アッシュとサファイアがカシールの王宮魔術師になってるってのを知れたことだ。

 王宮ってのはどうも、そもそも通話魔法を遮断する結界が張られてるらしい。王宮の中心にある通話魔石を通さない念話は遮断されるそうだ。情報を盗まれないためなんだろう。
 俺が倒れた時も二人が王宮にいたせいで、俺が全解放で飛ばした念話も届かなかったのだとか。

 そもそもなんで二人がそんなことになっているのかと言うと、まず、あの風竜との戦闘以降ガーネットに関する手掛かりが失せ、初心回帰すべく、彼らは王都に向かった。
 で、王都で行きつけだった酒場に行ったら、王宮魔術師時代の古い知り合いに出くわした。
 クライドに瓜二つのサファイアを見て向こうが驚いて声をかけてきたので息子を名乗ったら、王宮魔術師団は万年人員募集中だといって、いつの間にか加入することになっていたそうな。
 アッシュも魔法が使えるからと一緒に誘われ、王宮だと面白いものが見られそうだと彼も二つ返事で受けたのだと言う。

 思いがけず、相手の核心近くに仲間がいた僥倖に感謝しつつ一通り話を聞いたが、二人ともこっちの動きを知らなかったのもあって、他の魔術師との交流はほとんどしてなかったらしい。

 アッシュは淫魔の気が強い方だったようで、今のところ王族貴族の内面を覗き見するよりも侍女や下女の誘惑に忙しくて、女の子たちのプライベート情報しか入手してない~なんて要らん情報がオマケでついてきた。
 女の子と遊ぶなとは言わないけど、王族や貴族たちの情報も探ってみてくれ、と依頼して念話を切る。

 ヴィオ。
 アイツの顔を思い浮かべると、ジリジリと焼け付くような焦燥感に苛まれる。

 いつも念話を使う必要もないくらい側にいた。
 こんなに離れて連絡もつかないなんて、経験がない。
 ヴィオラと出逢って従魔に迎えて以降、従魔との念話が繋がらなかった経験がそもそも初めてだ。地上から妖魔界に呼びかけた時も、ちゃんと繋がった。それなのに──。

 ヴィオラは大丈夫だと言う。アイツの魔力を分けて作った分身なのだから、きっと俺よりもっと強い繋がりがあるのだろう。
 信じてはいるし、信じたいし、信じるしかない。それでも、不意に気が緩んだ時に、出逢った頃のアイツ──まだ妖魔王として覚醒する前の淫魔だったヴィオラを思い出す。

 人間と触れるのが気持ち悪い、と。淫魔の身で、触れなければ消滅してしまうのに、実際に消滅しかかってたのに、それでもダメで……俺だけなんだと、まだ消滅したくないんだとすがりついてきたアイツを。
 離れないで、側にいてと菫色の瞳を潤ませたアイツを。

 俺は約束したんだ。ずっと側にいる。俺が守るって。

 アイツは今頃、泣いているんじゃないのか? あの魔術師や獣魔王の汚い手に触れられて、傷ついているんじゃないのか?
 そう思うと、もういてもたってもいられず、闇雲に飛び出してしまいたい衝動に駆られる。けれど、今俺が一人で飛び出したところで何もできない。情報が足りないのだ。そのための闘いをみんなしている。

 俺は、もうできることがない。
 人間の情報収集は人の意識の内側まで覗ける妖魔族に敵わないし、魔獣相手なら人間の俺より元闇狗ダークドッグのシルキオンの方がふさわしい。スラサンはスライムのネットワークを駆使している。

 人間の力には限りがあるんだ。
 暗い寝室で一人、羽毛の枕をぎゅっと抱えて、アイツを待つ。

 寝室の扉が開いた。
 「レイチ、どうしたの、暗いままで」
 ヴィオラが歩み寄ってきて、俺の傍らに腰を下ろす。
 ふわりとアールグレイのような体香が俺を包む。
 「ヴィオラ。俺を、進化させてくれ」
 ヴィオラの玲瓏たる美貌をじっと見つめる。

 「──気持ちは、変わらない?」
 「ああ。現状、俺にはもうできることがない。情報収集もほとんどは妖魔族頼みだし、戦闘でも、今の俺の実力じゃあお荷物でしかない。強くなりたいんだ。いつか、お前と約束したよな? お前はもう俺が守れるようなものじゃなくなってしまったけど、せめて、ヴィオは守ってやりたいんだ」
 俺がそう言うと、ヴィオラは小さく溜め息をついた。

 「レイチ。少し、彼に気持ちを入れ込み過ぎてないかな。彼は僕の分身体であって、いつかレイチに抱かれた僕とは違うんだよ」
 ヴィオラが真顔で俺を見つめる。

 「彼は、僕の魔力を分けて作ったんだ。言ってみれば僕の髪を切った毛先みたいなものだ。髪は切ってもまた伸びる。彼を救うために無理をするのは、愚策だよ」
 平手打ちを受けたような気がした。

 「……何言ってるんだ? ヴィオラは、アイツを助ける必要はないって言いたいのか?」
 「少なくとも、レイチに危険を冒させてまで奪還するものではないと思ってる」
 そう言うヴィオラの顔は、淡々とした無表情で……怒りも悲しみも見えない、本当にその瞳にはなんの感情も浮かんでなくて。

 え。切った髪の毛の先?
 そんなもんなのか?
 捨てても惜しくない存在だって?

 「何言ってるんだよ。だって、アイツ、お前とは別の存在だって言ったじゃねえか。独立した、別個の存在だって……」
 「切り離した髪の毛がもう僕ではないのと一緒だよね?」
 見たことのない顔だ、と思った。
 いつも穏やかに笑ってるヴィオラが、こんな冷淡な顔をするなんて、思ってもみなかった。
 切った髪の毛って、つまり、それ、ゴミと一緒だって言ってる?

 むらむらと怒りが湧いてきて、俺はヴィオラに掴みかかった。
 「何言ってんだよ! 違うよ! アイツはゴミなんてものじゃない! アイツは、お前の細胞を分けた子どもだよ! そうだろ?!」
 「……子ども?」
 ヴィオラが戸惑って瞬きを繰り返す。

 「アイツはたしかに生きてた。喋って笑って、息をしてた! 触れれば柔らかくて温かくて……それを、ゴミだなんて言うなよ!!」
 ヴィオラは俺の非難を受け、驚きと戸惑いの色を浮かべ、しばし黙りこむ。

 「ゴメンね、レイチ。泣かないで」
 怒りと興奮でブルブル震える俺の目尻を、ヴィオラの指がそっと拭った。
 興奮し過ぎて涙が出ていたようだ。

 「ヴィオラ、お前、妖魔城で暮らして、人間味を忘れちまったのか? 俺と一緒に旅してた時はそんなじゃなかったろ? アイツがゴミなら、魔力の海から生まれるスライムだってゴミだよ。そうなっちまうだろ?」
 涙は拭われる端からこぼれてきて、止まらない。止めようとも思わない。
 悔しいんだ。生まれてきたのに、親であるヴィオラに、存在を否定されることが。

 やがて、ヴィオラは深々とした溜め息を一つ、ついた。
 「ゴメン、レイチ。君の言うとおりだ。僕は、彼を別個の存在だと言いながら、いつの間にか僕自身であるかのように思っていたようだ」
 その手が俺の肩を包む。

 「頼むよ。俺に、助けに行かせてくれ。約束を、守らせてくれ」
 俺はヴィオラの胸にすがりついた。
 「──頼む」

 ヴィオラの腕が、キュッと俺を抱きすくめる。
 「わかったよ。レイチ、君を、僕の眷属として進化させよう」
 その言葉に、俺は胸に顔を埋めたままで頷いた。
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