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第七十八話 子猫の大冒険

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 早速視覚をリーンのライブ映像に切り替える。
 草を掻き分けひたひたと屋敷に忍び寄る子猫。
 リーンの視覚だからリーン自身は見えないが、チラチラと黒い前脚が見えるし、何より低い視点が可愛くていじらしい。
 “子猫の大冒険”ってタイトルの映画を観てる気分だ。

 屋敷の門には二人の門衛が立っているが、抜き足差し足忍び足で近付くチビ猫にはさすがに気づかない。
 その視線は真っ直ぐ前方に向けられたままだ。

 リーンは前脚を揃え、頭を低くして金属門扉の縦格子の隙間に向かい、狙いを定める。

 そして。
 ──子猫ミサイル発射!!

 素晴らしい勢いで飛び出したリーンは真っ直ぐ門扉の隙間を潜り抜け、中に入り込むことに成功した。

 門衛は何かが入ったことに気づいたようだが、兎か何かが入ったのだろう、どうせ犬に狩られるだけだと言って見逃した。

 さて、庭にはたしかに犬がいた。暇を持て余した闇狗ダークドッグ二匹は即座に駆け寄ってきた。

 しかし、この屋敷の犬たちは侵入した人間に対して攻撃するよう訓練されているので、侵入した子猫にははなから遊びモードだった。
 尻尾プロペラ全開ぶん回しで走り寄ってくる魔犬。
 ──いや、子猫目線ではやっぱり怖いぞ。

 しかしリーンは勇敢だった。臆せず立ち向かう。
 っつーか、逃げろよ!

 向こうっ気が強い子猫リーンは走り寄ってくる犬を待ち受ける。
 俺はいつでも召喚できるように呪文の用意を調えて見守る。

 目前に迫る犬。
 リーンの攻撃!
 リーンは魔法を放った!
 〈魅了/チャーム〉!
 闇狗ダークドッグA、闇狗ダークドッグBはリーンにメロメロになった!
 闇狗ダークドッグの攻撃!
 愛のハグ&キスアタック!
 しかしリーンは華麗にかわした!

 「フー!」『近寄らないで!』
 「キュゥーン……」『しょんなぁ……』
 「ニィー」『質問に答えて。そしたら触らせてあげる』
 「ワゥ、ワフッ!」『何? 何でも聞いて!』
 「ニィ、ニー」『君らの主、だれ?』
 「ワン、ワォン!」『男の魔法使い!』
 「ニー」『どこにいる?』
 「グゥ、クゥン」『知らない。今朝、みんなして出てった』
 「ニィ、ニー」『みんな? ここにいた人全員?」
 「クゥン……」『全員……』
 「ニィニィ、ニー」『中に入れるところ、ない?』
 「ワンワン!」『こっち!』
 闇狗ダークドッグたちは尻尾を振りながら駆け出した。
 なんともデxXニーっぽいやり取りだな。

 闇狗ダークドッグたちは庭の裏手に回り、あの地下室の入口に連れて行った。
 「ワン!」『いつもは閉まってるけど、今日は開いてる! ここから入れる!』と、得意げな犬たち。
 リーンは猫らしい慎重な足取りでそろそろと木戸の脇をすり抜けて地下に降りる階段を下りて行った。
 下の木戸も開きっぱなしだった。
 中をそっと覗くと、そこはがらんとした倉庫だった。後付けらしい鉄格子がひしゃげている。

 リーンはふと、そのひしゃげた鉄格子の向こうにもぞりとうごめいたものに目を留め、近づいた。
 それはスライムだった。ほんのり黄色みのかった、それは……

 寄生スライムだ、と気づくのとそれが飛びかかってくるのがほぼ同時だった。

 ──まずい!
 「〈召か……」
 呪文を唱えようとした俺に、突然爆風が襲いかかった。
 シルキオンの咆哮が轟く。

 何があった?!
 反射的に視線を巡らせた俺の視界に飛び込んできたのは、骨だけの姿の巨大な四足獣。
 暗い眼窩に不気味な青白い光がともっている。

 双頭犬の姿のシルキオンがその四足獣の骨ゾンビに飛びかかっていく。
 『こっちは大丈夫!』
 『レイチ様、リーンを!』
 キオに促され、危険な状態だったリーンを慌てて召喚する。
 間に合うか?!

 「〈召喚/サモン:リーン〉!」
 光と共に召喚陣が浮かび上がり、そこに黒猫のリーンと、なぜか狗頭人身の魔獣が二体ついて来る。

 ──まずい、まさか敵と交戦中だったか?!

 俺はとっさにリーンの小さな体を魔獣から奪い取るように抱き込んで背に隠し、剣を抜いた。

 「お前ら敵か?! なんでリーンについてきた!」
 『レイチ、この子たち敵じゃないよ。僕をスライムから守ってくれたの』
 背中からリーンが念話を飛ばしてくる。
 「何?」
 俺は黒い犬の魔獣をもう一度まじまじと見つめる。

 『僕が〈魅了〉した闇狗ダークドッグたちだよ。進化したんだ。スライムに襲いかかられそうだった僕の前に飛び出して身代わりになってくれたの。いい子たちだから剣を下ろして』
 「あ、そ……」
 俺は勢いをそがれて抜いた剣をそのまま鞘に戻した。

 「なんか、ゴメンな。守ってくれたのに敵扱いして」
 「シラナイ相手警戒スル、普通」
 たどたどしい口調でそう言ってくる。しゃべるのは得意じゃなさそうだ。
 犬人たちは膝をつき、チョンと俺の手を濡れた鼻でつついてきた。
 なんとなくそのままつつかれた手で頭を撫でてやると、二匹はさわさわと小さく尾を振り出した。
 あ、なんか、コイツら出逢った時のリウスとキオに似てるな。

 「敵じゃないなら、リーンを守ってやってくれ」
 そう言ってリーンを彼らの手に預ける。
 詳しい事情を聞くのは後だ。シルキオンが戦っている。

 俺はシルキオンの元に駆けつけようとして、魔法──〈風殻〉の壁に弾かれた。
 「うわっ、なんだこれ?!」
 エアクッションみたいな感触の壁をペタペタと叩く。

 『レイチ様、危ないのでそこに居て下さい』
 アズールの念話が届く。彼自身は随分離れた場所で派手な竜巻をまとい、いつの間にわいて出たのか、何体もの動く死体リビングデッドを吹っ飛ばしている。

 「みんなして俺を戦力外扱いかよ! 俺だって冒険者なんだぞ!」
 『レイチ様は居てくれるだけで助けになります。結界内から魔法の援護をしてください』
 苛々と叫んだ俺にアズールが冷静に言う。
 舌打ち一つで諦めた。アズールはヴィオラの腹心だから、仕方ない。俺を深窓に仕舞い込もうとするのはヴィオラの意思だ。

 なら魔法で援助をしようと思っても、シルキオンの姿はとうに見えないし、アズールもやけにこちらから離れ、屋敷の門から中に入ってしまいそうな所で戦っている。

 ──あれ? あそこは、確か門衛がいたよな? 姿が見えないけど。戦闘に巻き込まれないように避難したのか?
 いや、平和で治安がいい日本の警備員と違うんだぞ。こっちの門衛は本物の戦闘職の兵士だ、目の前で戦闘してるのを見て逃げるはずがない。

 なにかチリチリとうなじの毛が逆立つような、嫌な気配を感じてしようがない。

 シルキオンの姿は既に見えず、声だけが聞こえてくるのから判断すると、彼らは既に門を通り庭に入っているようだ。森と湖で占められるこの場所で、開けた土地がそこしかなかったからなのかもしれないが。

 アズールの戦う敵も、動きがなにやら不自然なような気がする。まるで屋敷内に誘い込むような……。

 その時、屋敷の門が静かに閉じ始めた。
 「やべえ、やっぱり罠か?!」

 俺は急いで杖で地面に略式召喚陣を二つ描いた。
 「イコール〈召喚/サモン:シルキオン〉アンパサンド〈召喚/サモン:アズール〉入力エンター

 呪文の詠唱が終わると同時に門が閉まり、金属の冷たい音を響かせる。
 そして、それと同時に地面の魔法陣が光り、そこからシルキオンとアズールが現れた。二人同時召喚、成功だ。シルキオンが魔獣形態で良かった。

 「ここは?」
 アズールが戸惑ったように呟く。
 巡らせた視線で俺の姿を捉え、ホッとしたように息をついた。
 「レイチ様でしたか。召喚してくださったのですね」
 「ああ、なんかやべえ雰囲気だったから、呼び戻した。やっぱりあれ、なんか魔法発動してたのか?」
 「はい、恐らく、向こうの魔術師ギレスの転移魔法が仕掛けられていたものと。むざむざとかかってしまい、面目ございません。レイチ様の召喚魔法が一歩早く発動したお陰で助かりました」
 やはりレイチ様を結界に隔離したのは正しい判断でした、とニッコリするアズールに、俺は若干モヤるものを感じたのだが。

 「済まない、深追いし過ぎた」
 向かって左の頭、リウスがシュンと表情を曇らせると、右の頭のキオも
 「相手が元獣魔王のスケルトンゾンビだったので、ついムキになってしまいました」と、うなだれる。
 「でも、勝ったぞ」
 自慢げに言ってリウスはペッと石を吐き出した。水晶玉みたいだけど、まっ黒い色をしている。

 「これは……?」
 地面に落ちたそれを拾い上げる。ソフトボールほどもある大きな石。もしや──。

 「ヤツの心魔石だ。それがあれば、再生できるんだろ?」
 やっぱりか。思わずニヤリとした。
 「すげえな、さすがシルキオンだ」
 「……レイチ様、あの、それ、早く仕舞ってください」
キオが横からなにやら情けない口調で訴えてくる。
 「どうした?」
 「キオのヤツ、なんかそれさっきから食いたいってうるさいんだ。これ以上進化したくねえし、オレは全然食いたい気がしないんだけど」
 「……ん、キオだけなのか?」
 俺はヴィオラに特別に作ってもらった亜空間ポーチにその魔石をしまいながら尋ねた。
 シルキオンとして欲してるなら、リウスも同じ食欲を感じてても良さそうだが。

 「お腹の子が欲してるのかもしれませんね」
 アズールが興味深げに呟く。

 お腹の子……!?
 そう言えばすっかり忘れてたけど、キオって妊娠中だったわ。全然見た目変わる気配がないから記憶の彼方に飛んでたよ。

 「……キオ殿が身ごもっている子は、魔王種なのですよね?」
 アズールの言葉にキオが頷く。
 「ヴィオラ様はそう言ってました」
 「なら、食べさせてしまっても良いのかもしれません」
 「え?!」
 俺とリウスがギョッとしてアズールを見やる。リーンは飄々としてて、話の内容を理解してるのかどうかよくわからん。

 「もしキオ殿がその魔石を食せば、その子は先代獣魔王の記憶を取り込んで生まれてくる可能性があります。スラサン殿の教育の負担も減るでしょう。あくまで可能性の問題で、確実にそうだと言えるわけではありません」
 アズールのその台詞の内容について少し考えてみたが、これはこちらの一存で決めていい話じゃないな。
 後でヴィオラも含めて、できれば現獣魔王も交えて話し合えると理想なんだが。先代ってことは、現獣魔王の父の可能性があるんだろ?

 「……ま、急ぐ話でもない。とりあえずこのまま俺が保管するよ。それでいいよな?」
 「異存はありません」
 アズールが頷くと、キオもそれに続く。
 「そこにあれば気にならないので、問題ないです」
 「オレは、まあ、キオがいいならそれで」
 リウスが頷くと、
 「ニッ!」
 と、とりあえず参加した感の強いリーンの声に和まされ、思わず笑みが浮かぶ。

 「リーンのその護衛たちも気になるんだが、とりあえずはヴィオラに報告しとこう。こっちはもぬけの殻だってな」
 俺は妖魔城のヴィオラを念話で呼び出した。
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