金槐の君へ

つづれ しういち

文字の大きさ
68 / 93
第二章

9 木のもとに

しおりを挟む

「このあたりはそなたの叔父上、時房ときふさどののやしきではなかったか」
「そうですね。あちらは和田どののお邸だったかと」
「ああ、そうだったなあ」

 ふたりはほかの観光客に変わらぬ態度でぶらぶらと散策しつつも、かつてのこのあたりの名残をつい探してしまうのだった。

和田義盛わだのよしもり……)

 一本気で腹芸などとてもできなくて、気さくで豪快な武士だった。
 彼にしろ、泰時の叔父、つまり義時の弟である時房も、あれこれと悪どいことをひねりだして腹に収めておけるようなタイプの武士ではなかった。
 気のいい男たちは多かった。今でこそ、「血みどろの鎌倉」などと描写されてしまうような記録ばかりが残ってはいるけれど。

 道ゆく人々の中には、ときどき和服で美しく着飾った女性たちがいる。特別な日ということではないはずだったが、日本語ではない言葉でおしゃべりをしているところからして、近くに着付けをしてもらえる店でもあるのだろうと見当をつけた。
 本当なら自分も、きちんと正装をするべきだったのだが、現代の日本人がそれをするのは正月や七五三など特別な日ぐらいのものだ。あまり目立つのはどうしてもいやで、今回はふたりともジーンズにスニーカーという普段と変わらぬ恰好をしている。

 そうこうするうち、とうとう大きな三ノ鳥居が近づいてきた。そのずっとむこうの石段の上に、本宮である上宮の姿がちらりと見えている。

(ああ。来たんだ……)

 やはり、感慨は一入ひとしおだった。
 鶴岡八幡宮の敷地は非常に広い。御社殿だけでも八つあり、そのほか源平池や政子石などの名所も数々。さらに宝物殿やミュージアムなどまで、さまざまな見どころが多い。
 昔はこんなに盛りだくさんのお社ではなかったのだが、今ではなんと、中に「鶴岡幼稚園つるがおかようちえん」まであると知って律は驚いた。

 ともあれ、まっすぐに参道を行って手水舎で作法どおりに手と口をすすぎ、舞殿の脇をすぎて本宮、上宮をめざした。
 自分が斬られたとき、公卿くぎょうがとびだしてきたと言われている大銀杏の木は最近の嵐で倒れ、今では朽ちた幹だけが残っている。実際は非常に暗かったし、彼がどこからどう飛び出してきたものか、律自身もはっきりとした記憶はないのだ。
 石段の下にある舞殿は、当時、叔父の義経を想って静御前が頼朝の面前で舞を舞ったといういわくのある場所に建てられているという。

 石段の前の広場には、人が大勢いた。めいめいに写真を撮ったり、脇にある社務所でお札などをいただいたりしている。
 その片隅、とある場所で、律と海斗は示し合わせたように歩を止めた。

(……ここだ)

 恐らく、ここで自分は公卿に斬られた。
 じっと地面の一点を見つめて、ふたりは沈黙した。手を合わせるのはいくらなんでも奇妙な気がして何もしなかったが、去来する思いはさまざまで、ただ乱れるばかりだった。ただ、思っていたよりも心そのものは冷めていた。
 ここで起こったことは過去のことなのだ。もうずっとずっと昔に起こって、すでに終わったことなのだ──。
 だが海斗の目はひどくつらそうで、むしろそちらが見ていられない。彼はじっとうつむいて、何事かを考え込んでいる様子だった。

「……さあ。もうよいではないか。本宮に詣でようぞ」
「はい」

 低く言ってうなずくと、海斗は黙って律のあとについてきた。彼の心もまた、千々に乱れているのだろうか。

(もうよいのだ。今の私は……俺は律)

 そうだ。
 今ここにいるのは青柳律。
 源実朝ではありえない。

 律は一度目をつぶり、今度はまたあらためて目の前にのびる長い石段と上宮をじっと見つめた。


のもとに 宿りはすべし 桜花さくらばな 散らまく惜しみ 旅ならなくに
                      『金槐和歌集』52
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】だから俺は主人公じゃない!

美兎
BL
ある日通り魔に殺された岬りおが、次に目を覚ましたら別の世界の人間になっていた。 しかもそれは腐男子な自分が好きなキャラクターがいるゲームの世界!? でも自分は名前も聞いた事もないモブキャラ。 そんなモブな自分に話しかけてきてくれた相手とは……。 主人公がいるはずなのに、攻略対象がことごとく自分に言い寄ってきて大混乱! だから、…俺は主人公じゃないんだってば!

晴れの日は嫌い。

うさぎのカメラ
BL
有名名門進学校に通う美少年一年生笹倉 叶が初めて興味を持ったのは、三年生の『杉原 俊』先輩でした。 叶はトラウマを隠し持っているが、杉原先輩はどうやら知っている様子で。 お互いを利用した関係が始まる?

某国の皇子、冒険者となる

くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。 転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。 俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために…… 異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。 主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。 ※ BL要素は控えめです。 2020年1月30日(木)完結しました。

この恋は決して叶わない

一ノ清たつみ_引退騎士
BL
元勇者のおっさんが、ただの何でも屋だと偽って現役の勇者達と旅に出るお話。 ???×おっさん 異世界から連れて来られたいたいけな勇者や生意気な騎士達の面倒を見させられてうっかり好かれてしまうし、昔の仲間やペット、宿敵にまでにちょっかいをかけられたりしておっさんも大変です。 ダメ親父を気取ってはいますが、本当はかっこよかったのです。 ※8万字程度 ※ぐいぐい来る若者(?)にたじろぐおっさん ※タイトル回収は最後、メリバ気味ですので本当にご注意ください ※ライト気味なBLでストーリー重視 ※pixivやムーンライトノベルズ様にも掲載中 ※執筆が前すぎて一人称

【完結】取り柄は顔が良い事だけです

pino
BL
昔から顔だけは良い夏川伊吹は、高級デートクラブでバイトをするフリーター。25歳で美しい顔だけを頼りに様々な女性と仕事でデートを繰り返して何とか生計を立てている伊吹はたまに同性からもデートを申し込まれていた。お小遣い欲しさにいつも年上だけを相手にしていたけど、たまには若い子と触れ合って、ターゲット層を広げようと20歳の大学生とデートをする事に。 そこで出会った男に気に入られ、高額なプレゼントをされていい気になる伊吹だったが、相手は年下だしまだ学生だしと罪悪感を抱く。 そんな中もう一人の20歳の大学生の男からもデートを申し込まれ、更に同業でただの同僚だと思っていた23歳の男からも言い寄られて? ノンケの伊吹と伊吹を落とそうと奮闘する三人の若者が巻き起こすラブコメディ! BLです。 性的表現有り。 伊吹視点のお話になります。 題名に※が付いてるお話は他の登場人物の視点になります。 表紙は伊吹です。

残念でした。悪役令嬢です【BL】

渡辺 佐倉
BL
転生ものBL この世界には前世の記憶を持った人間がたまにいる。 主人公の蒼士もその一人だ。 日々愛を囁いてくる男も同じ前世の記憶があるらしい。 だけど……。 同じ記憶があると言っても蒼士の前世は悪役令嬢だった。 エブリスタにも同じ内容で掲載中です。

【本編完結】再び巡り合う時 ~転生オメガバース~

一ノ瀬麻紀
BL
前世で恋人を失い、自身も命を落とした僕は──異世界で双子の兄として転生した。 新たな出会いと、再び芽生える恋心。 けれど、オメガとしての運命は、この世界でも僕を翻弄していく。 これは、前世の記憶を抱えた僕が、二度目の人生を懸命に生きる物語。 ✤✤✤ ハピエンです。Rシーンなしの全年齢BLです。 よろしくお願いします。

モラトリアムは物書きライフを満喫します。

星坂 蓮夜
BL
本来のゲームでは冒頭で死亡する予定の大賢者✕元39歳コンビニアルバイトの美少年悪役令息 就職に失敗。 アルバイトしながら文字書きしていたら、気づいたら39歳だった。 自他共に認めるデブのキモオタ男の俺が目を覚ますと、鏡には美少年が映っていた。 あ、そういやトラックに跳ねられた気がする。 30年前のドット絵ゲームの固有グラなしのモブ敵、悪役貴族の息子ヴァニタス・アッシュフィールドに転生した俺。 しかし……待てよ。 悪役令息ということは、倒されるまでのモラトリアムの間は貧困とか経済的な問題とか考えずに思う存分文字書きライフを送れるのでは!? ☆ ※この作品は一度中断・削除した作品ですが、再投稿して再び連載を開始します。 ※この作品は小説家になろう、エブリスタ、Fujossyでも公開しています。

処理中です...