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第三章 花火大会
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だけど。
結局あたしの作戦は、半分は成功したけど、半分はそうじゃなかった。
花火大会がもう終わりかけたころのこと。公園の階段を若い女の人たちのグループがきゃあきゃあいいながらのぼってきた。
その時にはもう、まわりにいたおじいちゃんおばあちゃんや、若い夫婦と赤ちゃんなんかはもう帰ってしまっていて、公園にはあたしたちしか残ってなかった。
「そろそろ帰ろうか。キラちゃん」
ユウお兄ちゃんが先にすべり台からおりて、あたしに手をかしてくれる。ゲタで足もとが危なっかしいから、ユウお兄ちゃんは途中で「おいで」と言ってくれて、ひょいとあたしを抱き上げた。それで、そうっと地面におろしてくれた。
やってきた女子のグループは、さっきからなんとなくこっちを見ていた。でも、そのうちとうとう中の一人が、つつっとこっちへ寄ってきた。見た感じだと、みんなたぶん高校生。何人かは、あたしみたいなゆかた姿だ。
「あの。花火見物ですか? ここ、いい場所ですよね」
「もっと早く来ればよかった。知らなかった~」
いかにも内気とは正反対っぽいフンイキの人ふたりが、顔じゅうで笑いながら、まずお兄ちゃんに話しかける。後ろにいる人たちも、ちらちらお兄ちゃんを見たりおたがいに目配せをしたりして、くすくす、ぼしょぼしょ何か言ってる。
お兄ちゃんがなんだかあいまいな感じで「ええ、まあ」と答えると、目の前のふたりは嬉しそうに笑った。なんだか微妙な目つきで、ちらっとあたしを見る。
「妹さんと? いいお兄さんですね」
「お近くなんですか?」
「え? いや……」
お兄ちゃんがますます困った顔になった。
(なによ。この女)
あたしはお兄ちゃんの妹じゃないわ。
そりゃ、他人からはそうとしか見えないことは知ってるけど。
だからって、いま会ったばっかりのあんたなんかに決めつけられることじゃないわよ。
それに、いきなり住んでる場所とか、知らない人に教えるわけないじゃない。
あたしはなんだかむかむかして、お兄ちゃんとつないだ手に力をこめた。
「……帰ろ? ユウお兄ちゃん」
「あ、うん」
「あ。ちょっと待ってくださいよ」
ひとりが慌てたように言った。
「喉、かわきません? あたしたち、これからちょっとお茶でもって言ってたんだけど~」
「そうそう。良かったら一緒しません? 近くの喫茶店の割引券があるの」
「知り合いのお店なんです。こだわりのアイスコーヒーのお店。おススメですよ?」
「妹さんも、よかったら」
こっちに返事をさせないみたいに、ふたりが次々にしゃべりまくる。
「え? でも」
「妹ちゃん、どう? そこ、いちごのパフェが絶品なのよ。おいしいよ~?」
(……なによ!)
あたしの胸が、どかんと爆発した。
子供だと思って、パフェでつろうっていうの? そんなのに引っかかるあたしだと思ってるの? バカにしないで。
それに、ユウお兄ちゃんはともかく、あたしはちゃーんと分かってる。
あんたたち、さっきからユウお兄ちゃんのことばっかり、物欲しそうな目でずーっと見てる。
目的なんて、わかりきってる。
あたしのことは完全に「お邪魔虫」とか、「せいぜい利用してやろう」って目で見ているくせに。そのくせ、ユウお兄ちゃんを引っぱり出す口実にはしようってんでしょ? タチが悪いわよ。
知ってる? そういうの、「性悪」って言うんだから。
「……ねえ! 帰ろうよ、ユウお兄ちゃん!」
だん、と足をふみ鳴らして、お兄ちゃんにすがりつく。
女の人たちをにらみつけたら、そのひとりが一瞬だけ、じろっと怖い目でにらみ返してきた。
ほらね。それがあんたの本音じゃないの。
なにが「妹ちゃん」よ。なれなれしく呼ばないで。
ここであたしが「トイレに行きたい!」とかなんとか言って、ごねて見せればよかったのかも。でも、さすがに恥ずかしくてできなかった。それに、それだと「ちょうどいいわ。じゃあ喫茶店へいきましょうよ!」って流れになるのはわかりきってたし。第一、あたしだってレディのはしくれなんだから。
あたしは必死で色々と考えまくった。
でも、こんな時にかぎって頭ってうまく回ってくれない。
そして、とうとうこんなことを口走った。
「ルっ……ルナに会いたくなっちゃった!」って。
言ったとたん、あたしはお兄ちゃんの手をぱっとふりほどいた。
そして、公園の入り口に向かってかけだした。その向こうには、さっきお兄ちゃんといっしょに上がってきた長い階段がある。
「キラちゃん! 待って!」
ユウお兄ちゃんの声が追いかけてきたけど、あたしはふり向かなかった。
お兄ちゃんなら、ぜったい追いかけてきてくれる。そうすれば、自動的にあの女たちからも逃げられる。そのまま帰れる。そう思ったから。
あたしはゲタをかちゃかちゃいわせながら、できるだけ速く走った。でも、思うようには走れなかった。やっぱり、運動ぐつみたいにはいかないわ。まわりも暗いし、足もとだってよく見えない。
それでも階段につけられた手すりをさわりながら、一生けんめい足をうごかす。
だけど、胸がばくばくいって、まわりの景色がぐらぐら動きまくって、思ったようにおりられない。なんだか、自分の足じゃないみたいだった。
「あぶない! 止まって、キラちゃん……!」
お兄ちゃんの叫ぶ声がうしろから聞こえたとき。
ゲタがいきなり階段にひっかかったみたいになって、あたしの体はガクンと傾いた。
一瞬、ふわっと体が浮いた。
そのまま空中に放り出される。
つぎに、ドカンとものすごい力で、体全部をなぐられたみたいになった。
ドスン、ドカン、ガン、ゴン、ゴン──。
痛い。
痛い。
頭。背中。足も、腕も。
体じゅうが、バラバラになる。こわれちゃう。
なんなの? これ。
なんなのよ──。
「キラちゃん────!!」
お兄ちゃんの悲鳴みたいな声が、どこか遠くから聞こえていた。
結局あたしの作戦は、半分は成功したけど、半分はそうじゃなかった。
花火大会がもう終わりかけたころのこと。公園の階段を若い女の人たちのグループがきゃあきゃあいいながらのぼってきた。
その時にはもう、まわりにいたおじいちゃんおばあちゃんや、若い夫婦と赤ちゃんなんかはもう帰ってしまっていて、公園にはあたしたちしか残ってなかった。
「そろそろ帰ろうか。キラちゃん」
ユウお兄ちゃんが先にすべり台からおりて、あたしに手をかしてくれる。ゲタで足もとが危なっかしいから、ユウお兄ちゃんは途中で「おいで」と言ってくれて、ひょいとあたしを抱き上げた。それで、そうっと地面におろしてくれた。
やってきた女子のグループは、さっきからなんとなくこっちを見ていた。でも、そのうちとうとう中の一人が、つつっとこっちへ寄ってきた。見た感じだと、みんなたぶん高校生。何人かは、あたしみたいなゆかた姿だ。
「あの。花火見物ですか? ここ、いい場所ですよね」
「もっと早く来ればよかった。知らなかった~」
いかにも内気とは正反対っぽいフンイキの人ふたりが、顔じゅうで笑いながら、まずお兄ちゃんに話しかける。後ろにいる人たちも、ちらちらお兄ちゃんを見たりおたがいに目配せをしたりして、くすくす、ぼしょぼしょ何か言ってる。
お兄ちゃんがなんだかあいまいな感じで「ええ、まあ」と答えると、目の前のふたりは嬉しそうに笑った。なんだか微妙な目つきで、ちらっとあたしを見る。
「妹さんと? いいお兄さんですね」
「お近くなんですか?」
「え? いや……」
お兄ちゃんがますます困った顔になった。
(なによ。この女)
あたしはお兄ちゃんの妹じゃないわ。
そりゃ、他人からはそうとしか見えないことは知ってるけど。
だからって、いま会ったばっかりのあんたなんかに決めつけられることじゃないわよ。
それに、いきなり住んでる場所とか、知らない人に教えるわけないじゃない。
あたしはなんだかむかむかして、お兄ちゃんとつないだ手に力をこめた。
「……帰ろ? ユウお兄ちゃん」
「あ、うん」
「あ。ちょっと待ってくださいよ」
ひとりが慌てたように言った。
「喉、かわきません? あたしたち、これからちょっとお茶でもって言ってたんだけど~」
「そうそう。良かったら一緒しません? 近くの喫茶店の割引券があるの」
「知り合いのお店なんです。こだわりのアイスコーヒーのお店。おススメですよ?」
「妹さんも、よかったら」
こっちに返事をさせないみたいに、ふたりが次々にしゃべりまくる。
「え? でも」
「妹ちゃん、どう? そこ、いちごのパフェが絶品なのよ。おいしいよ~?」
(……なによ!)
あたしの胸が、どかんと爆発した。
子供だと思って、パフェでつろうっていうの? そんなのに引っかかるあたしだと思ってるの? バカにしないで。
それに、ユウお兄ちゃんはともかく、あたしはちゃーんと分かってる。
あんたたち、さっきからユウお兄ちゃんのことばっかり、物欲しそうな目でずーっと見てる。
目的なんて、わかりきってる。
あたしのことは完全に「お邪魔虫」とか、「せいぜい利用してやろう」って目で見ているくせに。そのくせ、ユウお兄ちゃんを引っぱり出す口実にはしようってんでしょ? タチが悪いわよ。
知ってる? そういうの、「性悪」って言うんだから。
「……ねえ! 帰ろうよ、ユウお兄ちゃん!」
だん、と足をふみ鳴らして、お兄ちゃんにすがりつく。
女の人たちをにらみつけたら、そのひとりが一瞬だけ、じろっと怖い目でにらみ返してきた。
ほらね。それがあんたの本音じゃないの。
なにが「妹ちゃん」よ。なれなれしく呼ばないで。
ここであたしが「トイレに行きたい!」とかなんとか言って、ごねて見せればよかったのかも。でも、さすがに恥ずかしくてできなかった。それに、それだと「ちょうどいいわ。じゃあ喫茶店へいきましょうよ!」って流れになるのはわかりきってたし。第一、あたしだってレディのはしくれなんだから。
あたしは必死で色々と考えまくった。
でも、こんな時にかぎって頭ってうまく回ってくれない。
そして、とうとうこんなことを口走った。
「ルっ……ルナに会いたくなっちゃった!」って。
言ったとたん、あたしはお兄ちゃんの手をぱっとふりほどいた。
そして、公園の入り口に向かってかけだした。その向こうには、さっきお兄ちゃんといっしょに上がってきた長い階段がある。
「キラちゃん! 待って!」
ユウお兄ちゃんの声が追いかけてきたけど、あたしはふり向かなかった。
お兄ちゃんなら、ぜったい追いかけてきてくれる。そうすれば、自動的にあの女たちからも逃げられる。そのまま帰れる。そう思ったから。
あたしはゲタをかちゃかちゃいわせながら、できるだけ速く走った。でも、思うようには走れなかった。やっぱり、運動ぐつみたいにはいかないわ。まわりも暗いし、足もとだってよく見えない。
それでも階段につけられた手すりをさわりながら、一生けんめい足をうごかす。
だけど、胸がばくばくいって、まわりの景色がぐらぐら動きまくって、思ったようにおりられない。なんだか、自分の足じゃないみたいだった。
「あぶない! 止まって、キラちゃん……!」
お兄ちゃんの叫ぶ声がうしろから聞こえたとき。
ゲタがいきなり階段にひっかかったみたいになって、あたしの体はガクンと傾いた。
一瞬、ふわっと体が浮いた。
そのまま空中に放り出される。
つぎに、ドカンとものすごい力で、体全部をなぐられたみたいになった。
ドスン、ドカン、ガン、ゴン、ゴン──。
痛い。
痛い。
頭。背中。足も、腕も。
体じゅうが、バラバラになる。こわれちゃう。
なんなの? これ。
なんなのよ──。
「キラちゃん────!!」
お兄ちゃんの悲鳴みたいな声が、どこか遠くから聞こえていた。
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