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第十二章 もとの世界へぶっとびます
6 ひょろんとその子が現れます
しおりを挟む「えっ。《魂分けの儀》って……そんなんもあんのかよ」
皇子の説明の最初から、俺の目はずっと点のままだった。
なんでも、《魂替えの儀》のほかにも魂をどうこうする術式ってのが存在するらしい。しかもそれは、帝国の魔導士たちも知らない、魔王だけが知る秘術なんだそうだ。
「ってことは、魔王さまがまた手伝ってくれたってこと?」
「ああ、私たちにとっては予想外のことだったがな」
「はあ……。なんか、グウェナエル様たちがビミョーな顔になってそうだなあ」
「正直、魔塔の者どもにとってそういう忸怩たる感情がないわけではなかったらしいがな。それでも『クリストフ皇子の精神面を安定させるのは、そちらの国にとって重要課題ではないのか』と魔王に言われたら、うなずかざるを得なかったようだ」
「ん……? 精神面を、安定って──」
皇子はそこで突然、片手で顔を覆ってうつむいてしまった。
あ、俺、なんかマズイこと言った??
皇子の耳、ちょっと赤くなってね? いや見間違いか?
「……当然だろう。そなたが異世界へ戻ってしまい、二度と会えないということになり──。思っていた以上に精神的な打撃が大きくてな」
「え……」
「恥ずかしい話だが、仕事も勉強も手につかなくなり、食欲も減退し……。それで、父上と母上にも随分ご心配を掛けてしまった。不本意にもな」
「そ、そんな」
「自分がこんなにも弱い人間だとは知らなかったよ。……そなたには気づかされることばかりだな」
「クリス……」
こっちへ帰る瞬間に、兵士たちに抑えられながら必死に叫んでいた彼の顔が甦る。あのあと皇子がどうなっちゃったのかは、俺だってずっと気になっていた。でも、まさかそんなことになってたなんて。
「ベルトランも随分心配してくれてな。シルヴェーヌ嬢が申し訳なさのあまりに体調を崩したとも聞いていたし」
「ええっ? シルちゃん、病気なんですか?」
「いや。今はもう回復しているはずだが」
聞けばシルちゃんは、無事に俺との《魂替え》に成功したらしい。こっちでのいろんな知識を生かして、エマちゃんのパパたちがもっと仕事をしやすくなるように、魔法を使わなくても動く機械の開発にも当たってるんだそうだ。
前に、太って引きこもりになっていた頃の彼女の面影はもういっさいないらしい。本当に活発に、騎士団のみんなと野球だってやってるんだとか。ひょっとしたら俺が中にいたとき以上にはつらつとして、明るく頑張ってるらしい。
(そうか……よかった)
それは本当に良かったんだけど。
対する皇子はどんどん心を病んで塞ぎ込み、今度はこっちが引きこもりがちになっちゃったんだそうだ。まあ太りこそしなかったけどな。
「でも、そこでなんで魔王さまが出てくるんスか……? それに、魂分けって、そんなこと本当にできるもんなんスか」
「できたんだよ、驚くべきことに。もちろん触媒はかなり高くついたがな」
「あ、あの。魔王さまからひどい条件とか出されませんでした? 帝国にものすごーく不利になる契約とか、協定とか──」
「不思議なことに、それはなかった。魔王が言うには『これもケントに借りを返す活動の一環だ。気にするな』とのことでな」
「はへえ?」
変な顔になっただろう俺を、皇子はふっと微笑んで見返した。
「そなた、魔王に相当気にいられたようだな。申し出を聞いた帝国の面々も驚くばかりだったぞ。一体なにをやったんだ?」
「いや、別に……大したことはしてないっスよ。帝国でやってたのと同じじゃね?」
「まあ、そう言うだろうな。そなたなら」
皇子が苦笑している。
それでも、お互い手にしたコンビニのサンドイッチやらおにぎりやらはどんどん消えて行ってるけどな。俺たちの腹の中に。皇子は意外と、こっちの庶民的な食べ物も気にいってくれたらしい。
「《魂分けの儀》というのは、文字通り魂を分ける業だ。今回は特に、帝国と父母に対して責任を感じる心と、そなたを想う私の心が切り裂かれた状態だった。ゆえに、そこを切り離した」
「ええっ? マジすか!? んなことやって大丈夫なの? で……えっとあの、ってことはもしかして、あっちにもまだ『皇子』がいるってことですか? 残り半分の皇子が」
「『残り半分』と言うと語弊があるが、まあそうなるな」
いや「そうなるな」じゃねえわ。
こっわ。そんな術式があんのかよ。マジで? こっっわ!
「あのままでは、そのうち心を病んで取り返しのつかないことになるだろうと侍医には言われた。それを引き金に体を壊すことも考えられると。父上も母上も、そのことを非常に心配してくださってな。……それで、とうとう魔王の提案を受け入れることになったわけだ」
「ひょえええ……」
なんかもうびっくりだ。
「詳しいことはまたおいおい話す。そろそろあちらに戻らねばならない時間だろう?」
「あ、そっスね」
スマホを見たら、予鈴のちょうど五分前になっていた。
「ああ、その前に。そなたに引き合わせておかねばならない者がいる」
「へ?」
「もういいぞ。そろそろ出てこい」
言って皇子が目をやったのは、すぐそばに立っていた桜の木だった。その根元で、ひょろんと赤いものが動いている。
(え……!?)
「にゃおん」
それはドラゴンじゃなかった。確かに。
でもその綺麗な赤い毛並み。ペリドットの緑の瞳。
その瞳が期待に燃えて、きらきらと俺をまっすぐに見つめている。
俺にはすぐにわかった。
「ドット……。ドット!?」
俺はがばっと立ち上がった。
「にゃあああ──ん!」
しなやかな猫の姿をしたその子が、嬉しそうにひと声鳴いてぴょーんと飛びついてくる。すでに喉をごろんごろん鳴らしている。
「さすがにドラゴンの姿でこちらで暮らすのは無理があるだろうという、魔王をはじめとするみんなの意見でな。こちらで人間のそばで暮らすのに無理のない生き物を選んだ。……構わなかっただろうか。こちらでは『猫あれるぎー』などというものもあるらしいし──」
皇子が俺の表情をそっと観察するような目をして控えめに言う。
でも、俺はもうそれどころじゃなかった。
「ドット、ドット、ドット……! ほんとにお前なの? マジ!? うああ、めっちゃ嬉しい、嬉しいよおおおっ!」
腕の中に飛び込んできた柔らかい体は、ドラゴンとしてのそれじゃねえ。
でも、俺はその子の体を夢中で抱きしめた。
どっと目から涙があふれた。
……えっと。
べつにダジャレじゃねえかんな!
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