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十三章 女神の塔
267. 想定外
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マグダリーナのダンジョン各階に売店を設置する案は、役所働きのマンドラゴン達にあっさりと受け入れられた。対応するのは、ショウネシー冒険者ギルド・リィンの町支所だ。魔法収納鞄の貸出しも好評。
意外な誤算だったのが、ディオンヌ商会馴染みの豆商人、エイモスを中心にしたバンクロフト領商人組合がパーティを組んで、ダンジョンに挑戦したことだった。
抜かりなくマゴーを借りて、ダンジョン挑戦生配信をし、それぞれ有用なスキルを得つつ、しっかりと取扱う豆や農作物の宣伝をしていった。
帰りにドワーフの細工物を仕入れることも忘れずに。
これが、各地の商人達の商魂に、火をつけた。
冒険者や騎士達より、足の軽い商人達が、こぞってショウネシーに向かって来てるという……。
◇◇◇
「思ってた展開と、なんか違う」
ドーラから商人達の情報を聞いて、マグダリーナはがっくりと肩を落とした。
「まあ仕方ないわね。今までショウネシーが気になってた商人達が、ここぞとばかりにやってくるわよ」
「まさかまた、門を通らずに入ろうとはしないわよね? というか馬車でしょう? リィンの町以外、宿泊施設なんて一ヶ所しかないのよ?」
マグダリーナは頭を抱えた。
今までショウネシー領は、旅慣れたお隣のバンクロフト領の商人と領民の移動しか考えてなかったので、領都の冒険者ギルドの近くに、ディオンヌ商会名義の小さな宿泊施設しかなかった。
「休憩所もあるんだから、そこは本人達で工夫して貰えばいいのよ」
ドーラはさしたる問題でもない風にそう言った。彼女がそう言うと、本当にたいした問題でもない気がしてくるので頼もしい。
ショウネシーの南門と東門の間の直通道路は、バンクロフト領の商人達が行き来しやすいよう、馬車で数時間で通り抜けられるようにと最短最速の道作りをされている。そこには、馬達も安心できるよう、違和感なく転移魔法の応用が施されているという。エステラとニレルの共同謎技術だ。
その他の道は、マゴー車が有るので、普通……ではないが、整備された綺麗な道……つまり徒歩より少しだけ速いくらいの馬車だと、領内だけで数日がかり……電車のない世界なのだから、それが一般的だ。
そしてマグダリーナの想定外なことが、他にも。
領都の主婦の皆さんが、夫が畑に出ている間にパーティを組んで、リィンの町のダンジョンに出稼ぎするようになった。と言っても、初心者階層までだが。
それでも十分な臨時収入になる上、そのまま街を観光して、買い物をしたり食堂で食事をして帰るのだ。
まあ、それはそれで良い娯楽と息抜きになっているようだから、良いのだけど……。
良いのだけど……。
マグダリーナが心配していた、むくつけき冒険者達の、気配がない。
「そりゃ冒険者は、この時期は魔獣討伐で稼ぎ時だからだろ」
ヴェリタスの言葉に、マグダリーナは納得した。
「本業が大変な時期だからなのね……それはそうだわ」
と言うことは、普通に各地の騎士団達もだ。夏と冬は閑散期とみて良いだろう。
「もっと、わーっと人が集まって大変な事になると思ってたけど、そうでもないみたいで良かった」
「今は、な」
「…………今、は?」
マグダリーナは、リィンの町の公園のベンチに腰掛けて、鶏肉の串焼きを頬張る従兄弟を見た。並んで座ると、はたからは女の子同士仲良く喋っている図にしか見えないだろう。通りがかる、ドワーフ達の見守る瞳が温かい。
ドワーフ達は、女性や子供が自由に歩ける、ショウネシー領の治安の良さに喜びつつ、念のためさりげなく目をかけてくれている。
「やっぱ普通にここまで来るには、費用も日数もかかるだろ? 冒険者達も騎士団とかも、今から旅費や日程の調整計画立て始めるところじゃん。早ければ、この時期の討伐報酬を旅費に当てて来るやつもいるかもだけど、それでも到着するの秋ごろなんじゃねぇ?」
「なるほどね……学園に戻った後に忙しくなるかもしれないのね……」
「こんだけマンドラゴン達もいるから、大丈夫だって。それに毎日配信される伯爵の結婚資金集め動画も好評だし」
ドーラに言われて、ダーモットは大人しく毎日ダンジョンに通っている。その際、配信動画のタイトルも「ショウネシー伯爵の結婚資金集め」に変更され、視聴者は子供四人の結婚資金集めてるもんだと思って眺めている。仕方ないけど。ドロシー王女との婚約は、まだ公式には発表されていないので。
ヴェリタスはチラリと、隣のベンチで仰向けに寝ている連れを見た。
魔力が枯渇して、自然回復待ちのドミニクだ。彼は魔力回復(中)のスキルを手にしたので、それなりに休めばまた復活する。
「こいつ一番レベル高いくせに、大人気なく獲物の独り占めしやがってさ」
「しょうがないよ。目の前にニンジンぶら下げられた魔獣馬みたいな状態だもの」
転移魔法でヨナスが現れた。
「はい、飲み物。果実水で良かったよね?
マグダリーナもどうぞ」
「わ、ありがとうヨナス」
マグダリーナはヨナスから受け取った果実水に、早速口をつける。甘くて爽やかな酸味と、果実の粒々が喉を心地よく通り過ぎた。
「オレンジジュースだわ……!」
レモンには出会ったが、オレンジにはまだ遭遇したことがなかったので、マグダリーナは感激した。
「エステラ様が女神の塔の宝箱で見つけた種を、プラが苗木にして増やして、ここのマンドラゴン達に育ててもらってるみたいだよ。僕はこの果実、好きだな」
ヨナスはヴェリタスにも飲み物を渡したあと、オレンジジュースの入ったコップで、ドミニクの額を突いた。
「回復まであと五分程かな」
ヴェリタスとヨナス、そしてドミニクの三人はパーティを組んでダンジョンに挑んでいるそうだ。ヴェリタスとヨナスはともかく、ドミニクが一緒なのは意外だった。
「よくシャロン伯母様が、ドミニクさんと組むのを許してくれたわね」
マグダリーナは、率直に聞いた。シャロンのドミニクに対する感情は、決して良くないはず。
「俺もどうかと思うんだけど、よくよく確認すると、この人、爺さんの命令で母上の抹殺に協力はしたけど、俺の暗殺には無関係だったらしくてさ……。許された……」
「その理由で許しちゃったんだ、シャロン伯母様……」
あのベンソン相手の苦労を知るシャロンだからこその、許しだろう。
「まあ、母上と伯爵の前で百回土下座させたけど」
「いつの間に……」
マグダリーナが知らない間にだ。ヴェリタスは苦笑いをして見せた。
意外な誤算だったのが、ディオンヌ商会馴染みの豆商人、エイモスを中心にしたバンクロフト領商人組合がパーティを組んで、ダンジョンに挑戦したことだった。
抜かりなくマゴーを借りて、ダンジョン挑戦生配信をし、それぞれ有用なスキルを得つつ、しっかりと取扱う豆や農作物の宣伝をしていった。
帰りにドワーフの細工物を仕入れることも忘れずに。
これが、各地の商人達の商魂に、火をつけた。
冒険者や騎士達より、足の軽い商人達が、こぞってショウネシーに向かって来てるという……。
◇◇◇
「思ってた展開と、なんか違う」
ドーラから商人達の情報を聞いて、マグダリーナはがっくりと肩を落とした。
「まあ仕方ないわね。今までショウネシーが気になってた商人達が、ここぞとばかりにやってくるわよ」
「まさかまた、門を通らずに入ろうとはしないわよね? というか馬車でしょう? リィンの町以外、宿泊施設なんて一ヶ所しかないのよ?」
マグダリーナは頭を抱えた。
今までショウネシー領は、旅慣れたお隣のバンクロフト領の商人と領民の移動しか考えてなかったので、領都の冒険者ギルドの近くに、ディオンヌ商会名義の小さな宿泊施設しかなかった。
「休憩所もあるんだから、そこは本人達で工夫して貰えばいいのよ」
ドーラはさしたる問題でもない風にそう言った。彼女がそう言うと、本当にたいした問題でもない気がしてくるので頼もしい。
ショウネシーの南門と東門の間の直通道路は、バンクロフト領の商人達が行き来しやすいよう、馬車で数時間で通り抜けられるようにと最短最速の道作りをされている。そこには、馬達も安心できるよう、違和感なく転移魔法の応用が施されているという。エステラとニレルの共同謎技術だ。
その他の道は、マゴー車が有るので、普通……ではないが、整備された綺麗な道……つまり徒歩より少しだけ速いくらいの馬車だと、領内だけで数日がかり……電車のない世界なのだから、それが一般的だ。
そしてマグダリーナの想定外なことが、他にも。
領都の主婦の皆さんが、夫が畑に出ている間にパーティを組んで、リィンの町のダンジョンに出稼ぎするようになった。と言っても、初心者階層までだが。
それでも十分な臨時収入になる上、そのまま街を観光して、買い物をしたり食堂で食事をして帰るのだ。
まあ、それはそれで良い娯楽と息抜きになっているようだから、良いのだけど……。
良いのだけど……。
マグダリーナが心配していた、むくつけき冒険者達の、気配がない。
「そりゃ冒険者は、この時期は魔獣討伐で稼ぎ時だからだろ」
ヴェリタスの言葉に、マグダリーナは納得した。
「本業が大変な時期だからなのね……それはそうだわ」
と言うことは、普通に各地の騎士団達もだ。夏と冬は閑散期とみて良いだろう。
「もっと、わーっと人が集まって大変な事になると思ってたけど、そうでもないみたいで良かった」
「今は、な」
「…………今、は?」
マグダリーナは、リィンの町の公園のベンチに腰掛けて、鶏肉の串焼きを頬張る従兄弟を見た。並んで座ると、はたからは女の子同士仲良く喋っている図にしか見えないだろう。通りがかる、ドワーフ達の見守る瞳が温かい。
ドワーフ達は、女性や子供が自由に歩ける、ショウネシー領の治安の良さに喜びつつ、念のためさりげなく目をかけてくれている。
「やっぱ普通にここまで来るには、費用も日数もかかるだろ? 冒険者達も騎士団とかも、今から旅費や日程の調整計画立て始めるところじゃん。早ければ、この時期の討伐報酬を旅費に当てて来るやつもいるかもだけど、それでも到着するの秋ごろなんじゃねぇ?」
「なるほどね……学園に戻った後に忙しくなるかもしれないのね……」
「こんだけマンドラゴン達もいるから、大丈夫だって。それに毎日配信される伯爵の結婚資金集め動画も好評だし」
ドーラに言われて、ダーモットは大人しく毎日ダンジョンに通っている。その際、配信動画のタイトルも「ショウネシー伯爵の結婚資金集め」に変更され、視聴者は子供四人の結婚資金集めてるもんだと思って眺めている。仕方ないけど。ドロシー王女との婚約は、まだ公式には発表されていないので。
ヴェリタスはチラリと、隣のベンチで仰向けに寝ている連れを見た。
魔力が枯渇して、自然回復待ちのドミニクだ。彼は魔力回復(中)のスキルを手にしたので、それなりに休めばまた復活する。
「こいつ一番レベル高いくせに、大人気なく獲物の独り占めしやがってさ」
「しょうがないよ。目の前にニンジンぶら下げられた魔獣馬みたいな状態だもの」
転移魔法でヨナスが現れた。
「はい、飲み物。果実水で良かったよね?
マグダリーナもどうぞ」
「わ、ありがとうヨナス」
マグダリーナはヨナスから受け取った果実水に、早速口をつける。甘くて爽やかな酸味と、果実の粒々が喉を心地よく通り過ぎた。
「オレンジジュースだわ……!」
レモンには出会ったが、オレンジにはまだ遭遇したことがなかったので、マグダリーナは感激した。
「エステラ様が女神の塔の宝箱で見つけた種を、プラが苗木にして増やして、ここのマンドラゴン達に育ててもらってるみたいだよ。僕はこの果実、好きだな」
ヨナスはヴェリタスにも飲み物を渡したあと、オレンジジュースの入ったコップで、ドミニクの額を突いた。
「回復まであと五分程かな」
ヴェリタスとヨナス、そしてドミニクの三人はパーティを組んでダンジョンに挑んでいるそうだ。ヴェリタスとヨナスはともかく、ドミニクが一緒なのは意外だった。
「よくシャロン伯母様が、ドミニクさんと組むのを許してくれたわね」
マグダリーナは、率直に聞いた。シャロンのドミニクに対する感情は、決して良くないはず。
「俺もどうかと思うんだけど、よくよく確認すると、この人、爺さんの命令で母上の抹殺に協力はしたけど、俺の暗殺には無関係だったらしくてさ……。許された……」
「その理由で許しちゃったんだ、シャロン伯母様……」
あのベンソン相手の苦労を知るシャロンだからこその、許しだろう。
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