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2.出会い
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一年前 受験当日
僕は試験が行われる高校に向かっている途中、あるひとりの少女の後姿を追っていた。見たことのない中学校の制服だった。おそらく、他の中学校を卒業していて、僕と目的地は同じだろう。首元まで伸びた黒髪にひざ下よりも長いスカート、後姿だけではこれくらいのことしかわからない。だが、僕はそれを見て魅力的な女の子だと、どうしてだかわからないが、そう感じていた。すると、前を歩いていた少女は右へと曲がった。やはり、僕と一緒だった。
僕は初めて、少女の横顔を見ることが出来た。顔は美人というわけではなく、かわいらしかった。少女は両手に参考書のような本を見ながら歩いていた。目的地までも必死に勉強している少女を見て、ストーカー行為のようなことをしている自分が恥ずかしくなる。それでも、目的地が一緒なのだから、そう自分を説得し、引き続き前を歩く少女の後ろを堂々と歩くことにした。
しばらくすると、目的地である高校が見えてきた。それが少しずつ大きくなると、周りに制服を着た人の姿も多くなった。あとひとつの交差点を渡れば目的地に着くという時、目の前の歩行者信号は赤になった。二車線ある道路を渡らなければいけないため、長い間待つのが億劫になる。僕はため息をついて、目の前の少女を見た。歩行者信号が赤のため横断歩道の前で立ち止まるだろう。しかし、少女はそれに気づかずに横断歩道へ足を一歩踏み出した。本を読むのに夢中で気づいていないのだろうか。いや、今はそんなことを考えている暇はない。
「ま、待って!」
できる限りの声量で呼びかけても反応はなかった。僕は唇をかみしめ、赤になった横断歩道の中へ入ろうとした。交差点内の信号がすべて赤になる時間が終わり、左右の信号が青になる。すると、一斉にエンジンがかかる音が聞こえてきた。それでようやく気が付いたのか、少女は本から目を離し状況を確認しようとしていた。視界の右端から大型トラックが向かってくるのが見える。少女は一歩も動こうとはしなかった。
僕の脚はようやく横断歩道へと踏み込んだ。そして、精一杯手を伸ばした。少女の腕を、掴んだ。
気が付くと、僕と少女はともに歩道の上で倒れていた。少女の身体は転んださいにできた小さな切り傷だけでそれ以外目立った外傷は見当たらなかった。
助かったんだな。
頭の中でつぶやきながら起き上がった。自分の身体を見ても、制服が汚れているだけでけがはなさそうだった。
「いてててて」
少女は太い眉を寄せながらゆっくりと起き上がった。そして、目を細めながら僕のことをじっと見つめた。そして、目の前の交差点に顔を向けると先ほどのことを思い出したかのように後ずさりをした。少女は飛び交っている車の様子を見て口を開けずにはいられなかった。
「大丈夫?」
僕は制服についた汚れをはらいながら立ち上がった。少女はこちらを見るものの、開いた口がふさがらなかった。
「立てる?」
手を差し伸べた。すると、少女は何も言わずに僕の手を掴んだ。少女の手は子でもひときわ小さな僕よりもさらに小さく、雪のように冷たかった。僕は腕を引っ張り上げ、少女は自分で立とうと試みるものの、脚が震えていた。すると、少女はすがりつくように僕の腕をぎゅっとつかんだ。僕は思わず言葉を吐き出しそうになるのをなんとかこらえた。
「あ、ありがとう、ございます」
初めて聞く少女の声はたどたどしく、糸のように細かった。
「だ、大丈夫? ひ、ひとりで、あ、歩ける?」
なぜか僕はしどろもどろになっていた。事故に遭いかけた少女とは違い、異性に腕を抱きしめられたことに心臓が高鳴っていた。
僕の問いかけに対し、少女は二回首を横に振った。恥ずかしさのあまり、このまま別れを言いたいというのが僕の望みではあるけれども、少女の瞳はたれ目なのもあいまって弱々しく見えた。
「い、一緒に、行こうか」
「はい、お願い、します」
少女は丁寧に頭を下げた。
僕は渡辺さんと手をつなぎ高校の中へと入った。右手側にはグラウンド、左手側には手前にテニスコート、奥に体育館が見えた。高校の施設内に興味はあったものの、今は別のものが気になっていた。それは周囲の人の視線だった。こちらに向かって指をさす者、僕らのことを話す者、それらが多くなると無意識に足早になっていた。それでも右手の暖かみは消えなかった。
校舎に入って人がいないことを確認すると、僕は少女に謝った。
「ご、ごめん」
「ううん、いいよ」
少女はもうひとりで立てるようなので手はつないでいなかった。僕らは上靴に履き替え、階段を一緒に上っていった。すると、少女が名前を尋ねてきた。
「お名前は?」
「あ、赤谷慎之介」
少女がいきなり聞いてきたので少し驚いたが、なにもないふうに答える。
「ありがとう、赤谷君。私は渡辺麻衣です」
渡辺さんは初めて僕に笑顔を見せた。
「ごめん、私こっちだから。また会おうね」
突然、渡辺さんはそのようなことを言ったので僕は言葉に詰まった。渡辺さんは僕に手を振り、廊下へと消えていった。
◇ ◇ ◇
僕らは今、あの事故が起きかけた交差点の前に立っていた。左右には桜の木が植えられており、すでに開花していた。空には絵具で塗りつぶしたような青が全面に広がっている。天気予報では、明日、一日中くもりと言っていたが、そうなるとはとても思えない。
「赤谷君が助けてくれなかったら、私、死んじゃってたかもしれないんだよね」
あの日の出来事は渡辺さんにとってトラウマなことだと思っていた。けれども、本人が心に傷を負っているようには見えなかった。
目の前の信号が青になると、僕らは一緒に渡った。
「赤谷君、さっきさ、バイトしてるって言ってたよね」
「う、うん、そうだよ」
「どんなバイトしてるの?」
「飲食店だよ」
「バイトってどんなことするの?」
「えーと、ね」
僕は働いている場所の雰囲気、客の様子、従業員との関係を話した。たまには愚痴も混ぜてみたが、渡辺さんは楽しそうに話を聞いてくれた。僕はそれがうれしく、まるで仲のいい女友達のように思えた。
「なんでバイト始めたの?」
渡辺さんからそのような言葉を聞いたとき、僕はうつむいて答えるのをためらってしまった。
「ごめん、聞いたらダメだったよね」
「ううん、大丈夫」
僕はそう言ったものの、会話は途切れてしまった。しばらく沈黙のまま歩いていると、僕が左に曲がる場所についてしまった。渡辺さんは、そのまままっすぐ進もうとしている。
「ごめん、僕はこっちだから、またね」
僕は立ち止まり、別れを告げようとした。だが、渡辺さんは「え?」と言葉をもらし、「ちょっと待ってね」と僕を制止した。そして、僕のほうに近づき、ポケットからスマホを取り出した。
「ライン、交換しない?」
「・・・・・・え?」
突然の申し出に思いがけずまぬけな声を出してしまった。
「う、うん、いいよ」
衝動的に声が出た。僕は女の子とLINEを交換するのが二回目だった。いや、あれを女の子と数えていいのか微妙だけれど。渡辺さんはそれを終えた後、嬉しそうに「ありがとう、じゃあね」と言いながら走り去ってしまった。
僕はそれを見送った後、バイト先へと向かった。
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