僕は咲き、わたしは散る

ハルキ

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11.後悔

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 4月17日 水曜日

 あかりが今日、みらいに会いに行くと聞いて正直不安だった。松葉づえで本当に行けるのだろうか。学校に着いてからもその考えしか浮かんでこなかった。
 「おう、慎之介」
 前から声が聞こえてきた。竹下だ。竹下の声は少し距離があってもはっきりと聞き取れる。竹下は僕のほうへ近づいてきた。けれど、その動作に僕は違和感を覚えた。
 「右足、大丈夫か?」
 竹下は右足をひきずりながら歩いていたのだ。昨日までそんな様子はなかったのに。もしかしたら、部活で痛めてしまったのかもしれない。
 「あぁ、これか。昨日の部活の練習で捻挫しちまってよ。病院に行ったら、三日間は安静って医者に言われてよ。だから、それまでは部活は手伝いだけになっちまった」
 「大変だね」
 あかりが同じようなことになったから竹下に同情することができた。だけど、けがをして落ち込んでいるという様子はなく、むしろいつもより声が響いて聞こえた。
 竹下は捻挫をした右の足首を見せてきた。そこにはテーピングが巻かれていて、竹下は「見るか?」とテーピングを取ろうとしたが、僕は「見せなくてもいい」とそれを制止した。竹下は「そうか」と残念そうな顔を浮かべた。
 しかし、竹下はいつものように僕の肩を組んできた。僕は、またか、と心の中でため息をもらした。
 「渡辺さんのこと、好きなのか?」
 「だから、好きじゃないんだって」
 あきれながらそう言った。しかし、目の前には教室から渡辺さんが出てきたのが見えた。心臓の鼓動が速くなるのを感じる。もしかしたら、さっきの僕の言葉を聞かれていたのかもしれない。だけど、いまさら『違う、好きだよ』と言えるはずもなかった。
 「なるほどなぁ、お前あっちの子のほうが好みなのか」
 虚を突かれ、僕は目を大きく見開いて竹下を見た。竹下は渡辺さんがいることに気づいていないようだった。
 こいつは何を言ってるんだ。それにあっちの子ってなんだ。
 竹下は何か勘違いしているのかもしれない。僕とそっくりな人を見間違えたのかもしれない。そんな思いが頭の中をよぎる。
 「昨日さ、俺、病院行ってお前のこと見つけたから追ってみたんだ。で、そしたら、お前とひとりの女子が話しているところを見たんだ。あれ、青山みらいだろ。俺、あいつと中学一緒だからいろいろ教えられると思うぜ。まぁ、でも、お前ら、もう名前で呼び合っているのだからその必要ねぇか」
 竹下は最後に僕の肩を数回叩いて笑いをこぼした。僕は昨日、病室を覗いていた人物を思い出した。それは竹下だったのだ。僕は体の中にたまっていた疑問を取り除くかのように大きく息をはいた。
 けれど、次の瞬間には悪寒が僕の身体をはしった。僕はおそるおそるまっすぐ前を見た。そこには口と目を大きく開いている渡辺さんがいた。気づいたときにはもう遅かった。もう、さきほどの会話を聞かれていたのだ。
 渡辺さんはまぶたから一粒の涙を流し、廊下を走っていった。涙は空中に投げ出され、地面に滴り落ちた。僕の脚はおもりがついているかのように動かなかった。けれども、渡辺さんを追いかけても、声をかけることができなかったと思う。もう、僕の恋は終わったのだと、それを実感し胸のあたりが苦しくなった。
 
 
 
 その後、渡辺さんは一限を休んだ。まわりの人は、朝来ていたのにもかかわらず、授業を休んだことをさぼりだと口々にそう言っていた。僕はそいつらを殴りたいと心の底から思った。けれど、そんなことをしても無意味なことに気が付いた。
 二限目には渡辺さんは授業に参加していたが、ぼんやりと教科書を眺めているだけで、何度か名前を言われてようやく反応するという様子だった。
 僕は渡辺さんに謝りたかった。けれど、どう言えばいいのかわからず、ずっと自分の席で考え込んでいた。
 竹下には一応、謝られた。僕は、「いいよ」となんでもないように言い返したけれど、本当は叫びたいほど竹下を恨んでいた。
 六限目が終わると、渡辺さんは顔を見せずに教室を出て行った。それが僕にとってはショックだった。もう嫌われたのかな、と心の中に悲壮感を抱きながらバイトへと向かった。
 


 バイト中は、まさに心ここにあらず、だった。いつもはしないようなミスを連発し、店長に心配されて早めにあがらせてもらった。腕時計を見てもまだ九時だった。家に帰ると、あかりが「おかえり」と出迎えてくれた。けれども、僕は『ただいま』とも言わず、二階へと階段をあがろうとした。
 「料理食べないの?」
 「ごめん、今日は、いいや」
 あかりが後ろから声をかけてきたが、僕はそれを断った。今の僕は食べる気力すらなかったのだ。
 自分の部屋に入り、倒れるかのようにベッドの上に寝転がる。そして、唇をかみしめた。
 僕がみらいのことを好きなわけがない。僕だって好きでみらいのことを呼び捨てしているわけではない。あの時にみらいがあんなことを言わなければよかったら、あんなことにはならなかった。
 いや、悪いのは竹下だ。あいつがあんなことを渡辺さんの前で言わなければよかったのだ。そうだ、そうに違いない。
 僕は竹下のことを憎もうとした。人の恋沙汰に土足で踏み込んでくるような奴を全力で恨もうとした。ベッドの思いっきり叩きたいほど強い憎悪が膨れ上がろうとしていた。しかし、それらは一瞬で最初からなかったかのように消えていった。僕はみらいと初めて出会った日のことを思い出したのだ。あの日、僕はみらいの発言の意味を勘違いして、激昂してしまったのだ。その事実を知った後、そんな自分を情けなく思った。
 もしかしたら、今日のことも自分が悪いのかもしれないという考えにたどり着いた。竹下に渡辺さんのことが好きだと発言できていれば、そうでなくとも好意を否定しなければ、下手な演技でもして認知させることができたなら、こんな状況にはなっていなかったかもしれない。
 誰かへと向いていた怒りはいつのまにか自分へと向かっていた。自分にどう怒りをぶつけていいのかわからない僕はただじっとしていることしかできなかった。少しの間、身もだえていると、頬に暖かいものがつたっていくのを感じた。それはベッドの上に落ち、ひとつ、またひとつと落ちていった。
 

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