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12.助言
しおりを挟む4月18日 木曜日
結局、今日も渡辺さんに話しかける勇気はわいてこなかった。ラインなら、とも思ったりしたが渡辺さんがどう思っているのかと考えると恐ろしくて文字を打とうとするだけで指先が震えるほどだった。
学校が終わると、すぐに家に帰ってきた。一昨日、みらいとこの日に病院に行くと約束していた。けれども、行く気が起きないという言い訳を何度も心の中で繰り返した。
玄関を開けて、リビングを見ると祖母が出迎えてくれた。
「おかえり、早かったね」
「うん、今日は、バイトがないから」
僕は昨日と同じようにすぐ、自分の部屋へ行こうとした。
「今日は、病院行くんじゃなかったのかい?」
それを聞いた途端、階段の途中で僕の脚が止まる。なんで知っているのか、と疑問に思ったが、あかりが話したのかもしれない。別に忘れていたわけではない、行かなくても何も問題ない。
「ううん、大丈夫」
捨て台詞のように言い、自分の部屋に入った。壁に貼り付けられている天井ほどの高さの棚は漫画がびっしりと並べられている。どれもが何度も読んだことがあるものの、そこからひとつの漫画を取り出し、ベッドの上に寝転がり読み始めた。
こんなことをしているとあかりが入院する前のことと同じ怠惰な生活に戻っていることに気が付いた。この一週間、バイトに行ったり、病院に行ったりで休みがなかった。今日ぐらいは休んでもいいだろ、と心の中の悪魔がささやき、僕はその通りに過ごしてしまった。
あかりが帰ってきたのは七時だった。玄関の扉が開いたのと、祖母の声が聞こえてきたのだ。しばらくはなんの音もなかったが、少しすると誰かが階段を上がってくるのが聞こえてきた。
「ただいま」
扉が開いた音とともにそんな声が聞こえてきた。そちらを見なくてもわかる、そこにいるのはあかりだった。
「おかえり」
僕は漫画から目を離すことなくそう言った。
「お兄ちゃん、最近大変だったのはわかるけど、晩御飯くらいは作っておいてよね」
あかりの声はとげとげしかった、けれども、僕は機械のように感情も何も抱かず、「うん」とぶっきらぼうに返事した。
「それで、みらいさんはどうだったの?」
「行ってない」
「えっ?」
「行ってない」
僕がそう言うと、部屋の中が静かになった。そのため、僕が漫画のページをめくる音がはっきりと聞こえてきた。
約束を破ってしまったことに少しは罪悪感を抱いていたものの、またバイトがない日、火曜日にも会えるため、行かなくてもいいと考えていた。
しばらくして、あかりがこちらに近づく音が聞こえてきた。すると、あかりは僕が読んでいた漫画を無理やり奪ったのだ。今日、初めて目が合った。
「お兄ちゃんはみらいさんのこと、なんにもわかってないんだよ! みらいさんは・・・・・」
あかりは言いかけた言葉を止めた。みらいがいったいなんなのだろう。僕はそれが気になって聞こうとしたけれど、あかりはその前に涙を浮かばせながらこちらを睨んできた。
「お兄ちゃんが行かないなら、あたしが行く」
あかりはそう言い僕の部屋を急いで出て行った。あかりはまだ足が完治していないので松葉づえをつかっている。僕はベッドから起き上がり、あかりを追いかけた。すると直後、ものすごい音が階段のほうから聞こえてきた。あかりが階段から落ちたのだ。駆け付けると、あかりは降りた先でうずくまっていた。しかし、あかりはすぐに立ち上がろうとしていた。
「おい、無理するな」
階段を下りて、あかりの体を持ち上げようとした。しかし、それをあかりはそれを拒んだ。そして、あかりは玄関へと歩こうとしていた。
「わかった、行ってくるよ」
そう言うと、あかりは踏み出しかけた足を止め僕の胸元へ倒れこんだ。それから、あかりは眠っているかのように何も言わなかった。
家を出ると、外は当然のように夜だった。この時間からどこかへ向かうことがあまりない僕にとってはなんだか不思議な気持ちだった。病院へ行くふりをして適当に歩こうと思ったけれど、あかりにばれそうなのでやめた。昔から、あかりは僕の嘘を見抜くのがうまいんだよな。それにしても、あかりはどうしてあれほどみらいに固執しているのだろうか。それに、さっきあかりが言いかけた言葉が気になる。
この時間に病院へ来るのは初めてだった。診察室はもう時間外なので、中には人がほとんどいなかった。
いつもの病室にたどり着くと、そこにはもうあかりの名前はなくなっていた。僕はさみしいような嬉しいような複雑な感情が入り混じった。
病室の扉を開けようとしたとき、入るのをためらった。今の僕には作り笑顔をするだけの気力はなかったのだ。
みらいは一か月前から入院して、長い間ひとりぼっちだった。話し相手が欲しいのだということは容易に想像できる。それも同じ年代ほどの。
今の僕にみらいを喜ばせるほどの会話ができるのだろうか。それを考えていると、手が震えた。それとともに、扉ががたがたと鳴った。
「誰?」
音が聞こえたのだろう、中から声が聞こえてきた。みらいの声だ。しかし、それは今にも消え入りそうな声だった。僕はこの日にみらいと会う約束をした。もしかしたら、と僕は何も考えず扉を開けた。
バタン、と大きな音をたて、いつも通りベッドの上にいたみらいは驚きの表情を浮かべていたが、すぐに安堵の表情を浮かべた。
「なんだ、慎之介か、びっくりした」
「ごめん」
突然、沸き上がった感情も一瞬で冷めるように、僕は冷静さを取り戻した。扉をゆっくりと閉めてベッドの隣にある椅子に座った。
「今日はもう来ないかと思ったよ」
「うん」
「来なかったらキスできたのにな、残念」
「・・・・・・」
「そこは突っ込むとこでしょ」
「・・・・・・」
「ねぇ、なにかあったの?」
心臓がドクン、と跳ね上がった。けれど、いつもとは様子が違うことは明らかなので当然かと思った。やっぱり来なければよかった、と心の中でつぶやいて椅子から立ち上がろうとした。
「なにもなによ、じゃあ・・・・・・」
そう言うと、手をがっしりと掴まれた感触がした。見ると、みらいが病室から行かせないように手を掴んでいた。暖かい、そして僕にでも振りほどけるほど力が弱い。けれど、僕はそれをふりほどこうとはしなかった。みらいがまっすぐ僕の目を見ていたのだ。頭から逃げるという選択肢を消してしまうほど、きれいな瞳を宿していた。
みらいは僕に逃げる意思がなくなったのを確認すると、手を離して優しく子供に話しかけるように言った。
「話して」
僕の悩みは、好きな人を傷つけてしまったということだった。しかし、それを女の子であるみらいに話すのはどうすればいいのだろうと考えた。
「僕は、大切な人を、傷つけてしまったんだ」
嘘はついていない、言葉足らずなだけだ。
「その相手って、男の子?」
ハッ、と息をのんだ。額から汗が頬を伝い、地面に滴り落ちる。僕はしばらくの間、言葉が喉に詰まっていた。これだけ黙っていたら、勘づかれているだろう。
「慎之介の、好きな、人?」
言葉が出せない。この間の僕の沈黙は、みらいの質問に「はい」と答えているのと同義なのはわかっている。だけど、『ううん、違うよ』という簡単な言葉さえ喉の奥から出てこない。
やっぱり来るんじゃなかった。
それを知ってみらいはどのような反応を見せるのだろうか。僕をからかいにくるのか。それとも、あかりにこのことをばらすのか、どちらにしても嫌なことだ。もしかしたら、両方かもしれない。
みらいを見ると、うつむいていてどんな表情をしているのかわからなかった。みらいが僕を笑いものにするのではないかと身構えていたものの、それはいつまで待ってもやってこなかった。
「傷つけてしまったことはその人に一生残る。だけど、大事なのはその後、どうするかってことだと思う。誰かを傷つけてしまったのなら、その人を幸せにしたらいい。慎之介はその人と付き合いたいんでしょ?」
僕はうなずいた。
「じゃあ、その人に傷つけてしまったことを忘れられるくらい、いっぱい幸せにしたらいいと思う。慎之介にはそれができるよ」
みらいは僕に向かって笑顔を浮かべた。昨日の朝以来、渡辺さんと話すことを自ら怖がっていたのだと気が付いた。まさか、みらいにそんなことを言われるなんて思ってもみなかったので僕は開いた口がふさがらなかった。家を出る前のあかりの言葉がわかった気がする。
たしかに、僕はみらいのことを全然わかっていなかったのだ。先ほどまで、来なければよかったと心の中で埋め尽くされていたが、今では来てよかったに変わっていた。
先ほどまで気力がなかったのが嘘かのように、全身に力がみなぎっていた。僕は病室の外へ出ようとした。
「ありがとう」
明るくそう言った。けれども、みらいは僕をではなく、窓の外にある桜の木をながめていた。
「みらい?」
「うん、バイバイ」
興奮状態だったため、みらいの声がどのようだったかよくわからなかった。だけど、少し悲しそうな声だったと思う。
僕はみらいの言葉を胸の中にメモをし、駆け足で家に帰った。
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