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手紙
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その日、私は学校を休んだ。
疲労が激しくて起き上がれず、夕方まで寝ていたというのに、まだ消耗しきっていた。
なのに、仕事を休んで家にいた母が昨夜の話を蒸し返す。母は私が内緒で付き合っている男の子と何かトラブルに巻き込まれて帰りが遅くなったと思い込んでいて、それを私の口から白状させたいようだった。
「奈緒……お父さんとも相談したんだけど、塾は辞めて家庭教師に来てもらわない?」
私は疲れ果てていた。だから抑制が効かなかった。
「家に閉じ込めておけば、塾を口実に夜出歩かないと思うから?」
疲弊した精神では、気を遣った言葉で穏やかに話を進めるなんてできなかった。
「私、塾をさぼったことなんてない」
星志との約束だったから。もっと一緒にいたいのも我慢して、門限を守っていた。
たった一度門限を破っただけで――世界は手のひらを返して私を責める。今までの私の努力と忍耐は何だったのだろう。
「それは分かっているわ」
だったら何故信用してくれないの。私は悪いことなんてしてない。ただ、星志と会って話がしたいだけなのに。
「でも、心配なの。あなたは真面目で優しい、いい子だから」
……優しい?
私の中の何かが、綻びた。
「……お母さんたちがそれを望んだから」
止められない。
「――え、何?」
私の抱える闇が、流れ出す。
「お母さんたちが期待したような人間になろうと、私、頑張った。頑張って、頑張って、頑張って――でも、無理だったの。無理だったのよ」
私は人になれなかった。誰にでも思いやりを示す優しい人に。
「私たちが……何を? 何か……そんなに無理なことを?」
みんなには無理ではなかっただろう。
でも、私には。
「私は……私は、世界なんて核兵器で滅びてしまえって本気で願うような者にしかなれなかったのよ!」
私は叫んで家を飛び出した。
星志に会いたかった。
ひたすら会いたかった。
歩道橋に行くと、星志がいつも座っている場所に、風に飛ばされないように石で重しをした手紙があった。
『奈緒、家の人とけんかしなかった?
もししたなら今度は僕が言うよ
仲直りしてね 』
柔らかくどこか幼い文字が涙で滲んだ。
『奈緒が悲しむから
僕は怪我がマシな状態になるまで
ここに来ない
ごめんね 何も話さなくて
奈緒をこれ以上悲しませたくないから
優しい奈緒を悲しませたくないから
今は何も聞かないで 』
私は優しくなんてない。優しいのは、星志の方。
『僕の家の窓から かろうじて月が見える
僕はここから月を見てるから
奈緒もどこかから月を見上げて
そうしてくれたら
僕は奈緒をすぐ隣に感じられる
同じように
奈緒も僕を感じてくれたらうれしい
また 奈緒に会いたいよ
笑顔の奈緒に会いたいよ
この場所で 』
私は手紙を抱きしめて泣いた。
歩道橋にかかる夕日の色は、いつか星志と雨宿りした公民館の灯の色に似て、切なく優しかった。
疲労が激しくて起き上がれず、夕方まで寝ていたというのに、まだ消耗しきっていた。
なのに、仕事を休んで家にいた母が昨夜の話を蒸し返す。母は私が内緒で付き合っている男の子と何かトラブルに巻き込まれて帰りが遅くなったと思い込んでいて、それを私の口から白状させたいようだった。
「奈緒……お父さんとも相談したんだけど、塾は辞めて家庭教師に来てもらわない?」
私は疲れ果てていた。だから抑制が効かなかった。
「家に閉じ込めておけば、塾を口実に夜出歩かないと思うから?」
疲弊した精神では、気を遣った言葉で穏やかに話を進めるなんてできなかった。
「私、塾をさぼったことなんてない」
星志との約束だったから。もっと一緒にいたいのも我慢して、門限を守っていた。
たった一度門限を破っただけで――世界は手のひらを返して私を責める。今までの私の努力と忍耐は何だったのだろう。
「それは分かっているわ」
だったら何故信用してくれないの。私は悪いことなんてしてない。ただ、星志と会って話がしたいだけなのに。
「でも、心配なの。あなたは真面目で優しい、いい子だから」
……優しい?
私の中の何かが、綻びた。
「……お母さんたちがそれを望んだから」
止められない。
「――え、何?」
私の抱える闇が、流れ出す。
「お母さんたちが期待したような人間になろうと、私、頑張った。頑張って、頑張って、頑張って――でも、無理だったの。無理だったのよ」
私は人になれなかった。誰にでも思いやりを示す優しい人に。
「私たちが……何を? 何か……そんなに無理なことを?」
みんなには無理ではなかっただろう。
でも、私には。
「私は……私は、世界なんて核兵器で滅びてしまえって本気で願うような者にしかなれなかったのよ!」
私は叫んで家を飛び出した。
星志に会いたかった。
ひたすら会いたかった。
歩道橋に行くと、星志がいつも座っている場所に、風に飛ばされないように石で重しをした手紙があった。
『奈緒、家の人とけんかしなかった?
もししたなら今度は僕が言うよ
仲直りしてね 』
柔らかくどこか幼い文字が涙で滲んだ。
『奈緒が悲しむから
僕は怪我がマシな状態になるまで
ここに来ない
ごめんね 何も話さなくて
奈緒をこれ以上悲しませたくないから
優しい奈緒を悲しませたくないから
今は何も聞かないで 』
私は優しくなんてない。優しいのは、星志の方。
『僕の家の窓から かろうじて月が見える
僕はここから月を見てるから
奈緒もどこかから月を見上げて
そうしてくれたら
僕は奈緒をすぐ隣に感じられる
同じように
奈緒も僕を感じてくれたらうれしい
また 奈緒に会いたいよ
笑顔の奈緒に会いたいよ
この場所で 』
私は手紙を抱きしめて泣いた。
歩道橋にかかる夕日の色は、いつか星志と雨宿りした公民館の灯の色に似て、切なく優しかった。
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