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最後の挨拶
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一週間後、私は柚木君たちと星志が死んだ場所を訪れた。
つい二日前まで私は熱を出して寝込んでいたので、星志の葬儀には出られなかった。
母親が逮捕されて他に身寄りのない星志の葬儀は、市営住宅の自治会と学校関係者などが費用を出し合って行ってくれたそうだ。
星志たち親子に無関心だった人間たちの、今更のような善行に皮肉を言うつもりはない。けれど、決して褒めたくもなかった。
事件がワイドショーでも取り上げられたせいか、市営住宅の四階の踊り場にはたくさんの花と菓子、飲み物が供えられていた。
私はテレビや新聞などの報道を一切見なかった。どうせそこに真実などない。だから父が調べてくれた客観的な事件のあらましだけを聞いた。
明け方、泥酔して帰ってきた母親は妙に機嫌のいい息子が癇に障り、散々殴った果てに台所にあった包丁で胸と腹を刺した。刺して──正気に返った。
星志は部屋から外へ出て、階段の踊り場で倒れた。その時たまたま下の階にいた新聞配達員が尋常でない女性の悲鳴を聞きつけて階段を上がり、踊り場で倒れている星志と包丁を握ったままで半狂乱の母親を見つけた。
──あんたがやったのか
叫んだ新聞配達員に、その時まだ意識のあった星志が最後の力を振り絞るように首を振り、言ったという。
違う。自分で刺した。お母さんじゃない、と。
星志は母から逃げるために外へ出たのではなく、母は関係ないと庇うために遠ざかろうとしたのだ。
(お母さんを助けて)
(ひとりぼっちでかわいそうだ)
刺されてもなお、母を守ろうとした星志がとても悲しかった。
「私……星志に何の花が好きか聞かなかった」
持ってきた花を供えて私が呟くと、
「いいじゃないか、何でも。あいつは文句言うような奴じゃないよ」
柚木君がスナック菓子を置いた。
私は頷いて目を閉じ、手を合わせた。木下君たちもそれぞれ持ってきた花や菓子を置いて合掌した。
「僕、将来学校の先生になりたいと思ってるけどさ、もしなれたら……星志君を見捨てたような教師にはならないって誓うよ」
木下君がそう言うと、小林さんが小さくため息をついた。
「私は……結婚して子供ができたら、絶対子供を悲しませないお母さんになる」
誰も、と柚木君が不機嫌に言う。
「誰も最初から嫌な奴になろうと思ってなるんじゃないだろう。誰だっていつも優しくありたいって、ホントはそう思ってるんだ」
「だけど……俺たちはたかが人間だからね」
妙に悟ったように高瀬君が笑った。
「人間だから、自分の思うようには生きられないんだよ」
私は視線を上げ、空を見上げた。
高層マンションに囲まれ、隙間からしか見えない狭い空を。
「でも……誰かを愛することはできるよ」
空は透明だった。星志のように。
「星志が言ったの。私達は誰かを愛するために生まれてきたんだ、って。その誰かを探して歩くために……足があるんだ、って」
そう教えてくれた星志はもういない。
ひとり、遠くへ行ってしまった。どこまで歩いても、追いつけない彼方へ。
階段を下りようとした時、私のスマホからショパンの別れの曲が流れた。
スマホに触ってもいないのに鳴り響くメロディー。その意味を悟って、私達は顔を見合わせ、俯いた。
私は堪えきれずに泣いた。泣きながらゆっくり階段を下りた。
階段を下りる間、別れの曲は鳴り続けた。
星志の、最後の挨拶だった。
つい二日前まで私は熱を出して寝込んでいたので、星志の葬儀には出られなかった。
母親が逮捕されて他に身寄りのない星志の葬儀は、市営住宅の自治会と学校関係者などが費用を出し合って行ってくれたそうだ。
星志たち親子に無関心だった人間たちの、今更のような善行に皮肉を言うつもりはない。けれど、決して褒めたくもなかった。
事件がワイドショーでも取り上げられたせいか、市営住宅の四階の踊り場にはたくさんの花と菓子、飲み物が供えられていた。
私はテレビや新聞などの報道を一切見なかった。どうせそこに真実などない。だから父が調べてくれた客観的な事件のあらましだけを聞いた。
明け方、泥酔して帰ってきた母親は妙に機嫌のいい息子が癇に障り、散々殴った果てに台所にあった包丁で胸と腹を刺した。刺して──正気に返った。
星志は部屋から外へ出て、階段の踊り場で倒れた。その時たまたま下の階にいた新聞配達員が尋常でない女性の悲鳴を聞きつけて階段を上がり、踊り場で倒れている星志と包丁を握ったままで半狂乱の母親を見つけた。
──あんたがやったのか
叫んだ新聞配達員に、その時まだ意識のあった星志が最後の力を振り絞るように首を振り、言ったという。
違う。自分で刺した。お母さんじゃない、と。
星志は母から逃げるために外へ出たのではなく、母は関係ないと庇うために遠ざかろうとしたのだ。
(お母さんを助けて)
(ひとりぼっちでかわいそうだ)
刺されてもなお、母を守ろうとした星志がとても悲しかった。
「私……星志に何の花が好きか聞かなかった」
持ってきた花を供えて私が呟くと、
「いいじゃないか、何でも。あいつは文句言うような奴じゃないよ」
柚木君がスナック菓子を置いた。
私は頷いて目を閉じ、手を合わせた。木下君たちもそれぞれ持ってきた花や菓子を置いて合掌した。
「僕、将来学校の先生になりたいと思ってるけどさ、もしなれたら……星志君を見捨てたような教師にはならないって誓うよ」
木下君がそう言うと、小林さんが小さくため息をついた。
「私は……結婚して子供ができたら、絶対子供を悲しませないお母さんになる」
誰も、と柚木君が不機嫌に言う。
「誰も最初から嫌な奴になろうと思ってなるんじゃないだろう。誰だっていつも優しくありたいって、ホントはそう思ってるんだ」
「だけど……俺たちはたかが人間だからね」
妙に悟ったように高瀬君が笑った。
「人間だから、自分の思うようには生きられないんだよ」
私は視線を上げ、空を見上げた。
高層マンションに囲まれ、隙間からしか見えない狭い空を。
「でも……誰かを愛することはできるよ」
空は透明だった。星志のように。
「星志が言ったの。私達は誰かを愛するために生まれてきたんだ、って。その誰かを探して歩くために……足があるんだ、って」
そう教えてくれた星志はもういない。
ひとり、遠くへ行ってしまった。どこまで歩いても、追いつけない彼方へ。
階段を下りようとした時、私のスマホからショパンの別れの曲が流れた。
スマホに触ってもいないのに鳴り響くメロディー。その意味を悟って、私達は顔を見合わせ、俯いた。
私は堪えきれずに泣いた。泣きながらゆっくり階段を下りた。
階段を下りる間、別れの曲は鳴り続けた。
星志の、最後の挨拶だった。
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