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回想~過去編
第十九話 「蘇る思い出」
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見る人見る人全員が笑顔だった。
生徒はもちろん、我が子の門出を祝おうと駆けつけた父親や母親だって、晴れやかな良い表情を浮かべていた。
教師たちも同じ。
至る所で写真撮影に励む親子の微笑ましいやり取りを緩んだ表情で見守っていた。
校舎をグルリと取り囲む、淡い桃色が美しい桜の木。
チラチラと桜の花びらが舞い、その一枚一枚が希望で溢れる皆の祝福を称えているようだった。
――この時、俺は言いようの無い孤独感に襲われた覚えがある。
周囲と己との温度差。
単純に、周囲の人々の幸せそうな笑顔が眩しかった。
不安の欠片も無い明るい声を耳が捉え、胸が痛んだ。
それらは俺がまるで経験したことの無いもの。
笑顔なんて適当に周囲を見渡せば目に入る。
声なんて四六時中聞こえてる。
でもそれとは違う。
それとは違う何かも俺の心を抉った。
孤独感は押さえつけようにもどんどん湧き上がってくるので、俺はなすがまま、孤独感をその身にまとっていく他無かった。
――でもこれで良い。
俺は変わった。見えるようになった。感じることが出来るようになった。だからそれで十分。
これでゼロからのスタートなんだということをはっきりと自覚出来た。
だから孤独を感じることは苦痛では無い。
むしろ心地良かった。
やがて、真っ直ぐ歩いていくと昇降口が見えてくる。
その昇降口前には移動可能な黒板が三台並べられ、校内案内図、入学式のスケジュール、新入学生の氏名がビッシリと記されているクラス分けの一覧表が掲示されていた。
昇降口前はそんなに混み合っていなかったので、俺は早々に今日一日の流れを確認し、クラス表の中から自分の名前を探した。
「高月……高月は……っと……………………あったあった。俺は二組か」
小さい文字列のおかげで目がチカチカしてしまったが、ものの十秒も掛からずに高月望という単語を見つけることが出来た。
そして、これから学び舎を共にして行くクラスメイトの名前もざっと確認した。
見たところ、全く見た覚えのない名前、知らない名前しかなかった。
――顔見知りと同じクラスではない。
これだけの事実で心底から漲って来た意欲、そして冒険心。
しわもくすみも何もない、真っ新で真っ白な画用紙が目の前に置かれたような感覚だった。
そこに少しずつ少しずつ、己の未来を描きこんでいく。
目の前にパァーっと、自由で大きな空間が広がったような気がして思わず笑みがこぼれた。
これで意気盛んとなった俺は、入学式が行われる体育館へ向かうことにした。
――黒板の掲示物を横目に、二、三歩足を運ばせたところで不思議な違和感。
新聞などのかなり小さい文字でも、ピンポイントで目が留まってしまうと実際は小さかろうがその文字だけが大きく見え、周囲から独立して良く目立って見えるのはなぜなのだろうか?
俺は黒板の下から去る直前に「ある名前」に目が留まった。
最初に目が留まった時は何事も無かったかのようにすぐ視線を逸らしたが、 なぜか視線を逸らした先にもその名前が浮かんで見えるものだから、ふと一瞬立ち止まり、また視線を戻した。
チカチカするくらいビッシリと小さい文字で表記されているくせに、俺の目はちょうどさっきの「ある名前」を捉えていた。
黒川美紗――。
違和感の正体は、紛れも無く黒川美紗という人物の名前が目に入ったからに他ならない。
こんな些細なことで一気に引き出しから溢れ出る思い出。
よく小さい頭の中にこんな膨大な量の思い出をしまって置けるものだと感心してしまう。
――俺が九歳の頃の話だ。
俺は物心つくかどうかの時に母親を亡くしている。
しかし父は母の死後も、再婚せずに男手一つで俺を育ててきた。
親戚の類に預けるといったこともせずに、ずっと面倒を見てくれた。
今もそうだが、俺は昔からずっと父の仕事の詳細を知らない。
何となく如何わしい仕事でもしているんだろうな……くらいしか分からない。
しかしその頃の父の行動パターンは、今はもう転職でもしたのかと思う位、勝手が違っていた。
今とは間逆の、夕方出掛けて朝方帰ってくるという生活スタイルではなく、俺と同じ時間に出掛けて、夜には帰ってくるという生活スタイルだった。
しかも何かと融通が利くようで、俺が風邪をこじらせてしまった時も常に自宅で看病してくれていた。
父はとても器用な人で、毎日仕事で疲れているはずなのに、帰ってきてからは洗濯をし、風呂の準備もし、夕食の支度までやってのけていた。
俺はそんな父が好きだったし、同時に助けてあげたいと強く思っていた。
だからいつもくっ付いてコミュニケーションを取っていたし、見よう見まねで家事万般も出来るようになった。
どんな時も嫌な表情一つ見せない、いつも明るくてちょっと意地悪な子ども思いの父。
今はもうかつての様な仲の良い関係では無くなってしまったが、関係が悪化したのではなく、俺に自立を促すために距離を置いているのかもしれない。
現に、毎週用意されている5千円の小遣い。
これは、月に換算すると2万円ほどになる。
正月には色を付けて結構な額のお金をくれる。
果たしてこれが自立を促すために有効なのかは怪しいが、父なりに最善を尽くしているのだろう。
そして、当時俺は小学三年生。
平日は特に問題は無いが、学校に通う子どもには夏休みなどの長期休暇がある。
でも子を養うために仕事をしている大人には一ヵ月続く夏休みなどはない。
そんな時に通わされていたのが「ひまわり園」という学童保育施設だった。
長期間、夜まで子どもが一人で暮らすことは難しい。
いくら大丈夫だと謳っても、父にとっては虚勢を張っているようにしか見えなかったらしい。
いや、それ以前に心配なのだ。
子を思う親の気持ちとしては心配して当たり前。
なので半ば強制的に通わされることになった。
そしてそのひまわり園で出会ったのが、俺と似たような境遇を持つ、黒川美紗その人だった――。
生徒はもちろん、我が子の門出を祝おうと駆けつけた父親や母親だって、晴れやかな良い表情を浮かべていた。
教師たちも同じ。
至る所で写真撮影に励む親子の微笑ましいやり取りを緩んだ表情で見守っていた。
校舎をグルリと取り囲む、淡い桃色が美しい桜の木。
チラチラと桜の花びらが舞い、その一枚一枚が希望で溢れる皆の祝福を称えているようだった。
――この時、俺は言いようの無い孤独感に襲われた覚えがある。
周囲と己との温度差。
単純に、周囲の人々の幸せそうな笑顔が眩しかった。
不安の欠片も無い明るい声を耳が捉え、胸が痛んだ。
それらは俺がまるで経験したことの無いもの。
笑顔なんて適当に周囲を見渡せば目に入る。
声なんて四六時中聞こえてる。
でもそれとは違う。
それとは違う何かも俺の心を抉った。
孤独感は押さえつけようにもどんどん湧き上がってくるので、俺はなすがまま、孤独感をその身にまとっていく他無かった。
――でもこれで良い。
俺は変わった。見えるようになった。感じることが出来るようになった。だからそれで十分。
これでゼロからのスタートなんだということをはっきりと自覚出来た。
だから孤独を感じることは苦痛では無い。
むしろ心地良かった。
やがて、真っ直ぐ歩いていくと昇降口が見えてくる。
その昇降口前には移動可能な黒板が三台並べられ、校内案内図、入学式のスケジュール、新入学生の氏名がビッシリと記されているクラス分けの一覧表が掲示されていた。
昇降口前はそんなに混み合っていなかったので、俺は早々に今日一日の流れを確認し、クラス表の中から自分の名前を探した。
「高月……高月は……っと……………………あったあった。俺は二組か」
小さい文字列のおかげで目がチカチカしてしまったが、ものの十秒も掛からずに高月望という単語を見つけることが出来た。
そして、これから学び舎を共にして行くクラスメイトの名前もざっと確認した。
見たところ、全く見た覚えのない名前、知らない名前しかなかった。
――顔見知りと同じクラスではない。
これだけの事実で心底から漲って来た意欲、そして冒険心。
しわもくすみも何もない、真っ新で真っ白な画用紙が目の前に置かれたような感覚だった。
そこに少しずつ少しずつ、己の未来を描きこんでいく。
目の前にパァーっと、自由で大きな空間が広がったような気がして思わず笑みがこぼれた。
これで意気盛んとなった俺は、入学式が行われる体育館へ向かうことにした。
――黒板の掲示物を横目に、二、三歩足を運ばせたところで不思議な違和感。
新聞などのかなり小さい文字でも、ピンポイントで目が留まってしまうと実際は小さかろうがその文字だけが大きく見え、周囲から独立して良く目立って見えるのはなぜなのだろうか?
俺は黒板の下から去る直前に「ある名前」に目が留まった。
最初に目が留まった時は何事も無かったかのようにすぐ視線を逸らしたが、 なぜか視線を逸らした先にもその名前が浮かんで見えるものだから、ふと一瞬立ち止まり、また視線を戻した。
チカチカするくらいビッシリと小さい文字で表記されているくせに、俺の目はちょうどさっきの「ある名前」を捉えていた。
黒川美紗――。
違和感の正体は、紛れも無く黒川美紗という人物の名前が目に入ったからに他ならない。
こんな些細なことで一気に引き出しから溢れ出る思い出。
よく小さい頭の中にこんな膨大な量の思い出をしまって置けるものだと感心してしまう。
――俺が九歳の頃の話だ。
俺は物心つくかどうかの時に母親を亡くしている。
しかし父は母の死後も、再婚せずに男手一つで俺を育ててきた。
親戚の類に預けるといったこともせずに、ずっと面倒を見てくれた。
今もそうだが、俺は昔からずっと父の仕事の詳細を知らない。
何となく如何わしい仕事でもしているんだろうな……くらいしか分からない。
しかしその頃の父の行動パターンは、今はもう転職でもしたのかと思う位、勝手が違っていた。
今とは間逆の、夕方出掛けて朝方帰ってくるという生活スタイルではなく、俺と同じ時間に出掛けて、夜には帰ってくるという生活スタイルだった。
しかも何かと融通が利くようで、俺が風邪をこじらせてしまった時も常に自宅で看病してくれていた。
父はとても器用な人で、毎日仕事で疲れているはずなのに、帰ってきてからは洗濯をし、風呂の準備もし、夕食の支度までやってのけていた。
俺はそんな父が好きだったし、同時に助けてあげたいと強く思っていた。
だからいつもくっ付いてコミュニケーションを取っていたし、見よう見まねで家事万般も出来るようになった。
どんな時も嫌な表情一つ見せない、いつも明るくてちょっと意地悪な子ども思いの父。
今はもうかつての様な仲の良い関係では無くなってしまったが、関係が悪化したのではなく、俺に自立を促すために距離を置いているのかもしれない。
現に、毎週用意されている5千円の小遣い。
これは、月に換算すると2万円ほどになる。
正月には色を付けて結構な額のお金をくれる。
果たしてこれが自立を促すために有効なのかは怪しいが、父なりに最善を尽くしているのだろう。
そして、当時俺は小学三年生。
平日は特に問題は無いが、学校に通う子どもには夏休みなどの長期休暇がある。
でも子を養うために仕事をしている大人には一ヵ月続く夏休みなどはない。
そんな時に通わされていたのが「ひまわり園」という学童保育施設だった。
長期間、夜まで子どもが一人で暮らすことは難しい。
いくら大丈夫だと謳っても、父にとっては虚勢を張っているようにしか見えなかったらしい。
いや、それ以前に心配なのだ。
子を思う親の気持ちとしては心配して当たり前。
なので半ば強制的に通わされることになった。
そしてそのひまわり園で出会ったのが、俺と似たような境遇を持つ、黒川美紗その人だった――。
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