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第09話 休日①
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成人の日から15日目、その日を休日とする事になった。
いくらレベルアップによってパラメーターが上がり、身体能力が強化されるとは言っても、疲れるものは疲れる。休日は必須だ。
冒険者家業において、休日が取れるという事は、休日を取っても問題が無い程度は稼げているという事でも有る。
冒険者は日雇い労働者と同じで、日銭を稼いで生活している。そのため、『冒険者殺すにゃ刃物はいらぬ、雨が三日も降れば良い』なんて言葉が生まれる程に天候に左右される職業でもある。
つまり、俺達が休日を取れているという事は、雨が数日降り続いたとしても問題が無い程度の蓄えが可能なぐらいは稼げているという事だ。
俺達は、成人後半月目にして、何とかその状態にまで来られたって事である。
俺達のパーティーは、孤児院組と口減らしなミミと、全員が家無し、着の身着のまま状態だった。そのため、宿代・食事代を稼いだ上で、身の回りのもの全てを揃える必要があった訳だ。下着数セット、上着を数セット、部屋着、タオル等の洗面用具。さらには、それらを入れるバッグ等の入れ物類。女性陣は生理用品も、だ。
「服はともかく、下着は新品で!」
そう言う、ミミの宣言もあり、余計にお金が掛かった。まあ、この件に関しては、ミミとシェーラも強く反対はしなかったしな。仕方が無い。
あと、当然、身の回り品以外に、仕事で使用するリュック類、新しいものが『ステール』で手に入った際の鑑定費も掛かる。初日は、ロミナスさんの好意でただで鑑定してもらえたが、それは初日だけだ。
更に、武器や防具のメンテナンスにも費用は掛かる。めったに武器を使用しないミミとティアはともかく、日常的に使用するシェーラと俺はメンテナンスが必須だ。
無論、最低限度のメンテナンスは自身で行っている。だが、一定を超えると、自身では不可能であり、プロに頼んでやってもらうしかない。
俺の場合は、直接攻撃が『ナイフ』によるものだけに、自然超接近戦となる関係上、どうしても防具へのダメージもそれなりに出てしまう。費用がかさむ……。
このメンテナンスだが、シェーラの『大剣』の制作者であるトマスと言う30代の鍛冶師に頼んでいる。シェーラの『大剣』の縁もあって、かなり良くしてもらっていると思う。
あんな剣を作るだけ有って、創作意欲の強い人物で、ミミの前世知識に興味を持ち、時折二人で悪巧みをしては、奥さんであるアリさんにどやされている。
その悪巧みの成果としての『十方手裏剣』を使う身としては、アリさんには申し訳なく思っている。ごめんなさい、全て悪いのはミミです。ミミのせいです。
この『十方手裏剣』は、ミミの「盗賊と言ったら忍者の前職でしょうが! 手裏剣使わんでど~すんの!!」と言う理屈で作成を依頼し、使い始める事となった。
ミミいわく、手裏剣には一般的に、一方、十方、八方の三種類があるそうで、それ以外は、基本それの派生だとのこと。
『一方手裏剣』が一番威力はあるが、その分まともに刺さるように投げるのに技術が必要で、『八方手裏剣』は一番簡単に刺さりやすいが、威力は一番少ないとの事。と言う事で、その中間の性能である『十方手裏剣』を、と言う事になったらしい。
俺のJOBである『盗賊』に上位JOBなるものが存在して、それが『忍者』であるかどうかはともかく、『盗賊』というJOBは『素早さ』『器用さ』特化のJOBである事は間違いない。
この『器用さ』というパラメーターは、身体を思うように動かしたり、効率的に動かすのに関わっている。そのため、この手裏剣投げは、思った以上に短時間で身につける事が出来た。
ただ、所詮は『手裏剣』だ。『八方手裏剣』よりは深く刺さるとは言え、程度の差に過ぎない。JOB的に『力』のパラメーターが低い事もあり、本格的なダメージを与える武器としては使えない。
だが、それでも、遠距離攻撃の手段が無かった俺には有り難い事だった。『痩せ狼』や『グリーンゴブリン』の集団戦において、牽制として使用するのには、十分だからな。問題は、狙いを外した際に探すのが大変だって事だ……。
俺達は、この半月でレベルも大分上がった。
ロウ 15歳
盗賊 Lv.8
MP 78
力 2
スタミナ 2
素早さ 18
器用さ 18
精神 2
運 7
SP ─
スキル
スティール Lv.1
気配察知 Lv.4
隠密 Lv.1
ティア 15歳
歌姫 Lv.8
MP 180
力 3
スタミナ 9
素早さ 7
器用さ 3
精神 27
運 ─
SP ─
スキル
歌唱 Lv.1
ミミ 15歳
炎魔術師 Lv.8
MP 230
力 4
スタミナ 4
素早さ 10
器用さ 2
精神 27
運 ─
SP ─
スキル
ファイヤーボール Lv.2
ファイヤーアロー Lv.2
ファイヤーストーム Lv.2
シェーラ 15歳
大剣士 Lv.8
MP 102
力 18 +3
スタミナ 18
素早さ 5
器用さ 3
精神 2
運 ─
SP ─
スキル
強力 Lv.3
加重 Lv.1
地裂斬 Lv.2
この間のSPに関しては、俺は全て『運』へ、ティアは『力』『素早さ』『器用さ』へ1ポイントずつ、ミミは『MP』『力』『素早さ』に1ポイントずつ、シェーラは『MP』『素早さ』『器用さ』に1ポイントずつを振った。
色々変化は多いが、ティアを除く全員のスキルレベルが上がった事が一番大きい変化だろう。
各自、思惑があって成長させ方に特徴が見られる。俺は索敵のために『気配察知』を、ミミは満遍なく、シェーラは街中では『強力』を育て、フィールドでは使い勝手の良い『地裂斬』を、と言う形でだな。
ティアの『歌唱』は、街中以外では常にと言って良い程使い続けているが、スキルレベルが2に成るには、もう少し掛かりそうだ。本当に成長が遅いスキルだな。
ちなみに、この半月間に、二回、一日中雨の日があったのだが、この日は雨の中、傘を差して外門まで行き、街中では使用できないスキルの成長に努めた。俺とティアは、別に外門まで行く必要は無かったのだが、モンスターが現れたときのことを考えて付き合った。ちなみに、傘は宿の借り物である。
俺の『気配察知』は、スキルレベルが4に上がって察知範囲が半径25㍍程となった。まだまだ狭いが、大分使えるスキルになってきたと思う。森の中なら、ギリギリ使えるか? また、このスキルは、スキルレベル1の時、MP1を消費して10秒間有効だったが、スキルレベル4の現在は、MP1で15秒程有効となった。
このままスキルレベルが上がり、『MP』の自然回復時間と同じになれば、プラスマイナスゼロとなり、常時使用が可能となる。まあ、他のスキルも並行して使用する事になるので、プラマイゼロでは完全に使い放題とまでは行かないが……。
ミミのスキルだが、スキルレベルによる変化は『射程』と『範囲』であり、『威力』はパラメーターの『精神』に依存する。
攻撃魔法は基本遠距離攻撃だ。ゆえに『射程』が伸びるという意味は非常に大きい。接近戦闘能力を実質持たないミミにとっては、できるだけ遠くの位置で攻撃できるだけで、安全度が格段に上がるからだ。
シェーラの『地裂斬』もミミと同様で、スキルレベルの上昇に伴う変化は、地面を走る斬撃の延長と石杭が発生する範囲の拡大だ。拡大範囲は、現在のスキルレベル2では、20センチ程しか拡大していないが、左右で言えば10センチずつとは言え確実に杭の発生する範囲、つまりダメージの入る範囲は増える。
『強力』は、街中でも育てる事が出来るので、スキルレベル3まで上げられた。そして、このスキル自体は、スキルレベルに応じて変化するのは、俺の『気配察知』同様に永続時間と強化出来る力の上限だった。この力の上限は、パラメーターの『力』がベースとなっており、パラメーターの方も関わってくる。また、このスキルにあるパッシブ効果もスキルレベルが2上がるごとに+1されるようで、現在+3の効果が『力』のパラメーターに常時補正値として加えられている。これは、地味に効く。
あと俺の『スティール』だが、ティアの『歌唱』同様、あと少し経験値がたらず、未だにスキルレベルは1のままだ。
だが、SPの全部を『運』につぎ込んだおかげで、ティアの亜紀な『ラッキーソング』無しでも失敗がほとんど無くなった。そのため、『ラッキーソング』込みだと、魔石以外を引く確率が目に見えて上がっている。おかげで、金銭的にかなり楽になったよ。
また、『スティール』で『低級回復薬』をある程度引けるようになった関係もあって、俺達は一度も市販の『低級回復薬』を買った事が無い。一本10ダリ程ではあるのだが、それを無料で入手でき、気兼ねなく使用できるという事は、実は、結構大きな事だったりする。
普通のパーティーにおいて、この程度はポーションを使うまでも無いと判断するケガでも、当然ある程度身体の動きに影響を与えている。そんな、僅かな差が命の明暗を分けるのがこの世界だ。
その点、俺達は、
「使っちゃえ! 使っちゃえ! ど~せ、ロウが直ぐ引いてくれるんだから!!」
と言う事で、思いっきり気楽に使用している。まあ、スティール品の『低級回復薬』を売却に回さなくても生活出来るだけの収益を上げられているから、と言う事でも有る。
その結果として、今、全員がここに生きている、と言う可能性も有る訳だ。
さて、成長報告はここまでとして、休日の件だ。休日という事で、当然ながら各自が自由に過ごす事になった。
ミミは街をブラブラするらしい。シェーラは鍛冶師のトマスさんの所へ行くとの事。
そして、ティアは俺達がいた南部エリア孤児院へ行くという。安いお菓子を買って、持って行くそうだ。俺も彼女にお金を渡し、俺の分も買って持って行ってもらう事にした。
自分たちが孤児院にいた時、一番嬉しかったのが、この孤児院を出た者によるお土産だったからな。安物のお菓子でも、普段は全く食べられかなったので、食事のメニューが一品増えるより、一握りのクッキーの方が嬉しかったんだよ。子供だからな。と言う事で、俺達も持って行くのは、そんな安くて量だけは多いお菓子だ。
そのお菓子をティアに持って行ってもらい、俺は一人、西のギルドへと向かっていた。
俺達は休日だが、別に日曜日という訳では無いので、他の者は働いている。……なんとなく、学校をサボっているような感じだ。まあ、前世ではサボった事なんて無いんだけど……。
俺がギルドに着いたのは、前世で言う午前9時頃だったため、依頼を受けに来ている冒険者は、もうとっくに出払っており、ホール内はほぼ無人だった。
そんな訳で、入った途端、一般窓口と、一つだけ開いている依頼受付窓口から視線が向けられる。その視線を受けて、俺は軽く黙礼だけして、入り口の直ぐ左側にある階段へと向かった。
すると、一般窓口にいたロミナスさんから、手招きが繰り出された。
「あんた達、今日は休みにするって言ってなかったかい?」
昨日売却時に話したからな。それで、だろう。
「休みですよ。俺は、二階の図書室で情報収集を、と思って」
このギルドには図書館があり、冒険者に必要な資料が一通りそろっている。そして、冒険者登録している者は、誰でも無料で閲覧可能だ。
「はれまあ、真面目だね~。他の冒険者みたいに、とまでは言わないけど、もう少し休みの使い方が有るんじゃ無いかい?」
彼女の言う『他の冒険者』とは『宵越しの金は持たないぜ~!!』的な奴らの事だ。
「いや、何かしようと思えば金が掛かるじゃ無いですか。そんな金ないですよ」
「何言ってるのさね。新成人じゃ、一番の稼ぎ頭が」
「……一番、なんですか?」
ロミナスさんが、こんな事で嘘を言う訳は無い。それは間違いない…んだけど、マジ?
「そうさね。他の新成人と、収入は一桁違うさね」
「……マジっすか!?」
俺が驚いて大きめの声を上げると、横の依頼受付窓口の受付嬢も笑いながら頷いている。マジらしい。しかも、一桁違うと言う……。
「なんだい、知らなかったのかい?」
「一桁も、ですか」
「そうさね。だいたい、新成人で四日目には宿の新人割引を断る者なんかいるものかね。まあ、それ以前に、初日から、厩どころか雑魚寝すらしてない者なんて、親からお金をもらってる奴ら以外いやしないね。支援を受けた新成人の大半は、未だに雑魚寝さね」
……マジか。と言う事は、他の新人組は、四人パーティーで100ダリすら稼げていないって事か。俺達は、平均300ダリ程は稼いでいる。一人当たり75ダリ位だな。宿代・食事代を払っても47ダリは残る。つまり、新人割引有りなら三日分の最低限必要な額を一日で稼げている、って事だ。
「あんた達の場合は、坊やのスティールのおかげさね」
「いや、俺だけの…」
「分かってるさね。歌姫の嬢ちゃんの運を上げるスキルの件だね。まあ、それも含めて、あんた達は相性の良いパーティーさね」
「ですね。あの日、この場所で出会えた事は幸運だったと思ってます」
「そうさね。そう言えば、四人がパーティーを組む切っ掛けは、ちっこい嬢ちゃんだったっけね」
「……そういえば、そうでしたね。不本意ながら(笑)」
「まあ、あのちっこい嬢ちゃんは、クセが有るからね(笑)」
「はい、凄く(笑)」
そんな感じで、ミミの事をひとしきりいじって笑っていると、途中で、ロミナスさんが急に声を潜めて話し出した。
「あんた達に関係があるから、一応教えておくさね。ちっこい嬢ちゃんと、…多分大丈夫だとは思うけど歌姫の嬢ちゃんがらみの事さね」
「……と、言うと、転生者とか、ってやつについてですか」
「そうさね。あの、第三王子…様が、転生者を集めているらしいのさね。ただ、集めているのは技術者だけらしいね。だから、歌姫の嬢ちゃんは二重の意味で問題ないと思うのさね。あとは、ちっこい嬢ちゃんさね。どうなんだい?」
二重の意味で、か。あの場で捨てられた、と言う事と、学生だったから、と言う意味でだな。
まあ、当然だよな。ギルドがあの騒動を知らないはずがない。知った上で、今まで全くそれらを臭わせすらしなかった事に感謝だな。
「ミミは、OLという事務職だったらしいので、技術者では無いので問題ないはずですよ。王子…様がやろうとしている事とはジャンルが違いますから」
「そうかね。……と言うか、坊や、第三王子…様がやろうとしている事を知っているのかい?」
「俺の考えじゃ無くて、ミミの、ですが、ミミ言う所の『前世知識チートで俺強えええー!』とか言うやつらしいですよ」
「……なんだい? それは?」
まあ、ロミナスさんじゃ無くても、そうなるよな。と、言う事で、あくまでもミミに聞いた事として、それを非転生者として話した。
『前世知識チートで……』とは、元の世界の技術知識をこの世界で再現し、金銭的に無双する事だ。一部は、戦術的な知識で、と言うパターンもある。元々は『チートスキルで俺強ええー!』から派生した言い回しだな。
小説などなら、『オセロ』などのボードゲーム類、『井戸ポンプ』などの生活用具、『銃』などの武器などが出てくるのが一般的だ。
それらを、技術的に、または魔法を取り入れて再現する事によって、大金を手に入れ、自領や村を豊かにしたり、戦争に勝ったりする、ってやつだ。
そう言った事を、細かくロミナスさんに説明した。あくまでも、ミミからの伝聞として、更に非転生者として。
「……実際に実現できるのかい?」
「ミミいわく、『む~り~!』だそうです」
「そうなのかい?」
「ミミが言うには、ボードゲームのような物なら問題なく作れるけど、この世界にも普通にあるじゃ無いですか。別段目新しくも無いから、作るだけ無駄だろうって事です。そして、技術的な物が必要な物は、実用レベルの物が作れるまで何年何十年とかかる可能性が有るから、手を出さない方が良い、って事らしいです」
「卓上ゲームの事は分かったさね。それ以外が、分からないんだけどね……」
……これも、できるだけ、この世界の者にも分かるように、それでいて、俺自身も完全には理解していないように説明する。……めんどい。
……………………
「…………つまり、技術が高度で複雑になり過ぎて、一から十まで全てを作る、作れる技術者と言うのが、その『前世』とやらでも居ないって事さね。馬車を作るのでも、フレームを作る者、車輪を作る者、ネジを作る者、それを組み立てるだけの者、全て別々で、全員そろわないと馬車は作れないし、馬車を作る知識もそろわないって事かい。実際は、材料の段階でも複数に細分化されている、と……。そりゃ~簡単にはできそうに無いさね」
「ミミいわく、一番問題になるのは、金属の基本的な加工技術だそうです。高い強度を持つ金属を作る技術。高い精度で金属を一定の形にする技術。前世の品物は、全てのその技術の上に成り立っているから、それが無いと全部不完全な物にしかならないそうです。まあ、『この世界の錬金術のレベルが分からんから、断言できんけどね~』だそうですが」
「……なるほどね」
何とか、俺のつたない説明でも理解してもらえたようだ。
「しかし、ちっこい嬢ちゃんの知識は大した物じゃ無いか、これは、いよいよ危ないね」
ロミナスさんが、思わぬ反応をする。
……そうか、そういう風に思うのか、これは訂正しないと。
と、言う事で、前世における『異世界転生』『異世界転移』系小説の説明まですることになった。……めんどくせー。
アニメや漫画に関しては、それ自体を説明するのが面倒なので、この世界にも存在する『小説』に絞って、転生・転移にまつわるパターンとして、その手の物が大量に描かれており、それに失敗や問題点としても、それらのことが描かれており、先ほどの話はそれを元にしただけだという事。そして、ミミの知識は、それらを元にした漠然とした上っ面だけのもので、実用性のあるものはほぼ無い、と言う事を説明した。あーめんどい。
大分時間は掛かったが、何とか理解してもらえたようだ。
「しかし、『前世』ってのは代わった所だね。全く別の世界を、創造だけで描くなんてね。……私らも覚えちゃ居ないけど、前世はその世界で暮らしてたのかね?」
……俺達が特別だとは思わない。多分、他の人も、当然『前世』はあるだろう。ただ、その前世が、俺達の前世と同じ世界かは分からない。異世界やパラレルワールドってやつは、無限にあるものらしいからな。
「まあ、そう言うことなら大丈夫なようさね。それでも、一応気をつけるんだよ。決まりの上では、王族貴族は冒険者に直接手を出せない事になってはいるけどね、それはあくまでも立て前さね。裏から手を回すなり、やりようは幾らでもあるさね」
ロミナスさんが言った、王族貴族と冒険者の件については、昔貴族達が優秀な冒険者を引き抜きまくったり、もめ事のあげく殺しまくったりしたため、冒険者の数が激減し、冒険者の行っていた活動が滞り、魔石不足、輸送費の増大、輸送自体の途絶、モンスターによる町や村の被害増大などが発生した。
その結果として、一般民衆はもちろん、王族貴族達の生活にも致命的な支障を来すことになったそうだ。
冒険者を、底辺のゴミクズだと思って、かなり無茶苦茶していたらしい。前世の時代劇で、武士が農民にするアレだな。まあ、時代劇のあれは8割方嘘らしいけど、それを、この世界では本当にやったらしい。アホか、と。
そんな訳で、自分たちの生活が成り立たなくなって、初めてマズイと気づいた訳だ。
で、国内で民衆による反乱が起こるのが間違いない情勢に至って、切羽詰まった国王が一つの命令を発布した。それが、『法令に背いた場合を除き、王族・貴族が冒険者に手出しすることを禁じる』と言うものだった。
実に大雑把で、いい加減な命令である。この命令は、切羽詰まった状況ゆえにか、かなり慌てて発布されたもので、全く精査されず、国王自らが単独で発布したものだった。
まあ、大慌てで発布せざるを得ない程、市井は混乱しており、冒険者だけで無く一般民衆まで暴発寸前だったようだ。だから、宰相等の重臣や他の貴族達に全く相談すらせず発布に至った訳だが、それでも、間違いなく失策だった。
この命令は、見て分かるとおり、あまりにも大雑把だ。そのまま理解すれば、事実上、冒険者に対して国側が手出しできない、と読み取れる。そうとしか読み取れない。ゆえに、国側からすれば、完全な失策である。
だがこれは、国王からの『王令』として発布された。しかも、市井の混乱を治めるため、全国に一斉に、だ。簡単に撤回できようはずも無かった。
実際、一定の混乱が落ち着いた段階で、この王令を撤回ないし変更したとしたら、間違いなく反乱が勃発したのは間違いない。その後幾度かの問題の再発もあり、撤回する機を逃し、その王令が100年以上に亘って現在も残っていると言う事だ。
この手の決まり事は、たとえ支配者側から見て愚策だと分かっていても、一定の期間を経た後には手出しが出来なくなる。なまじ、『王の権威』を掲げる必要があるがゆえに、だ。そして、それは、王が代替わりして世代を経れば経る程に出来なくなる。
それらを超えて変えようとしても、必ず、政治的敵対者・派閥から『○○王が自ら発布した王令を勝手に取り下げたり変更して良いのか!!』と言う声が出て、もめたあげく潰えるのがパターンだろ。自縄自縛ってやつだな。
そんな経緯で発布され、現在も残っている決まりではあるが、所詮権力が天と地となれば、「はぁ? なにそれ? 関係ねー!」と言われれば終わりだろう。表だっては『王令』と言う御旗が有っても、裏では幾らでも好きに出来るって事さ。
まあ、今更ティアを、って言うのは考えられないし、ミミもOLだ。新幹線にあれだけの人間が乗っていたんだから、事務職の転生者は他にも幾らでも居るだろう。大丈夫なはずだ。
俺は、ロミナスさんに、「分かりました」と言って、礼を言った上で二階へと向かった。
このギルドにある図書館は、それほど大きくはない。なにせ冒険者用の資料を集めただけの所なので、小さな学校の図書館程も無い。
俺は、ここへは以前雨の日に短時間ではあるが来たことがあるので、勝手は分かっている。入って直ぐの所に居る司書の女性に、冒険者タグを提示して、あとは目的の本を探して机で読むだけだ。
前回もそうだったが、今回も俺以外の冒険者はいない。まあ、冒険者なんてそんなもんだ。体育会系ってやつだからな。しかも、ゴリゴリの。
俺は、その図書館で午後3時近くまで、王都周辺のモンスターデータや、地域の特性、マジックアイテムの市価などを覚える努力をした。ある程度は、孤児院にある古い資料で覚えているので、それを新しいデータに置き換えたり、孤児院に無かった分を覚えるだけなので、それほど大変では無い。
昼、一度軽食を食べに出た以外はずっと本にかじりついていたのだが、途中で司書さんがお茶を出してくれた。地味に有り難い。
ところで、この司書さん、JOBが『司書』の方で、本をコピーするスキルを持っていて、俺が本を読んでいる間もずっと写本を続けていた。
この『写本』スキルは、一ページ一ページをコピーするスキルで、そのままコピーするだけで無く、一部を書き換えることも出来る。その力を使って、その時々に応じて変化する価格などを書き換えて、常に最新の情報が書かれた本を作り入れ替えを行っている。
それ以外にも、今までの情報が間違いであった場合にも、彼女がその部分を訂正して書き換えたものに差し替えているとか。
何十年も前の間違った情報が書かれた本が、ずっと放置されていた前世より、よほど進んでいる気がするな。
いくらレベルアップによってパラメーターが上がり、身体能力が強化されるとは言っても、疲れるものは疲れる。休日は必須だ。
冒険者家業において、休日が取れるという事は、休日を取っても問題が無い程度は稼げているという事でも有る。
冒険者は日雇い労働者と同じで、日銭を稼いで生活している。そのため、『冒険者殺すにゃ刃物はいらぬ、雨が三日も降れば良い』なんて言葉が生まれる程に天候に左右される職業でもある。
つまり、俺達が休日を取れているという事は、雨が数日降り続いたとしても問題が無い程度の蓄えが可能なぐらいは稼げているという事だ。
俺達は、成人後半月目にして、何とかその状態にまで来られたって事である。
俺達のパーティーは、孤児院組と口減らしなミミと、全員が家無し、着の身着のまま状態だった。そのため、宿代・食事代を稼いだ上で、身の回りのもの全てを揃える必要があった訳だ。下着数セット、上着を数セット、部屋着、タオル等の洗面用具。さらには、それらを入れるバッグ等の入れ物類。女性陣は生理用品も、だ。
「服はともかく、下着は新品で!」
そう言う、ミミの宣言もあり、余計にお金が掛かった。まあ、この件に関しては、ミミとシェーラも強く反対はしなかったしな。仕方が無い。
あと、当然、身の回り品以外に、仕事で使用するリュック類、新しいものが『ステール』で手に入った際の鑑定費も掛かる。初日は、ロミナスさんの好意でただで鑑定してもらえたが、それは初日だけだ。
更に、武器や防具のメンテナンスにも費用は掛かる。めったに武器を使用しないミミとティアはともかく、日常的に使用するシェーラと俺はメンテナンスが必須だ。
無論、最低限度のメンテナンスは自身で行っている。だが、一定を超えると、自身では不可能であり、プロに頼んでやってもらうしかない。
俺の場合は、直接攻撃が『ナイフ』によるものだけに、自然超接近戦となる関係上、どうしても防具へのダメージもそれなりに出てしまう。費用がかさむ……。
このメンテナンスだが、シェーラの『大剣』の制作者であるトマスと言う30代の鍛冶師に頼んでいる。シェーラの『大剣』の縁もあって、かなり良くしてもらっていると思う。
あんな剣を作るだけ有って、創作意欲の強い人物で、ミミの前世知識に興味を持ち、時折二人で悪巧みをしては、奥さんであるアリさんにどやされている。
その悪巧みの成果としての『十方手裏剣』を使う身としては、アリさんには申し訳なく思っている。ごめんなさい、全て悪いのはミミです。ミミのせいです。
この『十方手裏剣』は、ミミの「盗賊と言ったら忍者の前職でしょうが! 手裏剣使わんでど~すんの!!」と言う理屈で作成を依頼し、使い始める事となった。
ミミいわく、手裏剣には一般的に、一方、十方、八方の三種類があるそうで、それ以外は、基本それの派生だとのこと。
『一方手裏剣』が一番威力はあるが、その分まともに刺さるように投げるのに技術が必要で、『八方手裏剣』は一番簡単に刺さりやすいが、威力は一番少ないとの事。と言う事で、その中間の性能である『十方手裏剣』を、と言う事になったらしい。
俺のJOBである『盗賊』に上位JOBなるものが存在して、それが『忍者』であるかどうかはともかく、『盗賊』というJOBは『素早さ』『器用さ』特化のJOBである事は間違いない。
この『器用さ』というパラメーターは、身体を思うように動かしたり、効率的に動かすのに関わっている。そのため、この手裏剣投げは、思った以上に短時間で身につける事が出来た。
ただ、所詮は『手裏剣』だ。『八方手裏剣』よりは深く刺さるとは言え、程度の差に過ぎない。JOB的に『力』のパラメーターが低い事もあり、本格的なダメージを与える武器としては使えない。
だが、それでも、遠距離攻撃の手段が無かった俺には有り難い事だった。『痩せ狼』や『グリーンゴブリン』の集団戦において、牽制として使用するのには、十分だからな。問題は、狙いを外した際に探すのが大変だって事だ……。
俺達は、この半月でレベルも大分上がった。
ロウ 15歳
盗賊 Lv.8
MP 78
力 2
スタミナ 2
素早さ 18
器用さ 18
精神 2
運 7
SP ─
スキル
スティール Lv.1
気配察知 Lv.4
隠密 Lv.1
ティア 15歳
歌姫 Lv.8
MP 180
力 3
スタミナ 9
素早さ 7
器用さ 3
精神 27
運 ─
SP ─
スキル
歌唱 Lv.1
ミミ 15歳
炎魔術師 Lv.8
MP 230
力 4
スタミナ 4
素早さ 10
器用さ 2
精神 27
運 ─
SP ─
スキル
ファイヤーボール Lv.2
ファイヤーアロー Lv.2
ファイヤーストーム Lv.2
シェーラ 15歳
大剣士 Lv.8
MP 102
力 18 +3
スタミナ 18
素早さ 5
器用さ 3
精神 2
運 ─
SP ─
スキル
強力 Lv.3
加重 Lv.1
地裂斬 Lv.2
この間のSPに関しては、俺は全て『運』へ、ティアは『力』『素早さ』『器用さ』へ1ポイントずつ、ミミは『MP』『力』『素早さ』に1ポイントずつ、シェーラは『MP』『素早さ』『器用さ』に1ポイントずつを振った。
色々変化は多いが、ティアを除く全員のスキルレベルが上がった事が一番大きい変化だろう。
各自、思惑があって成長させ方に特徴が見られる。俺は索敵のために『気配察知』を、ミミは満遍なく、シェーラは街中では『強力』を育て、フィールドでは使い勝手の良い『地裂斬』を、と言う形でだな。
ティアの『歌唱』は、街中以外では常にと言って良い程使い続けているが、スキルレベルが2に成るには、もう少し掛かりそうだ。本当に成長が遅いスキルだな。
ちなみに、この半月間に、二回、一日中雨の日があったのだが、この日は雨の中、傘を差して外門まで行き、街中では使用できないスキルの成長に努めた。俺とティアは、別に外門まで行く必要は無かったのだが、モンスターが現れたときのことを考えて付き合った。ちなみに、傘は宿の借り物である。
俺の『気配察知』は、スキルレベルが4に上がって察知範囲が半径25㍍程となった。まだまだ狭いが、大分使えるスキルになってきたと思う。森の中なら、ギリギリ使えるか? また、このスキルは、スキルレベル1の時、MP1を消費して10秒間有効だったが、スキルレベル4の現在は、MP1で15秒程有効となった。
このままスキルレベルが上がり、『MP』の自然回復時間と同じになれば、プラスマイナスゼロとなり、常時使用が可能となる。まあ、他のスキルも並行して使用する事になるので、プラマイゼロでは完全に使い放題とまでは行かないが……。
ミミのスキルだが、スキルレベルによる変化は『射程』と『範囲』であり、『威力』はパラメーターの『精神』に依存する。
攻撃魔法は基本遠距離攻撃だ。ゆえに『射程』が伸びるという意味は非常に大きい。接近戦闘能力を実質持たないミミにとっては、できるだけ遠くの位置で攻撃できるだけで、安全度が格段に上がるからだ。
シェーラの『地裂斬』もミミと同様で、スキルレベルの上昇に伴う変化は、地面を走る斬撃の延長と石杭が発生する範囲の拡大だ。拡大範囲は、現在のスキルレベル2では、20センチ程しか拡大していないが、左右で言えば10センチずつとは言え確実に杭の発生する範囲、つまりダメージの入る範囲は増える。
『強力』は、街中でも育てる事が出来るので、スキルレベル3まで上げられた。そして、このスキル自体は、スキルレベルに応じて変化するのは、俺の『気配察知』同様に永続時間と強化出来る力の上限だった。この力の上限は、パラメーターの『力』がベースとなっており、パラメーターの方も関わってくる。また、このスキルにあるパッシブ効果もスキルレベルが2上がるごとに+1されるようで、現在+3の効果が『力』のパラメーターに常時補正値として加えられている。これは、地味に効く。
あと俺の『スティール』だが、ティアの『歌唱』同様、あと少し経験値がたらず、未だにスキルレベルは1のままだ。
だが、SPの全部を『運』につぎ込んだおかげで、ティアの亜紀な『ラッキーソング』無しでも失敗がほとんど無くなった。そのため、『ラッキーソング』込みだと、魔石以外を引く確率が目に見えて上がっている。おかげで、金銭的にかなり楽になったよ。
また、『スティール』で『低級回復薬』をある程度引けるようになった関係もあって、俺達は一度も市販の『低級回復薬』を買った事が無い。一本10ダリ程ではあるのだが、それを無料で入手でき、気兼ねなく使用できるという事は、実は、結構大きな事だったりする。
普通のパーティーにおいて、この程度はポーションを使うまでも無いと判断するケガでも、当然ある程度身体の動きに影響を与えている。そんな、僅かな差が命の明暗を分けるのがこの世界だ。
その点、俺達は、
「使っちゃえ! 使っちゃえ! ど~せ、ロウが直ぐ引いてくれるんだから!!」
と言う事で、思いっきり気楽に使用している。まあ、スティール品の『低級回復薬』を売却に回さなくても生活出来るだけの収益を上げられているから、と言う事でも有る。
その結果として、今、全員がここに生きている、と言う可能性も有る訳だ。
さて、成長報告はここまでとして、休日の件だ。休日という事で、当然ながら各自が自由に過ごす事になった。
ミミは街をブラブラするらしい。シェーラは鍛冶師のトマスさんの所へ行くとの事。
そして、ティアは俺達がいた南部エリア孤児院へ行くという。安いお菓子を買って、持って行くそうだ。俺も彼女にお金を渡し、俺の分も買って持って行ってもらう事にした。
自分たちが孤児院にいた時、一番嬉しかったのが、この孤児院を出た者によるお土産だったからな。安物のお菓子でも、普段は全く食べられかなったので、食事のメニューが一品増えるより、一握りのクッキーの方が嬉しかったんだよ。子供だからな。と言う事で、俺達も持って行くのは、そんな安くて量だけは多いお菓子だ。
そのお菓子をティアに持って行ってもらい、俺は一人、西のギルドへと向かっていた。
俺達は休日だが、別に日曜日という訳では無いので、他の者は働いている。……なんとなく、学校をサボっているような感じだ。まあ、前世ではサボった事なんて無いんだけど……。
俺がギルドに着いたのは、前世で言う午前9時頃だったため、依頼を受けに来ている冒険者は、もうとっくに出払っており、ホール内はほぼ無人だった。
そんな訳で、入った途端、一般窓口と、一つだけ開いている依頼受付窓口から視線が向けられる。その視線を受けて、俺は軽く黙礼だけして、入り口の直ぐ左側にある階段へと向かった。
すると、一般窓口にいたロミナスさんから、手招きが繰り出された。
「あんた達、今日は休みにするって言ってなかったかい?」
昨日売却時に話したからな。それで、だろう。
「休みですよ。俺は、二階の図書室で情報収集を、と思って」
このギルドには図書館があり、冒険者に必要な資料が一通りそろっている。そして、冒険者登録している者は、誰でも無料で閲覧可能だ。
「はれまあ、真面目だね~。他の冒険者みたいに、とまでは言わないけど、もう少し休みの使い方が有るんじゃ無いかい?」
彼女の言う『他の冒険者』とは『宵越しの金は持たないぜ~!!』的な奴らの事だ。
「いや、何かしようと思えば金が掛かるじゃ無いですか。そんな金ないですよ」
「何言ってるのさね。新成人じゃ、一番の稼ぎ頭が」
「……一番、なんですか?」
ロミナスさんが、こんな事で嘘を言う訳は無い。それは間違いない…んだけど、マジ?
「そうさね。他の新成人と、収入は一桁違うさね」
「……マジっすか!?」
俺が驚いて大きめの声を上げると、横の依頼受付窓口の受付嬢も笑いながら頷いている。マジらしい。しかも、一桁違うと言う……。
「なんだい、知らなかったのかい?」
「一桁も、ですか」
「そうさね。だいたい、新成人で四日目には宿の新人割引を断る者なんかいるものかね。まあ、それ以前に、初日から、厩どころか雑魚寝すらしてない者なんて、親からお金をもらってる奴ら以外いやしないね。支援を受けた新成人の大半は、未だに雑魚寝さね」
……マジか。と言う事は、他の新人組は、四人パーティーで100ダリすら稼げていないって事か。俺達は、平均300ダリ程は稼いでいる。一人当たり75ダリ位だな。宿代・食事代を払っても47ダリは残る。つまり、新人割引有りなら三日分の最低限必要な額を一日で稼げている、って事だ。
「あんた達の場合は、坊やのスティールのおかげさね」
「いや、俺だけの…」
「分かってるさね。歌姫の嬢ちゃんの運を上げるスキルの件だね。まあ、それも含めて、あんた達は相性の良いパーティーさね」
「ですね。あの日、この場所で出会えた事は幸運だったと思ってます」
「そうさね。そう言えば、四人がパーティーを組む切っ掛けは、ちっこい嬢ちゃんだったっけね」
「……そういえば、そうでしたね。不本意ながら(笑)」
「まあ、あのちっこい嬢ちゃんは、クセが有るからね(笑)」
「はい、凄く(笑)」
そんな感じで、ミミの事をひとしきりいじって笑っていると、途中で、ロミナスさんが急に声を潜めて話し出した。
「あんた達に関係があるから、一応教えておくさね。ちっこい嬢ちゃんと、…多分大丈夫だとは思うけど歌姫の嬢ちゃんがらみの事さね」
「……と、言うと、転生者とか、ってやつについてですか」
「そうさね。あの、第三王子…様が、転生者を集めているらしいのさね。ただ、集めているのは技術者だけらしいね。だから、歌姫の嬢ちゃんは二重の意味で問題ないと思うのさね。あとは、ちっこい嬢ちゃんさね。どうなんだい?」
二重の意味で、か。あの場で捨てられた、と言う事と、学生だったから、と言う意味でだな。
まあ、当然だよな。ギルドがあの騒動を知らないはずがない。知った上で、今まで全くそれらを臭わせすらしなかった事に感謝だな。
「ミミは、OLという事務職だったらしいので、技術者では無いので問題ないはずですよ。王子…様がやろうとしている事とはジャンルが違いますから」
「そうかね。……と言うか、坊や、第三王子…様がやろうとしている事を知っているのかい?」
「俺の考えじゃ無くて、ミミの、ですが、ミミ言う所の『前世知識チートで俺強えええー!』とか言うやつらしいですよ」
「……なんだい? それは?」
まあ、ロミナスさんじゃ無くても、そうなるよな。と、言う事で、あくまでもミミに聞いた事として、それを非転生者として話した。
『前世知識チートで……』とは、元の世界の技術知識をこの世界で再現し、金銭的に無双する事だ。一部は、戦術的な知識で、と言うパターンもある。元々は『チートスキルで俺強ええー!』から派生した言い回しだな。
小説などなら、『オセロ』などのボードゲーム類、『井戸ポンプ』などの生活用具、『銃』などの武器などが出てくるのが一般的だ。
それらを、技術的に、または魔法を取り入れて再現する事によって、大金を手に入れ、自領や村を豊かにしたり、戦争に勝ったりする、ってやつだ。
そう言った事を、細かくロミナスさんに説明した。あくまでも、ミミからの伝聞として、更に非転生者として。
「……実際に実現できるのかい?」
「ミミいわく、『む~り~!』だそうです」
「そうなのかい?」
「ミミが言うには、ボードゲームのような物なら問題なく作れるけど、この世界にも普通にあるじゃ無いですか。別段目新しくも無いから、作るだけ無駄だろうって事です。そして、技術的な物が必要な物は、実用レベルの物が作れるまで何年何十年とかかる可能性が有るから、手を出さない方が良い、って事らしいです」
「卓上ゲームの事は分かったさね。それ以外が、分からないんだけどね……」
……これも、できるだけ、この世界の者にも分かるように、それでいて、俺自身も完全には理解していないように説明する。……めんどい。
……………………
「…………つまり、技術が高度で複雑になり過ぎて、一から十まで全てを作る、作れる技術者と言うのが、その『前世』とやらでも居ないって事さね。馬車を作るのでも、フレームを作る者、車輪を作る者、ネジを作る者、それを組み立てるだけの者、全て別々で、全員そろわないと馬車は作れないし、馬車を作る知識もそろわないって事かい。実際は、材料の段階でも複数に細分化されている、と……。そりゃ~簡単にはできそうに無いさね」
「ミミいわく、一番問題になるのは、金属の基本的な加工技術だそうです。高い強度を持つ金属を作る技術。高い精度で金属を一定の形にする技術。前世の品物は、全てのその技術の上に成り立っているから、それが無いと全部不完全な物にしかならないそうです。まあ、『この世界の錬金術のレベルが分からんから、断言できんけどね~』だそうですが」
「……なるほどね」
何とか、俺のつたない説明でも理解してもらえたようだ。
「しかし、ちっこい嬢ちゃんの知識は大した物じゃ無いか、これは、いよいよ危ないね」
ロミナスさんが、思わぬ反応をする。
……そうか、そういう風に思うのか、これは訂正しないと。
と、言う事で、前世における『異世界転生』『異世界転移』系小説の説明まですることになった。……めんどくせー。
アニメや漫画に関しては、それ自体を説明するのが面倒なので、この世界にも存在する『小説』に絞って、転生・転移にまつわるパターンとして、その手の物が大量に描かれており、それに失敗や問題点としても、それらのことが描かれており、先ほどの話はそれを元にしただけだという事。そして、ミミの知識は、それらを元にした漠然とした上っ面だけのもので、実用性のあるものはほぼ無い、と言う事を説明した。あーめんどい。
大分時間は掛かったが、何とか理解してもらえたようだ。
「しかし、『前世』ってのは代わった所だね。全く別の世界を、創造だけで描くなんてね。……私らも覚えちゃ居ないけど、前世はその世界で暮らしてたのかね?」
……俺達が特別だとは思わない。多分、他の人も、当然『前世』はあるだろう。ただ、その前世が、俺達の前世と同じ世界かは分からない。異世界やパラレルワールドってやつは、無限にあるものらしいからな。
「まあ、そう言うことなら大丈夫なようさね。それでも、一応気をつけるんだよ。決まりの上では、王族貴族は冒険者に直接手を出せない事になってはいるけどね、それはあくまでも立て前さね。裏から手を回すなり、やりようは幾らでもあるさね」
ロミナスさんが言った、王族貴族と冒険者の件については、昔貴族達が優秀な冒険者を引き抜きまくったり、もめ事のあげく殺しまくったりしたため、冒険者の数が激減し、冒険者の行っていた活動が滞り、魔石不足、輸送費の増大、輸送自体の途絶、モンスターによる町や村の被害増大などが発生した。
その結果として、一般民衆はもちろん、王族貴族達の生活にも致命的な支障を来すことになったそうだ。
冒険者を、底辺のゴミクズだと思って、かなり無茶苦茶していたらしい。前世の時代劇で、武士が農民にするアレだな。まあ、時代劇のあれは8割方嘘らしいけど、それを、この世界では本当にやったらしい。アホか、と。
そんな訳で、自分たちの生活が成り立たなくなって、初めてマズイと気づいた訳だ。
で、国内で民衆による反乱が起こるのが間違いない情勢に至って、切羽詰まった国王が一つの命令を発布した。それが、『法令に背いた場合を除き、王族・貴族が冒険者に手出しすることを禁じる』と言うものだった。
実に大雑把で、いい加減な命令である。この命令は、切羽詰まった状況ゆえにか、かなり慌てて発布されたもので、全く精査されず、国王自らが単独で発布したものだった。
まあ、大慌てで発布せざるを得ない程、市井は混乱しており、冒険者だけで無く一般民衆まで暴発寸前だったようだ。だから、宰相等の重臣や他の貴族達に全く相談すらせず発布に至った訳だが、それでも、間違いなく失策だった。
この命令は、見て分かるとおり、あまりにも大雑把だ。そのまま理解すれば、事実上、冒険者に対して国側が手出しできない、と読み取れる。そうとしか読み取れない。ゆえに、国側からすれば、完全な失策である。
だがこれは、国王からの『王令』として発布された。しかも、市井の混乱を治めるため、全国に一斉に、だ。簡単に撤回できようはずも無かった。
実際、一定の混乱が落ち着いた段階で、この王令を撤回ないし変更したとしたら、間違いなく反乱が勃発したのは間違いない。その後幾度かの問題の再発もあり、撤回する機を逃し、その王令が100年以上に亘って現在も残っていると言う事だ。
この手の決まり事は、たとえ支配者側から見て愚策だと分かっていても、一定の期間を経た後には手出しが出来なくなる。なまじ、『王の権威』を掲げる必要があるがゆえに、だ。そして、それは、王が代替わりして世代を経れば経る程に出来なくなる。
それらを超えて変えようとしても、必ず、政治的敵対者・派閥から『○○王が自ら発布した王令を勝手に取り下げたり変更して良いのか!!』と言う声が出て、もめたあげく潰えるのがパターンだろ。自縄自縛ってやつだな。
そんな経緯で発布され、現在も残っている決まりではあるが、所詮権力が天と地となれば、「はぁ? なにそれ? 関係ねー!」と言われれば終わりだろう。表だっては『王令』と言う御旗が有っても、裏では幾らでも好きに出来るって事さ。
まあ、今更ティアを、って言うのは考えられないし、ミミもOLだ。新幹線にあれだけの人間が乗っていたんだから、事務職の転生者は他にも幾らでも居るだろう。大丈夫なはずだ。
俺は、ロミナスさんに、「分かりました」と言って、礼を言った上で二階へと向かった。
このギルドにある図書館は、それほど大きくはない。なにせ冒険者用の資料を集めただけの所なので、小さな学校の図書館程も無い。
俺は、ここへは以前雨の日に短時間ではあるが来たことがあるので、勝手は分かっている。入って直ぐの所に居る司書の女性に、冒険者タグを提示して、あとは目的の本を探して机で読むだけだ。
前回もそうだったが、今回も俺以外の冒険者はいない。まあ、冒険者なんてそんなもんだ。体育会系ってやつだからな。しかも、ゴリゴリの。
俺は、その図書館で午後3時近くまで、王都周辺のモンスターデータや、地域の特性、マジックアイテムの市価などを覚える努力をした。ある程度は、孤児院にある古い資料で覚えているので、それを新しいデータに置き換えたり、孤児院に無かった分を覚えるだけなので、それほど大変では無い。
昼、一度軽食を食べに出た以外はずっと本にかじりついていたのだが、途中で司書さんがお茶を出してくれた。地味に有り難い。
ところで、この司書さん、JOBが『司書』の方で、本をコピーするスキルを持っていて、俺が本を読んでいる間もずっと写本を続けていた。
この『写本』スキルは、一ページ一ページをコピーするスキルで、そのままコピーするだけで無く、一部を書き換えることも出来る。その力を使って、その時々に応じて変化する価格などを書き換えて、常に最新の情報が書かれた本を作り入れ替えを行っている。
それ以外にも、今までの情報が間違いであった場合にも、彼女がその部分を訂正して書き換えたものに差し替えているとか。
何十年も前の間違った情報が書かれた本が、ずっと放置されていた前世より、よほど進んでいる気がするな。
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どんどん上がる順位に不審者になりそうで怖いです。
(追記2018.07.24)
お気に入りが最高634まできましたが、600超えた今も嬉しく思います。
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