冬の烏と夏の朱鷺――おとき柳助物語

三章企画

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屋根上の烏(その1)  

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              (一)
 秋の彼岸も過ぎたというのに、まだ仄暑さが残る昼下がりのことだった。
 江戸は上野山下、常在寺門前町の料理茶屋【ひたちや】の妓女おときが、襟を開けて風を、涼を入れながらぼんやりと外を眺めていると、音もなく同輩のおさきが近付いてきた。
「ねえ、おとき姐さん、さ」
 と含み笑いしながら、おさきは言った。
「そんなに西の空ばぁっか見てたら、今に空に穴が開くんじゃないかえ」
 え、と振り返ったおときの顔が、恥ずかしさで赤くなり始めた。
「おまけに、おっぱいまで出しちゃって……」
 堪えきれずに笑い出したおさきのことばに、初めて気づいたおときは、慌てて襟をあわせた。おさきは、にやにや笑いながら、すまして付け加えた。
「おとき姐さんさぁ。惚れ過ぎたあの人、空に穴開けて、そっから引っ張り出すつもり算段かえ」 
 おときは、胸元から頭の先まで一気に赤くなった。
「あはは、夕焼けみたいだ…」
 おさきは、最後まで言えずに「く」の字になって笑い転げている。
 まだ十七でこの水に慣れぬおさきは、ややもすれば子どもじみた悪戯をする。おときを慕ってのことだろうが、時には憎らしく思えることもあった。
 暑かったから障子を開けて、襟を寛げて風を入れていただけで、何も西に行ったあの人を見ていたわけじゃない。あの人に向かっておっぱいを見せていたわけじゃない。
 おときは、そう言い返そうとして、止めた。
『見えるもんなら、あの人の姿を見てみたい。見えるもんなら、あたしの姿を見せてやりたい』
 おさきに言われて、確かにそんな気になってきたのだから。
「ああ、もうっ」
 おときは大声を上げて頭を振った。何度振っても、あの人の、柳助の面影は追い払えなかった。やがて、微かな風がおときの頬に触れた刹那、不意に【風のおっぱい】ということばが浮かび、おときの中の何かがぷつりと音を立てて切れた。
「えい」
 おときは大声を張り上げて、思い切り胸をはだけた。
『柳さんの、ばか』
 おときの白い豊かな乳房が、昼下がりの光の中にこぼれ出て、ゆっくりと揺れた。
「姐さん……」
 おさきが、眼を丸くして、口を開けたきり動かなくなった。
「ふーん、だ」
 おときは、してやったりという笑みを浮かべて手早く肌を入れた。そこには常のおときの白い顔に、まだほんの少しだけ、柳助恋しの血の気の残っている赤い耳が、色鮮やかにくっついていた。
 しばらくして、
「おとき、おさき、お客さんだよ」
 階下から、おしずがふたりを呼ぶ声が聞こえてきた。
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