埋(うずみふ)風――風が吹いたら死体が見つかり、ぼくは少女を殺す夢を見る

三章企画

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少女と死体と夢と現実(6)

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 てっきり拘束された上で、あれこれ問いただされるものだと思っていたぼくは、拍子抜けしたまま職場に向かった。早朝の事情を聞くと、有馬工場長は露骨に嫌な顔をして、浄塩を撒いた。
「面倒にはならんのだろうな?」
 たぶん、と曖昧に答えたぼくの返事とは裏腹に、捜査員と名乗る複数の男からの電話が、午前中だけでも五本もかかってきた。みな同じように、
「発見時の周囲の状況、源吾さんの状況、周囲の人影、通行車両の状況は?」
 そう尋ねた。違ったのは、かかってくる電話の時間が遅くなるに連れて、状況を尋ねる時間の幅が広くなり、場所の範囲が広くなっていったことだった。
「マンションの部屋を出たのは何時頃で、マンションの周囲でなにか日頃と異なったものに気付かなかったか?」
 という問いかけが、
「もし起きていたら午前三時頃からマンションの部屋を出るまでの間に、マンションから確認できる範囲で、なにか日頃と異なった音や光や何かに気付きませんでしたか」
 というようなものに変わっていったことだろう。ぼくは、電話を受ける都度、
――仕事中なので解答できない旨と後ほど出向く旨を、手短に伝えて電話を切った。
 工場長は、ぼくが電話を受けるたびに睨んだ。ぼくは、午後から半休を取って警察署に出向くことにした。警察からの電話の度に、ランダムに工程を中断されることは、工場長のストレスの原因になり、ぼくに煽りがくる。余分な軋轢《あつれき》は避けるのが賢明だった。

 ぼくが、中央署に着いたのは午後二時を回っていた。三時から現場検証の予定になっていたらしく、ぼくも参加することになった。どうせ、自宅そばだ。
 検証は、ぼくのマンションの玄関を出るところから始まり、ゴミステーションまでの三十メートルほどの行程を、周囲の車両や視界の範囲を確認しながら進められた。
――ぼくは、マンション玄関からゴミステーションまでは、源吾さんの姿を確認してまっすぐ小走りに向かったから、周囲の状況はほとんど覚えていない。ゴミステーションに近づくと、源吾さんの不審な挙動しか目に入らなかったし、源吾さんの容態が気になりながらの通報だったので、ちらりと遺体を見たばかりで、ゴミステーションには背を向けていた。
 ぼくは、そう供述した。
 ぼくは、現場検証のやりとりの中で、被害者が若い女性であること、源吾さんが発見した左足の他、右足と肩口から切断された肘までの両腕と首のない、しかもふたつに切断された胴体とが、甲突川河川公園の周辺で見つかったが、頭部と肘から先の両腕がまだ見つかっていないことを知った。
 翌未明、ぼくはいつもの悪夢を見て目を覚ました。いくつにも切断された遺体のことを聞いたせいか、夢の内容が少し変わっていた。

 ぼくは、夢の中で少女の死体を切断し、細かく潰してから床下に埋めていた。
『昨日見た死体のように切断して、しかも潰してから埋める?』
 そこにどんな意味があるのか、ぼくはまんじりともせず朝まで考え続けていた。
『未明に夢を見て目が覚めた時間と、犯人が死体を棄てた時間が、たぶん同じなのかもしれない。死体がそこに置かれたとき、風が夢の中に忍びこんできたんだ』
 ぼくはぼんやりと考えながら戸外に出た。空は白みかけている。ぼくの足は自然と死体の発見現場に向かっていた。街灯に照らし出されたゴミステーションは空っぽのままで、傍らに幾つもの花束が供えてあった。
『まだ見つからない遺体の一部は、犯人がまだ持っているのか、既にどこかに棄てられてしまったのか。それとも、実はまだその辺にあって、何かの拍子にぼくが見つけてしまうのか』 
 とりとめもない思いを巡らしながらも、ぼくに、わかっていることがひとつだけあった。
『死体が見つかるまで、ぼくは、あの変わってしまった悪夢を見続ける。それだけは確かだ』と。
 これまでぼくは幾体もの変死体を見、感じてきたが、ここまでバラバラにされたものは記憶になかった。野犬や鳥などに食い荒らされ欠損してしまったものや、腐敗の進みや発見時の不手際による損壊はたまに見ることもあった。だが、明らかに加害者の恣意によってここまで破壊された遺体は、見たことがない。直接見たのは左足のつま先だけだったが、事情聴取の際の刑事の話を聞いているうちに、切断された遺体のひとつひとつの有様が手に取るように浮かんできた。
――脳裏に焼き付いた。
 そう表現する方が正確だったかもしれない。

 今朝見た夢の中で、ぼくは、いつものように一城美奈子という顔も定かではない少女を絞め殺していた。これまでの夢では、殺して自宅の床板を剥ぎ、床下を掘り起こして埋めていたらしかったが、ぼくには埋めた記憶も、埋めている夢を見たこともなかった。今朝見た夢では違っていた。
 ぼくは、彼女を絞め殺した後、丁寧に彼女の四肢を切断し、首を切り、胴体を二分した。そして、金槌でひとつひとつ叩き潰してから、床板を剥ぎ、床下を掘り、その中に埋めた。不思議なことに、これまでの夢と違って、夢の中で彼女はひとことも喋らなかったし、髪がどうだったか覚えがない。掌の感触も消えている。
 そういうことか、とぼくは思った。
『あまりに衝撃的すぎて引っ張られたんだ』
 ぼくは、じっと掌を見つめた。なんの感触もこびりついていない。普通の掌だった。
 拡げた掌には陽の光が載っている。既に夜が明けていた。
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